第二十話:冒険者ギルド員認定試験
俺達は冒険者ギルドで受け取った依頼書の主、カダモンの青果市場を訪れていた。
市場に入るとすぐに市場の番頭が揉み手に愛想の良い笑顔で近づいてきた。
「はい、いらっしゃい!坊っちゃん今日はお使いかい…ってそんな顔じゃないね。どうしたんだい?」
「はい、カダモンさんに用が御座いまして」
そういって依頼書を番頭に見せる。
「ええっ!?君がかい?…えーと…ちょっと待っててね…カドモンさーん!ギルドから使いの人が来てますよー!」
番頭がまさかのまだ幼い依頼の請負人の登場に困惑しながらも依頼人であるカドモンを呼び出す。
「おーう、よく着たなー…って、うん、子供じゃねぇか。もしかしてあんたらが依頼を受けるってのか?」
ゆるい返事と挨拶をしながら、奥から無精髭の壮年の男性が現れた。
「はい、僕達が請け負います。宜しくお願いします」
「ははは、一応ギルドから話は聞いてるよ。宜しくなー」
カドモンの飄々とした態度にこちらが面食らってしまった。
「あの、あまり驚かないんですね?」
「まぁ、こっちとしちゃ依頼をこなしてくれりゃあ相手は誰でもいいわな。それだけギルドが任せてもいいって思える程優秀ってことなんだろ?まぁせいぜい死なん様、気張ってくれや」
「はい、では早速仕事に取り掛かります」
「ははは、じゃあ楽しみにして待ってるぜ」
俺達は依頼主に一礼をして青果市場を後にした。
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街の西門を抜け討伐対象がいるユルズの丘を目指した。
「棘土竜か…ハリモグラとはまた違うんだろうけど」
そう呟きながら前世にいた名前の似た動物を想像する。といっても討伐対象はランクBの中位クラスの魔物の群れだ。
「兄様、『ハリモグラ』とは?」
呟きがクリスに聞こえていたようだ。俺は「何でもない」と誤魔化して足を早めた。
そうしている内にユルズの丘へと到着する。辺りは開けた草原で辺りにはあちらこちらに大きな土竜塚が並んでいた。
「ここで間違いなさそうだな、しかし土竜ってどう戦えばいいんだろう」
「兄様、警戒を」
剣を抜いて土竜塚の近くへと踏み出す。足を近づける度に地面の下で何かが複数蠢くのを感じた。
「縄張りに入った、ってとこか…」
そう呟いた瞬間、突然地面が隆起し、棘に包まれた塊が俺に目掛けて飛んでくる。
剣で受け流し突進を回避する。
棘に包まれた塊が地面に落ち、体を揺らしその中身を露わにした。
「おいおい、ハリモグラってレベルじゃないぞ…」
討伐対象は俺の想像を遥かに越えたサイズだった。体高は俺達と同じくらいのサイズだろうか。1メートル40センチ程の棘に包まれた威圧的な生物だ。
俺は棘土竜のに斬りかかる。それに反応して棘土竜は丸まり、棘を突き出した。
―ガギッ!
振り下ろした剣が棘土竜も硬い針に止められる。
「刃が通らない…どんだけ硬いんだコイツの棘!」
歯噛みしながら剣を押し込むが、全く斬れる気がしない。
「兄様!左から来ます!」
クリスの声に気付き、後ろに飛び退く。新手の棘土竜が地面を突き破り、棘の塊となって俺の左から迫る。
「クッソ!っ…!」
危なかった。クリスの声が無ければ串刺しだっただろう。しかし棘土竜の突進は俺の左肩を大きく抉っていた。
赤い血が肩から肘にかけて流れ落ちた。
「兄様、すぐに治療を!」
「厄介だな。地面から飛び出てくる上に硬い」
クリスの治癒魔術を受けながら考える。相手は地面から突進し、なおかつ硬質の針に包まれている。
その上思っていたよりも素早い。いつの間にか棘土竜の姿は穴だけを残し見えなくなっていた。強敵だ。
討伐対象の討伐難度はランクBの中位だ。しかしそれはあくまで単体での話であり、群れで現れるからこそのランクA-の難易度ということだろう。
