第二十一話:依頼完了~帰還
目が覚めるとその先には天使が微笑んでいた。後頭部には柔らかい感触がある。
「兄様、起きられましたか?」
どうやらクリスの膝枕で眠っていたようだ。妹とは解っていながらも意識をしてしまう。俺は起き上がり頭の中に時計をイメージする。
「一刻ほど…寝てたのか…」
「はい、棘土竜は殲滅しました。そこで…力尽きて」
クリスが少し目を潤ませて此方を見つめる。
「ああ、心配かけて…ごめんな?」
目線が泳ぐ。膝枕からのこの表情は反則だ。直視できない。気が付くとクリスが俺の胸に飛び込み、押し倒される。
「兄様、無事で…よく無事で…!私は…!私は…!」
クリスが胸の中で泣き始めてしまった。さすがにこれは動けない。俺はクリスが落ち着くまで頭を撫で、思う存分胸の中で泣かせることにした。
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「兄様の指示を待てませんでした…済みません…」
「いや、あれは仕方ないと思う。むしろあのままなら遅かれ早かれ押し込まれていただろう。打開策としては最善とはいかなくても十分じゃないか?」
俺達はいつの間にか先刻の戦いの反省会を始めていた。
「それに、俺としてはクリスが自分の意志で動いてくれたのは良い事だと思うぞ?」
「えっ?」
これまでクリスが自分の意志で動き出したパターンはそう多くはない。指示をすれば確かに確実に動いてくれる。だが今回は彼女が自分の意志で危機を切り開く為に行動を起こした。
それは悪手だったかもしれない。もし俺が魔術を扱えなければ俺はあのまま地面に叩きつけられて死んでいただろう。
だが結果として彼女の行動が棘土竜の猛攻を退け、さらに棘を纏った強固な鎧の防御を崩すきっかけを生み出した。結果オーライなのだ。最終的には俺は大怪我し力尽きたが敵の殲滅に成功した。それに大怪我といっても回復できたのなら問題はない。
「もしクリスが俺の指示を待つことしかできないなら、いつか俺が手詰まりになった時、俺達はどうしようもなくなる。俺達は主従関係じゃない。兄妹だ。そしてパーティーでもある」
「ですが…」
「ですが、じゃない。もしそうなった時こそ、クリス、お前の行動が打開策になるかもしれないんだ」
「はい」
俺はクリスに自主性の重要さを説いた。
「それにいつかは俺もクリスもそれぞれ結婚する時、一緒にいるわけにはいかないだろう?俺にくっついてばかりじゃあダメだぞ?」
そう言うとクリスは頬を膨らませ思い詰めた表情で俺を睨んでいた。頼む、兄妹なんだからわかってくれ。
一通り話が終わり、少し疲れも取れた。治癒魔術は傷を癒やし体力を回復するが疲れまでは回復できない。疲れを癒やすには休むしか無いのが辛い所だ。
重い腰を上げて後処理に乗り出す。
まず討伐証となる鼻を削ぐ。全部で二十八体。それなりの金額にはなるだろう。
そして皮を剥ぐ。棘土竜の棘は体毛の一部らしく、絶命すると戦っていた時のような硬さを失い、柔らかくなっていた。よって、棘は落としておき、皮とは別にある程度確保しておいた。
肉も全ては持ちきれないので十頭程を切り出しやすい部分だけを確保して冷凍保存した。
そしてそこら中を穴だらけにした強靭な爪も確保しておいた。何かしらの道具に加工できるかもしれない。
一通りの剥ぎ取りを終えるといつも通り、一纏めにして死骸を焼き払って埋める。
今回は数が数だけに時間がかかった。終わってみればもう陽の十一刻だ。
大量の収穫物を背に街へと戻る。クリスはそうでもないが俺は服も防具もボロボロだ。
服は街に戻る前に着替えるとして、防具はそろそろ新調するべきだろう。体も年齢を考えればこれからどんどん成長する。タイミング的には丁度いいかもしれない。
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一刻もしない内に街に戻ってきた。丁度西門の入り口でバレンティンと出会った。
「やあセオドア君、お帰りかい?荷物を見る限り大収穫、と言ったところだね」
「ええ、少しばかり苦労しましたが」
