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第九話:討伐作戦(中編)

 (クリスティンサイド)

 兄様の第一分隊と同時に村を出発、私がいる第二分隊の役割は大規模の魔物の群れの殲滅と遊撃が主な任務だ。

 

 「クリスちゃん、今回の任務では君はうちの分隊の軸だ。できるだけ魔力は温存して雑魚の遊撃は俺らに任せてくれ」

 

 そう話すのは分隊長のヴァリオさんだ。年齢は24歳、様々な武器を扱う器用な人だ。今回の任務にも剣、短槍、弓、それに数本の短剣を持ち込んでいる。

 

 「了解しました。ですが、状況を見ながら援護はさせて貰います。もし本当に強力な個体がいるとしたら、全員万全を期して臨むべきだと思いますので」


 森の中の様子は明らかにおかしい。本来小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)は徒党を組んで行動することが多いが、今日はバラバラに行動している。

 

 黒い影が木々を縫うように此方に向かってくる。だが魔物ではない。私達の分隊の斥候役だ。


 「ヴァリオ、やっぱり魔物は散って行動してる。様子がおかしい。何かから逃げてるようにも見える」


 この人は私達の分隊の斥候役のクロエさんだ。全身を黒に染めた、麗人。身のこなしが鮮やかで、模擬戦でも戦ったことがあるけれど、全く捉えられずに完封されてしまった。


 「やっぱりか…どこかに大物がいるかも知れない。クロエは引き続き周囲の警戒に当ってくれるか?」

 「了解した」

 

 そう言うとクロエさんはまた森の中にすぐ消えてしまった。


 「ヴァリオ隊長、小鬼と豚鬼だ。数は3!小鬼はラヴィニアと俺でやる!隊長は豚鬼を頼む!」

 

 さっきからこんな調子で何度も豚鬼や小鬼に遭遇しているが殆どは他の分隊員の人が対応している。私の出番はたまにマークしきれていない豚鬼を魔術で足止めするくらいのもので特に大きな仕事はない。

 しかし、先程から小鬼や豚鬼は私達と遭遇する度に驚いた表情を最初に見せている。あいつらは知能も低いから攻撃も力任せに突っ込んでくるだけだが、今回はどちらかと言うと破れかぶれに攻撃を仕掛けてくる印象が強い。


 森の中を進んでいると開けた場所に大木が1本、悠然と立っており、大木の周囲で小鬼や豚鬼が大群で周囲を警戒している。まるで何かを恐れるように。


 「ビンゴ、豚鬼と小鬼の集落だ。だがあいつら何かおかしいな…」

 ヴァリオさんもあいつらの様子がおかしい事に気付いているようだ。


 再び黒い影が目の前に現れる。毎回突然出てくるので都度驚かされるのは勘弁してほしい所だ。


 「ヴァリオ、周辺には特に魔物は見つからないわ。恐らくあれが群れの中心よ」

 

 ヴァリオさんがクロエさんの報告に頷き私の方を向きニッコリと笑顔を見せる。


 「さぁて、待たせたねクリスちゃん。出番だよ。開けてる場所だから炎属性も大丈夫だ」

 「了解しました。全体を巻き込めるとは思いますが、息がある個体がいればトドメはお願いします」


 私はヴァリオさんの合図で両手に魔力をそれぞれ溜める。右手に緑の光、左手に赤い光。

 それらを同時に開放する。


 「行きます!火炎竜巻(フレイムサイクロン)!」

 

 魔力を開放すると大木の根本から紅い炎を纏った竜巻が発生した。

 竜巻の中を蛇が塒を巻く様に紅い炎がうねり回る。竜巻に巻き込まれた小鬼や豚鬼が次々と紅い蛇に飲み込まれ、消し炭と化していった。


 「ヒュー…、上級の複合魔術か…とんでもない威力だなこりゃ…」

 

 ヴァリオさんが目の前の惨事に目を奪われている。火炎竜巻は上級魔術2つを使用した複合魔術だ。

 紅炎(プロミネンス)大竜巻(サイクロン)を同時に発動し大竜巻に紅炎をまとわせる強力な魔術だ。魔力の消費量が多いのと魔力のチャージに時間がかかるのが玉に瑕だが、私の魔力にはまだまだ余裕があるし、奇襲に使うのであればチャージ時間の問題も解決できる。


