第四話:我が家の教育事情
「子供達が自主的に始めたことよ!やめさせる必要はないわ!」
「別にやめさせるなんて言ってないじゃないか!」
「剣術の稽古なんて、怪我でもしたらどうするのよ!」
「魔術だって一つ間違えたら怪我じゃ済まないだろう!」
昼に父が一度帰宅し母が俺達のやったことを報告すると、口論が始まり両親は先程から小一時間程度、ずっとこの調子である。俺とクリスはずっと正座のまま。正直足が痺れてきた。
アリーシャは淡々と家事を続けている。クリスはつまらなさそうに死んだ魚の目で二人を見つめていた。
「だいたいクリスは女の子よ!剣術なんて野蛮なことさせる必要ないでしょ!」
「セオだって男だ!そもそも男の子が生まれたら剣術を俺が、女の子なら魔術を君が教えるって決めてたじゃないか!」
「セオに魔術の才能があるってのはさっき話したじゃない!才能の芽を摘み取るなんて可愛そうよ!」
いつなったら終わるのか…先程からこのやり取りが8ループ程続いている。…エンドレスって怖くね?
家事を淡々とこなしていたアリーシャもいい加減鬱陶しく思ったらしく、洗濯籠を片手にうんざりした様子で口を開く。
「…あのー、でしたら旦那様がいらっしゃらない午前は奥様が魔術の授業を、帰ってこられる午後からは剣術の稽古を旦那様が為されば宜しいのでは?」
会心の一言だった。両親はハッとした顔でアリーシャに向き直り、指を突き出す。
「それだッ!」
「それよッ!」
…かくして魔術の練習は午前中に母・セリーヌの監視・指導の元で行われることとなり、午後は父・アルフレッドの指導の元、剣術の稽古が行われることになった。
そして午後、父が仕事から帰宅した後、剣術の稽古が始まった。
といっても、俺達はまだ3歳ということもあり、滅多な事はさせない。せいぜい敷地の周囲でランニングとちょっとしたトレーニング、そして素振りだ。
俺は前世でそういった事をしてきたのと子供ならではのタフネスもあり、それほど苦にはしなかった。
逆にクリスはというと、運動音痴では無いようだが運動はあまり得意なようでは無く、すぐに疲れてしまっていた。と言っても素直に父の言う事を聞いていたが。
---
翌日、午前の母の魔法の授業が終わり、昼食を済ませるとガスターが家を訪ねてきた。
「む、セオ坊、何をしておる?」
庭でクリスと一緒に魔術教本を見ている所に気付き、ガスターがこちらに声をかける。
「午前中に母に教えてもらった魔術のおさらいをしている所です」
クリスは本に夢中でガスターの声すら聞こえていない。読書好きは母に似たのだろうか。
「ふむ、勤勉であるな。感心感心。どれ、某が見てやろう」
ガスターは顎髭を撫でながらこちらに近づき、魔術教本を手に取る。クリスが「返してー」と言わんばかりに手を伸ばすが、ガスターは意に介さず手に取った魔術教本をさらさらと読み「フム。」と頷いた。
「お主等、既に初級の魔術は一通り使えるようになっておるのだな?」
見透かした様にガスターが尋ねる。ガスターには魔術を使っている所をまだ一度も見せた事はないが、どうやら既に察しているようだ。俺は誤魔化しても無駄だろうと思い、答えることにした。
「全て、と言うわけではないですが、本に載っている各属性の初級魔術の一番最初の魔術は扱えました」
ガスターはそれを聞くとニヤリと口元を歪ませた。
魔術師の血が騒ぐのだろうか。教本の導入部分を一通り読み、「ウォッホン!」とわざとらしい咳払いをした。
「セオ坊よ、この魔術教本には何種類の属性の魔術が載っておるか答えてみよ」
突然の質問だ。しかし俺も一通り読んだ為、即座に回答する。
「六属性です。炎・氷・水・風・地・雷。教本にはその六属性の魔術が載っていました」
「結構」と一言口にし、すぐにガスターが質問を重ねる。
「教本にある属性は六属性で間違いない。だが、実際、魔術には九つの属性があるのは知っておるか?」
教本には載ってない属性があるのは知っていたが想像していた属性の数と異なる数字が出てきた為、こう切り返す。
「いいえ、ですが母が使っていた治癒魔術が光属性ということは知っていますが、恐らく八つ目の属性は『闇』、でしょうか?もう一つの属性については解りません」
俺は素直に答えた。ガスターはうんうんと頷き、その答えを告げる。
「うむ、載っていない属性はセオ坊が言った光と闇、相違ない。最後の一つは『無』の属性の魔術じゃ」
そう、魔術は全て属性を持っている訳ではない、いや、無の属性を含めると全部で九つの属性に分けられるのである。
そしてガスターは載っていない三つの属性について説明を始める。
