第七話:カルマン村の魔剣士と魔術師
カルマン村の自警団に兄妹が入団して一ヶ月が経過した。
既に兄妹は自警団でも主力に数えられる様になった。
今日は自警団の訓練日である。
訓練日に行われる模擬戦は基本的に実力の近い者同士で行われる。そして今回の模擬戦のカードは自警団の中でも注目されていた。
そう、今回の模擬戦のカード、カルマン村自警団の期待の新星であるセオドアとクリスティンの二人が組まれているのだ。
普段の活動では絶妙なコンビネーションを見せる二人だが、個人ではお互いどんな動きを見せるのか、自警団員達の注目を集めている。
模擬戦はクリスの申し出で休耕地となって長い間放置された畑で行われることとなった。理由は言うまでもない。兄妹はお互い魔術を扱うため村の中心で模擬戦をやれば被害を被る家が出るからだ。
「いよいよですね…セオ兄様。いくら兄様が相手だからといって手は抜きませんからね?」
「ああ、クリス。勿論俺だって譲る気は無いからな?」
兄妹の間に火花が散る。
「さぁて、あの二人。どんな戦いを見せてくれるのやら」
「俺はクリスに銅貨三枚だ。間合いに入れば兄貴のが強えがクリスレベルの魔術師相手じゃそう簡単にゃあ近づけねぇだろ」
「よしじゃあ俺もクリスに銅貨五枚だ」
「近付けなきゃクリスに分はあるが…。いや、俺はセオの意地に銅貨三枚賭けるぜ!」
「んー…じゃあアタシはセオに四枚、と。忘れてるかも知れないけどセオは魔剣士よ?多分何かしら対策があると思うわ」
賭ける者までいる。オッズはおよそセオドアが四、クリスが六と言った所だ。自警団の中には魔術を主として扱う者は少ないため、クリスの魔術による戦いに期待が持たれているらしい。
全員の衆目が集まる中、団長のアルフレッドが前に出る。
「勝敗はどちらかが降参を宣言、もしくは戦闘続行不能と判断した時だ、治癒魔術は禁止とする。いいな?」
兄妹は静かに頷いた。ただお互いの相手の目を見つめながら。
「構えて…。…始め!」
開始の合図と共に踏み込んだのはセオ。しかし全員の予想通り先に仕掛けたのはクリスだ。
「まずは…土壁!」
クリスは相手の得意分野、剣での戦闘は避けたい。足止めかあるいは目眩ましか、土壁を次々と生み出す。セオの目前に次々と壁が現れるがセオは身を翻しながら壁を擦り抜けていく。
土壁を抜けたセオは動きを止める。クリスがいない。左右を見回しても見つからない。上空に浮かぶ魔力光に気付く。
「爆風…氷柱雨!!」
クリスは初手の土壁で自らも上空に飛んでいた。更に爆風で空中にホバリング、そのまま上空のセオの射程外から氷柱雨で逃げ場のない範囲攻撃を仕掛ける。
「クッ…!火炎壁!」
セオは対抗属性に当たる火炎壁で上空からの氷柱雨を無力化する。
ふわりと上空から降りてくるクリス目掛けてセオが突っ込む。しかしクリスは薄ら笑いを湛えたままセオの接近に動じる様子はない。セオは足に力を込めて跳躍、クリスの横腹に目掛け木剣を振り抜く。
「オォォォラァァァァ!」
「暴風」
クリスが木短剣でセオの一撃を受け止めると同時に風属性の上位魔術の暴風で自分毎吹き飛ばす。
クリスはふわりと空中で一回転し着地。セオは吹き飛ばされそのまま地面を二、三度と跳ね、地面を転げ回る。が、すぐに立ち上がり、叩きつけれた際に切り、唇から垂れた血を拭う。
「やるな…。魔術寄りだからって近接に持ち込めば勝てると思って舐めてたよ」
「あら、セオ兄様こそ、流石にそう簡単には倒れてくれませんね。フフ…」
「見てろ、その余裕面、出来なくしてやる」
状況はクリス有利。セオは未だに有効打は決められていない。
「さて、セオ兄様どこからでもどうぞ?」
「じゃあこいつでどうだ!?土壁!」
セオは自らの足元を高速でせり上げ上空へ飛び上がる。先程のクリスの猿真似だ。
「あら、先程の私の真似、ですか?術師相手にそれは悪手ですよ、セオ兄様。火炎放射!」
「そいつはどうかな!?激流砲!」
「これは回避…ですね」
セオは上空に飛び出た時のクリスの攻撃を読んでいた。クリスは計算高い。強敵相手と認めた相手には一撃で仕留めようとはせず、確実にダメージを重ねて相手を追い詰める詰め将棋のような戦いを得意とする。
ならば対空攻撃は大きな攻撃はせず、面を制圧するように確実に当てられ、なおかつ有効なダメージが期待できる炎属性をの魔術を放つとセオは読んでいた。クリスから放たれた炎をセオの激流砲が打ち消す。