「どうすればいい。半端な攻撃は通らない。相手は複数だ」
頭をフル回転させる。あらゆる動きを想定する。地面から響く唸りが近づく。
「クリス、雷撃だ!」
「解りました!」
クリスが黄色い魔力の光を右手に溜める。地面が隆起を始める。
「来るぞ!」
地面から土を撒き散らしながら棘の塊が飛び出す。
「今だ!」
「雷撃!」
地面から飛び出そうとする棘土竜を雷が貫いた。棘の塊は地面を飛び出し明後日の方に転がっていく。
そのまま力なく棘土竜は地面に付した。
「よし、効いてる!クリス、そのまま出てきたやつに雷撃を頼む」
「解りました、でも兄様は?」
「大丈夫だ、あの時、三年前はお前しか使えなかったけど、今は俺も使える!…魔力付与・雷牙!」
魔力付与によって剣の刀身が電撃を放つ。雷属性の魔力付与だ。クリスが少し驚いた様な顔をしたがすぐに戦闘に集中する。
「兄様!今度は左右から!」
「クリス!そっちは後ろだ!」
お互いに声を掛けながら棘土竜の攻撃を躱す。クリスが棘を引っ掛けられるが大した出血ではない。軽傷だ。
クリスの雷撃が棘土竜を襲う。新たに棘土竜の焼死体が出来上がる。
「うおおおお!」
棘土竜の体に剣を振り下ろす。勿論剣は受け止められる。しかし受け止められた剣から電撃が迸った。
「――!!」
剣から放たれた電撃で棘土竜の防御が解かれる。怯んだ棘土竜の腹が露わになった。
「そこだぁっ!」
剣が棘土竜の柔らかい腹に突き刺さる。突き刺さった剣が更に電撃を放ち棘土竜の内蔵を焼いた。
棘土竜が力無く倒れ絶命した。
『――行ける。』そう、確信した瞬間だった。
「出て、来ない…?」
依頼内容では十体以上は確認されていた棘土竜。三体を撃破したものの、それ以上棘土竜が出てこない。
敵わないと思って逃げたのか。
「兄様!あれ!」
クリスが指差した先、それは丘の先。その先に黒い塊が出来上がる。
黒い塊は次々と大きくなる。棘土竜は十体どころではない。まだ増えていく。
そしてじりじりと、その塊が俺達に向けて動き出した。
「あいつら…あんなにいたのか…。クリス、雷撃はナシだ!突っ込んでくるぞ!」
「防御を…!厚く…!」
雷撃ならば少なくとも当たった個体は倒れるだろう。しかし雷撃は範囲が狭い。
少なくとも目に映る塊に撃った所で焼け石に水だ。
上級魔術は今から貯め始めてももう遅い。
「「土壁!」」
二人の創り出した土壁が大きな盾を創り出す。棘土竜の姿が見えない程の大盾だ。
地鳴りが響き始める。無数の棘の塊が壁にぶつかる。
土壁が削れる。無数の棘が土壁を貫かんと押し寄せる。
「土壁ゥ!」
盾の上に盾を更に重ねる。重ねた壁が更に削られる。
盾の横から血が沫く。無数の棘の塊が土壁に犇めいているのだ。
「兄様!このままじゃ押し切られます!」
「解ってる…!だがっ…!」
何度も何度も、棘土竜はお互いを傷つけ合ってでも突進を続ける。
「土壁!土壁!土壁ゥゥゥ!」
突破口が見えない。徐々に押され始めている。このままでは不味い。
クリスの手に魔力が宿る。強い緑の光が輝きを放つ。風魔術だ。
棘土竜との距離が近い。壁を挟んではいるがこの距離では巻き込まれる。
「クリス、待――…」
「大暴風!」
クリスが痺れを切らし魔力を解き放つ。手から生み出された風がうねりをあげて吹き始める。うねりだした風は嵐となり、そして嵐が周囲を飲み込む。
「ぐっ…!」
「ううっ…!」
嵐が棘土竜を巻き上げ始める。俺達も射程範囲だ。次第に俺達の足も浮き始めた。
「うあああああっ!」
「ああああっ!」
俺とクリスも棘土竜と共に大暴風に巻き上げられる。
(状況が変わった…。いや、クリスが変えてくれた。あのままならいつかは押し切られていた。じゃあ、俺が締めなきゃ…締まらない!)
