第三話:魔力の開花
セオドアとクリスティンは三歳の誕生日を迎えた。もう彼らに両親や侍女がずっと付いてはいない。家で大人しくしている内は目をつけ続けられることも無くなった。
セオドアはここで兼ねてより準備していた計画を実行に移す。
セオドアとクリスティンは母の書庫にいた。
「セオにいさま。ここはおかあさまのごほんのへやよ?またおかあさまにごほんをよんでもらうの?」
クリスがセオドアに首を傾げながら訪ねる。
「いいや、クリス、今日は兄さんが一人で本を読むんだ」
セオドアは二歳の内にセリーヌから字の読み書きを既に習っており、大抵の本は読み切れるようになっていた。母はセオドアを天才とベタ褒めだったようだが…。
勿論、クリスも本は好きで簡単な本なら一人でも読める。目下の所、クリスも読み書きの勉強中だ。
セオドアの本の読解力について十七年と三年の合計二十年の経験がある。それに加えて、前世から元々優秀だったおかげもあるだろう。
セオドアが目的の本を探す。クリスは普段読まない本が収められている本棚から本を引っ張り出す兄を見つめるばかりだ。
そうこうしている内にセオドアが目的の本を発見する。その手に抱かれていたのは魔術教本だった。
母の書庫から魔術教本を持ち出し、二人は庭へ出る。アルフレッドは村の見回りで外出中、セリーヌとアリーシャは家事に付きっきり。やるなら今のうちである。
セオドアが本を開くとそこには初級から上級の各属性の魔術が記述されていた。
まずは簡単なものから始め、なおかつ周りに気づかれにくい物から試すようだ。
クリスも兄の見よう見まねで魔術の練習を始めた。
セオドアが練習として選んだ魔術は水属性の水弾、地属性の石弾の二つだ。この二つならば万が一の事故も少なく、周りから見ても水遊びや石遊びをしている様に見せかける事もできる。
「なになに…、体内に宿る魔素を腕に集中させ、水の塊を生み出して飛ばす魔術、か…まず魔素ってのが何なのか…」
知らない単語を見つけ、本を一通り調べるとセオはすぐにそれらしき記述を発見する。
「魔素とは…、自然界や生物に存在する魔力の源であり、これを具現化し行使する力を魔術と呼ぶ。人体における魔素は血液をイメージすると具体的であり、魔素は人体を血液のように駆け巡っている…か…」
セオドアはもう一度水弾の頁に戻り、読み直す。一通り読んだらセオドアは目を閉じ、右手首を前に出し、左手で右手首を握って記述された内容を実践に移す。
「魔素を右手に集中…水を集めるイメージ…イメージの固定化…」
目を瞑ったセオドアの右手の上に水の塊が生み出される。セオドアは目を瞑ったままなので気づいていないがクリスが兄の魔術を見て目を見開いて興奮する。
「セオにいさま!おみず!おみずできてる!すごいすごい!」
セオドアがクリスの声に気付き目を開く。集中が切れたせいか水の塊はそのままセオの手に零れ落ちた。
「おお…できた!いきなり出来た!魔術が俺にも使えた!」
「セオにいさま!クリスにも!クリスにもおしえて!」
水弾の完全成功ではないが初めて魔術を使用した興奮を胸に兄妹は向かい合って手をつなぎ、飛び跳ねながらぐるぐると庭を回る。
大はしゃぎである。
セオドアは先程自分が使った魔術をクリスに教え込む。クリスは素直に聞きながらそれを実践に移した。
「おみず…おみず…まあるくして…えいっ!水弾」
クリスはセオに習ったとは言え、初回で水弾を完全に成功させた。魔術において二人共資質は持っているがクリスはセオドア以上の資質を持っていた。
セオドアとクリスは立て続けに石弾の魔術も成功させた。二人共興奮し一時間程、遊びとも練習ともつかない魔術の練習を行い、疲れ切って庭で眠ってしまった。
目が覚めるとそこにはアリーシャが顔面を蒼白させて立ち尽くしていた。
昼前に手入れを行い、石一つなかった庭が水浸しになり、石ころが大量に転がっていたためである。
「お坊ちゃま、お嬢様!いたずらが過ぎます!奥様に言いつけて叱ってもらいますからね!」
