第五十五話:港街ヘイミル
「着いただよ!ここがおら達の街、ヘイミルだ!」
「港へ案内する前に街のギルドに来て欲しいんだあ!」
「依頼を受けて来てくれたわけじゃないんだけどもあの魔物をやっつけてくれたわけだからなぁ!」
直ぐにでも港に行くつもりだったが煩い漁師の男達に半ば強引にヘイミルのギルドと案内される。
ギルドの扉を開けるとエルダの街のギルドとは違って併設の酒場は無く、手配書や依頼書を眺める冒険者数人とギルドの職員だろうか、体格の大きい無愛想な中年の眼鏡の男カウンターの中で帳簿を眺めていた。
体格のいい男が漁師達に気がつくと眼鏡を外して静かに口を開く。
「…ああ、漁師の親父さん達か。どうした、女子供を連れて?」
職員の男が漁師達に声をかけると、漁師達は俺の頭を乱暴に撫でながらそれに応じる。
「こんなナリだけどよ!この冒険者さん達があの忌々しいイカの化物をやっつけてくれたんだあ!」
「証拠は持ってないけどよ!俺達ゃこの冒険者さん達に助けて貰ったんだあ!だから間違いはないだよ!」
「そうだあ!おらは実際にあいつに捕まりそうになったからおらが証人だあ!」
三人の漁師達は大声で職員の男に詰め寄るも、職員の男は静かに話を聞き俺の顔を訝しげな顔で見つめていた。
「…疑うわけじゃないが、ギルド証とあればでいいが討伐証になるもんがあれば見せてくれるか?」
職員の男はぶっきらぼうにそう尋ねてきた。
「大王烏賊の触手の一部だけですが回収してきました、これでいいですか?」
アリーシャがそう言って大王烏賊の足の一部を職員の男に差し出し、また全員でギルド証の徽章を提示した。
「…確かに。なるほどエルダからの冒険者、『魔剣』に『大魔』、『剛壁』、そして『刃風』か。帰らずの迷宮から全員が生還し、今をときめくエルダの有名冒険者達が四人、観光にでも来たか?それに『追風』と『武装修道女』は居ない様だが…」
どうやら俺達の名はヘイミルの冒険者ギルドにまで知れ渡っている様だ。しかし、どうにもこの職員は他所者が嫌いなのか判らないが言動が一々引っかかる。
「まあまあ、ドリアスさんはこんなこと言ってるけどよ!これでただ口下手なだけだ!」
「そうだ!口はちっと悪いけども、これで歓迎してんだあ」
「だから大目に見てやってくれなあ。この人ぶきっちょなだけなんだぁ」
漁師達の言葉にギルドの職員のドリアスは目線を逸らしている。俺達四人は揃って「なるほど」と納得していた。
「…まぁなんだ、兎にも角にもよく依頼を達成してくれた。これが報酬だ、受け取ってくれ。それとこの依頼の難易度がSの下位だから『魔剣』と『大魔』の二人も今回の依頼達成で晴れてS級下位に昇格だな。おめでとう。』
ドリアスはそう言いつつ、ギルドカウンターの裏から金貨三枚と大粒の黒真珠を三つ、そしてS-級の証である龍が彫られた白金に蒼の宝石が埋め込まれた徽章を二つ取り出し俺達に差し出した。
「やりましたね、兄様!」
「ああ、と言っても突然の依頼達成であまり実感ないけどな」
そんなやり取りを妹と交わしていると冒険者ランクなど知らない漁師の三人が報酬を早く受け取れと言わんばかりに捲したてる。
「おら達漁師みんな金はそんなに持ってないからよ!みんなで出し合ったんだぁ!」
「これでみんな安心して漁に出れるだよ!冒険者さん達のおかげだぁ!」
「その黒真珠は綺麗だからよ。首飾りや髪飾りとかにして贈り物にするといいんだぁ。貴族様達もわざわざこの街まで買い付けに来る程なんだあ」
俺達は報酬を受け取り、ヘイミルの冒険者ギルドを後にする。喧しい三人の漁師達は俺達が見えなくなるまでずっと大きく手を振って見送っていた。
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冒険者ギルドを後にした俺達は街の港を訪れていた。そこには小さな漁船から大きな帆船、商業船まであらゆる舟が並んでいた。
「これはすごいな…」
「この街の象徴とも言える港ですからね」
「こんな大きな船、本でも見たことありません…」
「あ、私達が乗る船があちらにありますわね、行きましょう」
そこにはやや大きめの帆船があり、船の搭乗口の前には体格のいい船乗りが大声をあげていた。アンリエッタがそれに気付き手招きするので全員でそちらに向かう。
「ーーこの船はドルマニアン行きの定期船だぁ!乗る奴はいねぇかぁ!…ん?どうした坊主、この船に乗りたいのか?」
船乗りは向かって来る俺達の視線に気付き、乗船意思を尋ねてくる。
「はい、四人ですが大丈夫ですか?」
