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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第六章:波乱のドルマニアン諸島
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第七十一話:暁への脱出

 「始まったみたいだ…セオドアさん…頑張って…!」


 上階から響く大きな爆発音を聞いてミハイルはセオドア達の戦闘が始まった事を悟り、彼等の身を案じながら小さく呟く。

 

 人々を隔てる鉄格子は堅牢な錠前によって閉ざされており、先ずはこれをどうにかしなければどうにもならない状況である。

 既にアリーシャとソフィーは囚われた人々を解放する手段を模索していた。

 ソフィーが階段前にある机の引き出しを開けるとそこから沢山の鍵が繋がれている鍵束を発見した。


 「鍵ありました!…あれっ!? …鉄格子の鍵じゃ無いみたい…どうしたら…」


 ソフィーは片っ端から鍵束の鍵を鉄格子の錠前に突っ込もうとするが、そのどれもが合うことは無かった。


 「ソフィー様、お退がりください。…やぁっ!」


 全ての鍵が合わず途方に暮れるソフィーを剣を抜いたアリーシャが制し、扉の前から退がらせるとその剣で錠前に斬りかかる。


 「…随分と丈夫な錠前ですね…」


 アリーシャが剣で斬りつけたものの、真っ二つになったのはアリーシャの直剣の方だった。

 アリーシャの剣は中程から見事に刃こぼれし、折れた切っ先が床に刺さっていた。


 「力ずくでも壊せないんじゃどうしたら…」

 「ソフィー…僕に任せてくれ」


 アリーシャの技を以ってしても破壊出来ない頑丈な錠前に狼狽するソフィーの肩に手を置きミハイルが前に出る。


 「もう鍵を探してる暇は無い。万が一セオドアさん達が彼等を逃してたら間違いなくこの部屋に敵が大挙してやってくる。そうすれば全員無事じゃ済まない…!」


 ミハイルはそう言って自身の両手に魔力を形成する。その両手には赤い炎属性の光が宿り始める。


 「僕の魔素で足りるかわからないけど…!」


 ミハイルの魔力によって火球が形成される。さらにそこからミハイルは魔素を注ぎ、火球を小さく凝縮させていく。


 「これでどうだっ…!火球(ファイアボール)ッ!」


 小石程にまで小さく凝縮された火球がミハイルの手を離れ、アリーシャの剣すらも通さなかった強固な錠前を直撃する。

 着弾と同時に火球は爆発を起こし、爆炎が入り混じった黒煙が立ち昇る。


 「鍵はっ…!?」


 牢屋の鉄格子の前、ミハイルの火球が直撃した錠前は火球の高温によって焼き切れて落ちていた。


 「やった!ミハイルやったわ!これで皆を助けられる!」


 ミハイルの魔術で牢屋の錠前を落とすことが出来、喜ぶソフィーとは裏腹にアリーシャとミハイル自身は浮かない顔だ。


 「…ミハイル様、あと七枚あります。…行けますか?」

 「…よく保ってあと四枚と言った所です…厳しいですね」


 アリーシャとミハイルは分かっていた。ミハイルが先程放った火球の魔術はつい先日アトラシアからドルマニアンへの船旅の途中で扱えるようになったばかりであり、まだ習熟し切っているわけではなかった。

 ましてや無詠唱で無ければ魔術の威力や規模をコントロールする事は出来ず、同じ魔術を普通に扱う時よりも大きく魔素を消費する。当然、威力や規模をコントロールする場合は更に魔素を消費する事になる。

 ミハイルはまだ漸くB級冒険者になろうかというレベルの魔術師であり、最初からそう言った技術を学んでいたわけでも無い。船上でクリスに習い、大きく成長したとは言え、まだまだ彼にとっては過ぎたる技術なのだ。


