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3-4

 モーントン領には、領都を含めて五つの大きな町がある。

 領地の南端に位置するのが、モーントン領都。東のファルシュ。西のブルーメ。北のグレンツェ。そして、中央に位置するのがアインストと呼ばれる町だ。これらの町を中心に、さらに細かい町や村、集落が広がっている。

 五つの町にはそれぞれ、強い影響を誇る家がある。

 領都は当然、モンテナハト家の力が強い。

 ファルシュはエンデ家の拠点となる、魔法技術と研究が盛んな山間の町。

 ブルーメはレルリヒ家の庇護下の町。モーントン領では最も穏やかな気候の町で、香水の名産地でも知られている。

 グレンツェは、かつてのブラント家が支配していたが、今は面影もない。交易と魔石採掘で、十年足らずのうちにモーントン第一の町にまで発展した。

 アインストは、かつてのモーントン第一の町だった。グレンツェと同様に魔石の採掘地として有名であり、マイヤーハイム家の主導の元、現在も盛んな採掘が行われている。




 頭の中に地図を浮かべられるようになったのは、アロイスの教育のたまものだろうか。

 ここひと月で、カミラは一生分の勉強をした気がする。

 勤勉なアロイス様――と言ったのは、ゲルダであっただろうか。癪であるが、まったくもって同意見だ。アロイスは勤勉すぎる。勉強をするのが、好きで仕方がないのだ。

 その勤勉さを、もう少し外見を磨くことに向けてくれればよいのに。

 などと恨み言を思いながら、気迫に負けてカミラは今日も、アロイスとの勉強会に参加していた。


 ○


 窓から吹き込む風は冷たい。


 いつの間にか冬を迎えたモンテナハト邸において、中庭でのお茶会は苦行に等しい。ゆえに、アロイスの私室にて茶会――もとい勉強会が開かれる。

 モーントン領の始まりから現在に至るまで。アロイスの言葉通り、語ることはなくならなかった。過去から順に語るため、なかなか現代まで時代が進まない。アロイスはできるだけ興味を引けるようにと、カミラの知ったことと絡めて話を進めてくれてはいるが、何しろ覚える量が多すぎて、頭に入りきらなかった。

 よくもそこまで記憶できるものだ。とカミラが愚痴交じりにこぼせば、アロイスはちょっと困ったように笑った。

「良い領主になれと、両親にきつく言われていましたから」

 だから、領地について知らぬことがないようにと、学んできたのだ。

 アロイスの両親はすでにない。遺言に従っているのだと思うと、たいそうな反発も気が引ける。

 それに勉強会の間は、アロイスはカミラに教えることに夢中で、食べることをほとんど忘れている。間接的にアロイスの食事制限をできているのだと思えば、アロイスを色男にしたいカミラの思惑通りでもある。

 ――――と言えなくもないはずだ。


 自分を誤魔化しながら、望まぬ勉学にいそしむカミラは、ふと吹き抜けた風の冷たさに顔を上げた。

 しびれるほどに冷たい風だと思ったが、風が抜けた後も肌がしびれる。ピリピリとした感覚は、やけどをしたときと少し似ていた。

「……瘴気の風、一段と強くなりましたね」

 しびれる頬に手を当て、カミラは渋い声で言った。


 気候のせいだなんだと聞いていたが、ここ数か月、瘴気は一向に弱まる気配がない。それどころか、今では魔力のろくにないカミラでさえ、瘴気を感じられるほどに強まっていた。

 おかげさまでニコルは感情の揺れもなしに物を壊すし、他の魔力持ちたちの失態もしばしば見受けられるようになった。

 なにより問題なのは、カミラの肌の傷みだった。瘴気に慣れないカミラは、モーントン領出身の人間たちより、ずっと傷みやすいらしい。手入れに使う肌荒れ対策のクリームも、瘴気に対しては効きが悪く、ここしばらくのカミラの悩みの種であった。

 こうなるともはや、アロイスの顔を気にしてはいられない。まずは自分が第一だ。

 自分が荒れた肌を晒しながら、アロイスに偉そうなことを言えるものか。というのがカミラの考えだ。ひとまずは化粧で隠した吹き出物を、どうにかして治すのが最優先である。


 などというカミラの内心を、アロイスは知らない。

「そうですね。早々に収まると思っていましたが、少し長引き過ぎです」

 渋い声のカミラに対し、まじめに答えるアロイスの表情も渋い。彼の場合は、決してカミラのように自分の肌を気にしてのことではない。

「採掘地の方で、なにか起こっているのかもしれません。グレンツェとアインストでは、今は魔石採掘を中止し、魔石の鉱脈には近づかないようにと指示を出しています。周辺の小さな採掘町も含めて、じきに避難させる必要があるでしょうね」

 魔石の鉱脈。と聞いて、勉強漬けのカミラの頭には、すぐにモーントンの代表的な二鉱脈が浮かんでくる。

 一つは、グレンツェの魔石鉱脈だ。グレンツェの鉱脈は沼地の底にある。沼のある場所がすなわち魔石の取れる場所であるため、はたから見てわかりやすい。

 もう一つは、アインストの魔石鉱脈。こちらもグレンツェと同様、沼の底に鉱脈が。しかし、アインストはグレンツェと異なり、過去に採掘のため、いくつかの沼地を枯らしてしまっていた。こうなってしまうと、今では見た目だけで判断が付かない。過去の記録や現在の沼地の配置から、鉱脈の位置を推定するしかなかった。

「魔石が新たに作られるとき、瘴気の噴出が強くなります。瘴気から魔石が形成される際に、魔石と成れなかった瘴気があぶれて外に噴き出すのだというのが通説です。そういう瘴気は恐ろしく濃く、魔力を帯びた危険なものです。うかつに触れれば、暴発してしまうかもしれません」

 大昔の魔石採掘では、多くの人間が死んだとカミラは聞いている。

 魔石のある所は、魔力の渦巻く場所でもある。魔力と魔力のぶつかり合いは、だいたいが危険な結果をもたらす。魔石同士の魔力であったり、魔石に成れない瘴気の持つ魔力であったり、あるいは人間自身の魔力であったり。その力が触れ合い、爆発、周囲を巻き込んでの死亡事故は、枚挙にいとまがない。

 現在は、かつてほど瘴気の噴出も強くはなく、鉱脈もおおよそ特定がされている。魔石の採掘は魔力持ちを先導に、魔力の揺れを見ながら行うおかげで、事故も減った。それでも、完全になくすことはできていない。

「魔石は便利ですが、同時に危険なものでもありますから。――――何事も起こらないと良いんですけれど」

 吹き込む風に目を細め、アロイスは憂いを帯びた言葉を吐く。

 彼の視線の先には、空を埋め尽くす曇り雲と、瘴気の立ち込める沼地が果てしなく広がっていた。

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