第十七話:盗賊達の真実
盗賊団との戦闘が終わり、最低限の後片付けを始める。
まず負傷したバーナードの治療だ。
彼は肩から派手に血を流していたものの、どうやら急所は外していた為、大事には至らず、治癒魔術でほぼ完治していた。念のためクリスにケアを頼みそのままハウトとエルザを寝かしつけてもらう。
次に遺体や暢びたままの手下から嵩張らず有益な物を奪う。主に銅貨や銀貨、それに少量ではあるが宝飾品も入手できた。あとは武装の解除も兼ねて武器も奪う。また、傷薬を持つ者もいたのでそちらも拝借しておき、遺体は炎魔術で処分。生きている者は土魔術でとりあえず捕縛して明日にでも処遇を決めよう。
そして首領の遺体についてはバーナードの案で荷物を奪い、首だけを残して処分する事にした。
どうやら盗賊団の首領は街や冒険者ギルドで手配対象になっている場合が多く、その証拠を提示すれば褒賞を貰えるらしい。
生首はどうしても荷物になってしまうので悩んだが、明日の昼過ぎには街に到着だろうとのことなので、それまでの辛抱だ。視界に入っても気持ち悪いので、早々に冷凍保存し布で包んでおいた。
これであらかた戦後処理は終了だ。
最後に盗賊の首領の財布に金貨が四枚も入っており、幾つか高価そうな指輪もつけていた為、全て合わせると、凡そ金貨七~八枚と言った所か。それに加え、褒賞もあるかも知れないのでもう少し増える可能性がある。商業都市に入る前に懐が潤ったのは僥倖と言うべきだろう。
前世の言葉で「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴」という言葉を思い出した。「撃って」と言う部分を「奪って」と言う言葉に置き換えると妙に納得がいった。金や荷物、命についても。
この世界で始めて殺人を犯したが、いや、前世でも殺人は犯してないが、これは正当防衛だし、相手はそもそも盗賊だ。なにより、身内を傷つけられようとして黙ってるはずがない。だがクリスの胸に触ったりするのは本気で気を付けようと思った。妹だしな。
全ての処理が終わると時刻は陰の八の刻を回っていた。
クリスにはそのまま眠ってもらい、目覚めてから二刻程仮眠させて貰った。
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翌朝、目が醒めると盗賊の残党達が騒いでいた。
「俺達をどうしようってんだ!」
「頼む命まではどうか…」
「殺れるもんなら殺ってみやがれ!」
「お、俺にはまだ幼い子供がいるんだ!頼む殺さないでくれ!」
「お、親方の命令だったんだ!頼む!助けてくれ!」
「い、嫌だアアァァ!まだ死にたくないィィー!」
五月蝿い。よくもまぁここまでテンプレ通りの命乞いの言葉を揃えられるものだ。
頭だけ地面から生やした盗賊達の視線の先にはクリスがいた。
クリスは聖母のような優しい微笑みで右手を上に上げ手に魔力を込める。
右手の先には巨大な炎の塊が生み出され煌々と輝きを放っている。
そして静かに一言告げた。
「黙りなさい」
「はい!」
頭だけの盗賊達が一様に揃って短く返事を返すと一瞬で静寂が戻ってきた。
俺はクリスと盗賊の残党の処理について話合う。
「さて、こいつらどうするか」
「盗賊ですし、殺しても問題はないでしょうね」
クリスが盗賊の顔を見て発した物騒な発言に盗賊達がどよめく。
「私もクリスさんの意見に同意ですね。解放してもまた悪事を働かない保証がない」
バーナードもクリスの意見に同調のようだ。
「こ…殺すまでする必要はない…と思う…」
「…!」
ハウトは殺生には反対、エルザも訴えるかのような眼で首を左右を振ってるから反対、意見は二対二。
「つまり俺次第、ってわけね…」
俺は腕を組んで悩んだ。手を出してくるならば殺されても文句は言えまい。だが奴らは今現在、文字通り手も足も出ない状態だ。そんな状態の相手を手に掛けるのはただの殺戮だ。さて、どうするか。待て、あの時…あの言葉…。ああ、そうか。まだ殺せないな。
「多数決じゃ二対二、じゃあ決定は全て俺次第。俺の決定に全員、文句はないな?」
剣を抜き盗賊の残党に突きつける。盗賊の喉が鳴った。
「まだ生かしておく」
「なぜです、兄様!」
「文句は言わないと約束したはずだ。それにクリス、お前があの時言われた言葉、心当たりないか?」
クリスが一瞬考えてハッと言うような顔になる。
「奴隷、ですか」
「ああ、ここでこいつらを殺すのは簡単だけど殺せば奴隷達は助からないかも知れない。それまでは少なくとも生かす意味がある」
とりあえずこれで一旦の惨事は回避できた。勿論この後の行動次第では全員斬り捨てるつもりだ。
「場所は?」
「エ、エルダから少し離れた場所に廃寺院がある!そこがアジトだ!」
「済みません、バーナードさん。そういう事です」
「いえ、そういう事であれば異論はありません」
俺達はエルダに行く前に盗賊のアジトへ向かうことにした。
念のため俺が剣を抜き、逃がさないように備え、クリスが一人ずつ掘り起こし、バーナードが彼らを縛る。
荷物を纏め、遺体の骨を埋めて盗賊のアジトへと出発した。
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縄で縛った盗賊達を数珠繋ぎにし、案内をさせる。
「あれです!あれが俺達のアジトで。」