 「…でも、泣き言なんて言ってられないんだ…!」


 ミハイルは二枚目、三枚目と鉄格子の扉をこじ開ける。しかし、その度にミハイルの消耗は大きくなり、四枚目の扉を前に彼は既に魔素を消耗し切っていた。


 「…ハァ…ハァ…ゲホッ…!…多分これで魔素が尽きます…。…クソッ…僕にもっと力があったなら…!」


 アリーシャとソフィーは魔術は習得していない。故に彼にとって代わる事はできない。

 特に彼と幼馴染であるソフィーは今まさに自身の無力を呪っていた。

 「もしミハイルと代われるものならば今すぐにでも代わってやりたい」と、歯噛みしていると奥の牢屋から若い女性の声が聞こえてきた。


 「そこにいるのが誰だかわからないけれど、もしかして魔術で鍵をこじ開けているの!? だったら私を先に解放して頂戴!もし魔素が足りてないならきっと助けになるわ!」


 三人の視線が部屋の奥へと向けられる。


 「ミハイル大丈夫? 立てる?」

 「…ああ…ハァ…何とか…」


 ソフィーはミハイルに肩を貸し、声が聞こえてきた牢屋の前へと辿り着く。そこには黒の美しい長髪の女性が他の大人達と同様に鎖に繋がれ、目隠しをさせられた状態で座っていた。更に一つ奥の牢屋にはシアンと共に捕らえられていた子供達の姿も見える。子供達は上から聞こえる戦いの音に怯え切っており、声も出せぬ程だった。

 アリーシャは消耗し切ったミハイルの代わりに牢屋越しに声の主である女性に話しかける。


 「先程の件ですが、助けになるとは?」

 「貴方たち、『共魔の加護』って知ってるかしら?」

 「始めて聞く加護の名前ですね…。それが我々にとって役に立つと?」

 「言葉で話すより、実際に感じてもらった方が早いわね。魔術師の子、男の子かしら。少ししんどそうだけど、扉を開けて私の体に触れてみて頂戴。後悔はさせないわ」


 三人は集まり、この女性の言葉に耳を貸すべきか話し合う。


 「私はあまり気乗りしないわ。もし嘘だったら子供達はどうするの?」

 「ですが、どちらにしろこのままでは全員の救出は不可能です」

 「…僕達の目的は…全員の救出…ソフィー、この人の話がどちらにせよ…選択肢はない。…少しでも可能性があるなら…僕はそれに賭ける…!」


 ミハイルは最後の魔素を絞り出して扉をこじ開ける。一瞬気を失いかけるがどうにか意識は保っている。

 しかし、全身から力が抜けてしまい、ミハイルは牢屋の中に倒れた。


 「大変!さぁ早く私の体に触れてっ!」


 ミハイルが倒れる音に気付いた彼女は早く自らに触れるように叫ぶ。

 ミハイルは藁にもすがるかのように女性に言われるまま這って近づき、彼女の脚に触れる。


 「…んっ…」


 女性はミハイルが触れると少し悩まし気な声を出して身動ぎする。そのままミハイルは彼女に触れていると、自身に起こった異変に気付く。

 それまで朦朧としていた意識も霞んでいた視界もはっきりとし、自身の魔素が漲ったのを感じていた。


 「随分と魔素を使ってたみたいね…。私の魔素の半分よりちょっと少ないってところかしらね。ところで共魔の加護の力、分かって貰えたかしら?」

 

 女性は少し唇を曲げ、笑みを見せる。ミハイルもそれまで魔素欠乏で殆ど行動不能であったのがまるで何事も無かったかのように立ち上がった。


 「今のは貴女の魔素をミハイル様に分け与えた、ということでしょうか?」


 アリーシャが説明を求めると女性はざっくりと彼女が持つ加護の力について説明を始める。


 「ん〜…結果的に言えばそんな形にはなるけど、正しくは触れた相手と自身の魔素を等分にするのよ。勿論、自身の許容量は超えないけどね。相手が自分より魔素を持っているなら相手から魔素を分けて貰ったり、奪うこともできるわ。逆もまた然りね。…っと、それより、どこかに鍵束があったと思うけれど、皆を拘束してる手枷の鍵よ、皆を解放してあげて頂戴」


