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3-3

 モンテナハト家は、王家の分家であるのは知っての通り。

 数百年前の王弟が、モーントン領を切り拓いたのが始まりだ。

 かねてより流刑地であったモーントン領の沼地を開き、魔石を採掘しながら町を作った。これが、モンテナハト家の開祖。

 開祖である彼には、仕える四人の忠臣がいた。王都を離れ、辺境を拓く彼についてきたその四人は、のちに爵位を与えられ、今でも四つの家柄としてモンテナハト家に仕えている。


 一つはエンデ家。血脈に強い魔力を宿し、魔法技術に長けた家柄。

 一つはブラント家。器用な人間が多く、物作りに長けている。かつては魔石採掘の発展に尽力をしたという。

 一つはレルリヒ家。政務に長けており、モンテナハト家の頭脳を務めていた。

 最後に、マイヤーハイム家。武に長けた彼らは、現在まで変わらず、四つの家柄の筆頭でもあった。



「……ブラント?」

 昼を過ぎたアロイスの私室。いつもなら茶会の菓子が並ぶテーブルの上に、今は古い本が積まれ、筆が転がる。妙に饒舌なアロイスを前に、肌荒れを治しに来た、などととても言える様子ではなく、カミラは大人しく彼の講義を聞いていたところだった。

 が、どこか聞き覚えのある単語に、カミラはついつい遮って声を上げる。

「ギュンター・ブラント? あの料理人? あれが貴族なんです?」

 まさか、と思った。口は悪いし、粗野であるし、とうてい爵位を持っているようには思えない。町で声を上げながら、食堂でもやっている方がお似合いだ。

 アロイスはカミラの向かい側。モーントン領の地図や家系図を広げながら、カミラの言葉にうなずいた。

「そう。準男爵です。ブラント家はすでに没落しているので、爵位は返上していますよ。ギュンターが生まれるより前の話ですので、あまり貴族という感じではありませんね」

「ははあ……」

「没落したのは彼の曾祖父の代です。原因は、他家と揉めたためだそうです。それからブラント家は、ずっと不遇の時代を過ごしてきました。この辺境では、王都よりもずっと家柄が重いものですから」


 今のギュンターからも垣間見える通り、ブラント家は気風が良くて快活な性質だ。モーントン領の伝統にも歯向かう気概がある。その一方で、政治的には明るくないのが致命的だった。

 貴族の格も、他家に比べて一段落ちる。もとより、あまり他家から良い顔をされていなかったのだ。没落も、いつかは起こることだった。

 モーントン領では、ブラント家を除く三つの貴族の影響力を馬鹿にはできない。他家に睨まれたブラント家が、没落後にまっとうな暮らしができるはずもない。影に隠れ、息をひそめ、ひっそりと暮らしてきた。

 ギュンターを見出したのはアロイスだ。アロイスが領主の座を継ぎ、領地を訪ねて回った際、偶然立ち寄った町の食堂で、料理人をしていたのだという。


「この土地では、髪色でだいたいの家柄を察することができますからね。ブラント家の場合は、赤色がよく目立ちます」

 アロイスはその料理の腕に感服して、料理人を呼びつけた。現れたのは、鮮やかな赤い髪に、ブラント家の特徴を宿した厳めしい顔つきの男。

 彼こそが、ブラント家直系の長男。ギュンター・ブラントだった。

「埋もれさせておくにはあまりに惜しいと思いました。ブラント家はもとより、手先の器用さを誇ります。料理だけではなく、様々なものを作ることができるはず」

 ところがどっこい。いつの間にやらブラント家は料理に傾倒していた。町々に潜み、隠れて料理をしていた一族は、アロイスの許可を得て独立し、表立って店を持つことが許された。アロイスの目論見は外れたが、ブラント家にとっての救世主であることには変わりない。


 ――だから、恩があると言ったのね。

 アロイスの話を聞きながら、カミラは厨房のギュンターを思い返す。もしかして、「町中の飯屋が動く」と言ったのもはったりではなく、事実なのか。ブラント家を動かすことができる、と。

 ふむ、と頬に手を当て、カミラは息を吐く。どうやら興味が引けたらしい様子を見て、アロイスは安堵半分、満足半分に目を細めた。

「ブラント家は準男爵ですが、他家はみんな男爵以上です。エンデ家とレルリヒ家が男爵。マヤ―ハイム家は子爵。あまり血を合せない家柄なので、髪色も家独自に特徴があります。ブラント家は赤。エンデ家は金。レルリヒ家が明るい茶。マイヤーハイム家は栗毛色ですね。もちろん、例外もありますが」

 ふんふん、と頷きながら、カミラは屋敷の使用人たちを浮かべる。

 たしかに、使用人たちの大半はアロイスの言う髪色に分類ができる。特に、上級使用人たちにはほぼすべてが当てはまるだろう。割合でいうと、エンデ家の人間がかなり多い。次いでマイヤーハイム家。明るい茶色の髪をした人間は、ほぼ浮かばない。

 いるとすれば――――。

 いつも伸ばした背筋。カミラを見据えるとび色の目。憎しみを隠さない視線。きっちりと結んだ、白髪交じりの髪の色。深い皺を眉間に刻んだ、一人の女の顔が浮かぶ。

「……となると、ゲルダはレルリヒ家の人間なんですね」

「はい。彼女は現在のレルリヒ家当主の姉でもあります。典型的なレルリヒ家の人間で、頭の回転が早く、政務に長けています。少し融通の利かなくて、固いところもありますが」

 少しというには、カミラにはいささか異論がある。ゲルダは伝統と家柄に縛られた、がちがちの固形物だ。

 カミラへの辛辣な態度は、伝統を重んじるモーントンの人間ゆえ。外部からの侵入者を疎んでいるせいだろう。血筋を守って近親婚を繰り返してきたくらいだ。いくら高位の貴族であろうが、領外の人間に対して良い顔はするまい。

 ――でも、それにしても行き過ぎているわ。

 他の使用人たちは、カミラを避けてこそこそ噂をする程度。だが、ゲルダは避けもせず、真正面から敵意をむき出しにする。本当に、『固い』という言葉で済ませられるものだろうか?

「興味がおありですか?」

 いぶかしむカミラを横目で見ながら、アロイスは広げた家系図をめくる。下から現れるのは、レルリヒ家の歴代当主と、その功績。細かい字がみっしり詰まった歴史書だ。慣れた様子で手繰りながら、アロイスはカミラに向けて微笑んだ。

「夜までお話ししますよ。なにぶん歴史が長いので、語ることには事欠きませんから」

 ヒキガエル顔の肉に埋もれ、輝くアロイスの瞳を見ながら、カミラはそっと首を横に振った。

 ごめん被る。


 ○


 ごめん被れなかった。


 カミラの拒絶もむなしく、その日からアロイスとの茶会は、勉強会へと変わってしまった。

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