さすがに盗賊たちは俺達に生殺与奪の権利を握られている為、素直に案内をしていた。
崩れた門をくぐり寺院の中に入ると、床には藁が敷いてあり、それなりに生活できる環境ではあるように伺えた。
「で、奴隷はどこだ?」
盗賊達に尋ねる。
盗賊達は自ら歩きだし、礼拝堂であっただろう場所へ案内した。しかし辺りに奴隷の姿は影も形も見当たらない。
「やっぱ殺すべきだったか…」
俺が剣の柄に手をかけると奴隷たちがもぞもぞ動きながら「やめてくれ!嘘じゃねえ!」と言うので話を聞くことにした。
「こ、ここの壇上に階段が隠してあるんでさぁ!」
壇上に登り、よく見れば泥や土で汚れた絨毯に切れ込みがあるのがわかった。絨毯を剥がすと不自然な色の板張りがある。
不自然な色の板張りを剥がすと隠し梯子が現れる。残党の一人を縄から開放し、案内をさせ、クリスとハウト、エルザに残りの残党の見張りを任せる
バーナードと残党の盗賊の一人を連れ、三人で梯子を降りると鉄格子の部屋が並んでおり、二人の男が座って談笑していた。こちらには気付いていない。
鉄格子の中には全裸の子供や若い女性達が自分達の運命に絶望し項垂れていた。だが管理は決して悪くなく、特にやせ細っていたり衰弱している様子はなかった。
残党の男とを見張りの男達の元へ送り込む。
「お、おい!お前ら!今直ぐ奴隷達を開放しろ!」
「あぁ?何言ってんだ、親方の支持なしで奴隷を開放したらぶっ殺されちまうぜ。」
「あの野郎に殺されるのは俺はゴメンだ。奴隷を出すわけにゃいかねぇ」
「親方なら死んだ!もう俺たちゃ自由の身だ!」
残党の男が見張りの男を説得するが、どうにも難航しているようだ。
「はっはっは!あの小心者の親方が殺されただと?バカも休み休み言え!女子供で親方に勝てるヤツがいたら見てみたいね。アイツは勝てそうな男しかいねえ時にしか仕掛けねぇからな!」
「ああ、騎士でも同行してるってんならわかるが親方はそんなヘマはしねえだろ。親方は女子供しか狙わねぇし、捕らえりゃ男は女子供を人質に自分の手下に引き込んで旦那が死にゃあ奴隷商に売り飛ばす!あいつァ、正真正銘のクズさ!」
俺は梯子の上から冷凍した首領の生首を受け取り、見張りの男達の元に向かう。念の為、ショートソードを抜いて。
「その小心者の親方ってのはコレのことか?」
俺が見張りの男達の目の前に姿を現すとギョっとした顔で生首を見た。
「ま、まさかお前みてぇな坊主がやったのか!?」
「間違いねぇ!親方、いや、あのクズ野郎の首だ!」
「解放だ!やっと解放されたァ!」
首領の生首を見た二人は嬉しそうに小躍りしながら声をあげる。檻の中の奴隷たちも様子を伺っていたらしく、首領の生首を見るとその表情に希望が宿るのが伺えた。
「助かった…助かったぜ…坊主…!」
「ああ…俺はこのまま一生を過ごすのかと…」
どうやら何かしらの理由があって付き従っていたのだろう。
「とにかく、まず奴隷達に服を、そして解放してやってくれ。見るに耐えない」
女性の裸体に興味はある、俺も男だ。しかし今はそんな状況でもない。クリスを上に残しておいてよかったと本当に思う。
男が服を用意し全ての奴隷に着せる。ボロボロの布切れのようなローブだが裸のまま放り出されるよりはマシだろう。
全員が服を身に着けた所で上に残した面々を地下に呼び出した。
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盗賊達の中には奴隷たちと抱き合う者もいた。恐らく家族だろう。こちらは奴隷というより人質か。
中には俺が夫や父を殺してしまった者もいるかもしれないと考えると何も言えなかった。
盗賊の一人が俺に耳打ちし、「本気で盗賊に成り下がったヤツもいるから気に病む事はない」と告げてくれたのがせめてもの救いか。
「ありがとうございます!もう二度と自由になれないと…」
「妻と村にようやく帰れます!」
「お父さんを助けてくれてありがとう!」
奴隷や盗賊達から次々と感謝の言葉が投げかけられた。クリスは少しバツが悪そうだが、あの状況じゃそんな考えが浮かんでも仕方ない。それにクリスに触れようとした奴は間違いなく盗賊に成り下がったヤツだ。
最後に盗賊の宝物庫に行き、各々に路銀と盗賊の食料を分配した。あの時、奪った分でも十分だ。この期に及んで彼らに辛い思いはさせたくない。
彼らはそれぞれに家路に就いた。結局一番の下衆はこの生首の男と一部の盗賊だけ。一件落着だ。
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辺りが夕焼けに包まれる中、漸く俺達はエルダの街に到着した。
「短い期間でしたが、これで依頼達成、ですかね」
「はい、色々ありましたがここまでの道中、護衛頂き感謝致します」
「お兄ちゃん!お姉ちゃんありがとう!私いつかお姉ちゃんみたいな魔術師になる!」
「うん、盗賊の親方と戦ってたセオドアはかっこよかった!僕もセオドアみたいな剣士を目指すよ!」
「ふふ、エルザちゃん、ハウトくん、元気でね。またいつか会いましょう」
バーナードはこちらに一礼し、ハウトとエルザの手を引く。ハウトとエルザは姿が見えなくなるまでずっとこちらに手を振っていた。
俺達も手を振り返しながらエルダの街に入る三人を見送った。




