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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第八章:咆哮響くガルムス大陸
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第九十三話:広がる大草原

 俺達はタップと共にプラットンの街のやや外で野営をし、夜明けを待ち、その野営中にブルダーへの案内役であるタップを中心に移動ルートの確認を行っていた。


 『ここがブルダーの村、ガルマリアから真っ直ぐ南、疾走馬(スプリントホース)に乗って四日ぐらいの距離だ。ブルダーの村を目指す場合は普通、北側から大きく迂回してガルマリアを経由して行くんだけどそれじゃあ時間がかかり過ぎるんだ』


 タップが持参した地図を広げ、その上をなぞり、通常通りにブルダーへ向かう場合の進路を示す。

 その指先は北側へ海岸線を通って大きく回り込むルートを示しており、帝都ガルマリアからブルダー間の所要時間を考えると、プラットンからガルマリアまでの道のりはゆうに四倍はくだらない。


 『…で、今回はここから鼠人種の秘密のルートを通ってほぼ真っ直ぐにブルダーを目指すわけだな?』

 『そう、オイラ達鼠人種はブルダーの村に進む途中に南側からせり出した森と大平原の境目を森側に沿って行き来してるんだ』


 タップは地図上のプラットンから西に広がる森とその北の大草原の上に指で丸を描き、その間を縫ってプラットンからブルダーへの進路をなぞる。


 「うーん、言葉はわからないけど、おおよそ魔物達の縄張りの隙間を通って行く感じなのかな?」


 フォルク達も一緒になってルートの確認をしている。言葉は話せずとも、ある程度は言わんとしている事は伝わっているらしい。

 俺とクリスがフォルクの言葉を通訳し、タップに伝えると彼は指を鳴らしていた。


 『そう、その通り!森と大平原とで魔物達の縄張りがあるんだ。で、この森の茂みを利用するわけなんだけど、茂みが低いせいで、小さな種族ぐらいしかこのルートは通れないんだ」


 タップ達鼠人種は背が低く、タップ自身もせいぜい俺の腹ぐらいの身長しかない。また、見た目にはわからないが、俺達のような人族とは骨格も異なっており、彼らは四足歩行にも適しているらしい。

 彼によると、四足歩行でも二足歩行時と同等か、中にはそれ以上に走れる者もいるのだと話す。


 「…安全ならば遠回りでも通常の経路でもいいのでは?」


 アリーシャが疑問を呈する。たしかに魔物の縄張りの隙間を縫うという綱渡りをするよりも本来の経路を取る方が魔物はずっと少なく安全なのは明らかだ。

 しかし、その疑問をタップに伝えると、彼は首を横に振る。


 『時間がかかり過ぎるって言っただろう? 今のガルムス大陸は乾季で日照り続きだ。いくら野牛種のチーズが保存食と言っても二十日近くも炎天下の中運んでたらさすがに腐っちまうよ』


 タップの言う通り、ガルムス大陸はの気候は暑い。

 ドルマニアン諸島の暑さとは異なり、向こうはジメジメとした蒸し暑さだったが、この大陸の暑さは強い日差しによるからっとした暑さで、ジリジリと焼かれる様な感覚を覚える。

 加えて、夜になると今度は昼の暑さが嘘の様に無くなり、今度は肌寒さすら感じる程だ。

 これだけの温度の変化に晒されれば幾ら保存食のチーズと言えど立ち所に腐ってしまうのだとタップはこの鼠人種のルートを取る理由を話した。


 『そういえば、今の時期はどうとかって言ってたけどまだ他に気にするべき事があるのか?』

 『ああ、今の時期は乾季の魔物の繁殖期の終わりでね。出産を終えた魔物達が今度は子育てで気が立ってるんだ』


 俺は先程ラトランジェとタップの会話で気になった点について尋ねるとすぐに返答が返ってくる。

 そしてその返答にタップは更に続けた。


 『成熟した魔物ならある程度行動も予測できるからやり過ごそうと思えばそう難しいものではないんだけどさ、生まれたばかりの魔物はまだ縄張りの意識が薄いせいか思いがけずに遭遇した所に子供を探しに来た魔物に見つかったりするんだよ。で、親の魔物からすれば子供に近づく自分や親兄弟、群れの仲間以外は外敵に見えるんだろうな、問答無用で襲いかかってくるってわけなのさ』


