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1-10

 カミラは丁寧に、しかし有無を言わせず、部屋へと連れ戻されることになった。


「旦那様が戻られるまで、大人しくしていてください」

 そう言われて、部屋に閉じ込められたところで、カミラの熱が冷めるわけではない。

 部屋で一人になれば、先ほどの騒動がますます思い出される。

「あぁあああ! 腹立つ――――!!」

 結局あの侍女は、カミラの悪口を言った挙句、謝りもしない。泣いて周りの同情を買い、カミラを悪役に仕立てるさまは、まさにリーゼロッテそのものだ。わざとかわざとでないかは、悪役にされたカミラには関わりのないことだ。

「あの手の人間が一番腹立つわ! 言いたいことがあれば直接言いなさいよ! もう、絶対に言いつけてやるわ!」

 別に、クビにしろ、と言うわけではない。目の前からいなくなったところで、カミラの溜飲が下がることはないのだし、逃げられたような心地がするだけだ。それならきっちり叱られて、カミラの前で頭を下げさせる方が、よほどすっきりする。

「それに、周りの連中も! みんな泣いてるだけで同情して! 自分の立場が分かってるの!? 全員教育が足りないわよ!」

 怒りに震える手の行き場がなく、カミラの手は空を握っては離した。大人しく座っていることもできず、部屋を行ったり来たりする。

「だいたい、悪役悪役って、私のことを知りもせず……!!」

 もう! と近くの壁を叩きつけ、カミラは荒々しく息を吐いた。

「今に見てなさいよ! 私は同情なんて求めないわ! 絶対見返してやるんだから!!」

 カミラは同情よりも、羨望が欲しい。悔しい思いをした分だけ、相手に悔しい思いをさせたい。かわいそうだなんて思われてたまるもんか。

 ――あの侍女だって、絶対に頭を下げさせて、いずれは『カミラ様は素晴らしい!』って言わせてやるんだから!


 ○


 日が暮れかけ、空が赤くにじみ始めたころに、アロイスは屋敷へ戻ってきた。

 カミラはもちろん部屋でおとなしく待っていることなんてしない。真っ先に告げ口してやろうと部屋を飛び出した。

 おそらく彼は、エントランスを通り、二階の端にある自室へ向かうだろう。アロイスの自室は、カミラの部屋と階段を挟んだ対局にある。だから、階段まで行けばアロイスと鉢合わせるだろうと思っていた。


 主人の帰宅に、屋敷はにわかに忙しくなった。階下で使用人たちが駆けまわる音が聞こえる。一方で、二階の人気はなくなり、カミラが出歩いていても咎める人間はいない。おかげで、カミラは誰にも見つかることなく、階段まで来ることができた。


 アロイスは使用人に囲まれながら、自室へ向かうところだった。カミラはちょうど、その背中を見送る形になる。アロイスも、彼に付き添っている数人の使用人たちも、背後のカミラの存在には気づいていないらしい。

 声をかけよう、とカミラは小走りにアロイスに駆け寄った。

「アロイスさ――――」

「旦那様、あの女の話を聞きましたか? 侍女を脅して泣かして、挙句掴みかかろうとしたんですよ」

 しかし、カミラの足は止まる。アロイスの上着を預かりながら、執事の一人が吐く言葉を聞いてしまったのだ。

「気が弱くて何も言えない侍女に、『泣いても許さない』と、確かに言ったのを聞きました。あれだけの人の前で晒し者のようにして悪びれる様子もありません。やはり、噂通りの女ですよ」

 アロイスを取り巻く人だかりは遠ざかっていく。だけど、会話はよく聞こえた。

 大きな体でよちよちと歩くアロイスが、うんざりしたように顔に手を当てる様子も、見て取れた。

「……困ったものだな。侍女たちからは後で話を聞いておこう」

「侍女たちもですが、旦那様、本当にあの女と結婚するおつもりですか? あんな性格の曲がった厄介者を押し付けられて――いくらユリアン殿下からのお話でも、お断りしてもよかったのではないですか?」

「そこまで言ってしまってはかわいそうだろう」

 執事の言葉に、はは、とアロイスはため息みたいな笑いを返す。

「私が拾わなければ、あれは他に行く場所がなかった。哀れな娘なんだ。腹の立つこともあるだろうが、今は多少大目に見てやってくれ」

 アロイスの声には、憐憫が滲んでいる。カミラをかばうような言葉には、彼の情け深さが見える。

「それに、気位は高いが、うまく接してやればそう難しい相手でもない。なかなか素直な性質たちのようだし、ここで暮らすうちに、きっと彼女も変わっていってくれるだろう」

 旦那様は甘すぎます、そんなことだから――執事の声が遠く聞こえる。立ち尽くしたカミラから、アロイスたちはどんどん遠ざかる。だけどもはや、追いかける気持ちもわかなかった。


 ――――なんですって?


 頭の中に、アロイスの言葉が繰り返される。

 かわいそう。哀れな娘。

 ――同情されていたの。

 無意識に、カミラは手すりにつかまり、もたれかかっていた。足元が崩れるような感覚に、一人で立っていられない。瞬きをするたびに、めまいのように視界がゆがんだ。

 ――なにも本気じゃなかったんだわ。

 第二王子に嫌われて、王都を追い出されて、国にいられなくなりそうなカミラを、アロイスは「拾ってやった」。心優しい領主は、カミラのすることなすこと、「大目に見ていた」。

 結婚をしたいと言ったのも嘘。痩せると言ったのも嘘。ただ、気位の高いカミラを満足させるため。大目に見てやっていたからこそ、アロイスはカミラの言葉を怒りもせず、否定もせず、薄く笑ってい続けたのだ。

「…………馬鹿にして」

 ――ヒキガエルのくせに。嫌われ者のくせに。誰も結婚なんてしたがらない醜い容姿のくせに。

 なのに、カミラはそんな男にさえ、同情で結婚をされるような立場なのだ。


 ぐ、とカミラは唇をかむ。

 それからは、ほとんど反射的に。

 カミラは震える足を叩いて、逃げるようにその場を立ち去った。

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