第一話:二つの生命の誕生
火継坂神威の死から一年ほど遡る。
汚れなき白銀の祭壇には巨大な魔法陣が刻まれていた。
六人の白いローブを纏った魔術師が呪文を唱えている。
五人は魔法陣の周囲を等間隔に囲っており、その姿は角を持つ者、異なる肌の色を持つ者と、様々だ。
魔法陣から少し離れた位置には一際大柄な人物が五人とは異なる呪文の詠唱を行っていた。
「大いなる英雄の魂よ 我が呼び声に応え 此処に顕現せり
其が名は『竜神』 全ての魂を司る者也 転生魔…」
呪文が唱え終わる寸前、魔法陣に一筋の雷光が迸る。
魔法陣の周囲を囲う魔術師達は皆、凄まじい衝撃を受け吹き飛ばされていた。
魔法陣もまた、雷の衝撃で砕け散っていた。
「魂珠は…出来ているか!?」
大柄のローブの男が叫ぶ。魔法陣の跡には二つの白と黒の宝珠が生まれていた。
「予定していた物とは異なりますが…宝珠は出来ています!」
魔術師の一人が応える。
それを聞き、安堵したか再び大柄のローブの男は深い溜め息と共に胸を撫で下ろし宣言した。
「少しばかり予定とは異なるが、これにて転生の儀の全てを終了とする!皆、大義であった!」
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ワイナール領カルマン村、駐在騎士の邸宅。ここでは今、新たな生命が誕生しようとしていた。
「セリーヌ!産婆を連れてきた!大丈夫か!」
勢い良く扉を開け、助産師を連れ邸宅に飛び込んだのはワイナール領カルマン村に勤める駐在騎士、アルフレッド・ホワイトロックである。
「旦那様、産婆を此方へ!準備は既に済ませてあります!」
アルフレッドの声を聞きつけ寝室から侍女のアリーシャ・レッドスターが出て来る。
夜間の村中を走りまわり、助産師を引き連れた彼と出産の準備を急ぎ済ませた彼女は息を切らしていた。産婆も寝室へ駆け込む。
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「さぁいきんで!…もう少し!」
産婆の声に合わせてアルフレッドの妻、セリーヌが力を込める。セリーヌの股から小さな頭が見え始めた。
「頭が出てきましたわ!奥様、もう少し頑張ってください!」
セリーヌの側で見守るアリーシャが声を上げる。
「奥様、頑張ってください!もう一息!」
再びセリーヌが力を込める。痛みと苦しみで顔が歪む。
「…オギャー!オギャー!」
生まれた赤子が元気よく泣き出す。自身の誕生を主張するかの如く。
「生まれたか!セリーヌ!生まれたんだな!?」
赤子の泣き声を部屋の外で聞いたアルフレッドが寝室に飛び込んだ。だが、女性陣はまだ真剣な表情のままだった。
「旦那様…もう一人、生まれるようです…」
産婆はアルフレッドに告げる。双子だったのだ。セリーヌは双子を妊娠していた。
「旦那様、奥様の側に付いてあげてください」
アリーシャはアルフレッドの耳元でそう呟いた。
「アルフ…そこにいるのね…?…大丈夫。私、頑張るから…」
一人目を産み、既に疲れ切っていながらも夫に心配させまいとセリーヌが強がる。
「奥様、もう一度頑張ってください!アリーシャ様、赤ちゃんを産湯へ!旦那様は奥様の隣に!」
産婆は次の出産に臨むようだ。アリーシャに指示を出す。
「セリーヌ、頑張れ…!」
アルフレッドは固唾を呑みながら、セリーヌに声をかける。男故に出産の苦しみは解らない。自分は側にいることしか出来ない。側にいながら何も出来ない歯痒さをアルフレッドは感じていた。
「…オギャー!オギャー!オギャー!」
無事、二人目の出産も終わり、四人は憔悴仕切っていた。しかしながら母子ともに健康だ。セリーヌは立て続けの出産で意識を朦朧とさせていたが、「大丈夫、ちょっと疲れただけ。」と笑顔を返しそのまま眠りについた。
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一通りの片付けを終わらせ、産婆が邸宅を後にして数時間後セリーヌが目を覚ます。
「男の子と女の子です。奥様、御目出度う御座います」
アリーシャが二人の赤子をセリーヌに見せ、笑顔を浮かべながら祝いの言葉を述べた。
「アルフ、この子達の名前、もう決めてるって言ってたわよね…?」
セリーヌはアルフの顔を覗き込む。
「ああ、当初は男ならセオドア、女ならクリスティンって考えてたんだ…。まさか両方とも使うことになるとは思わなかったさ」
アルフレッドは戯けながら答える。
「セオドア、クリスティン…いい名前ね…。今日から家族が二人増えたんだね…。アリーシャ、予想外の仕事が増えちゃったけど…お願いね?」
セリーヌは、と言った表情を浮かべると、二人の赤子を見やり、アリーシャの顔を伺う。
「フフ…勿論。お子様の一人や二人増えたところで私は変わらず仕え続けさせて頂きますよ」
