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第五話:誕生日の初めての経験

 我が家の教育方針が決まり、俺とクリスは毎日、剣術と魔術の訓練の日々が続いている。

 そして俺とクリスは六歳の誕生日を迎えた。

 ほぼ毎日のように続いていた訓練も今日ばかりは休みだ。


 「セオ、クリス!今日は誕生日おめでとう!」

 「セオも既に剣術の中級を修得、クリスは魔術の中級を修得。本当にお前達は父さんの自慢の子ども達だ!」

 「セオドアお坊ちゃま、クリスティンお嬢様、お誕生日おめでとうございます」


 家族が次々に祝いの言葉を述べる。

 今日の我が家は朝からパーティーだ。夜中の内から母とアリーシャが準備をしていたらしい。

 小さな村ゆえに料理そのものは質素なものらしいがカルマン村としては結構なごちそうが食卓に並ぶ。


 食卓に並ぶのは色とりどりの野菜をふんだんに使ったサラダ、ポテトのポタージュ、麦以外の雑穀を使った大きなパン、川魚を使ったフィッシュパイ、そしてメインディッシュは村の近くに現れたワイルドブルのステーキだ。

 普段の食事と比べるとかなり豪勢な食事だ。

 

 それぞれが食事を楽しみながら歓談する。昼を迎えるころにはガスターや父の仕事仲間が数人訪ねてきていた。

 

 まず一人目はジェイソン・カールマン。大柄な三十七歳の男で既婚、俺達兄妹より四歳上の娘がいるそうだ。

 普段は農業に従事しているが、魔物の襲撃などに備えた自警団の一人としても活動しているらしい。

 名前も体格も見るからに鉈でも振り回していそうだ。実際に聞いてみると得意な得物は斧とのこと。


 二人目はミシェイル・コリンズ。プロポーションの良い未婚の女性だ。

 普段は狩人を生業としているらしく、村の自警団での活動では狩人の職業での経験を活かし斥候の役割を務めている。やはり得意とする武器は狩人らしく弓と短剣だそうだ。年齢を聞いてみたら「いきなり女性に年齢を聞くのは失礼になるわよ」と濁された。


 最後に居間の隅でちびりちびりと葡萄酒を飲んでいるのはアレクセイ・ノーベル。村の自警団では最年少で十五歳とのこと。前世の世界ならば飲酒は法律的にアウトだがこの世界での成人は十五歳かららしく、飲みなれてない酒を一生懸命飲んでいるようだ。小人(ハーフリング)種のクォーターらしく体格は小柄で初めて見た時は十歳にも満てないようにも見えた。


 昼を過ぎると新たな来客が訪れた。玄関のドアを開けるなり全員が一同に頭を下げる。この村の領主であるモーリス・ノール・ワイナールの登場である。彼は居間に入ってくるなり、大きな手で俺とクリスの頭をワシワシと撫で付け、葡萄酒を片手に父に挨拶をする。


 「やあ、アルフレッド君。早いもので子供達ももう六歳か。セオドアくんもクリスティンちゃんもすっかり大きくなったものだ」


 ピンと伸びた背筋、スマートでありながらも鍛えられた体、紳士然るべしとした物腰。俺が見ても格好いいと思える老人である。


 「ええ、私の自慢の息子と娘です。息子の剣術も娘の魔術ももう一人前の大人と遜色無いほどですよ」


 父がやや自慢げに領主に話す。


 「君の子供ならばそうだろうな。して、ゆくゆくは君と同じように王都に?」


 父の昔の事を知っているのだろう。かつて父は王都で騎士団に所属していた。その息子や娘であればそうさせるのが一般的ではあるだろう。しかし父はまだ決めているつもりは無いようだ。


 「いやあ、どうでしょうか。私は王都で騎士になる喜びも大変さも経験しましたので…。できれば子供が進む道は子供に決めさせたいと考えております。子供を鍛えるのもあくまで自分で生きるための力を身に着けさせる為です」


 あくまで父は子供の意見を尊重するような考えを示した。ただし、ニートにはさせないという事だろう。

 父は「失礼」と一言、領主との話を打ち切る。俺達兄妹をテーブルの中央へ手招きし、屋敷にいる全員に告げた。


 「今日は我が息子、娘の六歳の誕生日に駆けつけて頂き、誠にありがとうございます!息子と娘は早いものでもう六歳。この国の風習では六歳と十二歳の誕生日は特別なものとなります!そこで私と妻より、子供達へ六歳の誕生日を迎えた記念品を贈りたいと思います。セリーヌ!」