俺の言葉を聞き、四人の顔を見て船乗りは最も年長者であると判断したアリーシャに声をかける。
「…だそうだが、あんたが保護者かい?運賃は二等船室なら一人金貨五枚、冒険者なら金貨二枚だ。一等船室なら白金貨一枚。ただし冒険者の二等船室利用者は魔物に襲われた時は戦ってもらうし、まずギルド証をみせて貰うけどな」
「だそうです、セオドア様」
確かに俺の形ではとてもパーティーリーダーには見えないだろう。船乗りの判断は普通だがアリーシャの流し方に俺は驚いていた。
「あぁ…、なら二等船室で。みんなギルド証を」
そう言って俺達は冒険者ギルドの徽章を船乗りに見せる。
「おおっと、こりゃ驚いた。S級の冒険者が四人とは。人は見かけに依らねぇな!じゃあ冒険者の二等船室四人で金貨八枚だな!」
財布を取り出し白金貨一枚を船乗りに手渡す。
「おし、確かに白金貨一枚受け取ったぜ。これが釣りの金貨二枚、それと悪いが出発は明日の夕方、陰の
零刻なんだ。だから明日の陽の九刻から十一刻までにこの割符を船員に見せて乗船してくれ!…っと男女別の部屋になるが大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあこれが割符だ」
そう言って船乗りは俺達四人にそれぞれ割符の片割れを渡していく。
「じゃあもう一度言うが、明日の陽の九刻から十一刻だからな?遅れたら本当に乗せられねぇから注意してくれよ?」
俺達が割符を受け取った後、船乗りは念を押す様に搭乗の受付時間を告げ、俺達はその場を離れながら後ろ向きに手を軽く挙げ「わかったよ」とアピールした。
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俺達は港を離れ、海沿いの街を歩いていた。
「そう言えばお昼がまだでしたわね」
「じゃあどこかで昼食を摂って今日の宿を探すか」
「ヘイミルは港街だけあって魚介類を使った料理が有名だと、お父様の持っていた本にありました」
「その通りです、クリスティン様」
少し肌寒く感じる冬前の潮風が港街を吹き抜ける。丁度御誂え向きに看板を立て、店内から湯気を立たせている食事処を見つける。
「寒っ!冬の潮風って冷たいな…。丁度いいや、この店にしよう」
いち早く店に飛び込むと昼飯時を過ぎ、片付けに追われる女将の姿が目に映る。
「あら、こんな時間お客さんかい?いらっしゃい!」
後から直ぐにクリス達も店に入ってくると店の女将は想定外の客の来訪に驚くが、すぐに笑顔で元気よく
来店を歓迎する。
「ごめんねえ、すぐに片しちゃうから好きな席に座ってておくれ」
テーブルやカウンターには先程まで居たであろう客の食器が残ったままだ。俺達は言われた通り、まだ食器の残る窓際の席に着いた。
俺達が席に着くのを見てすかさず女将がテーブルの食器を下げ、雑巾でテーブルを拭きあげる。
「こんな時間に来るってことは旅の人だね?観光かい?」
「いや、冒険者ですよ、俺達みんな」
冒険者である胸を伝えると店の女将はやや驚いたように表情を変えるが、直ぐに元のにこやかな表情に戻る。
「驚いたね、子供と女だらけの冒険者の一行なんて珍しいじゃないか。まぁそんなことはどうでもいいさね、注文を聞こうか?」
注文を尋ねられ、テーブルにあるメニューを見る。
メニューにはやはり港街の飲食店らしく、殆どが魚料理が入っている。
「じゃあ、俺は揚げ物の定食で」
「私は大陸鯖のグラタンをいただけますかしら」
「私は大赤鯛のムニエルと葡萄酒を」
「じゃあ私は…大王鮪のカルパッチョをいただきます」
「あいよ!アンター!注文聞こえたかい?」
各々が注文すると女将が景気のいい声で奥の厨房にいるであろう夫に声をかける。すると奥からこれまた景気のいい声で「あいよ!」と夫の返事が返ってくる。
奥の厨房からは魚を揚げたり、包丁で具を切る小気味のいい音が響き、食欲をそそる香りが流れ込んでくる。料理の完成を心待ちにしていると、女将がトレーに飲み物を乗せ運んでくる。
「あれ?これは注文してない筈ですけど…」
「これはサービスだよ、飲んどくれ!」
俺達の前に女将が飲み物を並べていく。俺とクリスの前には暖かい紅茶、アンリエッタとアリーシャにはホットワインが振る舞われた。
「しかし、こんな若い子が冒険者かい、確か二十年ちょっと前に親子の冒険者がいたかねぇ。子供の方はまだ七歳やそこらだったと思ったけど今頃どうしてるんだか」
女将は片付けの続きをしながら昔を懐かしむ様に語り始めた。
「あいよ、ムニエル上がったぞー!」