 そう言ってタップは溜息をつくと、『だから正直行きたくはないんだよなぁ…』とぼやきを零していた。


 ーーー


 夜が明けぬ内に起床すると、直ぐに野営の道具を片付けてブルダーへと急ぐ。

 街の外はまさに見渡す限りのサバンナ地帯で、遠くを見渡すと大きな猫の様な四肢獣種の魔物が黒と白を反転させたシマウマの様な草食の四肢獣種を襲っているのが見える。この世界においても動物の弱肉強食の構図は変わらないようだ。

 そのまま日中の間、殺風景な草原地帯を進むと、日が落ちる頃に漸くタップの話す森林地帯との境界へとたどり着く。


 『夜はどうする? このまま進むか?』

 『いや、今日はここで野営しよう。森とその周辺の魔物は夜に動く奴が多いから下手に動く方が襲われやすいんだ』


 タップはそう言いながら荷物を降ろすと、手際良く野営の準備を進めて行く。

 彼は冒険者ではないものの、ブルダーの村へは何度も行き来をしているらしく、手慣れた様子でテントを設置している。聞けば、普段はプラットンの街でスリを働いては日銭を稼いでおり、それ以外では離れた街への急ぎの荷物の運び屋として働いているらしい。

 一通りの準備が済むと、タップは火を起こし始めるが、焚き火の様な小さな火ではなく、次々に焚き木を焼べる事でかなり大きな炎を起こしていた。


 「こんなに大きな炎をだしては魔物を呼び寄せてしまいますわ。セオ様、彼に伝えては頂けませんか?」


 大きな火を起こすタップにアンリが心配そうな表情で火を小さくする様に頼んでくる。

 俺自身も、その点については気になっており、あくまで俺自身の意見として、その事をタップに伝えた。


 『魔物を寄せる、ねぇ…。そいつはそっちの大陸での常識だろ? こっちじゃ夜中の魔物避けってのはこうするのさ』


 タップがそう言って竹の様な植物で出来た筒から炎に息を吹き込むと炎は一層勢いを増して激しく燃え上がり、火の粉を闇夜の空へと散らしていた。


 『そっちでも四肢獣種の魔物はいたと思うけど、夜間にそいつらに襲われた事ってあるか?』


 タップが逆にこちらに尋ねてくる。それに対して俺が首を縦に振ると、彼は焚き木を焼べながら話を続ける。


 『そりゃ多分、血熊(ブラッドベア)とかそれに近い種か、あるいは焚き火を消した後じゃないかね。よく思い出してみな』


 タップは見透かした様に、四肢獣種の容姿や状況について話すが、確かに俺達にある記憶と彼の話した事柄と一致している。


 『心当たりがあるみたいだな。四肢獣種ってのはさ、大抵火を怖がるんだ。だからこうして火を焚いてれば少なくともこの大陸じゃ夜間に襲われる事はほとんど無い。あるとすりゃ獅子の王(レイ・デルソル)獅子の后デスプエス・デラルーナって百獣王(キング・ビースト)に似てるこの大陸の伝説上の魔物ぐらいさ。明かりに惹かれる王虫種もこの大陸じゃほとんどいないし、こっちじゃ夜間はこうして大きな火を起こすのが常識なのさ』


 話しながらタップは充分に火が大きくなったのか、枝に刺した塩漬け肉を火の側に立てていく。

 タップの話を要約し、アンリに伝えると、彼女は「成る程」と頷き、タップを向いて小さく頭を下げる。

 タップも言葉は通じてはいないものの、理解して貰えた事を察したのか、小さく手を挙げてそれに応えていた。


 その後は火の番を入れ替わりで行い、夜を過ごす。

 途中、闇の中からこちらを見ている魔物の気配を感じた時もあったが、火を恐れてか襲いかかってくる事は無く、目覚めた頃にはその気配も無くなっていた。

 

 再び夜が明けると、早速出発時に話した通り、タップは森の茂みに入り込み、それに俺達が随伴して行く形を取る。

 タップの小さい体躯は完全に茂みに隠れており、少なくとも視認はできないだろう事が見て取れる。それに加えてタップは強烈な匂いを放つ木の実を砕いたものを小袋を入れると、腰に下げて自身の匂いも消していた。

 俺達はと言うと、移動中の隊列を変更していた。

 タップの話によると、このあたりの四肢獣種は弱いものや負傷したものから襲い出す習性があるらしく、俺が先頭を、クリスは最後尾を受け持ち、防御に長けるアンリと機動力に長けるアリーシャについてはクリスの側に置いて白兵戦に対応している。また、フォルクとクローディアについては俺とクリスの間で前後の目として働いてもらっていた。


