3.5-1
アインストで起きた魔石災害から、ひと月ほどが経った。
町の地下の調査はすでに終わり、現在は復興の真っただ中にある。
がれきを片付け、張り巡らされた鉱脈を避けつつ、新しい土地を拓いていく。壊れた街道を作り直し、地盤とにらみ合いながら、簡易な住居を建てる。
今では人々の大半がテント暮らしを終え、新しい建物に移ってきている。急ぎで作った、大きいだけの簡素な集合住宅だが、それでも雨風がしのげ、腰を落ち着けられるだけ、テントよりはずっとましだ。
居場所が定まりはじめ、これからするべきことが見え始め、町の再建が本格的に始まる。
災害で崩れた町と、沈んだ人々の気持ちも、修復を見据え前を向き出す。
その立役者は、グレンツェから来た支援の人々だった。
○
「グレンツェから人を呼ぶですって!?」
ひと月前、最初にアロイスから話を聞いたとき、カミラは度肝を抜かれたものだった。
アインストとグレンツェの不仲は有名である。実際、アインストの町に来てから、カミラは特に実感した。
二つの町は、正反対の性質を持つ。明るく雑多で、荒々しいグレンツェ。静かで几帳面で、生真面目なアインスト。不幸なのは、お互いに同じ採掘で成り立ち、モーントンを支える都市であると言うことだ。
まったく関わりがなければ、互いに関心を抱くこともなかっただろうに。比較ができてしまうばっかりに、特にアインスト側が、劣等感にも似たライバル心を抱くようになってしまっていた。
そんなアインストに、グレンツェから救援を呼んで、問題が起こらないはずがない。今のアインストはなおさら、災害の後で神経質になっている。よそ者を拒むアインストの気質もあり、喧嘩が絶えなくなるのではないか。
そうカミラが思うのも、無理はないことだった。
「アインストから一番近い町ですし、グレンツェの人間ならば、魔石や瘴気の扱いにも長けています」
おののくカミラに、しかしアロイスは平気な顔で言ったものだ。
「ファルシュは山岳で、こちらへ来るには手間がかかりすぎます。ブルーメは、今はちょっとごたごたしていますし。領都からも人を呼びますが、当面は距離的にもグレンツェから呼んだ方がよいでしょう。あの町は、採掘をしているだけあって、力仕事に長けた者も多いですから」
「ううん……その通りですが……」
アロイスの言うことには無理がない。同じ採掘町であるグレンツェの人間は、災害に対する心構えもある。だいぶ薄れたとはいえ、未だはびこる瘴気と魔石の暴発危機に対し、適切な行動をとれるだろう。
なにより、アインストに最も近いのがグレンツェだ。わざわざ遠くから人を呼ぶ必要なんてない。
わかる。頭では理解ができる。アロイスの選択は効率的で、おそらく一番理に適っているのだろう。
――でも。
反論にならない、感情的ななにかがカミラをためらわせる。
渋い反応のカミラに対し、アロイスはにこりと微笑んだ。
彼がよく見せる、人を安心させるような穏やかな表情だ。
「それに、これがきっかけで、二つの町が上手くいってくれるかもしれません。こういう時でなければ、お互いに内実を知ることもないですから」
アロイスの言葉は冷静で、落ち着いていて、間違いがない。
だけど、カミラは素直に頷くことができなかった。
まるで――弱ったアインストに、付け入るように思えてしまったのだ。
○
思えばアロイスは、めったに感情を荒げることがない。
怒ることもないわけではないが、感情的にそうすることがないのだ。おそらく、カミラが覚えている限り、彼がわかりやすく感情を見せたのは、グレンツェでカミラと怒鳴り合ったときと、ニコルに形見の皿を割られたときくらいなものだろう。
自制心が強いといえばそれまで。感情に揺れないのは、領主としての長所でもある。
実際、グレンツェから人を寄越したことは正解だった。
はじめのうちこそ些細な小競り合いはあったものの、この状況下では協力しあうほかにない。お互いに力を合わせて町を立て直しているうちに、今では笑い合う姿も見られるようになった。
町を歩けば、グレンツェの人間もアインストの人間も変わらない。上層部ではまだまだ悶々としたものを抱えているらしいが、実際に接して、言葉を交わす町の人々の気持ちは、変わり始めている。
――良いことだわ。
同じ領地の中でいがみ合うなんて、馬鹿馬鹿しいとカミラは思う。特に、アインストの閉鎖的な空気は、カミラの肌には合わない。窓を開け、人々を受け入れ、変わっていくのは掛け値なしに良いことだと思う。
――良いことだけど。
アインストはきっと、良い方向に変わっていく。たぶん、アロイスの思惑通りに。
だけどアロイスの思惑だって、この町を思ってのことだ。彼はいつだって、良き領主として土地のことを考えている。
それなのに、どうしてかカミラの心は煮え切らない。言葉にできないもやもやとしたものが渦を巻く。
多少の衝突は覚悟して、災害を好機と見たアロイスの判断は冷静で、間違いない。
いや。
――冷静というより、冷徹だわ。
一人、アインストの与えられた部屋で悶々としていたカミラは、慌てて思考を追い出した。
アロイスも町の人々も、もちろんグレンツェの人々も、誰もが町を良くしたいと考えている。こんなことを考えてしまう自分自身の方が、カミラにはよほど冷徹のように思えた。