 寝室へと引っ込んでいた母が父の合図で荷物を持って出て来る。母は二つの丁寧に包装された荷物の内、一つを父に手渡した。


 「私からは息子へ、妻からは娘へ記念品を贈ります!」


 俺は父から、クリスは母から記念品を受け取るとそれぞれ「さぁ中身を見てごらん」と耳打ちされた。


 俺とクリスは丁寧に包装された記念品のリボンを解き、中身を取り出した。


 父から受け取った記念品の中身はショートソードだった。しかしショートソードとは言え白銀の煌めきを湛え、柄や鍔には美しい意匠が施された名品とも言える一振りだ。

 また、クリスが母から受け取った記念品は新しい魔術教本だった。こちらは元々母が持っていた魔術教本とは違い、光や闇、無の属性の魔術や魔術の応用法などが記されている高価なものだった。


 俺達は贈り物を屋敷全員に見せると屋敷全員が大きな拍手を贈ってくれた。俺は初めて真剣を手にした。

 しかし、俺は今現在、まだ気付いてはいなかった。真剣とは手にして喜ぶものではない事に。


 一頻り客人達に話を済ませると、既に会場の人間は大人同士で話をしていた。俺もクリスも同じ年頃の人間が居なかったため少し退屈していた。そこで母に許可をもらい、クリスと一緒に村を散歩することにした。勿論「村の外には出ないように」と「日が落ちるまでには帰ってくるように」と釘を刺されたが。


 子供だけで村を歩き回るのは実は初めてだ。視界には小麦畑が広がっており、一面緑に染まっていた。

 ちょっと長めの散歩のつもりで村の境界付近まで出歩いていた。村の境界には木柵が設けられておりそれに沿う様に歩いていた。妹との会話を楽しみながら。


 「クリスには魔術の勉強、だいぶ差を付けられちゃったなぁ」

 「セオ兄様だって一部の中級魔術は使えるのでしょう?」

 「炎と氷、あとは地と雷はね。でも闇と無についてはからっきし。こればっかりは資質が無かったんだろうね。クリスは全部使えるんだろう?」

 「はい、セオ兄様には剣術では敵いませんけど魔術だったら負けません」

 「ははは、魔術についてはやっぱり自信満々だなクリスは」


 クリスは本を脇に抱え両手を腰に当て「えっへん!」と言わんばかりに胸を張った。


 その後他愛もない話をしていると村の男の子が柵を乗り越えている所に遭遇した。どうやらボールのようなもので遊んでいたら柵の外に飛んでいってしまったらしい。

 その様子を見ていると、突然小人のような人影が木々の中から姿を現した。緑の皮膚に尖った耳、小柄な体躯、まさにファンタジーの世界の魔物。父から聞いていた通りの小鬼(ゴブリン)だ。

 小鬼は男の子を見つけると大声で叫び出した。叫び声で小鬼に気付いた男の子はにじり寄る小鬼に慄き、尻餅をついて腰を抜かしていた。

 

 「逃げろ!」


 咄嗟に俺は叫んだ。男の子は我に帰る。尻餅をついたまま少し後ずさり、何とか立ち上がり森の奥へと走り出した。


 「クリス、大人達を呼んでくるんだ。走れば屋敷まではそこまでかからない」


 子供の背を目で追いながらクリスに命令する。


 「っ!…わかりました。でもセオ兄様は?」


 クリスは不安げな声で俺に聞き返した。


 「今ここで戦えるのは俺かクリスだけだ。俺はあの子を追いかける。追いつくのは俺のほうが早いだろう。何かあっても大人達や父さんがいれば何とかなる筈だ」

 

 何故か俺は冷静だった。初めての実戦になるだろう。それなのにだ。

 クリスは迷うこと無く屋敷へ駆け出した。俺もあの子を追おう。俺は柵を乗り越え森の中へと消えていった。


 ---


 〈クリスティンサイド〉

 セオ兄様は森へ入るつもりだろう。そうなったら間違いなくゴブリンと戦う事になる。

 怪我をしてしまうかもしれない。


 そう思うと私は息が上がるのすら私は忘れていた。ただ走る、ひたすら走る。信頼できる父に任せようと。

 

 「急がなきゃ…急がなきゃ…」


 全力疾走だった。決して遅くはないと思う。普段からセオ兄様やお父様と一緒に走っているのだ。最初はいつも置いて行かれていたが今ではどうにか追いつける程にはなっていた。


 10分程走り続け私は屋敷にたどり着き、勢い良く屋敷のドアを開いた。


 「お父様!村の外に出ていった子供を追いかけてセオ兄様が!」


 誕生会の為にアリーシャにセットしてもらった髪はぐしゃぐしゃになっていた。息も絶え絶え、額と頬には汗が流れている。とてもこの誕生会の主役の姿では無かっただろう。


 「セオがか!何があった!クリス、説明するんだ!」


 お父様は私の声に血相を変えて席を立ち、私の肩に両手を掛け目前に迫った。お母様は口を抑え立ち尽くしている。


 「お父様!セオ兄様が外へ出ていった所まで案内します!説明はその間に!」


 私は驚く程冷静だった。ここでのんびり説明してから出ていっては手遅れになるかもしれない。ならば案内をしながら、その間に説明すればその時間は短縮できる。私も可能な限りの最善の手を考えていた。


