第四十八話:前世の知識と現世の力
俺とクリス、マリオンの三人は守護者の間から少し戻り、射手帆立の群生地へ訪れていた。
「じゃあまずは撃たれる前に…飛翔物防御!」
強力な下降気流を身に纏い、水辺の通路へと足を踏み入れる。それと同時に縄張りに飛び込んだ侵入者を攻撃するべく射手帆立が真珠の弾丸を撃ち始める。
しかし、真珠の弾丸は下降気流の鎧に阻まれ、此方に届くことはない。
「じゃあクリス、あとは任せたよ」
俺の指示を聞いてクリスが頷き、両手に黄色の光を纏わせる。
「電撃網!」
クリスの両手から電気の網が発生し両脇の水辺へと放たれる。強力な電撃は水場を駆け巡り、次々と射手帆立を死に至らしめた。また、電撃を放ったタイミングで水場の底に隠れている射手帆立も多分に漏れず感電していた。
通路の入り口に到達するまで電撃を放ち続けると既に射手帆立の攻撃は完全に沈黙していた。
その後俺とマリオンが水場に入り、射手帆立の死骸と水場の底に沈んでいた貝殻を通路へと引き揚げる。
大量に引き揚げた射手帆立の貝殻を何度かに分けて守護者の間の前の広間へと運び込む。
広間へと運び込まれた貝殻は一箇所に纏められていた。
射手帆立の死骸は俺とジャックとアンリエッタの三人で貝殻から身を剥がし、身と殻に分けて貝殻は先程の貝殻の山の中に放り込み、身は真珠の弾丸を抜いて茹でる事にした。
貝殻の集積が終わると俺が土魔術で壁を作り、貝殻の山を囲みこむ。そのままクリスが強力な炎魔術で貝殻を焼き上げた。
一通り焼きあげた貝殻は不純物や水分が無くなり軽く脆くなっていた。今度はそれらを布の上に広げ、土魔術で造り出した大鎚を持ったマリオンが砕き、磨り潰し、粉状にしていく。粉にした石灰をさらにもう一度炎魔術で焼き、丸一日をかけて生石灰の山が出来上がった。出来上がった生石灰の山を布に包み、頭大の大きさに小分けする。
射手帆立の塩茹でに舌鼓を打ち、酸魔導人形との決戦を前に英気を養う。アリーシャもジャックとアンリエッタの世話の甲斐あってか、落ち着きを取り戻していた。
「お坊っちゃま、お嬢様、申し訳ございません。お二人をお助けするつもりがこの体たらく、面目ありません…」
「気にしないで下さい。それよりもカルマン村の実家の方は? それに何故追いかけてきたんです?」
先程の件はトラウマからくる立ち竦みだ、責めてどうにかなる問題でもないし、これまでの働きを考えれば叱責する必要もない。謝る必要性がない事を伝え、その上で行動を共にした理由を問い質した。
「実は以前、ブルームーン家の当主様よりカルマン村の屋敷に手紙が届きまして、その際に旦那様と奥様から同行するように仰せ付けられました」
やはり、父と母の差し金か。アリーシャが話を続ける。
「手紙にはお坊っちゃまとお嬢様が迷宮に挑むだろうという一文があり、それを読んだ奥様が旦那様に話しました所、旦那様より私を向かわせるという運びになりました」
アリーシャの話にアンリエッタが加わる。
「下級騎士である立場上、仮に成人前の子供が死亡する様な事があれば問題となり得ますわ。とは言え、もしそうなった場合、説明が出来ない、ましてや認識すらしていない、とあれば尚更ですわ。そこでアリーシャさんが遣わされたという所、ですわね」
アンリエッタの補足にさらに再びアリーシャが付け加える。
「旦那様は当初は王都から冒険者を遣わせるお積りでしたが、私が強く希望をいたしまして暇をいただき赴かせて頂いた次第です。お屋敷の方には嘗ての同僚を頼っておりますので御心配には及びません」
そこまで言い切ると、再びアリーシャが目線を落とす。
「──ですがこの私がこれでは…。お役に立てず申し訳ございません…」
カルマン村の屋敷では何もかも完璧にこなして来たアリーシャがここまで落ち込む姿を見るのは初めてだった。
「大丈夫です、アリーシャさんはここで待っていて下さい。必ず酸魔導人形を仕留めて戻って来ますから」
俺がそう言い放つと他の面々も俺と同様にアリーシャの不安を払拭してやろうと自信溢れる言葉を口にする。
「大丈夫です、兄様の作戦ならきっと成功します!|巨躯蜥蜴の時だって兄様の作戦があったからこそです。今回だってきっと成功します!」
「私もセオドア様の分析能力や知識量にはいつも驚かされていますわ。きっと今回の作戦もセオドア様の知識があってこそ思いついた作戦かと。ならば成功して然るべしと思いますわ」
「まぁ手掛かりが無いんじゃセオの作戦に乗るしか無いわ。でもあの子の戦術眼は本物よ。アタシもそれは認めるわ」
「おいおいお前らあんまりセオにプレッシャー掛けんなよ?…まぁ、なんだ? 少なくともセオはこれまで強敵相手でも知恵と勇気を以って下して来た。今回もきっと勝てるさ。だからこそ俺たちのパーティーリーダーなんだ」
アリーシャに掛けられた言葉の数々を聞いていてどうにもむず痒いが、現状俺たちができるのはここまでだ。あとは戦って勝ち、迷宮を踏破するだけ。
アリーシャの為に、否、皆の期待に応える為にも必ず勝つ。
準備の為に消費した体力を回復する為に一度眠りにつき、再び酸魔導人形に挑む。作戦は考えた。全員にも伝えてある、あとはうまくいけばそれで終わりだ。
