第十八話:守護騎士団長バレンティン・ブルームーン
バーナード達を見送り俺達はまた根なし草の二人旅だ。
時間はもう夕方だ、早く宿を見つけたい。
「何にしてもまずはここだな…」
俺達は詰め所へ向かう。商業都市エルダは入門の為に通行証が必要となる。
俺達は通行証の発行のため、詰め所の役人を訪ねた。
「あのー…すいません。通行証の発行はこちらで宜しいですか?」
「ああ、通行証の発行だね。ここで間違いないよ。うん…?」
子供二人が夕方になって通行証を発行しに来た、という状況に役人が訝しげな態度を取る。
「君達、親御さんは?」
「いますが、勘当されまして…」
「ほう…少し話を聞こうか」
役人達に案内され詰め所の中に連れ込まれる。
「ですので、親は頼れません」
「しかしだね、こんな時間に子供二人、しかも勘当されたと言う。さすがにハイ、そうですかという訳にはいかないよ?」
「野宿しろとでも言うんですか?」
埒が明かない。いつまでも此処で油を売るつもりはないがてんで話にならない。
そうしている内に騎士風の男が詰め所に入ってくる。
「君達が家出の兄妹か。話は先程聞かせてもらったよ」
「でしたら…」
「済まないが、取り敢えず荷物を検めさせて貰うよ?別にやましい事が無いのなら問題はないだろう」
「えっ、ちょっと…!」
やましい事か…どう考えても見られると面倒なことになりそうな物がある。そう、昨夜討伐した盗賊の首領の生首だ。布に包んでいるとは言え、荷物を改められれば間違いなく面倒事になるだろう。
クリスは落ち着いている。まぁ生首とは言え、元々盗賊の首だから言い訳はなんとでもなるだろうが。
「な、なんだこれは!」
役人が驚く声を上げる。
ほらきた。説明するしかないだろうな。
「生首、こ…こんなものを何故持っているんだっ!」
「待て、これは『外道』だ」
「そりゃあ、こんな物を荷物に入れるなんて外道に決まってるじゃないですか!」
「違う、『外道のドズル』だ」
どうやら騎士の方には説明は簡潔に済みそうだ。
「この男は君が討ったのか?」
「はい、昨夜野営中に襲われまして、返り討ちに」
騎士は「なるほど」と兜の顎を撫でていた。
「手下はどうした」
騎士が質問を続ける。
「人質を取られ従わされていましたので、開放しました」
騎士は「そうか」と兜を取り立ち上がる。年齢は三十を過ぎるかと言った所の顎髭を切りそろえた金の短髪の凛々しい男だ。
「賊の討伐に協力頂き、守護騎士団を代表し感謝する!」
男は直立し右手で握り拳を作り胸の前に置いた。騎士の敬礼だ。
「だが、それとこれとは話は別だ。まずは荷物の確認からだ」
そう取り直し、騎士は俺達の荷物を検めなおす。
俺の剣を手に取った瞬間、騎士は腰を抜かして尻餅をついた。
「こ…この剣は、まさか君はっ!名前は、名前は何という!?」
どうやら剣の持ち主に心当たりがあるようだ。
「セオドア、セオドア・ホワイトロックと申します。そしてこっちが妹のクリスティン」
俺は自分の名前を明かすと共に立ち上がり一礼を、クリスを紹介するとクリスも立ち上がり、ローブの両裾を指でつまみ、女性貴族の所作で一礼する。
「セ、セギノール君、君はもう下がっていい。ここは私が預かろう」
バレンティンがセギノールという役人に下がるように促す。動揺のせいか声がやや上ずっていた。
「はぁ、では後は宜しくお願い致します。バレンティン守護騎士団長殿」
セギノールがそう言って部屋から退出すると、バレンティンがふぅ、と嘆息する。
「まさか、アルフレッド騎士兵長の御子息と御息女とは思わなかった。非礼を詫びる」
改めてバレンティンが敬礼する。
「私達は街の入門許可を頂きたいだけですので、できれば早急にお願いしたいのですが…」
「そ、そういう訳にはいかない」
バレンティンが言葉を遮る。
「取り敢えず、そう畏まらなくても構いませんよ、僕たちは今やただのセオドアとクリスティンですので」
クリスも頷いた。
バレンティンは手をかざし、口を開く。
