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花屋は修羅場だった。
「フランツ様からのお達しである! 決して、祭りなどという不届きな騒ぎに協力しないように! 花を売る場合は、フランツ様からの依頼のみとするように!」
「知ったこっちゃないよ! そんなことで商売ができるか!」
「不届き者が! フランツ様のお達しであると聞こえなかったのか!」
「聞いていたさ! フランツ様が花を買ってくれたことなんて一度もないだろう! うちの店に潰れろっていうのか!」
「買う者がなければ潰れるのも道理。潰れるようであれば、そもそも花などという軟弱なものは、このブルーメには不要だったということだ!」
店の外にも聞こえる大声で、店の主らしき恰幅の良い女と、数人の男たちが言い合っていた。カミラとアロイスが店に入ったことにも気が付いていないようだ。彼らは振り返りもせず、いがみ合いを続けている。
嫌でも目に付く言い争いはさておき、店の中は妙に殺風景だった。
原因は、冬場で花がないせいだろうか。がらんと広い店内には、空の植木鉢と、冬でも枯れないわずかな草木があるばかりだ。雑多に置かれた鉢を見るに、もしかしたら本来、冬は営業外なのかもしれない。
先客である男たちも、花を買いに来たわけではないだろう。ブルーメらしくない、堅苦しい兵隊めいた服装に、腰に下げた剣。物々しい口調の男たちに、カミラは見覚えがあった。
――自警団だわ。
元々町にあった、若者たちの自治集団ではない。フランツが作った――ヴィクトルたちを捕らえ、人前でカミラを侮辱した自警団だ。忌々しい記憶がよみがえり、カミラは思わず顔をしかめる。
しかもよくよく見れば、その顔ぶれにも覚えがある。特に、前面に立って胸を反らし、店主を責める男の顔は忘れがたい。済ました顔の偉そうな男こそ、まさにカミラを侮辱したその人物だ。
「やめなさい!」
男の姿を認めるや否や、カミラは後先考えずに叫んだ。「誰だ!」と男たちはそろって振り返り、カミラの顔を睨みつける。
そしてカミラ――――の隣にいるアロイスに気付くと、驚きと戸惑いに顔をしかめた。
「あ、アロイス様!? こ、これはまたこんなところへ、どうされましたか」
中でももっとも慌てふためいているのは、いつかカミラを侮辱した男である。以前にもアロイスと対立したせいだろうか。二度目はないと思ったのかもしれない。
「花屋に用があって来たが……フランツにしか花を売ってはいけないのであれば、私も例外ではないのだろうな」
アロイスは澄ました顔でそう言った。あまりにさらりと口にしたため、カミラにはその言葉が、嫌味であるのか本気であるのか、瞬時に判断ができなかった。
「い、いえ、まさかアロイス様に物を売れないなんてことは」
だが、男はしっかり嫌味と受け取ったようだ。 先ほどまでの威勢は消え、すっかり尻込みしてしまっている。肩を縮ませる男の姿に、彼の手下らしい他の自警団も戸惑っているらしい。なんだかんだ言っても、やはりアロイスは領主。モーントン領においては絶対的な影響力があるのだ。
男は小さくなりながらも、自分の手下たちを見回した。それから、さっと手を上げて、外へ出るように促す。
「お前たち、引き上げるぞ! アロイス様、我々どもはこれにて……」
媚びるように頭を下げると、男は手下を引き連れ、逃げるように店を去っていった。
その後姿を、アロイスは澄ました顔で見送りながら、「ふむ」と一人腕を組んだ。
「信念のある者たちというわけでもないのか」
つぶやくアロイスの横顔を、カミラは眉をしかめて見上げた。
――なにか企んでいる顔だわ。
良い子であっても利他主義者であっても、これまたなんだかんだで、やはりアロイスは領主なのだ。
〇
