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第六話:兄妹の覚悟

 〈クリスティン視点〉

 村外れの森から帰ったセオ兄様は青い血に塗れていた。恐らく、いや、間違いなく。魔物を殺した。それはセオ兄様の浴びた血液の量が物語っていた。

 剣術も、魔術も、原則的には「相手を傷つける」技術だ。あるいは「相手の命を奪う」技術だ。

 セオ兄様も私も、五歳ぐらいの頃にお父様に教わっていた。覚悟はしていた。否、覚悟していたつもりだった。

 セオ兄様は恐らく躊躇っただろう。躊躇うことがなければきっと私達が森に入るあたりで戻ってきていた筈だ。セオ兄様も覚悟していたつもりだった。小鬼ゴブリンは危険度Eクラスの魔物だ。群れればそれなりに厄介ではあるがあの時、あの場所にいたのは一匹だ。十歳ぐらいの子供でも木の枝を振り回せば追い払える程の魔物。セオ兄様の剣の技術ならばあっさりと倒せる筈の魔物だ。

 セオ兄様は戻ってきた時、きっと、憔悴していた。お父様も何も言わなかった。


 気付けば私はお父様のマントの端を握りしめて足を止めていた。お兄様を背負うお父様が少し蹌踉めく。

 お父様は少し足を止め、私を見た。お父様は一言、「帰ろう」とそう言ってまた歩を進めた。


 お父様は家に帰るとお兄様をお母様とアリーシャに預け、セオ兄様の剣を取り、手入れを始めた。

 私はセオ兄様の血塗れの剣をずっと見つめているとお父様が口を開いた。


 「怖いか?」


 私は小さく、頷いた。


 「怖い、か。父さんも始めて命を奪った時は腰を抜かして漏らしたよ」


 想像がつかない。お父様もまだそれ程老けているわけでもなく、年齢もまだ三十にも満ていない。

 精悍な顔付きの立派な騎士だ。そのお父様が腰を抜かして無様な姿を晒したというのだ。

 「命を奪う」。その行為はそれ程の事なのだと私は理解した。私にはできるのだろうか。できればしたくはない。でも場合によっては「命を奪う」必要のある場面に遭遇するだろう。私は「命を奪う」ことができる力がある。今までは実感が無かった。でも今日、間接的にだがそれを実感できる場面に直面した。もし、いつか魔物を狩る様になればそれにも慣れるものだろうか。想像もつかない。

 

 「クリス、前にも言ったが、剣術も、魔術も、「相手を傷つける」、「命を奪う」技術だ。これを見てお前はまだその技術を磨く意志は残っているか」


 私は黙った。私が特に学んでいる魔術は時に一度の行使で何百、何千の命を奪うこともできる技術だ。だが剣のように直接実感できる感覚ではないだろう、きっと。このまま、例えば宮廷魔術師なんかになり、戦争が起こったなら私は戦争に駆り出されるだろう。そうなれば私はきっと一瞬で有象無象の兵士達を薙ぎ払う。一瞬で多くの命を奪う光景が目に浮かぶ。


 「…私は…魔術を…」

 言い切れず言葉が詰まる。生唾を飲む。冷や汗が頬を伝った。

 お父様は真っ直ぐに私を見つめていた。真剣な眼差しで。

 

 「私は!魔術を学び続けます!奪う為じゃなく、護る為に!」


 言い切った。覚悟を決めた。今実感した。想像もした。有象無象の兵士を薙ぎ払った結果、護るべき仲間達が生き残る光景を。

 私はその為に魔術を学ぶのだ。「奪う」為ではなく「護る」為に。


 「そうだ、それでいい。セオも今日、その為にこの剣を抜いたんだ。その覚悟があれば…間違うこともない」

 

 お父様の声は今まで聞いた中で最も厳しく、最も優しい声だった。


 私はそのまま寝室へと戻った。セオ兄様のいる寝室へ。


 ---


 〈セオドア視点〉

 家に着くと母とアリーシャが血を拭い、体を清めてくれた。俺はそのまま寝室へ戻りベッドに倒れ込んだ。


 暫く自分の腕を見つめていた。今日、俺は命を奪った。人ではなく魔物ではあるが、間違いなく命を奪った。間違ったとは思っていない。命を奪わなければ自分が奪われていた。理解している。子供は無事だった。これでいい。だが、俺は前世を含め、始めて自分とさほど変わらない体躯の生物の命を奪った。無我夢中ではあったがその感触は今もこの手に残っている。

 

