第四十六話:仮面の中身
「よぉ、無事で何よりだ」
「そっちも大したことなかったみたいね」
ジャックとマリオンがお互いのチームの無事を確認し合う。
「兄様ッ!」
クリスが突然俺の胸に飛び込んでくる。
「おいおい、どうしたんだクリス、何年も別れてた兄妹の感動の再会じゃあるまいし」
「…いえ、兄様の存在の大きさを改めて思い知りました」
クリスの発言の意味が俺にはよく解らなかった。確かに俺はクリスの兄ではあるが…。
そうこうしている内に、奥の扉が開き、第五層への階段が続いている。
パーティーを分断される羽目にあったがどうにかこの層も誰一人欠けること無く突破できた。
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第五層へ続く階段を降りると再び真っ直ぐに続く通路があった。そしてその両脇には水場が広がっていた。さらにその水場の底には帆立貝のような貝が佇んでいた。
通路に足を踏み入れると水場の中の貝が一斉に貝殻を開かせる。その内の一体が俺に目掛けて弾丸を放つ。
弾丸が頰を掠める。俺の頰に入った一筋の傷跡から血液が垂れるのが分かった。
「射手帆立だ! 走れ! 狙い撃ちにされるぞ!」
ジャックの声で俺達が一斉に走りだすと左右からの射手帆立の集中砲火が俺達を襲う。アンリエッタが右側を大盾で、左側は俺が騎士剣で、マリオンが小盾で射手帆立の真珠の弾丸の雨霰を防ぎながら通路を走りだす。
だが走り始めてすぐの事だった。
「痛っ…!」
射手帆立の真珠がクリスの足を貫きクリスが転倒してしまう。それに気づいた俺は直ぐにクリスを庇いに向かった。
「クリス!皆は先に!早く!」
射手帆立の射撃を鎧と剣で弾きながらクリスの保護に回り他の皆に先に行くように促すが、アンリエッタが戻る。
「他の皆さんは先に行って下さいまし!クリスはセオドア様と私が!」
アリシアも一瞬戻ろうとするが、アンリエッタがカバーに入ったのを見てジャックとマリオンと共に通路の奥へと駆け抜けて行った。
「ここからなら一度入り口に戻って体勢を整えましょう!このままじゃ蜂の巣です!」
「了解しましたわ!私の動きに合わせてくださいまし!」
アンリエッタの大盾の陰に隠れながらクリスを抱えて入り口へと向かう。背中から撃たれないのはありがたい。残ってくれたアンリエッタには本当に頭が上がらない。
入り口に到着し、直ぐに射手帆立の射線から隠れる。
「真珠は貫通していますわ。クリス、治癒魔術は使えますわね?」
「はい、済みません。兄様にもアンリエッタさんにも迷惑を…」
「問題ないさ。飛ばしてくるのが真珠なら確実な対抗策があるしな」
クリスの治癒を終えると再び射手帆立の待ち構える部屋の前で突破の準備を始める。
「それで、兄様。『確実な対抗策』とは?」
「これさ。飛翔物防御!」
俺達の周囲を強力な下降気流が包む。
「なるほど、これなら真珠の弾丸も防げますわね」
「さぁ、いこうか」
「念の為に」、とアンリエッタが大盾を構え、再び通路を渡る。当然、射手帆立が凄まじい集中砲火を浴びせてくるがアンリエッタの大盾に届くまでもなく真珠の弾丸は床へ叩き落されていった。
通路の奥には扉があり、その前でジャック達が俺達の到着を待っていた。
「クリスは大丈夫だったか?」
「ええ、足を撃たれましたが貫通していた様なのでそのまま治癒魔術で」
ジャックが胸を撫で下ろす。そして再び顔を上げ扉に向き直って手を掛けた。
「じゃあ開けるぞ」
ジャックが全員が頷くのを確認し、扉にかける腕に力が入る。開いた扉の先には広間があった。その部屋の先には黄金に輝き、珠を掴む二対のドラゴンの彫刻が刻まれている扉があった。
更にその扉の奥からはただならぬ気配が漏れ出しており、それは俺達全員が感じとっていた。
「この先、いるな」
「ええ、間違いなく」
「さて、どんな奴が居るのかしらね」
「迷宮守護者…ですか…」
「いよいよ、ですね」