 移動中、俺達は何度も四肢獣種の魔物に見つかったものの、魔物達は俺達を避けるように素通りして行った。

 当然、俺達は魔物達の縄張りの中を通っているはずなのだが、全く襲ってくる気配は無く、低い唸り声をあげるだけで姿勢を低くしたまま、せいぜい威嚇のつもりか吠えてくる程度に留まる。

 また、一度だけ出発前にタップが話していた様に、群れからはぐれた魔物の子供に遭遇した。

 魔物とは言え無垢な子猫の様な姿で、こちらにじゃれついてくる姿にクリスが魅了され、転がった魔物の腹をクリスが撫でていると、茂みから母親と思しき紅い虎の様な魔物が姿を現わす。

 しかし戦闘になると思いきや、親の魔物は低い唸り声をあげながらこちらに近づくと、子供の首根っこを咥えて持ち上げ、そのままこちらを睨み、まるで恐ろしいものでも見たかのように震えながら茂みの中へと消えていった。

 

 結局一度の戦闘も無く、出発から三日目の夜を迎え、タップは野営中、俺達が魔物達に全く襲われない事に驚いていた。


 『全員S級以上の冒険者とは言ってたけど、あいつらが縄張りに入った人間にびびってる姿なんて、オイラ始めて見たよ』

 

 タップが驚いている理由を皆に話すと、フォルクは魔物達の様子について話す。


 「恐らくだけど、僕達に恐れていた、と言うよりはセオとクリスに恐れていたんじゃないかな」


 更にそれを聞いたクローディアがフォルクに続く。


 「私やフォルクが睨んでてもずっとセオやクリスを見てたわね。四肢獣種ってそういう勘は鋭いのよ、野生の勘ってヤツかしら」


 それを聞いた俺とクリスは魔物が俺達を避けていた理由に気が付くが、それで別に無駄な戦闘をしなくて済むのなら気にする必要ないだろうと口元を歪めていた。


 食事を済ませ、皆が寝静まり、俺が火の番をしているとクリスがテントから起きてくる。


 「ああクリス、起きてたのか?」

 「はい、なんだか寝付けなくて。魔物達が襲ってこない理由、やっぱり聖龍神様と黒龍神様の影響なんでしょうか…」


 クリスは受け答えしながら乱れた髪を整えると、俺に並んで焚き火に薪を焼べる。


 「どうだろうな、少なくとも一因はあるだろうけど

…、これはシャルディンやメルティナよりも、魔物達に聞いてみた方がいいんじゃないか?」


 そんな冗談を交えながら肩を竦めるとクリスも静かに笑っていた。

 俺は初めてシャルディンと出会って既に一年以上が過ぎ、元々この世界にやってきた事情が事情なだけにシャルディンの存在やその力に割と早く馴染みつつあったが、クリスはまだメルティナと出会ってそれ程経っていない。

 クリスはメルティナから自分自身の魔術の力が彼女からもたらされているものと聞いてからは、一人の時は可能な限り彼女との対話を行うように心掛けているらしい。


 「…正直な所、今まで知らなかったとは言え、黒龍神様の力を頼りにしていたので、私の本来の実力が本当に皆と肩を並べてもいいのか…全くわからないんです」


 クリスはそう小さく零すと、不安そうに目線を落とす。


 「んもう、二人共もうちょっと自分に自信を持っていいのに!」


 クリスの口からクリスの声で別の人物の言葉が発せられる。メルティナだ。


 「その通りだ。確かに多少なり我々の影響は在ろうが、自らも今更あの程度の四肢獣種などに遅れは取るまいよ」


 今度は俺の意思に反して俺の口が動く。メルティナが現れた事でシャルディンも出てきた様だ。


 「今の自らなら我々の加護の力が無くとも、あの程度の魔物ならばさして苦戦もするまい。赤龍を討ってから以降、自ら研鑽に努めていた結果よ、もう少し己に自信を持つが良い」

 「そうそう、クリスちゃんもあたしの加護がなくてもそこら辺の上級魔術師相手に引けを取らないんだから、二人共自信持っていいと思うな」


 創造と破壊の神は二人して俺達に自信を持つように言っている。数千年とこの世界を見てきた二人のお墨付きで、二人共お世辞を言うような人物でもない為、その言葉にまず嘘はないだろう。