 ソフィーは先程手に入れた鍵束を取り出し、女性を解放する。

 女性は両肩を回し、軽く体を伸ばす。


 「んっ…!ふぅ〜、やっと自由の身だわ。さって…皆を逃がすんでしょう? 部屋の入り口は固めておくから、早く皆を解放してあげて頂戴」

 「戦えるんですか?」


 ソフィーが女性に尋ねると、女性は胸を張って腰に手を当て、自信満々にソフィーの質問に答え始める。


 「当然よ。彼に半分程度魔素をあげちゃったけど、サヴィオラ本人か用心棒のカネミツでも来ない限りは問題無いわ。上が騒がしいって事はその間はあの二人はあなた達の仲間が彼達と戦ってるって事でしょ。違うかしら?」


 女性はそう答えると手をひらひらと翻しながらさっさと部屋の入り口に張り付いた。

 ミハイルは彼女の加護の力で魔素を回復してもらい、再び牢の扉を開け始める。

 ソフィーとアリーシャはそれに追従し、鎖で繋がれた人々の解放を進めていった。


 「よし、これで最後だ!」


 ミハイルが最後の牢をこじ開けようと魔力を練り始めると、階段の方からいくつかの足音と男達の話し声が聞こえてくる。


 「くっそあいつら舐めやがって…!」

 「きっと昨日から出てるシアンのクソガキがギルドに駆け込んだに違ぇねえ!」

 「シアンの親父とお袋を殺してさっさとずらかっちまうぞ!」

 「待て、誰かいるぞ…。あいつは…クローディア!? てめぇどうやって手枷と牢屋から…!」


 先程、ミハイルを魔素欠乏から救ってくれた女性はクローディアと言うらしい。

 男達は彼女を前にそれぞれ手に持った得物を握り締め、足を止めていた。

 ミハイル達も手を止めて入り口の様子を伺う。


 「さあね。それにしても随分と長い事拘束してくれたじゃない? サヴィオラやカネミツがいなければあなた達なんて取るに足らないわ。大人しく引き下がるかここで死ぬか選ばせてあげる。さぁどうする?」


 クローディアが両手に魔力を練りながら男達に凄んで見せる。

 彼女も魔術師、先程ミハイルに魔素を与えてまだ

余裕がある点から見ても自明ではあるが。


 「じょ、冗談じゃねぇ!『深闇』のクローディアなんて相手にできるかよ!ずらかれ!」

 「お、おいお前ら!? クソッ!待て、待ってくれー!」


 階段を降りてきた残党の男達は一人を残してとんぼ返りに階段を駆け上がる。ただ一人残ろうとした男も仲間が一目散に逃げ出すのを見てすぐに彼らを追いかけて行った。

 クローディアと賊達のやりとりを見て問題ないだろうと判断したミハイル達は既に扉の解錠を再開しており、たった今最後の扉を開いていた。

 三人で早急に子供たちの手枷と目隠しを外し、牢屋から飛び出す。


 「子供を…私達を救ってくれてありがとうございます…!」

 「よかった…子供が無事でいてくれて…なんと御礼したら…」

 「おにーちゃん、たすけてくれてありがとう!」


 お互いの無事に大人達も子供達も抱き合いながら涙を流していた。しかし入り口からクローディアの声が響く。


 「感動の再会に泣くのは後にして!もしサヴィオラとカネミツが二人でここにやってきたら流石の私でもどうにもならないわ!早くこの袋小路から逃げるわよ!泣くのはそれから!」


 三人とクローディアは親子達を先導し階段を登りきる。

 その瞬間、礼拝堂から再び激しい爆発音が遺跡全体に鳴り響き、大地を震わせた。


 「この揺れは…サヴィオラね。この分なら実は追い詰められてたりしてるのかしら。でも、逃げるんなら好都合だわ。皆もうすぐ出口よ、頑張って!」


 四人と囚われていた人々は一瞬その揺れに足を止めていたがクローディアの言葉でまた再び出口へと走り出す。

 通路を走り抜け、最後の直線に差し掛かる。


 「ソフィー様、すみませんが剣を借りますよ」


 アリーシャの剣のスタイルは基本的には二刀流だ。しかし、先程牢屋で普段使っている剣の片方が折れてしまっていた。アリーシャはそう言ってソフィーが腰に差していたショートソードを抜き左手に構える。勿論右手には自身の愛剣だ。