 顔を枕に埋めて自問自答を繰り返した。既に答えは出ている。ただ踏ん切りがついていないだけだ。

 自分を守る為に、他人を守る為に、俺は「命を奪った」だけだ。必要に迫られた。それだけだ。


 クリスが部屋に戻ってくる。クリスが最後に叫んだ覚悟は聞いていた。

 クリスは何も言わず、隣のベッドに横になった。


 「…今度は俺の番だな」


 そう呟いて俺は部屋を後にして父の寝室を訪れた。


 父の寝室を開けると、両親は待っていたかのように椅子に座っていた。俺も腰を下ろす。


 「始めて、命を奪った感想はどうだ」


 母は「ちょっと」という様子で父を肩を叩いた。


 「…一瞬、でした。ですが、重く、纏わりついてます」


 素直に答える。


 「だが、そうしなければお前がやられていた。そうだな?」

 「はい。でも僕は生きています。生き残っています」


 短いやり取りだがその言葉は重い。


 「私は騎士として戦に出たことが何度もある。おそらく、誰かにとっての恩人かもしれない。だが、それと同じく、誰かにとっての人殺しだ。お前はそれを背負っていく覚悟はあるか?」


 「自信は…、ありません。ですが、護る事、その為に剣を振るう事は間違っているとは思いません」


 その言葉を聞き、母が口を開く。


 「セオ、私はね、お父さんが居なかったら恐らくここにはいないわ。あなたも、クリスも、きっとここにはいない。だから、お父さんがいくら沢山の人を斬った人殺しでも、私にとっての最愛の人。お父さんは人を傷つける為に剣を振るった事は無いわ。だからセオ、あなたも。大切な人を護るために、剣を振るいなさい」


 母は諭すように、慰めるように、静かに、そして優しく語った。

 俺は一度天井を仰ぎ、そして両親を真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに見つめ直した。


 「覚悟は、ついたか?」


 父の言葉に静かに頷く。父は机に置いていた手入れの終わったショートソードを差し出した。


 「父さん、母さん。俺は…、大切な人を護る、剣になります!」


 そう言って俺は剣を力強く受け取った。


 父は背筋を伸ばし力強く俺を見つめていた。母は父の肩に撓垂れ、俺を優しく見守っていた。

 

 ---


 兄妹の六歳の誕生日の経験は二人に苦悩と決意を齎した。

 

 決意を胸にした二人の成長は目覚ましかった。

 九歳の誕生日を迎えた兄妹はさらに強くなっていた。


 兄は七属性の中級魔術と上級剣士の剣術を。妹は九属性の上級魔術と中級剣士の剣術を身に着けていた。

 そして兄妹は村でも異例の最年少自警団員となった。

 兄妹には護るべき家族も増えた。村の駐在騎士に新たに男の子が生まれた。


 「クリス、今日から俺達も自警団員だ。しっかり頑張ろう」

 「ええ、セオ兄様。新しい家族…私達の弟を護るためにも」


 小さくも逞しさを湛えた背中と優しくも厳しさを備えた背中が二つ、村の広場へと進んでいく。


 村の広場には既に自警団員達が集合・整列していた。団員は全部で十五名程、村の自警団故に人数こそ少ないが駐在騎士の指導によって小規模の兵団のように指導が行き渡っていた。


 整列する団員達の一番先頭には壮年の騎士が壇上に立ち団員達を見下ろしていた。


 「全員注目!」

 

 自警団長である騎士の号令が広場に響くと団員達は一糸乱れぬ動きで壇上に視線を向けた。


 「まず、今日から新たに我らがカルマン村自警団に入団する者がいるので全員に紹介する!二人共、壇上に上がれ!」

 

 自警団長の騎士の指示に従い、俺とクリスが壇上に上がる。

 

 「では、二人に自己紹介をしてもらう。まずはセオドア・ホワイトロック!」


 自警団長が一歩後ろに下がる。


 「セオドア・ホワイトロック!九歳です!剣を得意としており、魔術も拙いながら学んでおります!若輩者故、先輩諸兄に多々迷惑をお掛けするかと思います!御指導、御鞭撻の程、宜しくお願いします!」

 

 「次!クリスティン・ホワイトロック!」


 「クリスティン・ホワイトロックと申します!年齢は九歳!魔術を得意としており、剣術も少しばかり扱えます!兄共々、宜しくお願いします!」


 「両名はジェイソンの分隊に編入する!ジェイソン、可愛がってやれ!」

 「ハッ!」

 

 若き新入団員の威勢のいい自己紹介。威厳ある自警団長の厳しい号令。分隊長の大きい返事で兄妹の自警団入隊セレモニーが終了した。

 そして各分隊毎に散開し持ち場に別れる。


 「確か六歳の誕生日の時に会ったな!一応改めて自己紹介しよう。俺はジェイソン・カールマン!第一分隊の分隊長だ!分からないことがあったら何でも聞いてくれ。で、こっちも初対面じゃないな?」