 「カムイさん…」

 「まぁ…二人がそう言うんならもっと胸を張っていいんじゃないか? 神様のお墨付きなんだしさ」

 「…そうですね。前向きに捉えるべきですよね」

 「ああ、だから安心して今日はもう休むんだ。明日もまた早いしな」


 クリスは「わかりました、おやすみなさい」と、そう言って再びテントに戻っていった。


 「本当に自分が強くなったのか、か…。少なくともこの身体能力で元の世界に戻ったらどんなスポーツでも金メダルだな…ふふっ」


 クリスがテントに戻るのを見送った後、そんな一人言を呟きながら、俺は交代の時間まで再び薪を火に焼べ続けていた。


 ーーー


 結局森沿いのルートを抜けるまでは大した戦闘も無く、俺達は予定より一日半程早いペースでブルダーまでの道程を歩んでいた。

 現在、既に日は沈みつつあるが、森林部を過ぎた事で夜行性の魔物が減った為、もう少しだけ進もうというタップの提案だ。


 『この分なら明日の夜か、その少し前にはブルダーに着きそうだな』

 『ああ、まさかほとんど襲われないで済むなんて夢にも思わなかったよ』


 既に辺りは薄暗くなり、魔物達も寝ぐらへと戻ったのか、聞こえるのは吹き抜ける風の音と俺達の話し声だけだ。


 『そう言えばタップさんは帰りはどうされるんですか?』

 『チーズを持って帰るってなると臭いで魔物が寄ってきそうだけど、大丈夫なのか?』


 俺とクリスはタップの事を案じるが、当の本人は『ご心配無く!』と胸を叩いており、自身の荷物から革袋のような袋を取り出していた。


 『匂いに関してはコイツに入れるんだ。コイツは小巨獣(ベビーモス)の胃袋って言って、入口と出口を塞いじまえばちょっとやそっとの傷じゃ穴も開かない頑丈な袋なのさ!あと魔物だけど、オイラ逃げ足と隠れる事に関しちゃ得意だからな!そこは自分でなんとかするから大丈夫さ!』

 『俺に捕まっただろ…』


 タップが自信満々でそう答える為、俺がつい条件反射的に彼にツッコんでしまうと冷や汗を流していた。


 『あっ、アレは空から追いかけてこられたからで…』

 『…でもいくら四肢獣種が多いと言っても鳥種の魔物もいないわけじゃないんだろ』

 『うっ…!』

 『兄様、それぐらいに…』

 『ん、ああ。ごめんタップ、言い過ぎた』


 タップは痛い所を突かれたのだろう、がっくりと肩を落としている。

 実際、タップは逃げ足には自信があったのだろう、だがそこに俺に簡単に捕まってしまうと言う汚点が残り、そこを突かれた事で彼の精神に大きなダメージを与えていた。


 「アレは…流れ星…?」


 俺とタップが戯れているとフォルクが夜空に輝く星を指差している。

 周りに明かりもない為、空の星々の輝きがより一層明るく感じるが、フォルクの指さす先から一際明るく輝く二つの光が凄まじい速さでこちらに迫ってきていた。


 「セオドア様、こっちに落ちてきます!」

 「みんな、伏せるんだ!」

 『タップ、掴まれっ!』

 「アリーシャさん、クローディアさん、私の後ろにっ!」


 凄まじい勢いで迫ってきた光が俺達の目の前に堕ちると、それと同時に激しい衝撃波が俺達を襲う。

 踏み止まり衝撃波に耐えるが、衝撃波で舞い上がった砂埃が目の前を塞いでいた。

 砂埃に目を細め、砂埃の先を凝視するがその光の正体は見えず、また仲間達の姿も砂埃に隠れてしまっていた。


 「みんな無事かっ!?」

 「ケホッ、こっちは大丈夫だよ!」

 「こちらは三人共いますわ!」

 「私も無事よ!」

 「私も無事です!」

 「少し吹き飛ばされましたが大丈夫です!」


 全員の安否を確認する為に声を上げるとしっかり全員から返事が返ってくる。

 足にしがみついていたタップも確認した為、胸を撫で下ろしていると、漸く砂埃が晴れ、光を放つ存在の姿が露わになっていく。


 『こ…こいつはっ…!』


 その姿を目の当たりにしたタップは腰を抜かして尻餅をついている。

 タップが畏怖した光を放つ存在はパチパチと何かが弾ける様な音を鳴らしながら俺達を静かに見下ろしていた。

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