本当ならさっさとギルドに報告して宿に入ってしまいたい所だが、この街で特に世話になるであろう人物だ。無下にはできまい。それに昨日屋敷に泊めてもらったのもある。
「おそらく…ヨルズの丘の棘土竜の大発生、といったところか」
バレンティンは鋭い。荷物の中身を見せたわけでもないのに言い当てた。
「はい、でも何故分かりました?」
「防具だ。それとギルドの依頼内容、そしてこの門から帰ってきた所から推理しただけさ。まず、防具。そのような傷を受けるような相手はこの周辺では奴らしかおらん。次にギルドの依頼内容。これでも守護騎士団長だ。街の脅威になりうる依頼については全て目を通してある。…尤も、そこまで手が回せていないのは情けない話ではあるがね。門の位置に関しては二つ目の点と同様だ」
バレンティンはまるでこちらを監視でもしていたかのようにスラスラと言い当てていた。寧ろ気持ち悪くなる程に。
「お見事です。すみません…少しばかり疲れましたので早く用を済まして宿を取りたいと思います」
「おお、これは失礼した。見るにアレを二人で挑んだのだろう?流石という他無い。ゆっくり休みたまえ。それではな」
「はい、バレンティンさんもお勤めご苦労様です。では」
バレンティンに別れを告げ、取り敢えずはギルドへ報告だ。
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「戻りました」
ギルドに戻ると酒場は既に賑わっていた。夜の酒場はやはり盛況だ。
「あらあら、お疲れ様。どうだった坊や…と、どうやらバッチリみたいね」
ギルドマスターがジョッキを片手に俺達の荷物を見て任務の結果を察する。
「取り敢えず早速、達成報告を」
俺はパンパンに詰まったバックパックの中身から鈴成りにした棘土竜の鼻を取り出しギルドマスターに差し出す。
「あらぁ…依頼内容じゃ十匹ぐらいって書いてあったのにこんなにいたのねぇ。…ひぃふぅみぃ…。ええと、二十八匹ねぇ。バッチリよぉ」
「じゃあこれでギルドの冒険者登録は大丈夫ですか?」
試験の結果は十分過ぎる結果だろう。恐らく突っ込める場所はないはずだ。
「ええ、大丈夫、十分どころか最高の達成報告だもの、当然認めるわ。でも手続きに時間がかかるから…そうねぇ、朝には手続きは終わってるからに朝にでもここへいらっしゃい。その時にギルドの冒険者認定証を渡させてもらうわ。それに、討伐証の鼻もこっちで預かっておくわ。盗まれたりしたら大変だもの」
「わかりました、じゃあまた明日伺わせてもらいます」
一通りギルド側への報告が終わって取り敢えずはホッとした。
「そうね、折角冒険者になれたんだから、ちょっと待って頂戴ねぇ…。はい、コレ。すぐそこの『木の葉亭』に見せるといいわ。さすがに上等な宿は紹介できないけれど、ちょっとしたご褒美ってトコね」
「あ、有難うございます。じゃあ僕たちは疲れましたのでこれで」
ギルドマスターに紹介状を渡してもらい、書状の宿へと足を向ける。
「おう坊主!登録試験パスしたんだってな!どうだ?オレのパーティーで一緒にやらねぇか?」
「ねぇアタシ達と一緒に組まない?丁度剣士と魔術師がパーティーに欲しかったのよ!」
「坊や達ウチのパーティーに来ない?お姉さんが色々教えてあ・げ・る♪」
後ろを振り向くと勧誘目的の冒険者が大挙していた。
あっという間に道を塞がれ、ギルドから出られない状態になってしまった。
A-級以上の冒険者は能力としては一流の部類だ。冒険や依頼の成功率はパーティーメンバーそれぞれの力量が直接関わってくる。故に能力がある冒険者は当然確保しておくべきだ。恐らく彼らもそうなのだろう。
「――ドンッ!」
ジョッキが勢い良くカウンターに叩きつけられる。騒いでいた冒険者達が一斉に静まり返り、皆一様に怯えるような目でカウンターに注目した。
「この子達、疲れてるの、今日の所は勘弁して上げなさいね?」
ギルドマスターがとても声色と合致していない笑顔で冒険者達に告げる。
勧誘に来た冒険者達は何も言わず、ギルドの扉までの道を開けた。
「た…助かりました…」
「いーのよー。今日はゆっくりと休んで頂戴」
