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第一章断章:遺された家族

第一章断章です!

今回は火継坂家のお話。

時間軸では第二章開始時点、神威がセオドアに転生してから異世界で12年が経過した所です!

 「まだかなー…まだかなー…」


 火継坂杏奈はある人を待っていた。

 台所から決まったリズムで子気味のいい音が響いてくる。


 「杏奈、いくら待っても仕方ないわよ。気長に待ちましょう?」


 杏奈の母、火継坂仁美が諭すように台所から声をかける。


 「でもさ、いつ来るかわかんないんだよ?まだかなぁー…」

 

 杏奈はずっとその人が来るのを楽しみに待っているらしい。


 「でもじゃないの、ほら、お兄ちゃんの部屋から出てきて手伝って、今日はお父さんも会社から真っ直ぐ帰るって言ってたから夕飯早いわよ」

 「はーい、ごっはん♪ごっはん♪今日の夕飯なーあに?」


 杏奈はあの日から火継坂神威が目覚めるのを待っていた。

 火継坂神威は丁度一年前に死んだ。否、死んではいなかった。強いて言うなら彼はあの日から眠り続けている。

 

 ---


 玄関からガチャリと音が聞こえる。ドアをくぐるのは片手にケーキをぶら下げた少し草臥れたサラリーマン、この家の主、火継坂真司だ。

 

 「あ!パパおかえりー!」

 「ああ、杏奈、ただいま」


 娘の頭をワシワシと撫でる。


 「ただいま。仁美、ケーキ、買ってきたぞ」

 「ありがとう、パパ。もう夕飯の支度済んでるからすぐ着替えてきて」

 「ああ、わかった。すぐ行く」

 

 時刻は午後六時、この日は神威の誕生日だった。父・火継坂真司もこの日は数日前から残業を繰り返し、今日は定時で帰るようにしていた。寡黙だが家族思いの父である。


 リビングに真司が戻ると杏奈と仁美は既に向かい合う位置で椅子に座り、真司の到着を待っていた。真司の椅子は仁美の隣だ。そして真司の向かいは空席だ。本来ならばここが神威の椅子だ。だが彼は今ベッドで眠っている為、この席は空席だ。…いつの日か彼が目覚める日を待って。


 夕食が済むと空席にケーキが置かれた。そして仁美が照明のスイッチを切り、真司がケーキのロウソクに火を灯す。

 ケーキのロウソクは九本。大きなロウソクが中央に一本、それを囲むように小さなロウソクが八本だ。 

 今部屋の明かりはケーキのロウソクのみ。それ以外は家電の電源のランプが小さく光るだけだ。


 「じゃあ杏奈、お願いね」


 杏奈が「うん。」と小さく頷き、息を吸い込む。


 「ハッピバースデーお兄ちゃーん♪ハッピバースデーお兄ちゃーん♪ハッピバースデー、ディア、お兄ーちゃーん♪ハッピバースデー、お兄ーちゃーん♪」


 杏奈がベッドで眠る神威に聞こえるように、明るく大きな声で誕生日を祝う歌を歌う。

 歌い終わると同時にケーキに灯された九本のロウソクの火を杏奈が吹き消した。

 綺麗に全てのロウソクの火が消されると、暗闇のなかにパチパチと乾いた音が三つ鳴り響く。

 

 「お兄ちゃん…誕生日おめでとう」

 

 杏奈が小さく呟いた。


 ---

 

 ケーキを食べ終わったあとも家族の団欒は続いた。テレビには九時のドラマが映っており、ソファーには真司と杏奈が座っていた。仁美は夕食の後片付けだ。


 「あの日はホント驚いたよね」

 

 杏奈が独り言の様に呟く。


 「ホントね。先生にいきなり呼び戻されて何事かと思ったら、ねぇ、パパ」


 杏奈の独り言のような呟きに仁美が反応し真司に振る。


 「そうだな、まさか…生きてる、なんてな」


 真司は当時を振り返るように呟いた。

 家族は全員でリビングから神威の眠る和室を見やる。


 「心音も、呼吸もないけど、脳は生きてるなんてことがあるなんてねぇ…」

 「遺体がいつまで経っても冷たくならずに、な」

 「脳波計をつけてみたら反応があったって、しかもとんでもない速さで」


 皿洗いをしながら話す仁美とドラマを流して見ながら話す真司。


 「お兄ちゃん今どんな夢、見てるのかな?」


 真司と仁美が薄く笑う。


 「そうね、もしかしたら夢の中で大冒険でもしてたりして、ね?」


 仁美が目を伏せて、カチャカチャと皿を片付けながら神威が見ている夢を想像する。


 「その夢の中にパパやママ、あたしもいるのかな?」

 「さぁ…どうかしらね?」


 少し沈黙が続く。聞こえるのはテレビから聞こえるCMの音声だけだ。


 「お兄ちゃん…早く…起きてよ…。おはようって…言ってよ…」


 杏奈が涙を浮かべ、下唇を噛み啜り泣く。杏奈は待っている。大好きな兄の目覚めを。

 真司が静かに杏奈の肩に腕を回し手で肩をさする。


 「それまで待とう。神威がいつ起きてもいいように」


 真司は静かに呟いた。


 神威の体は時間から取り残されていた。脳波はとんでもない速度で動いているが、身長もそのまま、体重も減らず、呼吸も心音もない。排泄もしなければ髪や髭も全く伸びていない。

 目覚めるのはいつかも解らない。今日、明日か、はたまた何十年後か。答えは誰にもわからない。恐らく今眠っている神威にも。

 時計は時を刻む。ドラマが終わった。時刻は午後十時だ。

 

 「杏奈、明日から二年生でしょ。そろそろ明日の準備しなさい。寝坊したり忘れ物したらまたお兄ちゃんに笑われるわよ!」

 「ママそれ言うのは反則ー」


 杏奈は仁美に悪態をつくと、そそくさとパジャマに着替え、歯を磨き始める。

 杏奈は歯磨きを終え、明日の学校の準備の為に自分の部屋に戻った。


 仁美がソファーの杏奈の座っていた場所に座る。テレビを見ながら仁美が静かに口を開く。


 「神威、起きるといいわね…」

 「ああ…、そう、だな」


 夫婦は言葉少なに会話を終える。仁美は真司の肩に頭を置いていた。


 「今日はパパとママ仲良しなんだね!」


 学校の準備を済ませ、杏奈が部屋から戻ってきた。

 すぐにリビングから神威がベッドに横たわる部屋に移動する。そして、杏奈が神威の耳元で一言囁いた。


 「おやすみなさい」


 神威の横には誕生日のケーキが置かれている。

 神威の口元が僅かに動いたような、そんな気がした。

現実世界側のストーリーもある程度構想はできてますが、この辺についても追々詰めていきます。途中で追加したいエピソードが増えるかもしれませんので。


断章(所謂外伝)は全て各章の終わりにその章における主人公のセオドアやそれに親しい人物とは別のキャラの話を持ってきます。登場したキャラのあんなことやこんなこと、あるいは物語を補足する話などを考えています。

 ---


更新については時間が取れる限りはどんどん話を進めていきます!本業の合間にどんどん書きたい話が増えていってるので、もしかしたら長くなるかもしれませんが今後とも応援よろしくお願いします!

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