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1-7

 食事を減らすのも、食事内容を変えるのも、運動さえも駄目だとなれば、最後は『四、人前に出る』だ。


 貴族の仕事には、社交場での人付き合いも含まれている。

 昼のお茶会は、派手すぎず楚々に、しかし人目を惹くセンス。夜の音楽界は、上品に知的に。舞踏会なら大胆に思い切った服を。

 貴族の集まる場所は、いつだって厳しい査定の目に晒される。少しの乱れも失笑を買い、場違いな格好の人間は嘲笑と共に追い出される。なにを着ても追い出されそうなアロイスだが、それで少しは、自分の姿を見つめなおすかもしれない。

 多少酷かもしれない。今のアロイスと並んで外に出たならば、カミラ自身もきっと嘲笑にさらされるだろう。本音を言えば、まだこの作戦は封印しておきたかった。

 だが、他のすべてが失敗した今、もう残った手段はこれしかない。いつか見返すため。一時の恥は呑んでみせよう。

 アロイスを痩せさせるためには、強引な手に出るほかにないのだ。


 ○


 覚悟を決めたカミラに、アロイスは困ったように首を傾げて見せた。首と言っても、どこからどこまでが首で、どこが顎で、どこが肩なのかわからないありさまなのだが、とにかく曲がっているのはわかる。

「モンテナハト家の人間は、あまり人前には出ないのですよ」

 どこでもいいからサロンに参加しろ! と意気込み、アロイスの部屋まで乗り込んだカミラに返ってきたのは、思いがけない言葉だった。

「モンテナハト家は少し変わった家系でして――カミラさんはご存じないのですね。わりと有名な話だと思っていたのですが」

 アロイスは小さく息を吐き、首を振った。結婚するというのに、そんなことも知らないのか。と言われたわけではないが、カミラはばつの悪さに目をそらす。

 たしかにカミラは、アロイスのこともモンテナハト家のこともよく知らない。王都にも来ないし、あの見た目だ。悪口なら散々聞いたが、結婚相手の品定めとして、家系や人柄を社交場で話し合うようなことはなかった。

「私の家系は王の影。分家として、表でできない仕事を、王の代わりに行ってきました」

 昔の話ですが、とアロイスは肩――と思しき場所をすくめた。肩らしい肉の盛り上がりを、カミラは渋い顔で見つめた。

「人に言えないような王家の裏の仕事を、一手に引き受けていました。そんな一族が、人のいる場所に何度も出て行くのはおかしいですよね。もちろん今は平和で、影の役割もだいぶ昔になくなったと聞きます。ですが今も、しきたりみたいに残っているんです」

 アロイスの亡き父、先代モンテナハト卿も、思えば人前に出ないと評判だった。アロイスがあまり王都に来ないのも、そういう所以があったのだろうか。

 なるほど、しきたりか――――それなら仕方ない。

 と思いかけ、カミラは慌てて首を振った。危うく、またしても丸め込まれるところだった。ここで納得しては、立てた作戦すべて失敗。アロイスを痩せさせると言うカミラの野望も無に帰してしまう。

「それは、昔の話ですよね」

 ゾンネリヒトの有事なんて、もう百年以上も昔のことだ。外国との戦争も内紛もない。跡目争いもなく、物騒な話は、それこそ影も形もない。王の善政のもと、王国は長らく平和そのものだった。

「今は今です。だいたいアロイス様、そのお姿で影なんて」

 シルエットだけでも別人だとわかる。本体より影の方が圧倒的に大きい。そんな隠れようもないなりで、今さら影がどうなどという言い訳がきくものか。

「とにかくお外に出ましょう。人前に! 着替えて! どこでもいいですから!」

「どこでもいいんですか?」

「とりあえず、外に出ればいいです!」

 カミラが強く肯定すれば、アロイスがうなずいた。

「なるほど、では出かけましょうか」

「そうやって適当なことを言っても誤魔化されませんよ! 痩せよう痩せようと言うくせに、いつも言い訳ばかりで――――はい? なんですって?」

「出かけましょう。ちょうど近々、出かける用事があったんです」

 カミラはアロイスを見つめ、瞬いた。

 これはまた、なにかに丸め込まれようとしているのだろうか。いい加減、丸められすぎてだいぶ尖ったカミラの角も、そろそろ滑らかになってしまうのではなかろうか。


 ○


 そうして出かけた先は、魔石の採掘地だった。

 目的は、現場の視察と採掘量の調査。それから、新規採掘地の探索だ。瘴気の強い沼を回り、魔石の放つ魔力を検知する。これは、魔力の強いアロイスだからこそできる仕事だった。


 そう。要するに仕事なのだ。

 どうせ、そんなことだろうと思っていた。


 ○


 モーントン領は広い。辺境ゆえということもあるが、やはり王族の分家という理由もあるのだろう。魔石の採掘地は、そんなモーントン領の北端にあった。

 採掘地から少し行けば、大きな川が流れている。これが隣国との国境だ。川には跳ね上げの橋があり、ここから互いの国を行き来する。かつてはこの川を挟んで戦争をしたこともあり、物々しい砦が両岸に建てられているが、今は使われていない。代わりに川沿いにはずらりと商人のテントが並ぶ。跳ね上げ橋は跳ね上げられる暇もなく、商人や旅人を行き来させ続ける。かつて戦争をしていたこの場所が、今は貿易の要所なのだ。


