第十九話:商業都市エルダ
商業都市エルダの通行証の発行が間に合わず商業都市エルダでの自由行動は諦めざるを得なかった。
だが、その際に父の王都での騎士時代の部下であり、この街の守護騎士団長であるバレンティン・ブルームーンと出会った。
結局、この日のエルダの街での自由行動は断念を余儀なくされたが、野宿を免れた上に、一般的な宿よりも上等な食事を振る舞われ、そして久しぶりのベッドの感触を感じることが出来た。
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翌日、バレンティンより、昨日依頼した商業都市エルダの通行証と盗賊『外道のドズル』討伐の褒賞金を受け取った。中身は金貨二枚に銀貨が十四枚と銅貨が五枚だ。通行証の発行手数料は誤魔化せないのでこちらから天引きしたらしい。
しかし対して強かったわけでもないのに金貨三枚と銀貨五枚分の褒賞金を見るに『外道』の二つ名は伊達ではない事が窺えた。
「私の騎士章を渡しておこう。それとこれをギルドに持っていくといい。私からの推薦状だ。試験等を免除してもらえるだろう。もしこの街で困ったことがあれば頼ってくれたまえ、きっと力に慣れるだろう」
「また色んなお話を聞かせてくださいね」
「はい、お心遣い有難うございます」
「はい、きっと約束致します」
俺達はブルームーン夫妻に別れの挨拶を済ませ、中央街へと向かう。
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中央街に入りまず最初の目的地は冒険者ギルドだ。生活の糧を稼ぐだけであれば街の外で魔物を狩れば事足りるが、俺達は言わば武者修行の旅だ、それでは本懐は遂げられない。
冒険者ギルドの依頼は強敵との戦いも含まれる為、自らの鍛錬も兼ねられる。
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中央街の当に中央。そこにエルダの街の冒険者ギルドはあった。
冒険者御用達の酒場にもなっているこの施設には街の様々な依頼が舞い込んでくる。その内容は魔物やお尋ね者の討伐依頼を始め、物品の収集、お使い、果ては迷子探しにまで多岐に渡る。
俺達はその施設に足を踏み入れた。
酒場の中の視線は勿論俺達に向けられる。酒場のいたるところからどよめきや嘲笑が聞こえる。
それもそうだ。俺達はまだ十二歳だ。そんな年齢でこの施設に足を踏み入れるものなどまずいない。
ギルドのカウンターへ真っ直ぐ歩を進める。しかし、俺達の歩みは止められる。
「おい、ここはガキの来る場所じゃねぇぞ?それとも依頼人の方か?見たトコそうにゃ見えねえが?」
厳つい顔のスキンヘッドの男が俺達を遮る。
「ああ、冒険者登録をしにきた」
そう言って男を睨みつけると酒場内に笑い声が響き渡った。
「おいおい坊主ゥ…。ここはガキの遊び場じゃないんだぜ!さっさと帰んなァ!」
「ワーッハッハッハ!『冒険者登録をしにきた。』だってよ!マジかよ!」
「その腰に挿した剣、ちゃんと使えんのかよ!玩具じゃねぇんだぜ!」
「冗談も休み休み言ってくれぇ!笑いすぎて死にそうだァ!」
次々と酒場の冒険者達の罵声が飛び交う。そして目前の男が俺の胸ぐらを掴んだ。
「俺ァなァ…そういう笑えねぇ冗談を言うガキが一番嫌ェなんだよ…」
男が胸襟を締め始める。俺は男の手首を掴んだ。
「おいおいジャック!子供相手にマジでやってんじゃねえよ!ギャハハハハ!」
「おーい、坊主が泣いちまうよ!ほら、苦しそうじゃねぇか!やめてやれよ!」
男たちは別にこちらを見ている訳ではない。おそらくそうなっているであろうと思っているだけだ。
「グアアアアアアアアッ!」
「ほら、あんまり子供をいじめ…」
叫んでいたのはジャックという男だ。俺は手首を握りしめているだけだ。
ジャックは俺の胸ぐらから手を放した。しかし俺は放さない。万力のように握りしめる。
「ぐああああァァァァ!やめてくれ!悪い!悪かった!俺が悪かったから!」
まだ放さない。
「兄様、程々に」
俺はクリスの声でジャックの手首を放してやった。ジャックはあまりの痛みに涙目だ。
「で、誰が泣くんだって?」
酒場全体に問いかける。返事はない。先程まで騒いでた男たちは黙って酒を飲んでいる。
ジャックは握り締められた手首を押さえて蹲ったままだ。
「兄様、異論は無いようなのでカウンターへ行きましょう」
「ああ、そうだな」
兄妹で酒場全体に聞こえる様に言い放ちカウンターへ靴音を響かせながら歩を進め直す。
俺達の後ろでは微かにどよめいていた。
「あら、可愛い冒険者さんだこと。今日は何の用かしら?」
ギルドのマスターである女性が応対する。歳は三十代前半といったところか、メリハリのある身体を持つウェーブのかかった赤髪の妖艶な女性だ。
「ええ、冒険者登録をしたくて」
「こちらを」