「いや、手続きの関係上、少なくとも明日まではかかる。だが、アルフレッド騎士団長の子供とあれば、放っておくわけにもいかない」
どうやらどうあがいても今日中に通行証無しでは街には入れないようだ。さてどうするか、と思案しているとバレンティンがそのまま続ける。
「今日の所は私の屋敷に案内しよう。手続きはここでやらせておき、通行証は明日、君達に渡すという形を取らせてもらう、今日の内は自由には出来ないが、それでどうだろうか」
「解りました、雨風を凌げるならば何よりです」
俺はバレンティンの申し出を受けることにする。野宿よりはかなりいい待遇だろう。クリスに同意を求めるとクリスも「解りました」と頷いた。
「ああ、それとこの賊の件についても同時に手続きを済ませておこう。通行証の引き渡しの際に併せて褒賞金を渡させてもらう」
手間が省けてありがたい。今日の所はこのバレンティンの申し出に甘んじよう。
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バレンティンと二人の護衛騎士に連れられ二十数分程、街を歩き一番奥の区画へと進む。程なくして彼の屋敷にたどり着いた。
バレンティンが扉を開くと同時に執事が現れる。ロマンスグレーの初老の落ち着いた細身の男性だ。バーナードとはまた違った良さがある。
「お帰りなさいませ、旦那様。おや、そちらのお子様は?」
「かつて世話になった人の御子息と御息女だ。丁重に扱ってくれ」
バレンティンは執事にそう申し付け、「食堂にて待つ」と残し廊下の奥へと消えていった。
「では、こちらに」
執事に案内されるままに付いていく。途中で荷物を預け、廊下を進むと侍女が待っていた。
彼女がペコリと頭を下げる。
俺には執事がそのまま付き、クリスにはその侍女が付いて風呂場へと案内された。
「お召し物をお預かりいたします」
俺は一枚一枚服を脱ぎ、タオルを腰に巻き風呂場へ入る。
大きな浴槽だ。壁には獅子の彫刻がお湯を吐き出している。
「ではごゆっくりどうぞ。お召し物を用意しておりますのでお上がりになられたら、食堂へとご案内致します」
執事はそういうと戸を閉め静かに立ち去っていった。
俺は久しぶりの風呂を堪能した。
カルマン村の屋敷には風呂など存在せず、基本的には大きな桶に湯を貯め、体を清める程度だった。それはクリスも同じことだ。
とは言え、一人なので騒ぎはしないが、前世の癖でつい大きな浴槽で泳いでしまう。前世では銭湯で湯船で泳ぎ、よく父に尻を叩かれたものだ。
体を洗い、一通り風呂を堪能し脱衣所へ戻ると上等な服が丁寧に畳まれて置かれていた。貴族の子供服といった所だろうか。赤の布地の所々に金糸の刺繍が施されており、一目で高級な服だとわかるほどの服だった。
「当家の風呂はご満足頂けましたでしょうか?」
服を着て脱衣所を出ると執事が直立不動の姿勢で優しく微笑みながら頭を下げる。
「はい、久しぶりにさっぱりできました」
俺達は旅の途中、せいぜい体を拭く程度しかできなかった。それこそ五日ぶりの湯浴みだ。かなり汚れていたに違いない。
そうしている内にクリスも風呂から上がってきた。クリスも俺と同様に上等そうな白黒のローブに身を包んでいた。ローブは体のラインがくっきりとわかるものであり、クリスの成長がひと目で見てわかる。
最近のクリスの成長は目覚ましいものがある。さらに湯気で上気し破壊力は倍増だ。故に兄妹であることが実に悔やまれる。
クリスがほぅ、と息を漏らすと、執事と侍女がバレンティンの待つ食堂へと案内した。
白いテーブルクロスに魔導具で作られた白銀の燭台が並ぶ。そしてこれまた上等そうな料理が乗った皿と精緻な彫刻が施された白銀の食器が並べられていた。そのテーブルには既にバレンティンとその妻であろう人物が椅子に座って待っていた。
「当家自慢の風呂場はご堪能頂けたかね?食事にしよう。座ってくれ」
「はい、失礼致します」
二人でそう言って促された椅子に座ると入れ替わりにバレンティンと妻らしき美しい女性が立ち上がる。