「あいあい、ムニエルお待ちどう様!葡萄酒は食後にしとくかい?」
まず届いたのはアリーシャのムニエルだ。葡萄酒についてはまだホットワインが残っている為、女将の言う通りアリーシャは食後酒として頼む」
「噂で聞いたんだけれど迷宮の探索に失敗したんだとかで女の子だけ返ってきたんだとか」
女将の話を聞き、アリーシャが手に持ったナイフとフォークが止まる。
「今は帰らずの迷宮だなんて呼ばれてるんだっけねぇ。でも先日若い冒険者達が踏破したんだとか!その子の両親も少しは報われたかねぇ」
「それ…です…」
アリーシャはナイフとフォークを置き、啜り泣き始める。
「それ、私の事です…」
アリーシャがそう言うと女将が驚いて食器を取り落としてしまった。
「ええっ!?本当かい!?じゃあアンタがえーと…ああ思い出した!確か…そう!アリーシャちゃんかい!?」
「はい…このムニエルの味…あの時と変わってないですね…」
アリーシャは目を真っ赤に腫らして女将と抱き合う。
「あらあらまあまあ、こんな美人さんになって…。アンター!覚えてるかい!?二十年ちょっと前、親子で冒険者やってたレッドスターさんとこのアリーシャちゃんだよ!」
「なんだってー!?」
女将が夫に声をかけると大きな音を立てて背の低いずんぐりとした髭を蓄えた男が厨房からひょっこりと顔をのぞかせていた。
「こりゃあ驚いた!まさかあのアリーシャちゃんが生きてたんか!おっと厨房に戻らねえと!」
そう言って店主の男が再び厨房に戻る。
「で、その帰らずの迷宮を踏破したのが俺達です」
「ええ、ですから両親の無念は本当に晴れてます…!」
俺達は得意気になって迷宮の踏破者だと女将に話す。
「まあ本当かい!こんな若い子達がねぇ…。…何にしてもアリーシャちゃん、辛かっただろうに…いい仲間達に恵まれて本当に良かったねぇ…」
女将も既にもらい泣きで顔がくしゃくしゃになっていた。
「何だ何だ。おめぇまーたもらい泣きか!ほれ、坊主は定食、こっちのお嬢ちゃんがカルパッチョだったか?お待ちどうさん!こっちの美人さんのグラタンはもうちょっとで焼けるから待っててくれや!」
そう言って店主は再び厨房へと引っ込んだ。俺は目の前に置かれた定食を見て目を疑う。
目の前に置かれた定食は白米に天麩羅、そして味噌汁だ。
「女将さん!この定食は…!?」
「…ああ、そいつはワダツミの国の料理らしくてね。旦那が昔ワダツミの国に流れ着いた時に教えてもらったんだとさ。材料が少ししか手に入らないから数食限定なんだけどこの国の人の舌にはなかなか合わないみたいだねぇ。あとその"ハシ"って食器も扱えない人が多くてねぇ、イマイチ人気の無い定食さねぇ。アンタも珍しいと思って頼んだんだろう?」
俺は箸を手に取り、白米に手をつける。一噛み、二噛みと白米の味を噛み締めながら味わって食べる。
そんな折、グラタンが焼けたらしく店主がグラタンを持って厨房から現れる。
「はいよ、グラタンお待ち! お?どうした坊主、泣くほどうまいか?」
「…はい、なにか…懐かしいような味がして…」
気がつけば俺は涙を流していた。白米などもう十年以上口にしていなかったが今でもはっきりと味を覚えている。この先いつ、元の世界に戻れるのだろうか。いや、もっと言えば無事に生きて戻れるのだろうか。全く手掛かりもなく、今まで漫然とこの世界での暮らしに慣れていたが、ふと故郷である世界とよく似た味に触れたことでそれを思い出す。口に運ぶ白米には涙の味が含まれていた。
「そういやぁウチのバカ息子も今も生きてんならそっちの桃色の髪の姉ちゃんと同じくらいか。今頃どこで何してんだろうなぁ」
「さぁてねぇ。まぁ便りがないのが何よりの便りってことじゃないかねぇ。冒険者になるって飛び出してったけども手紙も全く寄越しやしないからねぇ」
店を切り盛りする夫妻は二人で窓の外の海を眺めて話していた。
「息子さん、冒険者なんですか?」
クリスが尋ねると夫婦は屈託の無い笑顔で此方を振り向く。
「ああ、六年だか七年だか前に出てったかね。ドルマニアン行きの船に乗って行っちまったけどそっから全く音沙汰無しさ」
「まぁ俺達の息子だからな。ちょっとやそっとじゃくたばりゃしねぇさ。今頃どっかでしぶとく生きてんだろうよ。なんせ俺と同じく鉱山族の血を引いてるからな」
店主の男は白い歯を見せて親指を立て自分を指差していた。
その後も夫婦の話に耳を傾けながら、天麩羅や味噌汁を平らげる。久しぶりの故郷の味を心に刻みつけ、いつか元の世界に戻れる手段を求めよう、そう決意した。