なりゆきで自警団を退けたせいもあるのだろう。花屋の協力は、存外簡単に仰ぐことができた。
花屋曰く――。
「町のあっちこっちに花があるせいで、花屋が軽んじられている。花束や花飾りみたいな、人の手で摘まれた花の美しさをしっかり宣伝するように――――ですって」
すっかり集合場所になっている地下で、カミラはここ数日の成果を話していた。町を回って、いくつかの花屋にも声をかけてみたが、おおむね祭りについて好意的に受け入れられているらしい。
理由は、もともとフランツ派閥から目を付けられていたせいだろう。彼らには、参加を拒みフランツに義理立てをしたところで、なんら有益なことはない。だったらさっさと、クラウスに尻尾を振ろうということなのだ。
一方で料理屋となると話が違う。食はモーントンに許された唯一の娯楽。フランツ派の人間たちだって大事な客となる。
「こっちは、料理長に話をつけてきた。アロイスのためなら協力するってよ」
だが、これもクラウスがどうにかしてきてくれたらしい。ギュンターに声をかけるのは、もっぱらアロイスとクラウスの仕事だった。というのも、未だにカミラとギュンターは絶縁中だからである。
悪いのはカミラであるが、いつまでも拗ねたままのギュンターには、いい加減腹が立ってくる。
「あとは、町のやつらにも話を通してくれるってさ。やっぱり、ブラント家の名前は強いね。怖いくらいに横につながっている」
むすっとしているカミラはさておき、クラウスの語る成果は上々だ。
いつだったか、ギュンターが自負していた「俺の一声で飯屋が動く」という言葉に偽りはなかったらしい。没落貴族であるブラント家の一党は、今やモーントン領の各地に散り、料理人としてそれぞれ身を立てている。
このブルーメの町も例外ではない。『美味い店には赤毛の料理人がいる』と言われるくらいには、町に入り込んでいるのだ。
ブラント家は没落後も――いや、没落したからこそ、横のつながりが強い。他家から目を付けられ、苦しい生活を強いられてきた彼らは、互いに協力し合うことを惜しまない。特に、当主の血筋であるギュンターの影響力は強い。ギュンターがアロイスの下にいるおかげで、料理屋でのアロイスの評判はすこぶる良いのだとか。
「それで、男手の方はどうなった?」
クラウスは次に、ヴィクトルに目を向けた。現在はバイオリンを置き、練習は一時中断。事務報告会に参加中の彼は、クラウスの言葉に親指を立てる。
「ばっちりですよ。自警団――もともとの自警団の連中に話したら、力仕事を引き受けてくれるって。最近はフランツ様のところの連中が幅を利かせていて、不満がたまっていたみたいです。……ただ、そのぶん警備の方が手薄になりそうですが」
「大丈夫。警備の方も心当たりができた。これで人の方は足りそうだな」
クラウスはそう言って、満足そうにうなずいた。それから、屋台の基礎はどうするだの、いつから準備をするだのと話し合っている。
――順調だわ。
障害らしい障害はなく、着々と計画が進んでいく。態度にそぐわず、クラウスのかじ取りがしっかりしているおかげだろうか。どうやって丸め込んだのか、反対すると思われた当主のルドルフさえ、いつの間にか黙認の姿勢に変わっていた。
町の人々も、クラウスに協力的だった。もともとの町の気質か、それともクラウスへの期待や信頼なのか。禁じられた娯楽をしようというのに、たいした抵抗もない。
もしかしたら、内心ではみんな望んでいたのかもしれない。人目をはばかり、隠れるだけではない楽しみを。
伝統と歴史にがんじがらめな、モーントンが変わることを。
季節が変わり、春になるまであと半月程度。新年の歓待を受ける、という名目で訪れたブルーメだ。年明けと同時に訪れる春を祝えば、カミラとアロイスは領都へと戻る。
長い滞在の最後を彩る祝祭は、楽しいものになる。
カミラはそう信じている。