全員が各々迷宮守護者の間を前に呟く中、アリシアだけは無言で扉を見据えていた。その顔は怒りとも恐怖とも言えぬ複雑な表情に見える。
全員が迷宮守護者の部屋を前に身構えていたがそんな中一人、それを止めた者がいた。それはジャックだった。
「だめだ。やっぱりここは一度休んで回復してからにしよう」
身構えていた全員が肩透かしを食らった様な感覚だった。しかしよく考えてみればジャックの判断は間違いではない。第三層の探索から戦闘の数こそ多くはないが一気に第五層まで来ているのだ。況してや第四層では全員が強敵との戦闘を経ている。少なからず万全とは言い難い状態だ。
「それもそうね。アタシ少し疲れてたし、ここで最後の休憩にしましょう」
マリオンをはじめ、他の全員も賛成の様だ。各々が床に腰を下ろし、装備の手入れを始める。俺も皆に
倣い、持ち込んだ銀の直剣と第四層で手に入れた騎士剣の二振りの剣の手入れを始めた。
その時、隣にやってきたのはマリオンだった。
「ねぇセオ、その剣…第四層で手に入れたのよね?」
目的は俺の騎士剣の様だ。するとアンリエッタが横から口を挟む。
「やめておきなさいな、マリオン。とても持てるものではありませんわ」
アンリエッタの横槍を聞いてマリオンがムキになって俺の剣を取り上げようとする。しかし騎士剣は柄まではどうにか持ち上がったが遂に刀身までは持ち上がらなかった。
「ぬぐぐぐ…」
マリオンは何が何でも持ち上げようとするが、遂に取り落としてしまう。俺は床に落ちようとする剣の柄を右手でしっかりと掴み、再び手に戻す。
「なにこの重さ!このアタシですら持ち上がらないのに、何でセオには…」
マリオンが悔しそうに歯噛みする。そこにクリスがやってきて騎士剣に触る。そのままクリスも羽根を取り上げる様に騎士剣を軽く持ち上げてしまった。
「えっ…クリス、アンタ重くないの?」
自分では全く持ち上がらなかった騎士剣を自分とほぼ同じ体格のクリスが軽々と持ち上げてしまい、マリオンが驚く。
「いえ、寧ろ羽根の様に軽いくらいですよ。剣はあまり使わないのでよく分かりませんが、いい剣ですね」
クリスは剣を軽く振り回しながら応えた。
「魔素が流れ込んでくる感覚がありますね。そういえば兄様、先程の頰の傷、もう塞がってますよ?」
クリスに言われ、思い出したかのように頰に触れる。固まった血を落とすとそこにはもう傷跡は残っていなかった。
この剣は得体が知れない。俺とクリスにしか持てず、さらに持ち主の傷を癒しつつ、魔素すらも供給してくれる。さらに鉱山族のマリオンですら分からない金属が使われているらしい。
若干の気味の悪さを感じるが、その感触は嫌に手に馴染む。俺は黒光りする刀身を見つめる。しかし剣は当然、何一つ答えはしない。
俺は二振りの剣の手入れを終え、再び背中に剣を背負い直した。
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俺達は守護者の間の扉の前で一眠りし、疲れを癒していた。
全員が目を覚まし、装備の確認を行う。俺も二振りの剣と漁村で受け取った小瓶を手に取り確認した。
「準備は…大丈夫みてぇだな、気を引き締めろよ?」
ジャックの確認より前から全員が臨戦態勢だった。
実際、休憩前の時点で既に闘うつもりだったのだ。それがお預けを食らっている為、マリオンなんかはもう直ぐにでも突っ込みそうな程鼻息を荒げていた。
ジャックが扉を開くとこれまた広い空間と太い柱が数本立ち並ぶ広間に出る。中に何もいない様だが、確かな存在感だけは感じる。そして何より感じたのは第一層で嗅いだ硫黄の匂いよりも遥かに強い。
「これは…全員口に布を、第一層で嗅いだものと同じものですがかなり濃い、もはや毒ガスです。クリス、口に布を当てた後、しばらくここに風を送り込んでくれるか?」
「はい、兄様。…でも何故毒と分かるんです?初めて嗅ぐ匂いの筈ですが…」
クリスの指摘が鋭い。確かにこの硫黄の匂いはこの世界に生まれてから初めて嗅ぐ匂いだ。だが俺はこの匂いを嗅いだ事があり、どんな特性を持っているか知っている。どう言い訳をしたものか…。
