第四章断章:シグルドの特訓と三人の侍女
第四章の断章回です!
今回はシグルドとアリーシャに代わりホワイトロック家にやってきた三人の侍女のお話です!
「あらあらシグルド坊っちゃん、また体中泥だらけにして…あら、膝も擦りむいてますわねぇ。 …―命を育む陽光よ この者の傷を癒やし給え…治療!」
外から帰ってきたシグルドは服を泥まみれにして、体中に擦り傷を作っていた。治癒魔術を唱えているのは屋敷を去ったアリーシャに成り代わってやってきた三人の侍女の一人、ポーラ。長身で新緑を思わせる長い髪の侍女だ。
「いつもありがとう!ポーラさん!」
「元気なのは結構な事ですが、くれぐれも危ない事はしないで下さいねぇ」
ポーラがそう言っている内にシグルドは木剣を玄関の脇に立てかけ、駆け足で母セリーヌの書庫へと駆け込んでいく。それに気づいた二階の掃除をしていた二人目の夜明けの空を思わせる肩まで伸ばした青髮の侍女カーシャがポーラに目配せをしてシグルドの後を追って書庫へと入って行った。
台所から何事かとセリーヌと三人目の侍女で燃える様な情熱的な紅の短髪のエスティーが様子を見にやってくるとポーラがシグルドが飛び込んだ書庫の扉を心配そうな顔で見つめながらため息を漏らしていた。
「シグルド坊っちゃん頑張ってますねぇ」
エスティーはポーラの心配を他所にどこ吹く風と言った様子で能天気な事を口に出した。するとセリーヌが苦笑交じりにシグルドがああも剣術や勉学に励む理由を話す。
「まぁセオとクリスの弟だもの、あの子なりに期待に応えようとしているのよ」
そうセリーヌは悟っている。しかし、シグルドは残念ながら剣の扱いにしても魔術の腕も凡人の領域だ。
シグルドの様に剣を扱うことも、クリスの様に高度な魔術も扱うこともできない。彼の剣はせいぜい棒振り、魔術は漸く基礎の部分を少し理解した程度。兄と姉のそれに比べると明らかに水準は低い。
ただ彼には一点だけ兄と姉に引けを取らない、否、凌駕する能力があった。
書庫に飛び込んで約一刻。既に彼の回りには読み終えた本の山が出来上がっていた。
「ねえカーシャ、入口から三列目の本棚の上から三段目、右から六冊目の本を取ってくれない?」
「かしこまりました、シグルド坊ちゃん」
彼は間も無く四歳を迎えるが、既にこの時点で書庫内の本を一年足らずで読破しており、その中に記載されている全ての事柄をほぼ記憶している。現在やっているのは言葉や文字で理解出来る事柄を虱潰しに調べているところだ。経験や実践を要する事柄は流石に三歳のシグルドにはまだ理解が及ばないが、まだ三歳、当たり前の事である。
兄は剣術寄りの優等生、姉は魔術の天才、ついでに言えば父は剣術の天才だ。だがシグルド父には似ず、文官向きの才能を有している。だとすれば母であるセリーヌに似たのだろう。
実はシグルドにはホワイトロック家の「十二歳を迎えた時に家を出て成人までは戻る事を許さない」と言うしきたりは既に伝えてあった。
と言うのも、シグルドは兄や姉のように戦闘面に於ける天賦の才を持っていない。故に放っておいても生きる力を持っている二人とは違い、予めそれに向けて準備を進めておく必要があった為だ。
アリーシャが屋敷を去るにあたり、彼女の紹介によってホワイトロック家に三人姉妹の侍女が雇われる。
三人ともそれぞれ同じく侍女としての能力は申し分ないが、それぞれ得意な分野が異なっている。ポーラは武術全般に、カーシャは教育能力に、そしてエスティーは魔術全般にそれぞれ秀でており、これはアリーシャがシグルドの教育の事を慮った上での人選である。
彼女達はそれぞれの得意分野をシグルドの教育に活かす。父、アルフレッドがいない場合、彼女達がそれぞれシグルドに付いているのだ。
シグルドが帰宅して一刻程経ってからアルフレッドも屋敷に帰宅する。右手には鍬を、左手には木剣が握られていた。
「「お帰りなさいませ、旦那様」」
ポーラとエスティーが玄関にて、スカートの端を摘んで頭を下げ、口を揃えて屋敷の主人を出迎える。
「カーシャはシグルドと一緒か。用事が済んでシグに稽古をつけた後、村人の農作業の手伝いをしていたら少しばかり遅くなってしまったな」
アルフレッドは鍬と木剣をシグルドが置いた木剣と並べて置くと、ポーラが用意した水を飲み干し、書斎へと引っ込んでしまう。
それから更に一刻が過ぎ、書庫での勉強を終えたシグルドが満足気な表情で書庫から出てくる。するとエスティーはエプロンの中から魔術書を取り出す。そう、今度はエスティーによる魔術の授業だ。
「さぁシグルド坊ちゃん、今度はあたしと魔術の勉強ですよ」
そう言うエスティーの前で鼻息を荒くしてシグルドが仁王立ちをする。
「お、今日は自信ありそうですね!じゃあ今日こそ水弾成功させましょう!」
シグルドとエスティーの二人は掛け声と共に高々と作った握り拳を掲げた。
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「じゃあ今回は前回のおさらいから始めましょう!」
「はい!」
エスティーが左手を腰に当て、右手に持ったタクトを立てるとシグルドが元気よく返事を返す。
シグルドが両手を前にかざして目を閉じるとその手の前に不安定に揺れる水の塊が徐々に形を成していく。次第に揺れが収まり、球体の形で安定すると、エスティーの声が響いた。