 モンテナハトの本邸は、領の南側に位置する。北端である魔石採掘地までは、馬車で半日以上はかかった。

 馬車は、アロイスとカミラで別々だった。これは、「狭い馬車にアロイスと二人きりで乗りたくない」などとカミラがわがままを言ったわけではない。物理的に、アロイスと同じ馬車には乗れなかったのだ。

 カミラは二頭引きの馬車。アロイスは四頭引きの馬車。それで同じくらいの速さで走るのだから、アロイスの重さも推して知るべき。同じ距離を走ったはずなのに、アロイスの馬車を引いた四頭は息も荒く、ひどく疲れて見えた。かわいそうに。


 ○


「ここでしばらくお休みください。遠出をなさらないのであれば、好きに出歩いても構いませんよ」

 採掘地にある別邸で、アロイスはカミラにそう告げた。

「私はこれから仕事がありますので。終わりましたら、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」

「構いませんけれど……」

 カミラはむすっとしていた。

 それも当然。外に出ろと言ったのはカミラだが、こういう外ではない。


 採掘町グレンツェ。

 モーントン領では、モンテナハトの本邸がある領都りょうとの次に大きい町である。

 領地全体に広がる湿地帯の中でも、特に瘴気が強く、沼の深い土地でもある。この沼の底から魔石を掘るのが、採掘夫さいくつふたちの仕事だった。

 グレンツェは、モーントン領でも最も魔石の採掘量が多い。加えて国境に近く、店を構えて国外と取引をする商人の他、行商をする商人たちも多く滞在する。

 彼らは、沼を囲むように築かれた町に住んでいる。町の周囲をさらに森が取り囲み、その森を抜けた先が、国境である川に続いているのだ。

 商人と採掘夫の町は、活気にあふれている。町の中心部では毎日のように市場が開かれ、異国情緒あふれる品々が並ぶ。

 肉体労働の採掘夫たちは、明るく血気盛んで、いささか乱暴者だ。町に響くのは、笑い声だけではない。怒鳴り声、喧嘩の音。そしてそれをはやし立てる声が、いつも町のどこからか聞こえていた。

 粗野で荒々しい町の気質。そのうえ隣国との行き来も盛んで、人の容姿も多種多様とあれば、他人の容姿を細かく気にする人間はほぼいない。外見と行儀作法ばかりに口うるさい貴族文化とは、対極に位置する土地だった。


「アロイス様には私の言いたいことを、くみ取っていただけなかったみたいですね」

「まあまあ、機嫌を直してください。戻りましたら、一緒に外に出ましょう」

 外。その「外」という言葉が、どれほど信じられるものだろうか。どうせ、舞踏会とか観賞会とか、カミラの期待しているような場所ではないのだろう。

「どこに行くんです?」

「……もしかしたら、カミラさんには面白くない場所だとは思いますが」

 アロイスはそう前置きをしてから、カミラに視線を向けた。カミラの瞳の奥を覗くような、反応を伺うような目つきだ。

「前にお話ししました、おばあさんの孤児院。この町のはずれにあるので、様子を見に行こうかと思いまして」

「孤児院ですか」

 やっぱり、そんなことだろうと思った。

 わかってはいても、無意識にカミラの声は低くなる。そんなカミラに対し、アロイスは困ったように頭をかいた。

「お嫌でしょうか。やはり、カミラさんはそういう場所に足を運ぶことはないのですか?」

「嫌というわけではないですけども。王都にいたころは、よく孤児院に行きましたし」

 孤児院が嫌というわけではない。

 そういう問題ではないのだ。というカミラの気持ちを、やはりアロイスはくみ取らなかった。カミラの不機嫌な顔つきよりも、その言葉に反応する。

「『よく行きました』?」

 首をかしげるアロイスから、カミラは目をそらす。言われて初めて、失言したと気が付いたのだ。

 カミラは王都に住んでいたころ、友人とともに孤児院に行くことがよくあった。だが、その理由もそこでしていたことも、『貴族令嬢』としては絶対に秘密だ。アロイスに見た目を気にしろ、変われ変われと追い立てながら、実はカミラがあんなに『はしたない』なんて、なにがなんでも知られるわけにはいかない。

「ええと……じ、慈善活動で、よく慰安に行きました。その、こ、子供が好きなんで……」

「子供がお好きで。なんとなく、そんな感じはしていました」

 アロイスは、カミラの言葉にうなずいた。カミラを疑っている様子はない。

 内心で、カミラはほっと息を吐く。カミラにとって、料理の趣味以上に『あの姿』は知られてはならないことだった。

「では、日暮れ前には戻りますので、それから一緒に向かいましょうか」

 まだ一緒に行くとは言っていない。

 そんなカミラの内心の反発より先に、アロイスは言葉を続けた。

「実は、その孤児院のおばあさんが体調を崩されたみたいで、そのお見舞いも兼ねているんですよ」

「あら」

 前に聞いた話では、孤児院はその老婆一人で経営していたはずだ。体調を崩したと言うと、どの程度なのだろうか。子供たちはどうしているのだろうか。

 ――心配だわ……。

 もちろん、カミラが見ず知らずの老婆の見舞いに行く義理はない。

 義理はないが、そんな話を聞いてしまっては「行くな」と言えない。断るのも感じが悪い。それに、なんとなく様子も気になってしまうではないか。

「……わかりました。お供しますわ」

「ああ、ありがとうございます!」

 途端、アロイスは喜びに目を細めた。安堵したように、緊張していた顔の肉が緩む。

「きっと、あなたはそう言ってくださると思っていましたよ。――――本当に、あなたは素直な方で助かります」

 巨躯に似合わず、アロイスは小さく、鼻で吐き出すように笑った。

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