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懲りずに次。『二、食事の内容を変える』だ。
モーントン領は豊かとはいえ、砂糖も脂もぜいたく品であることには違いない。特に真っ白に精錬された砂糖は、まず庶民の手には入らない。
カミラの実家も伯爵家。シュトルム伯爵ほどの家格であれば、不自由ない程度に砂糖を使うことはできたが、それでも高価なものという認識があった。
それを、アロイスは湯水のように使う。湯水。比喩ではない。紅茶に溶かし込む砂糖の量は、元の紅茶の体積よりも多いくらい。茶葉の味を無視した暴挙である。
味付けは暴力的に濃い。沼地のモーントン領には塩の産出がなく、領外からの輸入に頼っているにも関わらず、惜しげなく料理に注ぎこまれている。あれでは塩のかたまりをかじっているのと変わらないだろう。
以前、アロイスはカミラに、料理人の価値は料理の価値だと言った。が、冷静になって考えてみれば、こんな味付けでは誰が作っても変わらない。味も感じない塩辛さに、料理が泣いているだろう。
モンテナハト邸に来た当初。アロイスと同じ料理を出されたカミラは、そのあまりの味の濃さに腹を下したことがある。これでは、体にだって悪いはずだ。
しかし、食事の内容を変えるためには誰に言えばいいのだろう。
アロイスに言おう、と真っ先に考えたが、ふとカミラは思いとどまった。先日のことがあったせいで、どうせ、アロイスに言っても無駄ではないかと思ってしまったのだ。
アロイスでなければ、厨房の料理人か。あるいはアロイスの生活を取り仕切る――――侍女長のゲルダだろうか。
――嫌だ。
すごく嫌だ。話しかけたくない。
だって、カミラを敵視しているゲルダのことだ。話を聞いてくれるはずがない。
だが、料理人に話をすれば、自動的にゲルダにも伝わるだろう。料理のメニューも材料も、料理人一人で管理しているわけではない。急に砂糖の消費量が減ったら怪しむだろうし、メニューが変われば給仕の使用人も気がつく。
なにより、ゲルダに黙ってアロイスの生活に口出しをするのが恐ろしい。ゲルダのことだ。必ずあの空恐ろしい態度で、カミラに詰め寄るに違いない。
それなら、はじめから打ち明けた方がいくらかマシというものだ。
――……致し方ないわ。
尻込みしていても、アロイスが痩せることはない。これもひとえにカミラ自身のため、やらねばなるまい。
それに、ゲルダはモンテナハト家の忠実な侍女。アロイスの爛れた食生活に少しは思うところはあるだろう。もしかしたら、あっさりカミラの要求を受け入れてくれるかもしれない。
○
「最高のものを、惜しむことなく使うように。これが今は亡き旦那様と奥様のお言葉です」
もちろん、あっさりとはいかなかった。
アロイスの食事について注進したカミラに対し、ゲルダはいつものように冷徹な態度を返した。
「最高の脂、最高の砂糖、最高の塩。ふんだんに使い、誇りあるモンテナハト家として、食に決して困らせることのないように。旦那様と奥様は、いつもそう仰られていました」
モンテナハト家の先代。アロイスの両親は、すでにこの世にはいない。アロイスが十五歳のころに、事故で亡くなったのだと言う。それからはアロイスがモンテナハト公爵の地位を継いだが、亡くなって八年たった今でも、ゲルダのような古参の使用人たちからは、『旦那様』『奥様』と呼ばれ続けていた。
先代も、アロイス同様、ほとんど領地から外に出なかったため、王都ではその人物像についてあまり知られてはいない。アロイスからも特に話を聞いたことはなく、カミラはせいぜい、使用人たちから慕われていたらしい、ということくらいしかわからない。
――でも、きっとめちゃくちゃに甘やかしたんだわ。
そうでもなければ、あんな体型にはなるまい。食べたいものを食べたいだけ食べさせた結果、自制心なく食べ続ける精神を育んでしまったのだ。
「ふんだんにと言っても限度があるでしょう? あんな味付けじゃあ、材料がかわいそうだわ。あれなら、私の方が――――」
言いかけて、カミラは慌てて口をつぐむ。危うく、妙なことを口走りそうになった。ごまかすように首を振る。
「先代様だって、アロイス様の今のお姿をご覧になったら、嘆かれるんじゃないかしら」
「あなたになにがわかると言うのです」
ゲルダはぴしゃりとそう言った。ただでさえ冷たい態度が、余計に固く強張ってしまったようだ。
「アロイス様がモンテナハト家の当主として、恥じることのないように。食事は、旦那様と奥様が残されたご意思――いわば、親から子への愛です。あなたはそれを、無下にするというのですか。望まれてもいないのに他所から来た、あなたが」
――ぐう……。
そうまで言われては、ぐうの音も出ない。
かたくななゲルダにはそれ以上言葉を次げる余地もなく、カミラはすごすごと退散するほかになかった。