「じゃあ皆、作戦通りに!行こう!」
「皆様、ご武運を」
アリーシャに送り出され、黄金の扉を押し開く。今回は奇襲はなく、守護者の間に足を踏み入れた瞬間に部屋の中央に酸魔導人形の姿が地面から滲み出し形成されていく。
予想以上に早い出現だが作戦に支障は無い。
「出鼻を挫いてやる!」
ジャックが早速石灰を詰めた布袋を投げ付ける。酸魔導人形の体内に布袋が入り込むと即座に布が溶解し、内包していた石灰が少し広がり塊になっていた。
「クリス、合わせろ! 爆炎!」
「竜巻!」
石膏の塊が酸魔導人形の体から排出される前にピンポイントで爆破し、さらにクリスの風魔術で体内から撹拌する。撹拌された石灰は一気に広がり、大きな泡を立てながら白く大きな塊となって酸魔導人形の体から排出される。
「さすがにあれだけじゃ効果がわかりにくいか…。よし、どんどん行こう!」
アンリエッタやマリオンもジャックに続き、石灰の塊を投げ付けては俺が爆散させ、クリスが撹拌という工程を繰り返す。
石灰の四半を消費したあたりで漸く見た目での変化が認められた。
巨大な粘液の塊はやや小さくなり、大人の男性三人分の高さはあろう体躯からマリオンの身長を除いた程度に縮んでいた。
「効果あり!このままもっと縮ませてしまいましょう!」
だが、酸魔導人形もこのまま一方的にやられるのを待つ程甘くは無い。
酸魔導人形が体の形状を変え、体の天辺に人の頭を粘液で造り出した。
「何かしてくる!クリス、防御だ!」
「はい!兄様!」
「「土壁!」」
土壁を出すと同時に酸魔導人形が口を模した部分から霧を勢いよく吐き出す。
「酸の吐息だ!浴びるんじゃないぞ!」
ジャックが俺達に注意を促す。酸を直接浴びた土壁は白煙を立てながら徐々に酸に蝕まれ脆くなっていく。
「…だったらこれならどうだ!硝子壁!」
土壁の魔術を応用した魔術でガラスの成分となる物質だけを壁として生み出し、土壁に追加で精製する。ガラスは硫酸を保存できる程、硫酸に対しての耐食性に優れる物質だ。ガラスの壁に酸の吐息が吹き付けられるが今度は侵食されること無く酸の吐息を凌いでいる。石に含まれる物質を知らなければこの魔術は使えない為、クリスには不可能な芸当だ。
酸魔導人形も自身の酸が効かないことを悟ったのかガラスでコーティングされた土壁に対してぶちかましを仕掛ける。当然ながらガラスが砕け、再び正面から酸魔導人形を見据える形となった。しかし、こちらもただ土壁が破壊されるのを見ていたのではない。飛び出していたのはマリオン、その両手には生石灰満載の布袋を抱えている。マリオンの膂力がなせる業だ。
「おおおりゃああぁぁぁぁ!」
景気のいい掛け声と共に大量の石灰が酸魔導人形の体に投げ込まれる。即座に布が溶け酸魔導人形の体内に大きな白い塊が出来上がる。
「今だクリス!」
「はい、兄様! 三連爆炎!」
クリスのはなった魔術が石灰の塊の中で炸裂し、酸魔導人形の体内で破裂した石灰の塊が三度に分けて肥大化していく。クリスは石灰が凝結しては弾ける中でさらにダメ押しを仕掛ける。
「大暴風!」
以前、棘土竜の群れとの戦いで放った大暴風は範囲を著しく狭くしてある。酸魔導人形の体内に放たれた大暴風は今回は風ではなく強い水流を生み出した。
酸魔導人形の体内で激しく撹拌された石灰は巨大な石膏の塊となり、再び酸魔導人形の体から排出されている。当初六メートル程あったその巨躯は一気に半分以下のスケールとなっていた。
「もう剣が届く程には小さくなっていますが、念には念を入れましょう!」
相手は言わば迷宮のボスだ。弱ったからと言って手は抜けない。残っている石灰の塊を投げ込んでは弾けさせ、さらに撹拌する。それを手元の石灰が無くなるまで繰り返す。
最後の一つであった石膏の塊を酸魔導人形が体内から排出すると最初の巨体はもはや見る陰もなく小さくなり、子供程度の大きさにまで縮んでいた。
抵抗のつもりが酸の吐息を吐き出そうとするが、巨体の時のような勢いもなければ持続もしない。既に体の大半を核で占めており、酸の体は殆ど残っていない。最早『詰み』だ。
そんな折、アンリエッタとマリオンが塞いでいた黄金の扉を開き、ジャックとクリスが俺の肩に手をかける。扉の奥ではアリーシャが俺と酸魔導人形を見つめていた。
「ほら、最後の仕事だ。しっかり決めな、パーティーリーダー」
「最後はアリーシャさんの目の前でお願いします、兄様」
俺は背中に下げていた騎士剣を手に取り構える。
「アリーシャさんの仲間、そして両親の仇、ここで果たさせてもらう!」
鈍く、黒く光る騎士剣が縦一文字に酸魔導人形の赤い核を断つ。真っ二つに切り裂かれた核は酸の体の中で溶けるように消え去り、残った酸の体は蒸発するように消え去った。守護者の間に残っているのは俺達五人、そして酸魔導人形の体で凝固し、排出された石膏の塊だけだ。
「ああっ…父さん…母さん…。見られているでしょうか…二人の無念は…私の恩人の子供達が晴らしてくれました…」
アリーシャは地面に四つん這いとなり顔を覆いながら涙を流している。
程なくして守護者の間の奥にある扉が開かれる。俺達は漸く「帰らずの迷宮」の踏破を成し遂げたのだ。