「この三つの属性については、攻撃に重きを置いた魔術は少ない。まず『光』の属性については主に治癒や解毒に重きを置いた特徴を持つ。次に『闇』。この属性は相手に異常をもたらすことに重きを置いた特徴を持つ。例えば相手に毒をもたらしたり、身体能力を低下させたり、そういった事に特化しておる。言わば搦手、じゃな。では最後に『無』。これは自らの身体能力の向上などに重きを置く。ただし一部の身体強化については他の属性に分類されておるものもある」
どうやら長い授業になりそうだ。クリスはもううとうととし始めている。
外の様子に気付き母が家から出て来る。
「ガスターさん、いらしていたのなら声を掛けて下さればいいのですのに。お茶でも用意いたしましょうか?」
母が家の中へと案内する。助け舟が出た。
「構わずともよい。今子供等に魔術の事を教えておる所だ」
あっさりと母の申し出は断られ、舟は一瞬で沈められた。希望なんてなかったんや…。
その後三時間に渡り、ガスターの魔術講習は続けられた。春の陽気の中、講義は庭で行われた。俺は意識が朦朧としている。クリスは既に爆睡中だ。
「む、これはいかん。某としたことがつい時間を忘れて話し込んでしまった」
どうやら開放されるようだ。既に日が落ち始めているが、一通り眠る事無く話を聞き切った俺は魔術の基礎知識について様々な事を知った。…勿論、教本に既に書いてあるような事まで全て。
「それではまたの、セオ坊、クリス嬢。予習と復習を忘れてはならぬぞ?」
そう言ってガスターは我が家を後にした。…漸く釈放された。
しかし、俺がまだ使ったことのない三属性の魔術については興味がある。有り体に言えば光は回復、闇は状態異常、無は補助と言った所か。特に光属性の魔術は使いこなせるようになっておきたい所だ、治癒魔術が使えるようにメリットは大きい。後日、母に聞いてみるとしよう。
そうこうしている内に父が帰宅。今度は剣術の稽古だ。
父はすぐに支度を済ませ庭に出てくる。クリスも十分に眠れたのか今日は何時になく元気に木剣を振り回している。
木剣を地面に突き立てた父がこちらを見下ろす。俺とクリスの稽古を眺め、静かに口を開く。
「セオ、構えてみろ」
俺は前世でやっていた剣道の正眼の構えを取る。前世の部活より実に三年ぶりに剣道の構えを取るが間違ってはいないはずだ。父を正中に取り、切っ先は喉元に向いている。正眼の構えと言っても身長差がありすぎる為、やや構えは上向きではあるが。
父は目を細め、俺の構えを見定めている。父も構えを取る。剣道で言う所の脇構えの型だ。現代の剣道ではほぼ型しか残っていないが脇構えの型からは面と胴しか狙えない。
沈黙が続く。じりじりとお互いに間合いを測る。恐らく素直に面に飛び込めば胴を抜かれるだろう。
無邪気に素振りをしていたクリスが手を滑らせ、木剣を取り落とす。木剣が地面に落ちた瞬間。俺は動いた。
父の木剣は俺の腹に当てられていた。俺は前世の部活ではまだ禁じられていた突きを放っていたが父はそれよりも早く俺の突きをくぐり抜け胴を抜いていた。
「セオ、構えはいい。隙は無かった。今まで剣は持たせていなかった筈だが…。どこで覚えた?」
「いえ、父さんが庭で行っていた鍛錬を見よう見まねで。流石にそう上手くはいきませんね」
少し頬に汗が流れる。もし真剣であれば俺の胴は真っ二つに切り裂かれていただろう。そう考えると冷や汗を流さずにはいられない。
「見よう、見まね、か。それだけで昨日今日、初めて木剣を手にした子供がここまで隙のない構えが取れる筈は無い、が…」
父が剣を下ろし腕を組んで考え込む。俺はあくまで見よう見まねというスタンスを貫くつもりだ。仮に過去に十年以上やっていた、なんて言ってもこの世界の俺はまだ三歳だ。信じて貰いようもない。
突然父が堰を切ったように大声で笑い出す。
「流石は俺の息子だ!これも血筋ってヤツか、お前はきっと俺を超える剣術使いになれるぞ!」
父は鼻高々にそう言い放つ。一頻り笑った後、すぐに真剣な顔付きに戻り、俺に迫る。
「だがまだ未熟だ。今後は厳しく剣術を叩き込む。投げ出すんじゃないぞ」
稽古が終わり、食卓を囲みながら両親が今後の育成方針について話し合っている。
「やはりセオは剣術を中心に鍛えていきたい。アイツはセンスがある。少し鍛えればそこらの騎士を圧倒するだろう」
「ならクリスは魔術かしらね。クリス、セオよりも魔術の飲み込みが早いの。今日、ガスターさんに魔術を教えられてたけどクリスったら、寝ていたのに全部理解してたのよ」
「クリスも剣術のスジは悪くない、まだ体ができていないからではあるがクリスもそれなりの使い手になりそうだ」
どうやら俺たち兄妹は剣術も魔術もそれなりにセンスがあるらしい、俺の場合はとりわけ剣術に、クリスは魔術に秀でているというのが両親の見立てだ。
「じゃあセオは剣術を中心に、クリスは魔術を中心に、という方針でいこう。長所はしっかり伸ばしてやらないとな」
こうして我が家の教育方針が定まったのである。




