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4(3)-9

「アロイス様を見なかった?」

 カミラの問いかけに、答えられる人間はいなかった。


 ブルーメの広場は、朝から祭りの準備に騒がしい。

 ヴィクトルたちが自分たちの演奏する、飾り付けられた舞台を見ながら、ああだこうだと言い合っている。

 広場の片隅には、着替えやら物置やらで使うための、簡易なテントが作られている。その中では今、ミアが衣装の最終調整中だ。ニコルはその手伝いで今は姿が見えない。

 クラウスは広場の中央で、自警団の若者たちへ指示を出している。屋台が軋むだの、荷物を運んでほしいだの、力仕事を言いつけられた若者たちが、あっちこっちへ走り回っていた。

 大通りでは、ギュンターを中心に、食材の運び込みやら仕込みやらで忙しない。


 その忙しい人々の中の、どこにもアロイスの姿はなかった。

 どこかで指揮を執っているのだろうと、あちらこちらに聞きまわっても、アロイスの行方を知っている人間がいない。早朝、準備に集まったときには確かにいたはずなのに、慌ただしくなってからあと、いつの間にかいなくなってしまっていたらしい。

 ――花冠、編むの手伝ってもらおうと思ったのに。

 花屋から届いた花は、祭りの飾りつけをしてもなお、大量に余っていた。テントの中で黙々と編むのにも飽き、どうにかして楽をしようとアロイスを探していたものだが、当てが外れてしまったようだ。

 ――なにをやっているのかしら。

 すごすごとテントに戻りながら、カミラはアロイスの行方を悶々と考えていた。用足しにしては長いし、誰も行方を知らないのもおかしい。

 だけど、アロイスは無闇に姿をくらますような人間でもない。出かけるときは必ず言付けを残し、護衛を一人二人連れて行くはずだ。

 それなのに、無言でいなくなるなんて、彼らしくもない。まさか事故にでも遭ったのか、あるいは――――。

 ――嫌な予感がするわ。

 クラウスに捜索を依頼するべきか。いやいや、もう一度周囲を探してみるべきか。案外、すぐ近くにいて、運悪くすれ違っていただけかもしれない。でも――。


 テントの中、ミアとニコルが一生懸命に衣装の皺を伸ばす横。

 一人眉をしかめるカミラの不安は、大通りから響く爆音にかき消された。


 〇


 突如響いた爆音に、カミラは慌ててテントから飛び出した。ミアやニコルも目を丸くし、何事かとテントを出る。

 広場にいた他の者たちも同様だ。カミラがテントを出たのとほぼ同時に、ヴィクトルたち楽団も、楽器を投げ出し舞台から駆け降りてきていた。「どうした」「なにがあった」と、広場がにわかに騒がしくなる。

 大通りにいる人々もまた、ざわめいていた。幸いと言うべきか、見える範囲の屋台に被害はないらしい。しかしだからこそ、誰も彼もなにが起きたのかわからず、戸惑っていた。

「た、大変! 大変よ!」

 そんな人々を割って、鋭い悲鳴じみた声が響いた。

 ざわめく中にもよく響く声は、カミラも良く知ったものだった。声と共に、通りから広場へ飛び出してきた人の姿に、カミラは目を見張る。

「フェアラート!?」

 思えばたしかに、楽団が舞台を見ているときにも、フェアラートの姿はなかった。アロイスを探すことに夢中だったせいで、気に留めていなかったのだろう。

 なぜ、彼女一人だけ広場を離れていたのだろう。当たり前の疑問も、フェアラートの続く言葉に忘れてしまう。

「裏通りの空き地で爆発が起きたの! 資材がめちゃくちゃになって、人手がいるわ! みんな、手を貸して!!」

 裏通りの空き地は、大通りを少し横道に入った先にある。大通りにも近く、誰も使用していないため、屋台づくりのために集めた木材や、テントには置ききれなかった花や布、屋台で使う調理道具など、雑多なものの置き場にしていた場所だ。

「誰か巻き込まれているかもしれないわ! お願い、早くみんな、空地へ行って!」

 必死なフェアラートの声に、カミラは迷わなかった。真っ先に広場を飛びだすと、大通りの先へと駆けていく。

 少し遅れて、クラウスやヴィクトルたちがカミラを追いかける。


 ――問題なんて起こさせないわ!

 爆発の原因がなんなのか。事故なのか、事件なのか、そんなことはカミラにはどうでもいい。

 ――絶対に成功させてやるんだから!

 カミラ自身のためにも――アロイスのためにも。

 強い気持ちを噛みしめ、カミラは通りを駆け抜けた。


 〇


 男手の半数近くを引き連れてまでやって来た、裏通りの空き地は――一言でいうなら、たいしたことはなかった。

 たしかに爆発は起きたのだろう。細い木材は折れているし、板は割れている。せっかくの花も散らばり、調理道具も軽いものは吹き飛ばされている。

 爆心地らしい地面は、土がえぐれている。ニコルがしばらくその地面を眺め、魔力の大き目な暴発らしいと告げた。

「魔石の魔力が暴走したのかもしれません。……普通はないことですけど。意図的にやれば、できないことじゃないです」

「意図的?」

「はい。魔石ってすごく魔力が安定しているんですけど、外側から魔力を与え続けると不安定になって、そのうち形が保てなくなるんです。……ええと、めったにやることじゃないですけど、やろうと思えば、一応誰にでもできるはずです」

 人間には、最低限の魔力が必ずある。強さ弱さはあるものの、魔力を流すこと自体は必ず誰にでも可能だ。

 そして、魔力自体は魔石があれば補うことができる。二つ魔石があり、片側から魔力を吸い、もう片側に魔力を注ぐ。こうすることで、誰にでも暴発を引き起こすことは可能だ。

 もっとも、高価な魔石を消費してまでやる価値のあることではない。二つの魔石を浪費して、制御不能の暴発を起こすより、その魔力を魔法を使える人間に与えた方が、よほど効率がいいからだ。


 ニコルの説明に、カミラは顔をしかめた。要するに――これは意図的に引き起こされた爆発で、犯人がいるということだ。

 ――誰が。

 カミラの疑問より早く、クラウスが頭を掻いた。笑うように目を細めると、少しも面白くなさそうに、空地へ集まった人々を見回す。

「フェアラートはどうした」

 その言葉にはっとする。慌てて周囲を見回すが、空地へ来るようにと訴えた張本人、フェアラートの姿がない。

「なるほどね。誘導されたかあ」

 クラウスが顔をしかめ、えぐれた地面を一瞥した。ヴィクトルたちが青ざめる。連れてきた心配そうに大通りに振り返った。

 ――戻らないと。

 カミラがそう思ったとき。今度は広場の方角から、騒々しい――――いくつもの怒声が響いた。

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