 「先行します。恐らく…ですが、待ち伏せがあると思いますので」

 「わかったわ、気をつけてね。皆、待ち伏せがないか確認するから少し待ってね!」


 クローディアはアリーシャに先行を任せると、全員を待機するように指示を出した。

 

 アリーシャは遺跡の入り口から外を見る。やはりというべきか、先程の賊達は得物を弓に持ち替え、入口を狙って待っていた。もしこのまま全員で出ていれば間違いなく誰かが倒れていただろう。


 「…とは言え、私も無傷で抜けられるかどうか…」


 アリーシャは一度大きく深呼吸を行い、心を落ち着かせる。両手の剣を握り直し、彼女は意を決して入口から飛び出した。

 アリーシャの姿が見えた瞬間、賊達は彼女に向けて一斉に矢を放つ。

 一斉に放たれた矢がアリーシャに襲いかかるが、彼女はこれに対して身体を捻り、身に纏っていたマントで矢を纏めてはたき落とす。


 「くっ、なんて動きだ!次だ、すぐ撃てぇー!」

 「うわっ、速っ…ぶえっ!」


 賊達が第二射を放つ為に、矢を番えるが、その隙にアリーシャはまず一人仕留める。

 賊の身体から剣を引き抜くと既に第二射が放たれており、剣を引き抜いていたが為に反応が一瞬遅れる。


 「今だ!当たっ…げぶっ!」


 左手のショートソードを賊に投げ、四本の矢を身を捻って躱そうとしたが、その内の一本の矢がアリーシャの左肩を捉える。

 投げつけたショートソードは二人目の喉笛を貫いて仕留めていた。


 「くっ…当たりましたか…!…そこっ!」

 「うっ!」

 「がぁっ!」


 アリーシャは一瞬だけ痛む左腕に愛剣を持ち替え、懐から取り出した二本の短剣を投げつけると、そのどちらもが賊の眉間を正確に捉えていた。


 「ひぃっ!あっという間に皆やられちまった…に、逃げ…」


 最後に残った一人は臆病風に吹かれ、不恰好に逃げ出すが当然アリーシャが逃がす訳もない。

 アリーシャは男に飛びつくと肩車の形で組み付き、その足で男の首を絞め上げる。

 その健脚からの締めは万力のように重く、男の首から骨の軋む音が鳴り始めていた。

 首を絞め上げる力は相変わらず容赦なく強まるばかりで、男が気を失いそうになるがアリーシャはそれを許さなかった。


 「仲間がやられて自分だけが助かろうなんて、虫が良すぎると思いませんか?」


 アリーシャはいつの間にか右手に逆手で握っていた直剣を男の脇腹に突き刺す。

 気を失いかけていた男は痛みで目を覚ますが、それと同時に首を絞める力は更に強くなる。


 「ヒュー…ヒュー…も、許ひて…くらは…」

 「いいえ、許しません。自分達がしてきた事の非道さ、これはその報いです」

 「あ、あぁ…は、あが…あがっ、あがぁーっ…!」


 アリーシャの脚が男を更に絞め上げる。そして遂に骨が折れる鈍い音が周囲に響いた。

 倒れこむ男から離れ、アリーシャは肩に刺さった矢を引き抜き足元に投げ捨てると遺跡の入口へと手を伸ばし、手招きする。


 「あ、終わったみたいね。皆行くわよ!」


 外を覗いていたクローディアはアリーシャの手招きを見て、全員を連れて遺跡の外に出る。

 外はまだ僅かに薄暗いが既に日が登り始めていた。まだサヴィオラの討伐に向かった三人は帰ってきてはいない。しかし、屋根が落ちた遺跡からはもう炎が燃える音以外は何も聞こえてこない為、既になんらかの決着がついたのであろう。

 戻ってくるのはセオドア達か、はたまたサヴィオラ達か。昇り始めた朝日と遺跡から上がる炎で周囲が真っ赤にに染まる中、全員が固唾を呑んで遺跡の入口を見つめていた。

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