 「貴方の息子だ、行っておあげなさい。子供を守るのも父親の仕事です」


 領主様がお父様を促した。


 「乗れクリス、しっかり捕まっていろ!」


 父は私を背負い家の外へ飛び出した。父の全力疾走は早い。私の倍以上の速さだ。まさに風を切るように走っている。


 私は久しぶりの父の背中の感触を感じながら、手短にかつ正確にセオ兄様が柵の外へ出ていった経緯を話した。


 ---

 〈セオドアサイド〉


 「どこだ…どこにいる…」


 俺は子供を見失っていた。木を避け、低木を飛び越えつつ痕跡を探した。

 数分走っていると足跡を見つける。靴の跡と裸足の跡だ。間違いない、この先に逃げている。


 「頼む…間に合ってくれよ…」


 俺はひたすら走った。子供追い走っている途中、腕や足を切った。恐らく小枝を引っ掛けたのだろう。誕生会の為の服は所々破れ、せっかくの衣装も最早見る影もない。


 「見つけた、あれだ!」


 子供は躓いたのだろう、地面に突っ伏して泣いているようだ。痛みか恐怖故か、体が震えているのがわかる。

 既に小鬼は子供に追い縋ろうとしていた。まだ追いつく。走る。全力で走る。そして遂に追いつく。


 俺は勢いそのままに小鬼の後頭部を蹴飛ばすと小鬼は頭から吹っ飛び低木に突っ込んだ。

 

 「大丈夫か? 怪我はしてないか!?」

 「大丈夫、ちょっと膝を擦りむいちゃったけど…」


 子供は泣くのを堪えつつ弱々しく答える。

 子供は大した怪我はしていなかった。躓いた際にできた擦り傷とせいぜい打撲をしている程度だ。

 子供の怪我の確認をしている内に小鬼は起き上がり、此方を忌々しそうに睨み付けていた。

 その手には木製の棍棒が握られている。


 「やる気だ…」


 俺は思わず父から誕生日祝いで貰ったショートソードを抜く。


 「君、戦えるの…?」


 自分より小さい子が剣を抜いて魔物と対峙している。子供の目にはそうにしか見えなかっただろう。

 勿論、俺は初めての実戦だ。練習ではない。相手は人間ではないがこれは正真正銘、「命のやり取り」だ。俺は小鬼を見据えながら小さく頷く。

 

 「村へ走れ!あっちにまっすぐに!大人達がこっちに向かってる筈だ!」


 大声を張り上げる。自分を鼓舞するように、子供を逃がすため、少しでもここから離れるように。

 子供が村へと走り出すと同時に小鬼が棍棒を振り上げ飛び込んでくる。

 避ける。いなす。鼓動が早くなる。練習だったなら既に小鬼の胴に、肩に、頭に手に持った剣を振り下ろしていただろう。だがこれを振り下ろせば相手は死ぬ。相手は魔物だ。慈悲をかける必要は無い。

 だが、相手が魔物であれ、命を奪うという行為が俺の腕を躊躇わせた。

 小鬼の振る棍棒の軌道は滅茶苦茶だ。体勢もあったものではない。加えて知能も低いのだろう。避けるのは簡単だ。だが棍棒を躱す度にじりじりと追い詰められる。

 小鬼が袈裟に棍棒を振り下ろし、身を引いて下がった瞬間、俺は木の根に足を躓かせた。体勢が崩れる。チャンスとばかりに小鬼が飛びかかった。

 

 「クソッ!」


 俺は追い詰められ無我夢中で体を動かした。

 

 ――血飛沫が頬にかかる。髪も血に塗れた。赤ではなく、青い血が。

 我に返ると俺は小鬼の体を両断していた。動かなくなったそれ(・・)は溢れ沫く血液で血溜まりを作り、内臓を零れ落としていた。

 俺は今初めて命を奪ったのだ。勿論これまでに羽虫なんかの命を奪ったことはある。だが今回は違う。

 手に命を奪った感触が残っていた。その光景に、その感覚に明らかな不快感を覚えた。胃からこみ上げる。口から胃の中のものを吐き出す。

 一頻り吐き出し、落ち着きを取り戻す。俺は土魔術で穴を掘りその中で小鬼の骸を炎魔術で焼いた。

 骸が骨と化すを確認し、剣を鞘に収め、力なく村へ戻るとすぐに父に遭遇した。


 ---

 「セオ兄様…、怪我は?」

 「ああ、大丈夫だ。…少し吐いただけだ」


 クリスは小鬼の血で血塗れとなった俺を心配そうに見ている。


 「魔物は?」

 「殺して、焼きました…」

 「そうか」

 

 父は怒らなかった。ただ二言、言葉少なにやり取りをし、それ以上は何も言わなかった。

 父はクリスを下ろし俺を背負って屋敷へと戻った。俺は父の背中の感触に安堵し、そのまま眠りに落ちた。

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