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大通りはひどいありさまだった。
「ふざけるな! なにが自警団だ! 後からきてでかい面しやがって!!」
「レルリヒ家の後援のある我らこそが正当だ! ガキのままごとは家でやってろ!」
「うるせえ! 町をめちゃめちゃにしてるのはお前らだ!」
「娯楽なんぞに傾倒した、有害な連中を排除したまで! これこそ真の自警だろうが!」
血気盛んな若者たちと、知より武を選んだ手の早い男たち。二つの自警団がぶつかれば、こうなるのも必然だったのかもしれない。
カミラが大通りへ飛び出たときには、すでにどちらがどちらの自警団ともわからない惨状だった。自警団同士が入り乱れ、声を荒げて殴り合う。周囲の屋台は巻き込まれ、傾ぎ、倒壊しているものまである。料理人たちはほとんど逃げているようだが、中には一緒になって殴り合う、これまた血の気の多い者もちらほら見えた。
「や、やめなさい! やめなさい!!」
カミラが声を張り上げても、大通りの喧騒は止む気配がない。そもそもこの騒ぎの中で、カミラの声が誰かに届いているのだろうか。誰も彼も、カミラの叫びに目を向けることさえない。
叫びながらも周囲を見回せば、不自然に壊れた屋台が見えた。おそらく、もともとはフランツの自警団の方が、屋台を壊していたのだろう。若者たちの自警団は、それを止めようとしていたに違いない。
だが、今となってはどちらも壊して回るばかりだ。店のために用意した看板が割れ、鍋がゆがみ、器が割れる。花が踏みにじられるさまに、カミラは頭の奥が熱くなった。
――なにが、『警備の心当たりができた』よ!
今後、二度とクラウスの言葉を信用するまい。
腹立たしさに頭を掻き、クラウスへの恨みを込め、カミラは荒く息を吐く。それからぎゅっと目を閉じ、頭を振った。
声も届かないこの惨状。もはやカミラ一人の力ではどうすることもできない。止めに入ったところで、非力なカミラでは弾き飛ばされるだけだろう。
――任せるって言われたのに。解決するように頼まれたのに。
カミラには、この場を収める方法がなにも浮かばない。味方の一人もいない今のカミラは、ひどく無力だった。
――アロイス様……。
成功させると言ったのに。楽しいものにすると誓ったのに。
なにもかも、もうめちゃくちゃになってしまった。視線を伏せれば、悔しさがこみ上げる。唇を噛み、両手を握りしめ、カミラは顔をしかめた。
「ぐ……」
噛みしめた口の奥から、声が漏れ出る。押し殺した声は、弱気な泣き声にも似ていた。
「ぐぐぐ……」
地面を踏む足に力がこもる。力を入れないと、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。
楽しみにしていた。楽しいと思わせたかった。そのためにずっと準備をしてきた。それさえも楽しかったのに、結末はあまりにも呆気ないものだった。
心が折れてしまいそうだった。
地面を睨み、息を吐き、カミラは息を吸う。
それから、涙の代わりに思い切り吐き出した。
「ぐう、く、く……悔しい――――!」
叫ぶカミラの言葉など、誰に聞こえているわけでもない。けっこう。カミラは誰かに聞かせているわけではない。
「諦めないわよ! 人手! アロイス様は! ヴィクトルたちは!?」
いない。見渡す限りどこにもいない。
アロイスやヴィクトルなら、カミラの言葉を聞くだろう。まずは人を増やして、あとは――暴れまわる連中に、水でも被せていこう。もしかしたらアロイスたちもこの騒動に巻き込まれ、痛い目にあっているかもしれない。それならそれで、助け出す必要もあるだろう。
一人空地に残ったクラウスも心配だが、まずはとにかく目の前のことだ。
ぱちんと自分の頬を叩くと、カミラは見知った顔を探し、大通りを駆けだした。
〇
ヴィクトルが好きだった。
ヴィクトルの幸せを願っていた。嘘ではない。
ヴィクトルが自分を選ばなくても、彼が幸せであれば構わなかった。済ました顔で「おめでとう」と言える、格好良い自分を誇っていた。
でも、ミアが相手ならば、ヴィクトルは幸せになれないかもしれない。
ミアは貧乏な職人の娘だ。育ちが悪く、教養もなく、口ぶりも男みたいに素っ気ない。職人たちは品がないと、もっぱらの評判でもあった。
ヴィクトルの家柄であれば、もっと裕福な家の娘が似合いだろう。その方が、互いの家にとっても幸福だ。裕福であれば家同士で助け合えるし、縁も広がる。商家の息子であるヴィクトルならなおさら。縁はそれだけ価値がある。
ヴィクトルの幸せを願っていた。
だからこれは、ヴィクトルのため。
お前は正しい。
お前はなにも悪くないと、自警団の人たちはみんな、フェアラートに言ってくれた。
〇
広場に作り上げられた、楽団のための小さな舞台。
花よりも鮮やかに舞台を飾るのは、引き裂かれた真っ赤なドレスだ。
ドラムの膜は破られ、スティックは折られている。フルートとオーボエを折るのは難儀した。鉄でできたその二つは、広場の段差に叩きつけ、どうにかこうにか傷がつく程度。だが、キーがいくつか飛んだおかげで、まともに吹くのはもう難しい。
後はバイオリンだけだった。
木製のバイオリンを、叩き折るのは難しくない。女の力でも、地面に叩きつければ簡単に壊すことができる。
これで最後と振り上げて、振り上げて――振り上げたまま下せないでいるうちに、ヴィクトルたちが駆けつけてきた。
「フェアラート! やめてくれ!」
ヴィクトルの叫び声に、思わず手が止まる。だが、そのすぐ横にミアがいるのを見つけてしまった。
「どうしてこんなことをしたんだ!」
嘆くような悲鳴に、フェアラートは顔をゆがめた。どうして。理由は簡単。すべてヴィクトルのためだ。
笑うように息を吐くと、やっと決意が固まった。フェアラートはいっそ穏やかな気持ちで、振り上げたままだったバイオリンを振り下ろし――――。
「やめなさい!」
バイオリンが地面にあたるよりも先に、ヴィクトルの声よりもずっと近くで、鋭い女の怒声を聞いた。
同時に、体が強い衝撃を受ける。
女の体当たりを喰らい、地面に転がされたのだと、少し遅れて気がついた。自分の体に馬乗りになるその女に、フェアラートは覚えがある。
きつい目つきに険しい顔つき。高圧的な視線をフェアラートに寄越すのは、誰もが知っている悪役女――――カミラだ。