目が覚めたセオドアとクリスはセリーヌとアリーシャにこっぴどく怒られたが、魔術の練習には気づかれなかった。なお、アルフレッドは大笑いしながら「いやいや、子供は元気が何より!いたずら盛りは元気な子供の証!」と上機嫌だった。脳天気である。
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それから二ヶ月程、セオドアとクリスは魔術の練習を続けた。初級魔法の行使程度ではもう一日中遊び…もとい練習し続けても疲れることは無いほどとなっていた。この間にひっそりと他の属性の魔法も試しており、炎属性の火矢、雷属性の電撃、氷属性の氷針、風属性の風切を習得していた。
そして事件は起こった。セオドアが魔術教本の中級の魔術に挑戦していた。
挑戦したのは土属性の中級魔法の土槍。土を硬化させ、槍のように尖らせ突き刺す魔術である。
セオドアは最初の魔術の練習のあと魔素の記述の後に面白い記述を二つ見つけていた。
「魔術はこの教本に書かれている形の通りとは限らず、術者本人のイメージによって形を変える。ただし元となる魔術と比べ魔素の消費が大きくなる」
という記事と
「魔術の行使は四つの方法がある。基本的には次の三つの方法があり、各魔術に対応した呪文を詠唱し行使する方法、魔法陣の助けを借りて無詠唱にて行使する方法、そして魔導具を用いて魔術を行使する方法である。最後は一部の特例ではあるが魔法陣や魔導具の力を借りず無詠唱にて魔術を行使する方法もある」
という記事だ。
二つ目の記事はセオドアとクリスにとっては最後に書かれた部分に該当する。二人は最初から無詠唱で魔術を行使していたのだ。
そして一つ目の記事はこれからセオドアが挑戦しようとする魔術に関わる部分である。本来、土槍の魔術は普通に使えば硬化した土を槍状にして相手を突き刺す魔術である。セオドアはこの魔術に一つ目の記事の部分を結びつけ、土を硬化させず、また、先端を尖らせず平坦なまま土を盛り上げるという事を成そうとしていた。
セオドアが両手に意識を集中させ魔素を両手に集める。十分に集めたらその両手を地面に当てる。
頭に浮かばせたイメージを爆発させ、セオドアが口を開いた。
「土槍!!」
大きく土が隆起を始める。先端は平坦、土は硬化しないまま。しかしセオドアは魔術のコントロールに失敗していた。
「やっべ…調子にのりすぎた…」
隆起した土は庭の塀ごと持ち上げていた。
高さは一メートル程、慌ててセオドアは土を元に戻すために土槍を逆の形で行使し、土だけは元に戻すことに成功した。しかし塀は元に戻ること無くポッカリと大穴を残していたのだ。
土を元に戻す時に持ち上がっていた塀が落下。瓦礫が落ちる音を聞いてセリーヌが家から飛び出してきた。
ひと目でわかる庭の変貌にセリーヌは絶句した。セリーヌの視界にはいかにも「マズい」と言わんばかりの表情をしたセオドアと中級魔術の威力に驚き、きょとんとした様子のクリス、ぽっかりと大穴を開けた塀、そして二人の傍らに置かれた魔術教本が映っていた。
「これ…あなた達がやったの…?怪我は…ないみたいね…。魔術の資質があるとはガスターさんから聞いてたけど…まさかここまで…」
セリーヌは目の前の光景にまだ頭の整理が追いついていない様だ。穴の空いた塀、セオドア、クリス、魔術教本の間に瞳が揺れる。ワナワナと震える体。正直、セオドアは怒られると思った。しかし、セリーヌの反応は予想と反するものであった。
「すごい!すごいわ!まさかこの歳で中級魔術が使えるなんて!やっぱり私の子どもたちは天才だったわ!ガスターさんのあの宝珠のこともあるかも知れないけど!絶対将来すごい魔術師に育つわ!」
セリーヌは自分の子供の魔術を見て大はしゃぎである。今なおセオドアとクリスを抱いて庭をくるくる回っている。セオドアとクリスは母のまさかの反応に目を丸くしているだけであった。
その夜、セオドアとクリスの頭にはそれぞれ父の拳骨が降り注いだ。