セオは空中から激流砲をクリスを追うように放つ、しかしやや精度は低くクリスを捉えられない。地面は水浸しとなりクリスは水分を含んだ土の上、セオは乾いた土の上に立っている。結局、着地までにクリスに激流砲が当たることはなかった。
「読みはお見事、というべきでしょうけどやはりセオ兄様は魔術の精度がやや荒いですね」
「ああ、確かに当たらなかったけど想定通りだ。もう詰んだ。残念ながらお前の負けだ!クリス」
「あら解りませんね。まだセオ兄様は私に一撃も与えられていないじゃないですか」
セオは余裕の表情で木剣を地面に突き立て、片膝をつき右手で膝当ての泥を払う。左手を濡れた地面に当てて。
その体勢のままクリスを向き、ニヤリと不敵な笑顔を見せつける。セオの右手には黄色い魔力の光が放たれていた。
「…まさかッ!クッ!」
「放電撃!!」
電撃が濡れた地面を走る。クリスが気付いた時にはもう遅かった。地面を蛇のように這う電撃は水飛沫で足元の濡れたローブの裾を伝い、クリスに牙を剥いた。咄嗟に投げつける木短剣もセオには届かない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
クリスの悲痛な叫びが木霊する。クリスは黒煙を吐き一瞬、意識を手放した。電撃が止む瞬間、セオは既にクリスに向かって駆け出していた。
クリスの意識が戻った時にはセオはもうクリスの足を払い転倒させていた。クリスは地面に体が叩きつけられる感覚を覚える。そして既に目の前にはセオの木剣が迫り、クリスの喉に届く寸でで止められた。
「それまで!勝者セオドア!」
「ウオオォォォォォ!」
アルフレッドの声が響き、歓声が上がる。セオドアはクリスを抱き起こしていた。
「さすが兄様です…。参りました…」
「お前は一々攻撃を切るのが悪い癖だ。優勢を握ったらそれを手放さない。勝負の鉄則だ」
「でも…でも…まさか魔術勝負で兄様に負けるなんて…うっ…ううっ…うわあああぁぁぁぁぁ!」
自分の得意分野で負けたのが余程堪えたのだろう。普段大きな動揺を全く見せないクリスは珍しく大泣きした。
特にクリスの場合、九歳にして既に賢者と呼ばれる上位魔術師に匹敵する膨大な魔力を備えている。
それを中位魔術士クラスのセオドアが下したのだ。クリスにとっては屈辱と言わざるを得ないだろう。
ただし、セオに関しては前世で学んだ科学の知識があった。そういった点ではセオもあながち最初から不利であったとは言い難いだろう。
「セオドア、敢えてクリスの得意な魔術勝負に持ち込んだのは意図して、か?」
アルフレッドが尋ねる。
「まぁ、そうですね。クリスは魔術に頼りすぎる。魔術も読み合い次第では格上にも勝ててしまいますから、クリスに思い知らせてやろうと。あとは…兄の意地ってのもありますけど」
「なるほど」、とアルフレッドは頷いていた。
「さて、と。さすがにこのままは辛いだろ。せっかくの美少女が台無しだ。治癒!」
先程の放電撃を受け痛々しい全身に火傷が残るクリスに治癒魔術をかける。傷を受けてすぐの火傷の跡は直ぐにきれいな純白の肌に戻った。
「…うっ…うぇ…ずっ…ぐすっ…」
クリスは目を腫らし、顔も紅潮させているがどうにか泣き止みそうだ。
「悔しいか?」
「…ええ、本当に…屈辱でした…。…今度は…勝ちますよ…?」
セオの今回の勝因は今回は読みがたまたま当たったのとクリスが慢心していたから勝てたようなものだ。次回があればさすがに魔術勝負で戦う訳には行くまい。恐らくクリスの慢心は今日までだ。セオはそう確信した。
ちなみに賭けの方も大盛況だったらしくアルフレッドもちゃっかり賭けていたようだ。彼は銀貨1枚を損したようだが。
「さて、では次の模擬戦を始めるか」
アルフレッドは顔をニヤつかせてセオを見る。
「セオドア、ジェイソン!前へ!」
「え?」
「おう」
連戦のご指名だ。アルフレッドなんだかんだ根に持ってるのだろう。銀貨1枚分だ。決して安くはない。
セオドアは果敢にジェイソンを攻めかかったが彼のタフネスの前に有効打らしい攻撃は一撃も通らず木斧の一撃で叩き伏せられて倒されていた。
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夕日が沈み、模擬戦訓練が終わる頃、珍しい人物が広場を訪れていた。ガスターだ。
