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兄から弟への手紙

親愛なる我が弟 フィリップ


 元気にしていたか、フィリップ。前の手紙から十日ぶりだが、あれからますます状況が悪くなっていると聞いた。借金の支払いも滞っているだろう。いい加減意地を張らず、私からの支援を受け取ったらどうだ。

 カミラの一件で、お前たち一家が傷ついたことは、私もよくわかっている。そのことで、お前は私たちを責めているのだろう。だが、返事さえも寄越さず無視を続けるのは、いい年をして大人げないとは思わないか。

 お前が腹を立てる気持ち自体は理解する。たしかにカミラは私とカタリナの娘だ。カミラの起こした騒動には、私たちにも責任の一端が多少なりともあると言えるかもしれない。

 だが、あの件で傷ついたのはお前たちだけではないとわかってくれ。事実としては、カミラは無実だったかもしれない。不遇な状況で、あの裁判に挑み、なんとか場をひっくり返してやりたいと思うことは無理もない。だが、だがな。カミラは自分のことだけを考え過ぎていた。自分自身の罪を晴らすために、周りのことなど一切考えてはいなかった。

 テレーゼにしても、お前たちにしてもそうだ。私たちシュトルム家もそうだ。周囲がカミラを持ち上げるほどに、私たちの立場は貶められていったが、そのことにあれがなにをした? モーントン領からほとんど出てくることもなく、たまに王都に来ても、親である私たちに顔を見せに来ることもない。

 カミラが挨拶に向かうのは王家のみだ。一体誰にそそのかされてしまったのか。あれほど権威に執着する娘だとは思わなかった。

 幸いなことに、私の友人たちは私を信用し、取引を続けてくれている。こちらの事情を理解しようとせず、去っていく者も少なくはなかったが、それでも今のお前たちの状況よりはずっとましだろう。

 同じ傷ついた者同士として、兄として、そして、テレーゼの父として、お前に支援をさせてくれ。


 お前も本当は、自分がどうするべきかわかっているのだろう?

 今のテレーゼを放っておいてはいけないと。


 ここから先は、テレーゼの父として、少し厳しい話をする。

 お前のためを思ってのことだと理解して、よく読んでほしい。


 テレーゼの話は、私の元にも聞こえてきている。

 カミラの件から三か月。ずっと部屋から出て来ないそうじゃないか。お前たちがどれほど呼びかけても、テレーゼは顔も見せず、返事もしない。食事だけを部屋の前に置いて、空になった食器を回収するだけでは、テレーゼを救うことなどできるはずがないだろう。

 今回の件で、一番傷ついたのはテレーゼだ。あれのしたことは、もちろん世間的に許されることではない。犯した罪は罪。認める必要がある。

 だが、その原因はなんだった? テレーゼは、「家族」を求めてカミラに執着した。カミラこそが、本当の家族だと思ってのことだ。

 カミラから拒まれた今、テレーゼに必要なのはカミラ以外の本当の家族だ。お前たちも愛情を持ってテレーゼを育てたとは思うが、やはり生みの親、実の両親が与える愛情とは異なっていたのだろう。責めるわけではなく、これは仕方のないことだ。親として、実の子に向ける愛情というものは、理屈ではないのだから。

 私も、父としてテレーゼとカミラを愛している。カミラにあれほどのことをされてもなお、カミラを娘と思っているのだ。

 もちろん、テレーゼも同じだ。子のないお前に預け、離れて生きてきたが、私にとってはテレーゼもずっと愛しい実の娘だった。たとえ、世間から嫌われていようとも、この気持ちは変わらない。カミラがいなくなった今となっては、テレーゼこそが唯一の娘だ。


 だから、これまでテレーゼが得られなかった愛情を、今からでも私たちが与えよう。そうすれば、テレーゼはきっと真っ当な人間に戻るはずだ。

 これは言いたくないことだが、テレーゼについて、世間ではお前の教育が悪いせいだと噂する向きもある。これも、私の元へ戻ってくれば、じきに薄れていくだろう。

 わかるな? テレーゼにはやり直しが必要なんだ。本当の家族の元で、きちんとした愛情を受け、もう一度育て直す。そうすれば、テレーゼは必ず、元の道に立ち戻ることができる。

 お前たちのところにいたままでは、テレーゼは変われない。これは、テレーゼのためなんだ。まさか、ずっとテレーゼを部屋に閉じ込めたまま、一生養って行くわけではないだろう? それではお前たちも、テレーゼも、あまりにも不幸すぎる。


 とにかく、まずは一度、テレーゼを私たちに会わせてくれ。

 支援のための資金は、そのときに直接渡す。ひとまずはお前たちの借金を肩代わりして、テレーゼを預かる段になったら、事業再生のための援助をしよう。


 互いのためにも、テレーゼのためにも、頭を冷やしてよく考えてくれ。

 良い返事を期待している。



                弟と娘の幸福を祈る パトリック・シュトルム


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