前後、上下左右、自分達ごと周囲に巻き上げられた棘土竜が丸まって防御の体勢を取る。
考えが纏まる。
「雷防御ァァ!クリスゥゥゥ!やれェェェェ!俺ごとォォォォ!」
精一杯の声を張り上げる。
「でもっ!」
クリスが躊躇う。クリスは今まで俺の死角を埋めるように立ち回ってきた。だからこそ躊躇った。兄を傷つける事など考えられなかった。
「やれェェェェェェ!俺は大丈夫だァァァァ!耐えて見せる!全力でやれェェェェ!」
躊躇うクリスに檄を飛ばす。
「くぅっ…兄様!死なないでください!放…電撃ァァァァァ!」
「ウア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァァァァ!」
クリスの放電撃が周囲を巻き込む。紫の閃光が次々と棘土竜を、そして俺を貫いた。
意識が千切れていく。電撃で体が仰け反る。雷防御で生み出した耐性を易々と貫いていく。
電撃が止む。意識が朦朧とする。
(どうなった。俺は生きてるか…?)
「兄様ァァァァ!目を!開けて下さい!」
クリスの声に目を覚ます。電撃で棘土竜は防御を解いている。
左手を握り込む。力が入る。
(大丈夫、戻ってきてる。飛んでない。クリス、助かった)
「大丈夫だクリス!離れてろォォ!」
「兄様!…はいっ!」
クリスが爆風で離れる。
「…仕留められる。今なら攻撃が届く…」
(魔術はイメージだ…想像しろ。俺は空を飛ぶ…。翼は無いが…空を駆ける!)
「おおォォォ!空歩法!!」
俺の足が地面を蹴り出す。否、地面など無い。だが確かな感触と手応えを感じた。
俺の足は今、風を纏っている。
「ウオオオオォォォォ!」
一つ、また一つ。棘土竜の無防備な腹を切り裂く。斬る。跳ぶ。斬る跳ぶ。斬る跳ぶ斬る跳ぶ――。
イメージはトランポリンだ。空中で足に風を起こし勢いを受け止める。
受け止めた風を今度は押し返す力に変えて跳ねる。斬りつける度に棘が肌を掠め、赤い線を描く。
巻き上げられた棘の塊と青い鮮血が雨の様に降り注ぐ。そしてその中央では斬撃を伴った嵐が吹き荒れる。
「…二十五!…二十六!…二十七ァッ!」
一体、また一体と無防備な腹を切り裂かれ、命を絶たれた棘土竜が地面に次から次へと叩きつけられる。
クリスは先んじて着地しており、遠くから兄の繰り広げる光景を静かに見守っていた。
「二十…八ィィィッ!」
大暴風で巻き上げられた最後の一匹が地面に叩きつけられる。
対峙した時に逆立てていた強靭な棘は力無く撓垂れている。
「…っと」
どうにか問題なく着地できた。咄嗟に浮かんだイメージをぶっつけ本番で形にした。
無我夢中だった。
「…」
クリスが呆然と立ち尽くしていた。
「クリス、おい、クリス!」
「ああ…兄様、お、お疲れ様でした…」
呆然としているクリスに駆け寄って呼ぶ。
クリスの意識が引き戻され、呆けた声で俺を労った。
「…ギィーーー!」
「まだだ!」
空中で次々に果てた棘土竜の群れ、討ち漏らした棘土竜が一匹蹌踉めきながら立ち上がる。
俺はクリスを突き飛ばし剣を構えた。
棘土竜の双眼は真っ直ぐに俺を見据え、全身の棘を大きく逆立てる。まさに手負いの獣の姿だった。
棘土竜が俺に突っ込む。全身の棘をこちらに突き立て目前に迫る。
「…!」
剣を棘の塊に突き立てる。棘土竜の突進を受け止めた。何本かの棘が腕に突き刺さる。
「これで…!」
切っ先を捻り上げ、無理矢理棘の鎧をこじ開ける。
「…終わりだ!」
ショートソードを抜き、棘土竜の首に捻じ込む。棘土竜が青い血を吐きゆっくりと倒れ込む。
俺は満身創痍だった。
内蔵を焼かれ、無数の切り傷と刺し傷を負い、魔力もほぼ使い果たした。疲れも、限界だ。
ショートソードを握っていた手は緩み、棘土竜から抜き去る前に手から離れていた。
終わった。激戦だった。総計二十八体。棘土竜の群れを全滅させた。
魔力欠乏と疲れで俺は倒れた。途端に眠気が襲いかかる。
「兄様!兄様ァッ!起きて!起きて下さい!…集中治療!」
傷が癒えるのが解る。クリスが叫んでいるがもうそれに答える気力もない。
俺は静かに目を瞑って眠りについた。柔らかい膝の感触を感じながら。




