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インクのにじんだ書きかけの手紙

親愛なるお姉さま

わたしのただひとりのお姉さま

大嫌いな、大嫌いなお姉さま


 手紙なんて出すわけないのに、わたしはどうして、またお姉さまに手紙を書いているのでしょうか。

 外はいつの間にか秋になっているのに、部屋の中はいつだって暗くて冷たいまま。一人で暗闇を見ていると、色んなことが浮かんできてしまうんです。

 そういうときは、なぜだか筆を執ってしまいます。他に、どうすることもできないんですもの。

 浮かぶことは取り留めもないし、暗くて手元も良く見えないから、自分でもなにを書いているかわからなくなります。もしかして、同じことばっかり書いていたりするのでしょうかしらね。


 そういえば、お姉さま。ときどき、部屋の外でわたしを呼ぶ声がするんです。

 相手は誰だか、わかっているの。名前なら、フィリップ・ノイマン子爵と、その妻のアンネ。もう何日も、何ヶ月も返事をしていないのに、まだ声が返って来るって信じているの。

 きっと、言葉を返すなんて簡単なんだわ。はい、ってちょっと返事をすれば、それでいい。それでたぶん、部屋の外の人たちは、泣いて喜んでくれるのよ。こんな、国中から嫌われたわたしのことだって、抱きしめてくれるんだと思うわ。

 でもね、お姉さま。わたし、どうしても答えることができないの。だってわたし、あの方々のことをどうやって呼べばいいのかわからないんだもの。

 昔は、お父さま、お母さまって呼んでいたわ。たぶん、世界で一番好きだった。本当になにも知らないで、あの二人を本当に自分の両親だって思っていたときが、一番幸せだったんだわ。


 でも、実際は違うじゃない。

 わたしはシュトルム家の娘で、お姉さまの妹。本当の親でもないのに、どうしてあの人たちはわたしを外へ出そうとするの? あの人たちの優しさは、なんのためのものなの? シュトルムのお父さまたちへの義務感? 世間体? それともわたしへの同情なのかしら。

 生まれてすぐにノイマン家に預けられて、シュトルム家に戻って、また今はノイマン家にいる。押し付け合って、いったりきたり。わたしっていったい、なんなのかしら。


 ほら、声がする。お母さまだった人が泣いているわ。

 私の声が聞きたいんですって。一言でも、一目でも見たいって。必死なの。いつもよりも必死な理由も、わかっているのよ。


 シュトルムのお父さまから、私を返すようにって、二人は脅されているのよ。あの人のことだから、そんなつもりはないのでしょうけど、でも実質的な脅しだわ。私を差し出せば、このノイマン家を助けてくれるって。さもなければ、この家は潰れて、二人とも路頭に迷うことになるんでしょうね。


 お父さまだった人には、この話は断れるはずがないわ。貧乏子爵家にだって身分も立場もあるし、使用人も、養う相手もいろいろいるもの。お母さまだった人の病気だって、お医者さまに診てもらうために山ほどお金がかかるのよ。

 全部なげうつなんて、あの二人にできるはずがないわ。そんな強い人たちじゃないもの。そのうちわたしはまた引きずり出されて、シュトルムのお屋敷に行くのよ、きっと。

 その前に、一度顔を見たいってことなの。まだわたしがここにいるうちに、父と母のふりがしたいのよ。

 馬鹿みたい。そのうち追い出すくせに、家族ごっこなんてしているんだわ。さっきからずっと名前を呼んで、本当のお母さまでもない に



 インク滲んじゃったわ。

 手元が見えないと、字も満足に書けないのね。

 早く諦めてくれればいいのに。聞いていると、頭が痛くなってしまうの。考えたくもないことばっかり、いろいろ考えて、疲れちゃうの。


 ねえお姉さま、わたし、どうすればよかったのかしら。

 お姉さまだったらこういうとき、どうするのかしら。

 頭が悪くて単純で短気なお姉さまだものね、きっと部屋にこもったりはしないわ。昔っからそう、お姉さまって後先考えなくて、幸せな人だったわ。


 だからあのときも――お姉さまは、覚えていて?

 わたし、前にも閉じこもったことがあったのよ。お姉さまと違って繊細な子供だったから、傷つくことも多くて。あのときは、でも特別。ノイマン家の両親が、自分の両親じゃないって気が付いたときだから。


 わたし、今みたいに部屋に閉じこもって、誰の言葉も聞かなかったわ。メイドに執事、あの両親だった人たちからの呼びかけもね。

 覚えてないわよね、お姉さまは。わたしのことなんて、どうでもいい話だものね。

 でも、わたし覚えているわ。あの日から、大好きだったお姉さまのこと、大っ嫌いになったのよ。


 わたしが辛くて閉じこもっていたとき、お姉さま、窓からよじ登って無理やり入ってきたのよ。

 それで、ベッドの上で泣いているわたしを叩き起こして、無理矢理外に連れ出して、こんなこと言ったの。

「閉じこもっているだけじゃわからないわ。なにが不満なの。自分がしてほしいこと、ちゃんと言ってよ!」って。

 本当に単純で、幸せな人。お姉さまの世界は、ずっとそれだけで済んだのね。

 本当の両親がいて、頭が悪くて思い悩むこともなくて、言いたいことをなんでも言える人。わたしの本当のお姉さまなのに、そのことさえ知らないで生きていける人。

 でもわたしは、そんな風には育つことができなかったのよ。両親が両親でなくて、よそよそしさの理由がわかって、わたしを捨てた実の親がいて、わたしを妹だって知らない姉がいて。それでなにを言えばよかったの? よそよそしく気遣う二人に、「あなたたちなんて本当の親じゃない」って言えばよかったの?


 ……いいえ、お姉さまは、そんなことも言わないわね。

 お姉さまならきっと、もっともっと素直になれる。相手のことなんて気にしないで、

周りの迷惑なんて考えないで、自分勝手なわがままを口に出せてしまうんだわ。

 羨ましいわ、お姉さま。わたしもそうなりたかった。そういうお姉さまが憎かったの。そういうお姉さまが、欲しかったの。だってわたしは、お姉さまみたいになれなかったんだもの。


 お姉さま、わたしどうすればいいの?

 また、わたしは捨てられてしまうの?


 わたし、今度は誰の子供になるの?


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