俺は用件を伝え、クリスがマスターにバレンティンから渡された推薦状を差し出す。
「あらあらあらあら、なるほどねぇ。ふむふむ、バレンティンさんからの推薦状ね…いきなりランクA-とはバレンティンさんも大きく出たものねぇ…。…けれど、流石にこれだけじゃちょっと信用は出来ないわねぇ」
バレンティン直筆の推薦状に驚きながらも、やはりマスターもやや訝しげな表情だ。
念の為、巨躯蜥蜴の鱗も見せた。
「そういう問題じゃなくてね?冒険者ギルドの存在意義だけれど、頼まれた依頼を確実にこなしてくれるか、っていう話なのよ。この書状も巨躯蜥蜴の鱗も紛れもない本物だけれど、それで書状を貰ってすんなり上位のランクで登録します、というワケには行かないの」
俺は「なるほど」と頷く。次の瞬間クリスが口を開いた。
「単刀直入に行きましょう。認めてもらえるためには何をすればよいのでしょうか?」
マスターは「そうねぇ…」と顎に指を立てて言いながらBランク依頼の掲示板を見やる。
「あっ、これなんかが丁度良さそうね。棘土竜は知ってるかしら?詳しくはこの依頼書を見て頂戴。それでヴァレンティンさんの書状通りランクA-での冒険者登録を行うわ。あ、でも依頼達成の報告はこっちでして頂戴ね?あなた達はまだ正式にギルド員じゃないからそのまま依頼主の方で達成報告はできないの」
俺達はマスターから渡された依頼書を見る。
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討伐依頼
*依頼内容*
エルダの街、北西部にあるヨルズの丘に棘土竜の群生地が発生しており、隊商の輸送ルートの一つが塞がれている状態だ。奴らは現在確認されているだけでも、その周辺に十体以上の個体がいることを確認している為、一体でも多く仕留めてもらいたい。
本案件は棘土竜の十体以上の撃破を以て依頼達成とし、奴らの鼻を討伐証として扱う。また、それ以上の数を討伐した場合は討伐数に応じて特別報酬を与える。
*報酬*
金貨一枚
ただし、討伐数が十体を超える場合には一体につき銀貨一枚と銅貨二枚を追加報酬とする。
*依頼主*
西門正面広場前の青果市場責任者カダモン
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「それじゃあ頑張ってねぇ」と、ギルドマスターがひらひらと手を振って見送ってくれた。
「まずは西門正面広場前、青果市場のカダモンさん、か」
俺達は一刻も早くギルド員登録を済ませるため、足早に西門正面へ進んだ。
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(酒場内)
「ハッハッハッハ!ジャックゥ、なんてザマだよオイ!」
「うるせえ!…あのガキ共、そこいらのただのガキ共じゃねえぞ」
酒場内はセオドア達が去った後、すぐに元の賑わいを見せていた。
「あのガキ…今度会ったら痛い目見せてやる…!」
ジャックはまだ痛む手首の痣を擦りながら怒りに震えていた。
「あらあら物騒ねぇ。でもやめておきなさいな」
ギルドマスターがジョッキを両手にジャックの前に現れた。
「フン、いきなりA-だろ?知ってらぁ。だがガキに舐められたままってのが気に食わねぇ」
ジャックは忌々しそうに悪態をつきながらマスターからジョッキを奪うように受け取る。
「一部始終見てたわよ。それにあの子、本来ならもっと上よ…。A+、あるいはS-クラスかもね」
「ブウッ!!嘘だろ?」
ジャックはギルドマスターのセオドアの評価を聞いて口に含んだ酒を吹き出した。
ギルドマスターはジョッキを置き、指をそっと立てジャックに忠告する。
「あなたが彼の胸ぐらを掴んだ瞬間、後ろの女の子も手に魔力を貯めてたわよ?気付かなかった?」
「ゲホッ…何だと…無詠唱か?」
「ええ、ちなみに女の子も彼と同等ってトコかしら。貯めてた魔力量から中級ってとこかしらね。無詠唱であの速度、ジャック、喧嘩を売る相手は選びなさいな。そんなだから万年B止まりなのよ」
ギルドマスターは目を伏せる。
「ギャハハハハジャック!女将さんの見立てだ、勘違いってこたァねぇよ!しっかしとんでもねぇガキだな!」
「あの歳でS-かよ!最近のガキは怖いねぇ…」
酒場の全員がギルドマスターのセオドア達の評価に驚きながらも沸いていた。しかしそんな中で一人不満げな態度でいる人物がいた。
「…気に入らないわね」
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西門正面広場へと進んでいると様々な商店や屋台が立ち並んでいた。
見たことの無い食べ物や嗅いだことのない匂いが視界一杯に広がる。この辺りは食料品の商店街のようだ。
中にはこの世のものとは思えないような物まである。
途中で買った串焼きの肉を片手に依頼書の主の元へと向かった。




