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4(2)-2

 レルリヒ家の屋敷は、町の中央部から外れた高台の上にある。屋敷の上階からは町を見渡すことができ、手のひらを広げたような町の形と、町に入り組む花の木々。そして、町の外に広がる花畑を一望できる。

 とはいえ、今は冬の盛り。木々は裸で、花畑には雪が積もる。レルリヒ家の裏手に広がる花畑も同様で、寒々しい枯れ地があるだけだ。

 花の町ブルーメも、今は冷たい雪の町。町は冬の静寂に沈み、春一番の開花を待つばかりだった。


 〇


 二階の客室で、カミラはぼんやりと外を見ていた。空の色は重たい鼠色で、雪は絶え間なく振り続ける。

 同じ部屋で、ニコルが忙しなく荷ほどきをしている。ときおり目の端に映るニコルは、相も変わらず不器用で要領が悪い。いつもなら、じれったさに「私にやらせなさい!」と仕事の横取りをするところだが、今のカミラはどうにも気力がわかなかった。

 原因は、到着早々に行われた、レルリヒ家との挨拶に違いない。

 少し前に行われた顔合わせを思い出し、カミラは眉間に手を当てた。知らず、ため息も出てくる。



 レルリヒ家は、ゲルダとクラウスを擁する、業の深い一族だ。

 顔合わせの際には、当主ルドルフと、彼に近しい家族を紹介された。

 当主ルドルフとその妻。二人の息子である長男クラウスと次男フランツ。ルドルフの姉であるゲルダと、兄であるルーカス。

 たった六人と挨拶を交わすだけで、カミラはどこまでも疲れてしまった。

 ――ゲルダがいるってだけでも気が重いのに……。

 跡継ぎ問題をこじれさせる一端のゲルダは、現在は休暇をもらい、レルリヒ家に帰省中だった。アロイスが跡継ぎ問題を解消に来ているのに、主要人物たる自分が蚊帳の外になるわけにはいかない、ということなのだろう。ゲルダが預かるモンテナハト家の膨大な仕事は、家令のウィルマーと、ゲルダの腹心の部下たちが、目が回るような心地で処理しているはずである。

 だが、ゲルダがこうにも力を尽くす相手は、放蕩者のクラウスなのだ。

 カミラは眉間の皺を深くした。思い返すにつけ、憂鬱になる。

 ――こじれるのもわかるわ。

 クラウスは、あまりにもふざけ過ぎだ。あろうことかあの男、挨拶の場で――アロイスのいる前で、カミラを口説こうとしたのだ。

 激怒するルーカスと、けろりとしたクラウス。フランツの嫌味に、嫌味を返すゲルダと、頭を抱える無力なルドルフの姿。うんざりしたような、アロイスの苦笑がよみがえる。

 ――当主が当主としての役割を果たせていないんだわ。

 代わりに力があるのが、彼の兄姉であるルーカスとゲルダなのだ。クラウスとフランツはいわば二人の代理戦争。兄姉に頭の上がらないルドルフは、どちらを選ぶこともできずにいた。

 ――これからしばらく、この状況の中にいないといけないのね。

 これまでのような、カミラ自身に向けられる敵意とは、また別の居心地の悪さがあった。

 声を上げても解決できない。単純な好悪では線の引けないこの状況は、カミラのもっとも苦手とするところだった。


 〇


 ニコルの荷ほどきが終わった頃、カミラの部屋にアロイスが訪ねて来た。

「カミラさん、町へ下りてみませんか?」

 アロイスは扉の前に立ったまま言った。中でゆっくり話をする気はないらしい。これから、すぐにでも出かけるつもりだろうか。着ている服も、すでに身軽なものになっている。

「ブルーメは、他の町とはまた違った空気があります。普段の散歩の代わりに、いかがでしょうか」

「……ええと」

 返事を濁しつつ、カミラはためらうように視線を迷わせた。町を歩いてみたいとは思う。知らない町を見て回るのは好きだし、気分転換もしたい。この屋敷にいると、息が詰まりそうだった。

 だが、即答ができない。アロイスと二人で外を歩くとなると、どうしても思い出してしまうのだ。

 婚約を考えてほしい――ここしばらくカミラを悩ませ続けている言葉を。

 アロイスは、カミラの内心を察したように、口元を緩めた。

「大丈夫ですよ。クラウスに案内を頼みましたから。今は、外の空気を吸った方がよいでしょう」

「クラウスですって?」

 思わずカミラは声を上げた。それはそれで問題があるのではなかろうか。今回の騒動の中心人物である。

 アロイスの立場的に、どちらかに肩入れをするのは良くないのではないだろうか。と真面目に思う一方で、実に個人的な事情で、カミラはクラウスの同行に気が進まない。

 どうにもカミラには、クラウスに対する苦手意識があるのだ。

 原因は、軽薄さや無礼さだけではない。クラウスの話し方や仕草が、どうしてもユリアン王子を彷彿させるせいだった。顔立ちも性格も似ていないのに、ふとした瞬間の視線が、表情が、線の細い横顔が重なる。

 ――外には出たい。断る理由もないし……でも……。

 渋い顔で悩むカミラに、背後から救いの声がかかった。

「奥様、お出かけですか? 外は寒いので、ちゃんと肩掛けを羽織ってくださいね」

 ニコルだ。

 どこからか引っ張り出した肩掛けを手に、駆け寄ってくるニコルの手を、カミラは反射的に捕まえた。助かった。

「ニコル! ニコルも一緒でいいですか!」

「えっ」

 驚くニコルには、悪いと思っている。しかし、今のカミラには救いが必要なのだ。

「荷ほどきも終わったでしょう。あなたも気分転換よ。――アロイス様、いいですか?」

「構いませんよ。人数が多い方が、にぎやかで楽しいですから」

 快諾するアロイスに、カミラはほっと息を吐く。「ありがとうございます」と言ってアロイスに向けた表情は、安堵と後ろめたさがないまぜになった、カミラらしからぬ苦笑だった。

 カミラに返したアロイスの笑みも、不安の混ざった固いもの。互いのぎこちなさに気が付いていながら、カミラにもアロイスにも、今はどうすることもできなかった。

 ニコルだけが不可解そうに、アロイスとカミラを見比べていた。

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