 ジェイソンが元気よく自己紹介を済ませると美しい女性を顎で促した。


 「そうね、じゃああたしも改めて…、ミシェイル・コリンズよ。分隊の副隊長を任されてる。基本は斥候と伝令、そして後方支援が仕事ね。あとでハンドサインを教えておくわ」


 ミシェイルは穏やかな口調で自己紹介を行った。


 「あとはそっちの痩せぎすの槍を持ったのがハインツ、向こうの短剣を持った少女がフランカ、あとはこっちの色男がエリクだ。よろしく頼む」


 各分隊はおおよそ五~七人体制らしい。特に正面に森が広がる中央門が持ち場となる第一分隊は基本的に人数を多めに分配しているようだ。


 「さてこっちはこっちで紹介しとかんとな。第一分隊集合!」


 ジェイソンの号令で分隊員が集まる。


 「さっき全体で紹介があったが、今日から第一分隊に回されたセオドアとクリスティンだ!お前らの後輩になるが、実力は折り紙付きだ!団長の息子と娘だからといって遠慮はするな!団長から許可は取ってる!遠慮してチームワークが崩れれば、どんなに個々が強くても隊は崩される!それを各自肝に銘じろ!いいな!」

 

 ジェイソンからの紹介が終わると同時に俺達は分隊員全員に頭を下げた。


 中央門へ到着し、斥候であるミシェイルが先んじて森へ入る。彼女は身軽で木をするすると登ると枝から枝を伝い、あっという間に消えてしまった。

 それに追従するようにある程度間隔を空け、三人が森へと進む。俺達はジェイソンと共に先行したミシェイルと三人を追いかけた。


 前を進む三人が立ち止まりジェイソンにハンドサインを送る。それに応じてジェイソンがハンドサインを返した。


 「敵が来る、進行方向から十刻の方向。こちらに真っ直ぐ来ている。敵は豚鬼(オーク)二体、小鬼ゴブリンが四体、内、小鬼二体が斥候らしく先行中だ。行けるか?」


 ジェイソンがハンドサインの内容をこちらに教える。


 俺達は無言で頷いた。

 ジェイソンはそれを見て号令をかける。

 「敵襲!セオとクリスが対応!他は待機、バックアップ態勢!」 


 先に動いたのはクリスだ。クリスが石弾(ストーンブリット)を斥候役の魔物の手前に数発撃ち出す。


 こちらの魔術による投石に気づいた斥候役の小鬼が二体、脇目も振らずに走り込んでくる。

 俺は既に低木の裏に回り込んで剣を抜き待機。小鬼がその低木の上を同時に飛び越える瞬間、今度は俺の出番がやってきた。飛び出した斥候の小鬼二匹を斬り上げ、真横に一閃。そのまま立ち上がり豚鬼達の注意を引きつける。左右から襲いかかる小鬼を二振りの下に斬り捨て、残るは豚鬼二匹。

 俺は真っ直ぐに奥の豚鬼へと突っ込んだ。手前の豚鬼が渾身の力で棍棒を縦に振り下ろす。走りながらショートソードの切っ先で軸をずらして空振らせると、地面に叩きつけられた棍棒の衝撃で小石が弾け飛ぶ。しかし、意には介さず、足を止めぬままに奥のオークの眼前へ迫る。奥の豚鬼は手にした棍棒では遅いと判断したのか、左腕で振り払う様に薙ぎ払う。寸での所で跳躍して回避、そのまま豚に酷似した醜い頭部にショートソードを捻じ込んだ。背にはもう一匹豚鬼が残っているが、戦闘は終わりだ。

 

 「土槍(アースグレイブ)

 「ナイス、クリス」

 「当然です」


 地面から突き出した岩石の槍が股間から脳天にかけて一直線に豚鬼の体を貫いていた。

 

 俺が奥の豚鬼を先に狙ったのは手前の豚鬼の注意をクリスから逸らす為だ。小鬼や豚鬼は知能は大して高くないが素早く動こうと思えば思ったより早く動く。知能の低さ故に不意打ちには滅法弱い。俺が奥の豚鬼を攻撃すれば手前の豚鬼はこちらに注意を向け、クリスに背を向ける。そこをクリスにピンポイントで仕留めてもらう、という寸法だ。

 事実、完全なコンビネーションで豚鬼と小鬼の群れに完封勝利した。

 俺は倒れた豚鬼の顔から愛剣を引き抜き手ぬぐいで血を拭う。そして妹とハイタッチを交わす。 

 ジェイソンは「流石」といった顔で唸る。他の団員も「やるじゃねぇか」と口を歪ませていた。


 自警団での俺達の初陣は完璧な勝利で終わった。

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