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少女は不思議そうに、舞台上を見上げている。
年のころは十歳そこそこ。少女の他に、誰かがいる様子はない。親や友達とはぐれてしまったのか。それとも一人で、ふらふらと迷い込んでしまったのか。
カミラは少し迷ってから、大通りの少女に近付いた。
「どうしたの。あなた迷子?」
カミラが声をかけると、少女の肩がびくりと跳ねた。音に夢中で、近付いてきたカミラに気がつかなかったらしい。丸い瞳でカミラを見上げ、うろたえている。
「あの、えと、ごめんなさい。勝手に見ちゃって」
「いいわよそれは。見たいなら、もっと近くに行ってもいいわ。あなたが迷子じゃないならね」
「迷子じゃないです!」
むっとしたように、少女は頬を膨らませた。
「あたしは友だちと待ち合わせちゅうなだけです。おうちだって、一人でかえれますもん!」
「わかった、悪かったわ。じゃあ、ゆっくり聞いて行って。……あ、いえ――――ちょっと待って」
そうだ、と呟くと、カミラは大通りを見回した。通りに連なる崩れた屋台。その中にあるはずの、ギュンターの屋台を探す。
広場に近い良い位置に、ギュンターの屋台はあった。運よく崩れてもいない。ギュンターが守ったのだろう、調理器具も無事らしい。それを確認するや否や、カミラは屋台に駆けだした。
屋台の傍には、ギュンターが一人。これもまた疲れたようにたたずんでいた。ぼんやりと広場の方に目を向けて、ため息なんぞをついている。
そんなところへ、カミラがものすごい勢いで割り込んできたのだ。ギュンターはぎょっと目を剥き、もともと厳めしい顔をしかめる。
「おい、なんだお前。どうした」
「ちょっと借りるわ」
「は?」
呆気にとられるギュンターには目もくれず、カミラは屋台の中へともぐりこんだ。
屋台の中はきれいに整えられていた。屋外でも使える簡易なかまど。屋台が燃えないように、火を囲うような造りになっているのが特徴だ。かまどの上には網が敷かれ、端には串と、ソースの入った瓶がある。
肉は、地面に置かれた石櫃の中。冷却の魔道具と共に詰め込まれている。
火打石は――かまどの傍だ。見つけるとすぐ、カミラはかまどに火を入れる。肉を串に刺し、火が大きくなるのを待つと、網の上に肉を乗せる。
「なにをやってんだお前」
じゅう、と肉の焼ける音に、ギュンターは困惑の声を上げた。無理もない。祭りだと浮かれていたら、いきなりどこの誰とも知らないやつらに強襲され、やっと引いて行ったと思えば、今度は自分の屋台が乗っ取られたのだ。
「見ればわかるでしょう」
だが、カミラの答えはつれない。振り返りもせず、めいっぱいの強火で肉を焼き続ける。
肉は火にあぶられ、表面に網模様の焦げ目がつく。肉汁がしたたり落ち、かまどから灰色の煙を上げさせた。赤みがかった生焼けの肉汁は、まだまだ生焼けの証だ。
「見ればわかるってなあ――――おい、お前火が強すぎだ! 外ばっかり焦げるだろう! 網に押し付けるな! だいたい、ちゃんと下味は付けたのか!?」
「知らないわ!」
「ああちくしょう! なんて大味な女なんだ!」
ギュンターはいら立ったように頭を掻きむしる。そんな男はさておいて、カミラはじうじうと焼き続ける。
煙が風に流れ、香りを運んだのだろう。広場を覗いていた少女が、今はカミラのいる屋台に視線をよこしている。これもまた、不思議そうに首を傾げ、それから小走りに駆け寄ってきた。
「なあにそれ」
少女は背伸びをし、屋台を覗き込む。ちょうど、ちょっと焦げすぎた肉が焼けたところだ。カミラは串を火から離し、ふふんと笑った。
「おいしそうでしょう」
「うん」
少女の目が、カミラの手を追いかける。
カミラは見せつけるように、ソースの入った瓶を取り、肉に垂らした。ソースはほんのり甘い香りで、肉の香ばしさと相まって、ひどく食欲を刺激する。
さすがは、客引きのために選んだだけのことはある。少女の視線は釘づけだった。
「銅の旧リヒト硬貨五枚」
カミラが告げたのは、ゾンネリヒトで流通する、一番価値の低い硬貨だった。五枚程度なら、庶民にとってもそれほど高いものではない。子供でも手が出せる金額だ。
だが、少女はその言葉に肩を落とす。
「……おかね持ってないです」
「――――本当は、五枚。でも子供は特別に無料」
少女はカミラを見上げた。きらめく瞳に見つめられ、カミラは頬を緩める。
人の店ではあるけれど、これくらいの横暴は許してほしい。どうせ、誰にも食べさせることなく占める予定だったのだ。
「ありがとう、最初のお客さん」
カミラはそう言うと、少女に焼きたての串を差し出した。
少女は串を受け取ると、それで満足したのか、広場へも戻らずに走り去っていった。
「……最初で最後のお客さんだったかもしれないわね」
少女がいなくなったことで、広場にも通りにも、結局また誰もいなくなってしまった。
まあ、でも、誰も来ないよりはましだっただろう。一人だけでもいてくれたことで、少しだけ報われた気がした。
煙の上がる屋台の中。道具の使い方に文句を言うギュンターを聞き流し、カミラはひとり苦々しく笑った。
ところがどっこい。子供というのは、ずる賢いものである。
しばらくして、なんと少女は戻って来た――――友達を、たくさん連れて。
「子供はタダって聞いたんですけど」
十歳前後の子供たちの集団。その中で、おそらく一番年齢が高いであろう少年が、利発で生意気な口をきいた。
「何人いてもタダですよね。全員分、ください」
集団は、十人以上はいるだろう。もしかしたら、ブルーメの町に住む、同世代の子供を全員集めてきたのかもしれない。串焼きを十数本も無料で配るなんて、赤字もいいところだ。
「いい度胸だわ」
屋台の中で、カミラは「ふん」と腕を組んだ。
カミラには、いたずらっぽい少年の顔に見覚えがある。ブルーメの町に来たばかりの時、クラウスが声をかけていた『先生』の一人だ。
「あなた、クラウスの『いたずらの先生』ね。想像通りの悪童だわ――――クラウスに、来いって言われていたのかしら?」
不審な瞳を少年に向ければ、少年もまた、不遜な顔でカミラを見つめ返す。この食えない態度がいかにもブルーメの住人らしく、幼いくせに可愛げがない。
「お客さんに対してそういう態度、お店の人としてどうなんですか。タダって言ったのに、嘘だったんですか?」
「嘘じゃないわ。いいわよ、全員分、タダで売ってあげる。――ただし! 代わりに、広場で一曲聞いて行きなさい!」
カミラが声を張れば、子供たちがわっと歓声を上げた。
手を叩き合い、してやったりと喜ぶ姿が小憎らしい。
踏み荒らされた祭りの跡に、子供たちの笑い声が響く。それはもしかしたら、カミラが最初に思い描いていた、理想の姿なのかもしれない。