「はい、そのまま私がいいと言うまでそのままで!」
シグルドは息を止めて水の球体を保つ為に堪えているが、出来上がった時には安定していたかに見えた水の球体が小刻みに震え始める。
震えだした水の球は徐々に震えが激しくなり最終的には弾けてしまった。
「うーん、惜しいですねぇ。もう少し、なんですけどねぇ」
エスティーがそう言いながら首を傾げている間にシグルドは再び水球を生み出すが、やはりうまくいかない。
その後も、シグルドは何度も水球を生み出しては失敗を繰り返し、見兼ねたエスティーがコツをシグルドに伝える。
「坊っちゃん、魔術はイメージです。水を球の形にしようと考えるから失敗するんです。空中にある水の粒がどんな形かをイメージすればきっとできます!」
シグルドは先程エスティーから伝えられた通りにイメージを巡らせて再び両手から水を生み出す。渦を巻いた一握の水が徐々に安定し、水の球ができあがる。
「空中の水…空中の水…」
生み出した水は球の形で完全に安定化し、一切のブレも生じない。この時シグルドはありのままの水だけを想像し、それを浮かべる事だけを考えた。
「…坊ちゃん、充分です、もういいですよ」
エスティーの合図と共にシグルドは出来上がった水の球体を地面に落とす。
「合格です。じゃあ今度は実際に水弾を使ってみますよ」
エスティーが右手のタクトをゆっくりと回すと先程シグルドが生み出した水とほぼ同量の水の球体が出来上がる。
「母なる水よ 礫となりて 彼を撃ち抜け!水弾!」
エスティーの詠唱が終わると同時にエスティーが生み出した水が庭の壁に向かって飛んでいく。飛んでいった水が壁にぶつかり弾けて消えた。
「じゃあシグルド坊ちゃんもやってみてください!」
エスティーが手本を見せるとシグルドは直ぐに水の球を生み出す。
「母なる水よ 礫となりて 彼を撃ち抜け!水弾!」
エスティーのものより早さも勢いも無いが、シグルドの放った水弾はどうにか前に飛び庭の植木に当たって消え去った。
「今のが水弾です。まだ威力も早さも全然ですが、初めてであれなら上出来です。練習すればじきに、さっき私が放ったものと同じ程度にはなる筈ですよ」
シグルドはエスティーにそう言われ、感覚を忘れない様に復習のため、再び水の球を作り出そうとすると足元がふらつき尻餅をついてしまった。
「あらら、軽い魔素欠乏ですね。今日はここまでにしましょうか」
エスティーがシグルドを抱き抱えて庭から屋敷へと戻るとそのまま子供部屋へ向かい、ベッドの上に横たわらせると既にシグルドはエスティーの腕の中で眠りに就いていた。
「ふふ…。こうしてるとやっぱり子供ですねぇ…」
「あらエスティー、どうしたの気持ち悪い顔して」
エスティーがシグルドの寝顔を眺めて顔を緩ませていると突然後ろから声をかけられ、驚いて後ろを振り向く。そこには青髮の女中、カーシャが立っていた。
「ちょっとカーシャ姉さん!いきなり後ろから話しかけないでよ。びっくりするじゃない!」
驚き怒るエスティーにカーシャは冷めた視線を向ける。
カーシャはエスティーの言葉には耳を貸さず、エスティーの耳を摘みあげて子供部屋から引きずり出す。
「シグルド坊ちゃんの魔術の勉強の時間が終わったら、掃除、洗濯、あと夕飯の支度でしょう?のんびりシグルド坊ちゃんの寝顔を眺めてる暇なんてないわよ?」
「ちょっ姉さん痛い痛い!姉さん痛い!耳!耳ちぎれちゃう!わかった!わかったから離してカーシャ姉さん!」
エスティーが悲痛な声で解放を求めるがカーシャは相変わらず耳を貸さない。一階の居間につき、漸くカーシャに解放されたエスティーを待っていたのはポーラだ。彼女は腕を組み、得体の知れない威圧感を纏っていた。
「ひっ…!ポポポポーラ姉さん!?」
開いているのか閉じているのか分からない眼に微笑むような優しい唇。普段と変わらぬ表情ではあるがエスティーにはポーラが怒っているのが直ぐにわかり、怯えきっている。
「なかなか戻ってこないからシグルド坊ちゃんの魔術の勉強が長引いているのかと思ってお庭に行ったら居ないんだもの。私驚いちゃったわぁ」
口調もやはり普段通り。だがエスティーは確かな怒気をポーラから感じており、ひたすらに謝り続ける。
「…夕飯が終わったらお部屋にいらっしゃいね」
エスティーはポーラにそう言われた瞬間、エスティーは一瞬放心する。しかし、エスティーは直ぐに我に返り反論する。
「シ、シグルド坊ちゃんも漸く魔術を一つ使えるようになったんですよ!私も頑張ってるんです!」
必死に弁明するエスティーから飛び出した報告に右手を口に当て、「まぁ」とポーラが漏らす。
エスティーが確かな感触を感じ、弁明を続けようとしたが、ポーラはエスティーの顔に指を立ててエスティーの弁を制する。
「でも、それはそれ、これはこれ。私たちはシグルド坊ちゃんの教育係であると同時にホワイトロック家の侍女である事を忘れちゃダメよ?」
ポーラのその言葉でエスティーはこれ以上言い訳は出来なかった。
エスティーがポーラに詰められている隙にカーシャがシグルドの様子をこっそりと見に行く。
「…うーん…ポー…ラ…参ったか…ムニャムニャ…」
夢の中でも特訓を続けるシグルドにカーシャは少しだけ表情を綻ばせていた。




