第十三話:手紙
俺はクリスに差し出された手紙を受け取った。差出人は父と、母だ。
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セオドア、そしてクリスへ
まずこういった形で一方的にお前達を突き放した父を許してほしい。
少々手荒な形になってしまったが、ホワイトロック家の家訓として12歳を迎えた子供を旅に出す、という物がある。お前達は3年前、巨躯蜥蜴を撃破したことで村中に持て囃されていた。
セオドア、お前は最近の稽古でも剣の技術については伸び悩み、斧や槍、あとは弓か。別の武器に手を出していたようだが…。まぁそれはいい。あらゆる武器を知ることはきっとお前の身になる筈だ。むしろ今後も続けていってくれ。
俺にはお前の中に当時の戦いの結果に満足してヘラヘラと平和に生きている様な印象を感じた。今回の様な別れを選んだのはその為だ。お前の剣術、いや、戦いのセンスは恐らく本物だろう。だが、俺の十二の頃に比べればまだまだ拙い。お前と剣を交えて確かに感じた感覚だ。文句は言うなよ?これがお前の現状だ。これじゃあお前は母さんも妹も守れやしない、弱い自分を悔め。そして強くなれ。俺を越えてみせろ。まだお前は強くなれる。父さんは強かっただろう?
お前にとっては迷惑な話かもしれないがあの拳が父さんからの十二歳のプレゼントだ。身に染みただろう?返品はいつでも受け付けてる。お前は俺の息子だ。きっと、俺を超える戦士になる。それまで俺はお前の父として、この屋敷で待とう。もしお前が俺を越えられると思ったら村へ戻ってこい。そして俺を越えた時はまた親子で旨い酒を飲もう。
セオドア、旅でクリスを護るのはお前の仕事だ。剣を鍛え、体を鍛え、色んな事に触れ、色んな事を見て、知り、護りたいものを…護るべきものを護る力を手に入れろ。
お前がいつか戻る日を待っている。
クリス、お前は母さんに似て優しい子だ。そして、母さんには無かった強さを持っている。お前の魔力は本当に規格外だ。父さんに魔術を放った時は軽々と受け流していた様に見えただろうが、あれはあれで一杯一杯だった。『屈折拡散光弾』、だったか。アレを受ける時は流石の俺も冷や汗を流したよ。
お前以上の魔術師は恐らく同年代の子供にはいやしないだろうが、世界にはお前以上の魔術師はまだまだごまんといる。実際にお前の魔術はたった一人の剣士に全て打ち破られた。自惚れるな。まだまだお前の魔術は限界に達していない筈だろう。父さんの勝手な妄想かもしれないが、お前はきっと将来、世界に名を轟かせる大賢者になれる筈だ。
旅の道中、セオドアがお前を守ってくれるはずだ。あれはあれでその辺の剣士に負けるなんてことは無いだろう。セオドアがお前を護る。お前はセオドアを支えてやれ。そしてセオドアと一緒に屋敷に戻ってこい。そしてセオドアが父さんを越える瞬間に立ち会ってほしい。
最後になるが二人共、道中、体に気をつけてな。
―アルフレッド・ホワイトロック―
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セオドア、クリスへ
まず何から言えばいいかしら。最初にアルフにこの事を言われた時は反対したわ。
でもあなた達の為って聞いたらもう何も反論できなかった。
セオ、アルフから酷い目に遭ったかもしれないけど、アルフを責めないでやって。今では私もアルフと同じ意見よ。あなたはきっと、今よりもずっと、ずっと強くなれる。そしてクリスを護ってあげて。
自警団や村の皆にはあなた達が旅に出たことは既に伝えてあるわ。村や母さん、アリーシャの事はアルフや自警団のみんなが必ず護ってくれる。母さんや村の心配なんかせずに安心して旅に出てらっしゃい。母さんも父さんと一緒に待ってるわ。きっと強く逞しい、イイ男になって戻ってらっしゃい。その時にはもしかしたらいい人がいるかもしれないけれど、その時は歓迎するわ。
クリス、あなたに限ってそんな事はないかもしれないけれど、セオをしっかり支えてあげて。
旅の中、きっと色んな困難がこの先あなた達を襲うと思う。そんな時こそ兄妹で力を合わせて乗り越えるの。きっといい方向に風は吹いてくれるわ。あとセオがだらしない時はあなたがお尻を叩いてあげて。クリスも旅の中でいい人が見つかった時はセオと同じようにちゃんと紹介しなさいね。あなたは母さんに似て美人なるわ。色んな男の人に声をかけられるかも知れないけど変な男に騙されないようにね。
二人共、旅の途中で挫けそうになった時は父さんを思い出しなさい。今あなた達は悔しさに打ち拉がれているでしょう。悔しさは時に人を成長させる。悔しさをバネにして色んな困難を乗り越える力を身に着けてほしい。それを母さんは祈っているわ。最後になるけれど、当面の旅に必要そうなものは纏めておいたわ。服や、お金。ある程度の事はそれで事足りるはずよ。それと十二歳の誕生日の為にアルフと母さんで用意したものを一緒に置いているわ。二人共、一人前になって帰ってきなさい。じゃあ、道中気をつけて。いってらっしゃい。
―セリーヌ・ホワイトロック―
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二枚の手紙を読んで空を見上げる。頬に涙がぼろぼろと溢れる。悲しくはない。傷が痛むだけだ。そう自分に言い訳をする。
父には全く歯が立たなかった。本気で戦ったが手を抜いた父の前に全く敵わなかった。不甲斐ない自分に虫唾が走る。止まってなどいられない。
今が決意の時だ。必ず俺は村へ戻る。死に物狂いで強くなり、父を越える。父が十二歳の誕生日に用意してくれた最高の贈り物。それに応える為に。
クリスは目を瞑り、唇を噛んで、静かに膝をついて座っている。彼女もきっと両親の手紙を読んで胸の内の決意を反芻しているのだろう。表情は決して暗いものではなかった。胸の前にある彼女の右手は強く握りしめられていた。
兄妹のすぐ近くに二つのバックパックが置いてあった。そしてそれぞれの荷物の横に一振りの見覚えのある直剣と、かなり古い魔導書が置いてあった。
俺とクリスは涙の跡を拭い、両親からの贈り物をそれぞれ手に取った。俺は装飾もなく決して華美とは言えない使い込まれた白銀の直剣を元から挿してある左腰のショートソードに並べて腰に挿す。
クリスは魔導書を手に取りパラパラと内容を確認しすぐにバックパックにしまう。
俺も父と母の二枚の手紙を丁寧に折りたたみバックパックの奥へとしまった。
二人で父につけられた痣を治療し、バックパックの中身、持ち物を確認する。
一通りの着替えや、野営の道具、冒険者必携のガイドブック、水が入った革袋、数日分の保存食、そして当面の資金が詰まった金貨袋。旅に出る支度は既に済んでいる。俺とクリスは立ち上がる。村の方角を見る。暫くはここに戻ることはないだろう。村の人々や自警団の仲間達、自分達を見送ってくれた親を思い浮かべる。
「行ってきます」
小さく呟く。
「行こうか」
「はい、兄様」
兄妹は燃えるような夕焼けを背に、森の中の街道を歩みだした。それぞれの決意を胸に秘め、しっかりと、確かな一歩を踏みしめながら。