「…クリス嬢ちゃん、さっきは残念だったな」
「ガスターさん…もしかして…嫌味です?」
クリスは眉をヘの字にしてガスターに食って掛かる。
「いやいやいやいや、嫌味でもなんでもない、純粋に、な。」
「じゃあ何の用です?」
クリスは負けをかなり引きずっているようだ。
「ちょうど昼の散歩の終わりがけに遠目であの模擬戦の一部始終を見ててな。折角なので魔術を教えにな」
「六歳の頃に貰った教本ならあとは大魔術の部分だけですけど…もしかして?」
クリスの顔が少し笑顔が戻る。新しい魔術の習得を期待してだろう。クリスは魔術の習得には余念がない。かつては講義の途中で爆睡していた少女も今では立派な魔術師だ。
「いや、大魔術はちと早かろう。応用と言うべきだろうの。複合魔術と呼ばれる魔術についてじゃ」
大魔術ではないと聞いた瞬間、クリス顔色が一気に曇ったが、すぐに顔色は良くなった。
「以前話した複合魔術とは何じゃ?言うてみよ」
いつものようにガスターがクリスに問う。
「複合魔術とは、異なる魔術を用いて全く別の性質を持つ魔術を発現する魔術、でしたよね」
クリスが確認するように答える。
「うむ、一字一句相違ない。そうさな、先程の決定打となったセオ坊の激流砲からの放電撃、アレも似たようなものじゃて」
クリスはハッと気付く。セオは最初からそれを狙って上空へ飛んだ。セオが飛び、その追撃に火炎放射を放った時点から既にセオの術中にハマっていたのだと。
「兄様はそれを知っていて?」
「さあな、知ってか、知らずか…本人に聞かねば分からぬが少なくとも自然現象や物質の性質にはお主より理解があるということだろうの。さてと、では今回は分かりやすく見せてやろうかの」
ガスターが腕に魔力を集中させ、両手を地面にかざす。クリスはそれを食い入るように見つめた。
「全てに豊穣をもたらす 恵みの水よ 仇為す敵を 穿き討て。水弾」
まずガスターは左手で地面に水弾を放つ。 そして間髪入れずに次の魔術を詠唱する。
「地より出りし 太炎の塔よ 全てを飲み込み 焼き払え。炎塔」
本来ならば巨大な火柱が大地から放たれるが実際に引き起こされた現象は本来の魔術の結果とは全く異なる現象が引き起こされた。
地面から溢れ出したものは火柱ではなく、非常に濃い霧だった。
「これが濃霧である。」
5mと離れていないガスターは全く見えず、霧の中から声だけが響く。
「ふむ、さすがに何も見えぬか。爆風」
周囲を覆っていた霧が晴れ、ガスターの姿が現れる。
「わかるか?物事の仕組みを解すればあらゆる現象は魔術で再現できるのだ。今回、セオ坊との勝負を分かったのはその差ともいえよう」
ガスターの言葉にクリスは下唇を噛んだ。魔術の知識は自分の方が上だった。しかし兄は別の知識で魔術能力の差を埋めたのだ。
「物事の知識は剣術にも魔術にも役に立つ。無論兵法にも、日常生活にも。あらゆる事象を知ればそれが何処かしらで活きる」
クリスは静かに頷いた。ガスターも「よろしい。」と一言、目を細めていた。
「さて、アルフレッド殿。少し、宜しいか?」
アルフレッドにガスターが向き直る。
「長い事世話になったがそろそろ某は村を離れることにする。出発は明日になるか…。あの夜は本当に助かった。恩に着る」
ガスターはそう言いながら片膝をつき、右手の拳を左の手のひらで覆い、謝意を表した。
「いえ、此方こそ。ガスター殿の魔術にて村人共々、色々と助けていただきました。感謝の言葉もありません」
「なに、此方は命を救ってもらった、感謝しても感謝しきれぬ程だ。さて、出立の準備もある。某はそろそろ失礼する」
「明日は皆で見送りますので」
アルフレッドとガスターは別れの挨拶を済ませ、自警団員もそれぞれ家路についた。
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翌朝、村の中央門にガスターの見送りの為、住人達が集まっていた。ホワイトロック家も
「セオ坊、クリス嬢、魔術の訓練は欠かさずにの」
「はい、俺は剣術と魔術の両立を目指します」
「ガスターさん、もし今度会った時は大魔術、教えて下さいね!」
「フフ、クリス嬢ならば今度会った頃にはもう自分で修得してようて。本当に名残惜しいが…。さらばだ」
住人達はそれぞれガスターとの別れの挨拶を済ませ、ガスターは朝焼けの森へと消えていった。