「改めて自己紹介をしよう。私はバレンティン・ブルームーン。この街で護衛騎士団長を務めている。隣にいるのが妻のグラディスだ」
「妻のグラディスで御座います。お見知りおきを」
バレンティンが騎士敬礼を、グラディスが先程のクリスと同じ所作で礼をする。
「アルフレッド・ホワイトロックの息子、セオドア・ホワイトロックと申します」
「同じく娘のクリスティン・ホワイトロックと申します」
俺達も同様に礼を返す。
「少々固くなってしまったな、肩の力を抜いてくれ。色々話を聞かせて欲しい。君の父君のアルフレッド殿にはかつて王都で世話になりっぱなしだった。なぁ、グラディス!」
「はい、私もアルフレッド様には色々とお世話になりまして、是非お聞かせ頂けませんでしょうか?」
バレンティンとグラディスは表情を緩ませ屈託のない笑顔で話す。
「いえ、僕も5日前に突然勘当されまして…。とんでもない父親ですよ」
そう言うとブルームーン夫妻はからからと笑い声をあげていた。
「いやいや、実に彼らしい!私も当時は彼の部下でね、団の練兵場で楽しく談笑していたら突然素振り500本なんて仕打ちにあったものだよ!ハッハッハッハ。」
「私も当時は訓練兵でして、アルフレッド騎士団長のシゴきに何度泣かされたことか…。今となってはいい思い出ですわ」
どうやら二人は父が当時王都で騎士をしていた頃の部下のようだ。話の端々から当時いかに父がとんでもない上司だったのかを窺い知れた。
「そう言えばセオドア君は彼の剣を持っていたが、君も妹のクリスティン君も剣を?」
バレンティンが問いかける。
「あの剣は勘当された際に父が餞別でくれたものです。それまでは常に腰に挿していました」
「私も少しではありますが、父上に稽古を着けて頂き、多少心得はあります」
バレンティンの問いに俺達がそれぞれ答えると「なるほどなるほど。」とバレンティンが食い入るように頷いている。
「僕達は魔術の心得もありまして、僕は剣を主に、魔術を少々と言ったところです」
「私は魔術を主に、それと、剣ではありませんが短剣を扱っております」
二人で剣と魔術が扱える事を話す。
「なんと!剣と魔術を両方!素晴らしい!子供ながらに賊の首領を討つ程の剣術に魔術までとは!セオドア君、きっと君は父君を越える素晴らしい剣士となるだろう!クリスティン君も、騎士を目指すわけでもないならば短剣は賢明な選択だろう。剣は女性にはちと重すぎる。…時に二人共、魔術はどれほどまで扱えるのかね?」
バレンティンが惜しげもなく俺を褒め倒す。悪い気はしない。そして魔術について尋ねてきた。
「僕は中級魔術までを。妹は上級魔術までを扱えます。三年前に村の周辺に巨躯蜥蜴が現れた際、自警団を挙げて討伐に乗り出しましたが、ヤツに止めをさしたのは妹の魔術でした」
「ですが作戦自体は兄様の指揮です。私は兄様の作戦に従い魔術を行使しただけに過ぎませんわ」
クリスは控えめにそう言うが、俺達はバックパックに忍ばせていた巨躯蜥蜴の鱗と牙を机の上に出した。
夫妻は巨躯蜥蜴討伐の証を見て驚き、俺達の武勇伝に少年少女の様に目を輝かせている。
「むぅ…これは確かに巨躯蜥蜴の鱗と牙!流石アルフレッド殿の御子息とご息女!九歳にしてあの巨躯蜥蜴の討伐を成すとは恐れ入る!我が預かる騎士団にもアレを倒せるものはおらんだろう!それに村の自警団という拙いであろう戦力で討伐に導いた指揮能力、当に当時のアルフレッド殿を思い出すようだ!なぁグラディス!」
「ええ、当時アルフレッド様の兵団と訓練兵のみの戦力で王都周辺に現れた暴王竜を討伐したのを思い出しますわね、あなた」
「ああ、あの命令には参った!さすがに犬死を覚悟したよ私は…」
夫妻が王都で騎士団に所属していた頃を懐かしむ様に話す。
俺も彼らの話や父の騎士団時代の話には興味がある。「その時の話をお聞かせ下さい。」と俺も乗っていた。武人の血だろうか。ただ一人武人ではないクリスはやや引き気味だったが、魔術の話がでると喜々として話に入っていた。
四人は結局食卓を囲みながらスープが冷めてしまうのも忘れて夜が更けるほど長い食事を楽しんだ。




