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5-7

「食べなさい」


 華美な装飾の青い深皿に、山のような料理を乗せて、父はそう言った。

 アロイスは逆らえなかった。

 アロイスが良い息子でいるため。良い領主となるため。良い人間となるために、必要なことだった。

 それ以外の価値はアロイスにはなかった。与えられるがままに食べ、与えられた言いつけを守り、出しゃばらず、口ごたえをせず、期待を裏切らず、しかし期待を超えてもならない。

 変革は不要である。しかし悪化させてはならない。ただ守り、ただ維持する。意思のない歯車であることだけを望まれた。


 両親の死後もそれは変わらない。

 父の意思は人々の中に生き続け、アロイスの変化を叩く。道を外れれば正そうとする。一切の乱れのないように。歯車のゆがみを削るように。


「食べなさい」


 あるいはこれは、アロイスの妄想なのかもしれない。

 両親が息づいているのは、自らの心の中。罪悪感の中に住まうものかもしれない。カミラと出会い、前を向こうとしたことを、自分自身が諫めているのだろうか。

 罪人に喜びは不要。娯楽を禁じるモーントン領は、アロイスそのものである。


「食べなさい、アロイス。残すことは許さない。私の息子であれば、これくらいたやすいこと」


 カミラがいれば変われると思った。彼女の力強さがあれば、先に進めると思った。

 だけど足を踏み出そうとしたアロイスの意思を、両親の記憶が簡単に挫く。

 たった皿一枚に怯え、過去にとらわれ、立ちすくむ。罪深さに震え、逃げざるを得ない情けない自分自身への、カミラの失望が怖かった。

「それでいい」

 記憶の中の父が言う。それでこそ、モンテナハト家が一人息子。モーントンの領主にふさわしい。罪人に救いはない。沼底のような暗闇の中、淡々と与えられた仕事をこなし、悔いながら生きることが贖罪である。


「食べなさい、アロイス。良き息子であるために」


 ――――父上。

 すっかり日は落ち、暗い執務室。部屋にいるのはアロイス一人だ。

 少し前に女中頭が来て、青い深皿を一枚置いて行ったきり。聞こえる声は、すべて過去の幻聴だ。

 それでもアロイスは逆らえない。父が指定した、青地に金の装飾を施した皿の上。脂に浸った肉の塊が乗っている。料理を鮮やかにするためだろう。添えられている野菜も、飾り用の白い花も、すべて脂の中に落ちている。

 ――食べなければ。

 胸の焼ける料理に、アロイスは手を伸ばす。フォークで肉を刺し、口元へ運び――――一瞬だけためらったのは、白い花に見覚えがあったからだ。

 ブルーメでカミラがうずくまっていた花畑。カミラが頭に抱いた白い花冠。ゼーンズフトの可憐な花が、カミラを思い起こさせる。

 アロイスが逃げても、カミラは今も追いかけてきてくれる。弱いアロイスに彼女は呆れただろうけれど、もう一度。もう一度くらい、話をすることを許されるだろうか。逃げる自分自身を奮い立たせることはできるだろうか。


 迷いは、脂を口に含んだ瞬間に失せた。

「う――――――」

 甘い。塩辛く、蜜のように甘い。それでいて、かすかに苦い。

 濃すぎる味の中。見逃してしまいそうなほどさりげなく紛れ込んだ違和に、アロイスは吐き出した。口の中に痺れが走る。すぐに吐き出したはずなのに、指先から痺れていく。

 ――――誰か。

 声が上がらない。体に力が入らない。意識が遠のいていく。人を呼ばなければ――――。

 視界がかすむ。強い――強い毒だ。

 おぼろになり始めた彼の瞳に、飾られた白い花が映る。アロイスは反射的に花を握りつぶすと、最後の力を振り絞り、皿を床に落とした。


 乾いた音が、夜の屋敷に響き渡る。

 誰かが駆けつけてくる足音を最後に、アロイスは意識を失った。


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