テレーゼの知らなかった手紙
パトリック・シュトルム様
兄さん、何度手紙を送られても、僕の気持ちは変わらない。
兄さんの支援はいらない。テレーゼを渡すつもりもない。これまで援助してもらった金も、全部返す。今は揃えられないけど、これから一生かけてでも返すつもりだ。
それで、もう口は出さないでくれ。これは、テレーゼの咎も、僕たちの状況も、すべて僕と僕の家族の問題なんだ。
これまで、兄さんにはずっと世話になってきた。窮地を救ってもらったことも何度もある。そのことには、本当に感謝している。今の僕があるのも兄さんのおかげだ。それを忘れたことはない。
だけど、兄さん。僕がいない間に、無理矢理テレーゼを連れ出そうとしたことを、僕は許すことができない。あれ以降、あの子はろくに食事もとらず、部屋でずっと泣いているんだ。
あれが、テレーゼを立ち直らせようとしての行動だとはわかっている。
兄さんにとって、今の僕はふがいないだろう。きっと、兄さんの考えは正しい。
でもね、兄さん。敢えて言わせてもらう。
余計なお世話だ。
僕たちのことは、僕たちで解決する。
テレーゼの罪も責任も、兄さんには関係ない。僕たちが負うべきものなんだ。それでこの状況になったことを、僕たちは受け入れている。
借金のことも、今の仕事も、自分でなんとかする。この家も離れるつもりだから、もう兄さんからの手紙を受け取ることもないだろう。兄さんへ返す金だけは、人づてに払わせてもらう。
これっきり、二度と僕たちの娘に関わらないでくれ。
今まで、兄さんには本当に世話になった。恩を仇で返す真似をして申し訳ない。
この薄情な弟を、許して欲しいとは言わない。
ただ、今後の兄さんに幸せがあることを、心から祈っている。
フィリップ・ノイマン
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我が友 フィリップ・ノイマンへ
おい、この間の手紙はなんだ。
事業は畳む、金を貸せ、仕事を紹介しろ、ついでに住む場所も世話しろだって? よくもまあぬけぬけと言えたものだ。
こっちは弱小商会だって、わかっているのか? いくら友人だからって、遠慮ってものがあるだろう。これだから貴族ってやつは嫌なんだ。
ちくしょうめ。結局、君にとって譲れないのはテレーゼだったってことか。君が兄貴と縁を切ったってことは聞いている。そりゃあ、金も必要になるだろう。
焚きつけた俺も悪かった。反省している。でも、さすがにそのまま受け入れるわけにはいかない。
貸せと言うなら、金は貸してやる。だけど貸すのは友としての俺ではなく、ヨアヒム・キーン商会としてだ。
いいか、商人を甘く見るなよ。こっちは利益の出ることしかやるつもりはないんだ。
まず、しっかり利子は取る。それから、君の今後に少し口を出させてもらうぞ。
今の仕事は止めるな。どうせ君には目利きしかできないのだし、そもそもやり方さえ変えれば確実に儲かるんだ。これを元手にして、もう一度やり直せ。
で、君が見つけた商品は、こっちの専売にさせてもらう。ノイマンの名前を出すのは禁止だ。適当な偽名でも使っておけばいい。
もちろん、契約についても口を出させてもらう。放っておいたら、またろくでもない分配になるんだ。そうなる前に、交渉の場には俺も呼べ。金を出しているんだから、文句は言わせないぞ。
条件が飲めなければ、金も住処も世話をするつもりはない。
返事は早めに。こっちもシュトルム家には目を付けられたくないんでね。夜逃げするなら、足がつかないようにしてくれよ。
ヨアヒム・キーン
追伸
内心、ちょっとスッとしているよ。
君の兄貴を悪く言うつもりじゃないがね。どうにも傍から見ていると、君がずいぶん低く見積もられているような気がしてたんだ。
もっとも、君は責任を感じてしまうのだろうがね。おきれいなお貴族様も、たまには痛い目を見たっていいだろう。
さあ、再三急かすが、返事は早くくれ。これから忙しくなるんだからな。