深夜の村、嵐の去った邸宅の周囲には談笑する声が響いていた。
――その談笑をかき消すかのように勢い良くドアを開く音が木霊した。
アルフレッドは傍らにある愛剣を持ち出し、玄関へと走りかける。
玄関には赤らんだ肌に鱗を張り巡らせた腕、白いローブに身を包んだ男が立っていた。竜人族である。
白いローブには赤茶色の染みが所々に見受けられ、また、男の体にも無数の傷が刻まれている。
「何者だ!我が名はアルフレッド・ホワイトロック!この村を守護する騎士だ!名を名乗れ!」
アルフレッドは剣を抜き竜人族の男に刃を向け名乗る。アルフレッドはこの竜人族に強い敵意を向けていた。
「そ…某はガスター・レッドウイング…竜人王国の神官である…。王国に追われている…追手は全て打ち倒したが、多くの傷を負ってしまった…。突然の頼みで済まぬが、傷が全て癒えるまでとまでは言わん、暫くの間匿ってはくれぬか…?」
アルフレッドは剣を下ろしたが警戒は説いていない。全身の傷、ガスターの顔色・仕草、全ての情報から敵意は無い、と察した。しかしアルフレッド自身、たった今自身の子供が生まれた所だ。安心は出来ない。
だが、ガスターの傷はかなりの深手だ。生命力の高い竜人族であるが、放っておけば間違いなく命を落とす程の傷を負っている。いつもであればセリーヌが治癒魔術を施し、傷を癒やす所ではあるがそのセリーヌも出産の直後で動けない。アルフレッドは少し悩み、返答する。
「二階の廊下奥にある梯子の上へ。簡単ではあるが手当をする。急げ!」
アルフレッドは救急箱と少しばかりの食料を持ち、ガスターを屋根裏へと案内する。出来る限り家族と距離を離しておきたいという気持ちから屋根裏の部屋を選んだのだ。
「かたじけない、人の里にて手当てまでは望めぬと思っておらんかったが…恩に着る」
ガスターはボロボロの体でアルフレッドの肩を借りながら申し訳なさそうにアルフレッドに声をかける。
屋根裏部屋に着くや、アルフレッドはガスターの手当を始める。
「騎士が死に目にあってる人を見て、敵でもないのに放っとく訳にゃいかんだろ。ちょっと染みるぞ?」
アルフレッドは酒瓶を口に咥え、頬を膨らませると、ガスターの傷に勢い良く吹きかける。
ガスターも傷に染みるのか、少し顔を歪ませた。
ガスターは手当が済むと、何かを感じ取るような素振りを見せ、アルフレッドに問いかけた。
「小さな魔力の胎動を二つ感じる…もしやお主、先程子供が生まれたばかりか?」
突然のガスターの問いかけにアルフレッドは驚く。ガスターは周囲の魔力を感じ取る力を持っており、魔力の大きさから生まれたばかりの子供の存在を言い当てたのだ。
「だとしたらどうする?まさか何かしようって訳じゃないだろうな?」
アルフレッドは剣柄に手をかけ、鋭い剣幕でガスターに詰め寄る。
「済まぬ、知らぬとは言え、不安を煽る様な事を言ってしまった、謝ろう。救ってくれた恩と今の詫びと言っては何だが、この宝珠をお主の子に与えたい。竜人が生み出した英雄の魂を宿した宝珠である」
そう言いながらガスターは懐より白と黒の二つの宝珠を取り出した。
訝しげな表情でアルフレッドは宝珠を受け取る。
「まだ生まれて間もないといった所か。その宝珠を子供等に与えよ、英雄の力が子等に授けられる。某が今恩人に報いる事ができるとするならばこの宝珠を与えることぐらいだ」
ガスターの表情には嘘偽りの様子は一欠片も感じない。訝しげな表情をしながらも宝珠を受け取ったアルフレッドは家族が集まる寝室へと戻った。
「アルフ…さっきの竜人の男は…?」
セリーヌの表情には不安が浮かんでいた。
「手当は済んだ。とりあえずは大丈夫だろう。元気に動き回れるような傷でもないし、暴れやしないだろう。で、名前はガスターとか言っていたが、手当の恩返しって事でコイツを渡してくれたんだが…。コイツを子供に与えろって…嘘を言ってるようには見えなかったけれども…さて、本当に信じていいもんかね…」
アルフレッドは頭を掻きながらガスターから受け取った2つの宝珠をセリーヌとアリーシャに見せる。
「言い伝えではありますが、竜人達は恩を受けた相手には必ず報いると聞いております。ある者は富を、ある者は力を…。私も実際に竜人族を見たのは初めてではありますが、旦那様の言うとおり、あの竜人族の男からは悪意の類は感じませんでした」
「私も、アルフが信じるなら私も信じるわ…。もしその言い伝えが本当なら…この子達も強く育ってくれると思う…」
セリーヌとアリーシャはアルフレッドに決断を委ねた。
アルフレッドは二人の顔をが白黒の二つの宝珠を子どもたちにかざすと宝珠から滲み出るように炎が現れる。
黒い炎は迷うことの無い素振りでクリスティンの体の中へと消えた。
白い炎は黒い炎がクリスティンの体の中に飛び込むのを見届けるような様子を見せた後、意を決したかの様にセオドアの体の中へと消えていった。