ギルドマスターに礼を言い、冒険者ギルドを後にした。
外に出て先程ギルドマスターから受け取った紹介状を拡げて紹介された宿を探すが、程なくして目的の宿を発見する。
見た目は質素ながらしっかりとした造りだ。二人部屋に案内され、まずは荷物を下ろす。
部屋の大きさはビジネスホテルよりやや広い、といったところだ。
奥にあるベッドを見るとダブルベッドだった。カップルとでも思われたのだろうか。
文字通り、肩の荷が下りた俺達は取り敢えずベッドに腰掛け、後ろに倒れ込む。
「はぁ…どうにか終わったな…」
「ええ、どうにか…。お疲れ様でした、兄様」
二人でベッドの上から天井を見上げる。
暫く沈黙を続けると申し合わせたかのように豪快な腹の虫の鳴き声が響いた。
「メシに…しようか」
「…はい」
『木の葉亭』の食堂は酒場にもなっており、宿泊客以外も利用できるようになっていた。
その客の中に一人見覚えのある客の姿があった。
「ん、ああ、坊主か。聞いたよ。認定試験、パスしたんだってな」
その客の容姿は厳ついスキンヘッド。今朝方ギルドで因縁を付けられた冒険者だ。
席はそこしか開いていないのでやむなくジャックの隣に座る。
「ええ、今朝は済みませんでしたね、皆の前で恥をかかせました」
少しばかり挑発気味に謝る。借りに怒らせても勝てる相手だ。疲れてるのもあってか少し当たりたくもなる。
「いや、謝るべきは俺の方なんだろう。ガキ扱いして悪かったな」
思ったよりジャックは殊勝な男のようだ。
此方に顔を向けてはいないが反省している様子が見て取れる。
「おいマスター、こっちの二人に飲み物を出してくれ、払いは俺だ」
「ちょ、僕らはまだ…」
「ランクはお前達のほうが上だが、冒険者としては俺らのが先輩だ。後輩らしく奢られてくれ。別に飲めないわけじゃないんだろ?」
そう言われるとどうにも弱い。俺達は素直に彼に奢られる運びになった。
「マスターからはいろいろ聞いたよ、俺も長い事冒険者やってるが、この歳になっても万年Bランクさ。いきなりやって来た子供が冒険者になりたいなんて言い出したもんでな、ついカッとなっちまった」
ジャックが葡萄酒を煽りながら語る。そうこうしている間に俺達にも葡萄酒が届いた。
「もう二十年近く冒険者やっててな、これでもまぁ、その酸いも甘いも噛み分けてるつもりだ。こんだけ冒険者を続けてるとな、お前達と変わらない歳の冒険者も随分見てきてな。時にはそいつ等を弔うときだってあんのさ…」
葡萄酒を一気に飲み干し、そう続けた。
「いえ、僕達もジャックさんから見れば若造ですから、その気持ち、解らなくはないです」
飲みなれていない葡萄酒を飲みながらそう返す。
「気がつきゃただの嫌味でチンケなならず者冒険者、ってわけだ。笑えるだろう?マスター、酒を頼む」
ジャックが両手を上げて自嘲する。
「そうですね。確かに、『嫌味でチンケでどうしようもないならず者の冒険者』、ですね」
歯に衣着せぬ物言いはクリスだ。クリスも葡萄酒を煽っている。
ジャックが「何?」と此方を振り向く。
「ですが、私達の様な若い新米冒険者を慮ってあのような行動を取っていたのでしょう?少しやり方がまずかっただけで、もっと違うやり方であれば、ジャックさんも後輩思いのベテラン冒険者にはなれたかと思いますわ」
クリスの物言いはシビアだが本質をついている。
ジャックは目を丸くしてクリスを見た。そしてため息をついて酒を受け取るなり口に流し込む。
「ハハ…嬢ちゃんの言うとおりだ。変なプライドなんて捨てちまえばよかったんだ…」
俺もクリスも既にジョッキを開けていた。それにジャックが気付きまた酒を頼む。
「俺はジャックだ。人呼んで『裏道のジャック』。この街の裏事情や冒険者の情報なら大抵の事は知ってる。冒険者としての本職は盗賊だ。もし何か知りたいことがあったら頼ってくれ。頑張れよ、新米」
そう言ってジャックは店を後にした。
「意外といい人だったな…」
「ええ、ただ悪ぶってただけでしょうね…」
俺とクリスもジャックに奢ってもらった酒を飲み干し、食事を済ませて部屋に戻る。
部屋に戻り体を清めると、二人でベッドに入り泥のように眠りについた。




