4.5-1
本当にこれで良かったのだろうか。
モーントン領は禁欲の土地。華やかさを遠ざけ、喜びや楽しみを戒め、ただ実直に、勤勉であることのみを認めてきた。
享楽とはすなわち堕落であり、歓喜とはすなわち裏切りであり、満ち足りるとはすなわち停滞である。
クラウスのしたことは、過去への反逆だ。モーントンに祝福はない。だというのに、祝祭など。それも、『クラウスの跡継ぎ決定祝い』など、許されるはずがない。
少なくとも、これまでのレルリヒ家当主の誰ひとり、祝祭の開催をしたことはない。他の町よりも楽に流れがちな人間が多いとはいえ、それでもモーントンの人間。耐え、忍び続けてきた。
これまでの積み重ねを、クラウスはあの無謀さで、簡単に崩し去ってしまった。
よりによってクラウスが。よりによって――。
我が息子が。
「クラウスを選んだのが、間違いだったんじゃないか」
ルドルフは、息子のしでかしたことの大きさに震えていた。
レルリヒ家の祖が受け継いできた伝統を、まさか自分の生きているときに崩されるとは思わなかった。このまま何事もなく、次代に後を引き継がせるものだと思っていた。
なのに、よりによって自分の代で。自分自身が祭りの許可を出す羽目になるなど。
「あれは賢い子だが、甘やかしすぎたんだ。わがまま勝手で、怖いもの知らず過ぎる」
そわそわと落ち着かず、ルドルフは瞬きを繰り返した。
こんなことをして、他の町の連中はなんと言うだろう。ブラント家のように、レルリヒを陥れるだろうか。ルドルフを追放し、爵位を取り上げ、モーントンで影のように生きていくことを強いられるのだろうか。
マイヤーハイム家も、エンデ家も、モーントンが変わることを許さない。ルドルフを罪人と指さし、嗤うだろうか。
「やっぱり、フランツにしておいた方がよかったんじゃないか。ああ、でも、そうしたら兄さんが」
ルドルフと、兄のルーカスの仲は、すこぶる悪い。ルーカスは弟を憎み、ルドルフは兄に怯えている。原因は単純で、本来ならば長男であるルーカスが継ぐはずだった家督を、ルドルフが奪ったためだ。
気の弱いルドルフが、なぜ家督などを求めてしまったのか。昔から気性が荒く、ルドルフを虐げていた兄の鼻を明かしたかったからかもしれない。ただ単に、当主という地位が欲しかっただけかもしれない。
あるいは。
「姉さん」
ルドルフは、信頼を込めて彼女を呼んだ。
「姉さん、僕はどうすればよかった? いつもみたいに、教えてほしいんだ」
「あなたは間違っていないわ、ルドルフ。大丈夫よ」
日の暮れかけたルドルフの私室。暖炉を前に、隣同士で座るゲルダが、ルドルフの手を取った。
「フランツを当主にすれば、愚兄の口出しは免れない。フランツはあの男にそそのかされ、きっとあなたを、この家を追い出してしまっていたわ」
彼女の手は、老いてなおも溌剌とした力が宿っている。彼女の迷いない言葉は、優柔不断なルドルフへ道筋を示す。
「大丈夫」
彼女の目は、いつだってルドルフをまっすぐに見つめてくれている。幼いころから変わらない。彼女は兄ではなくルドルフを選び、この当主の座まで導いてくれた。
「これまで、私の言うことに間違ったことがあって?」
ゲルダの視線に、ルドルフは頷いた。彼女の言葉に励まされる。安心する。彼女はずっと、ルドルフの味方だ。
兄に向けるような侮蔑の視線を、彼女はルドルフには向けない。
モンテナハト卿に向けるような冷徹さもない。
クラウスや、他の人間たちに向ける無機質さもない。
自分だけに、親身な目を向けてくれるのだ。ルドルフはそう信じていた。
「……姉さん、そうだよね。姉さんが言うんだ。これで間違ってなかったんだ」
縋るようにゲルダの手を握り返すと、ルドルフは囁くように言った。
――大丈夫。姉さんがいるんだ。
恐れることはない。心配はない。自分たちが失脚することなんてない。
姉さんが言うのだから、間違いない。これまでずっと、そうだったのだから。