「クリス、セオの言ってる事は案外間違いじゃねえかも知れねぇぞ、昔の仲間が南の諸島にある火山でこの匂いを嗅いで息が出来なくなったって言ってたっけな…」
ジャックの助け舟が出されクリスの追求が止まる。ジャック、助かった、ありがとう。
しばらく強い風を送り続けてもらうと硫黄の匂いはかなり薄くなった為、漸く守護者の間へと踏み込む。
何もいないというのに明らかな存在感だけは部屋中に満たされている。
「何もいない筈なのにこの存在感は何だ…」
その瞬間だった。
「セオ、上だ! 急いで離れろ!」
ジャックの声に気付いて後ろに大きく飛び退くと、先程まで俺がいた場所に粘り気のある液体が落ち、その上から次々と同じ粘液が降り注ぐ。
粘液が一通り落ちきると一点に集まりだした。その粘液の塊は巨大な粘液となり、人の上半身の様な形を形成する。その体は六メートル程の大きさだ。
「おいおいおいおい…粘液型生命体かよ…! しかもこのサイズ、魔術でも半端な威力じゃ通りもしねぇ!」
ジャックが焦るが、アリシアがそれを制す。
「…いえ、あれは粘液型生命体なんかではありません。…あれは…酸魔導人形。酸の躰を持つ魔導人形で体内の赤い球体、あれが奴の核です」
アリシアは平静を装った体で話すが、体が震えていた。更に自分でも気づいていないだろうが歯をカタカタと震わせている。その震えは徐々に増していくのが解る。
「でも、あれだけ分かりやすい弱点なら、クリス!」
「はい!兄様!岩石砲!」
クリスの魔術によって放たれた岩石砲が酸魔導人形の核に向けて飛んでいく。
岩石の砲弾は酸魔導人形の粘液の体を貫きながら核へと近づくが砲弾が核に直撃する瞬間、突然霧散し跡形も無く消えてしまった。
「威力が足りなかったのでしょうか、ではこれなら!爆炎!」
クリスが爆炎の魔術を放つが、爆発はおろか、何も起こらない。
「魔術が効いてませんわ!あの体では直接攻撃も出来ませんわよ!」
俺は咄嗟に漁村で受け取った小瓶を取り出し酸魔導人形の体に投げつける。瓶は溶ける事無く酸魔導人形の体の中を漂っていた。
「…多分間違いない。あとはあの小瓶の中身…クリス!あの小瓶を割ってくれ!」
「は、はい兄様!爆炎!」
小規模の爆発が酸魔導人形の体内を漂う小瓶を弾け飛ばす。酸魔導人形の体内で弾けた白い粉は泡を立てながら膨張し、真っ白な土の塊の様な物質となって酸魔導人形の体から排出される。
「やっぱりか…!ジャックさん!一度退きましょう!今のままじゃどう足掻いても勝てません!」
「ああ、わかった!でもまずは奴の攻撃を避けてからだ!」
酸魔導人形は腕の様になっている体を振りかぶっていた。防御は悪手、全員回避態勢だ。一人を除いては。
「アリシアさん!攻撃が来ます!避けて下さい!」
「ダメだ!足が震えてる!完全にビビっちまってる!」
アリシアは完全に竦み上がり、ぱくぱくと金魚のようにうわ言を言っている。
「あ…あ…。父さん…母さん…」
動けないアリシアの元へ俺は走り出していた。そして遂に酸魔導人形の大腕が振り下ろされる。
「クッソォォォ!」
飛び込むようにアリシアに飛びつき無理矢理固まっていたその場から引き剥がす。
地面に叩きつけられた酸魔導人形の腕の飛沫が俺の首筋とアリシアの仮面にかかる。
「ぐあぁぁっ!…皆!一旦退却だっ!」
俺は首筋を酸に焼かれながらアリシアを背負って入口の扉へと走り込んだ。先に脱出していた皆が俺達を引っ張り、部屋の外へと引き込む。ジャックとアンリエッタが俺達の脱出すると同時に部屋の扉を閉めた。
「兄様!」
「クリス、俺は後でいい!アリシアさんが顔に酸を被った!」
アリシアの鉄の仮面にはまだ酸魔導人形の粘液が付着していた。
「悪いがその仮面取らせてもらうぞ!そのままじゃ顔ごと焼かれちまう!」
ジャックがアリシアの仮面を引き剥がす。そこには俺とクリスにとって見慣れた顔があった。
「アリーシャ…さん…?」