 火炎竜巻が収まり、まだ息がありもがき苦しむ小鬼と豚鬼にヴァリオさん達が次々に止めを刺す。周囲は肉を焼いた香ばしい香りに包まれていた。


 「とりあえず小鬼と豚鬼の群れは一掃したかね。暫くは大きな群れは出てこないだろ」


 ヴァリオさんが右手の短槍を肩に担ぎ戻ってきた。


 「はい、でもなんであんな場所に集まってたんでしょうか。巣を作ってる様子もありませんでしたし…」


 私は浮かんだ疑問をヴァリオさんに返す。

 そうしていると森の中から地響きを伴った大きな足音が木々をなぎ倒しながら此方に迫ってきていた。


 「全員離れろ!大物が来るぞ!」


 ヴァリオさんの声で隊員全員が森に飛び込んだ。小鬼や豚鬼の死骸の山に巨大な魔物が突っ込む。

 魔物が大きな口を開け、死骸の山に喰らいついた。


 「オイオイ…冗談だろ。小鬼や豚鬼が散り散りになってたのはコイツのせいか…」


 ヴァリオさんは額に冷や汗を垂らしていた。全員が小鬼と豚鬼の死骸を貪り食らう巨大な魔物の姿に息を飲む。


 魔物の全高はおよそ10メートル、頭から尻尾まではおよそ25メートルはあろうかという巨大な蜥蜴だ。

 クロエさんが周辺の索敵から戻ってきた。


 「巨躯蜥蜴(ギガントバジリスコ)ね。危険度はA+。私達じゃ完全に戦力不足。仕留めきれないと思う。ヴァリオ、第一分隊と合流しよう」

 

 クロエさんは冷静だ。瞬時に戦力不足を見抜き、ヴァリオさんに第一分隊との合流を提案した。


 「ああ、そうだな。だがこのままコイツが進みゃ、村まで行っちまう。…クロエは第一分隊を呼び戻してくれ。こっちは足止めだ。倒すのは合流してからでいい、全員、死ぬなよ!」


 クロエさんは無言のまま頷きすぐに森の奥へ消えた。


 「クリスちゃん、兎に角目立つな、木の陰から俺達の援護をしてくれ!」


 ヴァリオさんはそう言うと他の二人の隊員と共に巨躯蜥蜴の前に姿を晒した。


 「隊長、さすがにこりゃあ無謀ってヤツじゃないかい」

 「マジでシャレになってねぇよ…彼女にちゃんと手紙送っとくべきだった」

 「今更グダグダ言っても遅ェよ。腹ァ括れ」


 こんな状況にも関わらず三人は軽口を叩いている。現実逃避というヤツだろうか。


 三人が散って巨躯蜥蜴を撹乱する。右前脚から繰り出される巨大な爪の一振りが正面のレイモンドさんに迫った。

 

 「うおっ、やっべ!」


 しかしレイモンドさんは頭から横っ飛びで爪を回避。受け身を取りすぐに起き上がる。

 ラヴィニアさんが直剣で軸になっていた左前脚を斬りつける。しかし分厚い鱗に覆われた左前脚は傷を付けただけに留まる。

 

 「チィッ、さすがにこれだけデカイと鱗も硬いね!…なっ!?」

 巨躯蜥蜴は再び右前脚を地につけ左前脚を振り回す。ラヴィニアさんは剣で受け止めるがそのまま吹き飛ばされていた。口から血を吐くのが目に映り、私はすぐにラヴィニアさんの元に駆けつけ治癒魔術で治療を行う。


 「クッソがあああ!」


 ヴァリオさんが手に持っていた短槍を右の眼目掛けて投げつける。短槍は巨躯蜥蜴の右眼を捉えた。

 巨躯蜥蜴は突然の眼へのダメージに怯み暴れる。

 一頻り暴れるとヴァリオさんは武器を短剣に持ち替えていた。そして巨躯蜥蜴の右脇腹に両手の短剣を突き立てながらその巨躯を駆け上った。

 頭頂部まで登りきると右手の短剣をもう一つの剣へと持ち替える。それを頭に突き刺し、そのまま尻尾に向けて駆け下りる。短剣の軌跡からは青い血が溢れていた。

 

 「よっしゃあ!効いている!…ウアッ!」

 

 背の皮を切り裂かれ若干怯むも巨躯蜥蜴の尻尾は正確に振り抜かれ、ヴァリオさんの脇腹を捉えていた。


 「隊長っ!?…ン畜生がァ!…っと、やべぇ!」

 レイモンドさんの斧が右前脚の鱗を叩き割る。しかし巨躯蜥蜴は意に介さずその脚でレイモンドさんを踏み潰そうとしていた。


 「爆炎(エクスプロード)!」


 私は咄嗟に巨躯蜥蜴の右前脚に爆炎を放った。しかし炎属性の魔術は効きが悪いのかレイモンドさんを踏み潰そうする右前脚を弾いただけに留まり、これといったダメージは与えられていない。


 此方に気付いた巨躯蜥蜴が左前脚を地面に叩きつける。左前脚の叩きつけで弾き飛ばした大岩が私の体を吹き飛ばした。


 ---


 大きな衝撃が体を穿き、私は数秒意識を失っていた様だ。全身が痛い。目を覚ますとラヴィニアさんも一緒に吹き飛ばされ、意識を失っていた。巨躯蜥蜴は此方を向いている。右眼には短槍が突き刺したまま、左眼は此方を向けていた。黄色い眼球の中の縦長の黒い眼が私を見定めていた。

 足が竦む。動けない。痛い。怖い。私は絶望した。

 巨躯蜥蜴が舌を素早く伸ばす。捕食するつもりだろう。避けられない。魔術も間に合わない。もうダメだ。


 そう思って目を瞑った。しかし、何ともない。私は恐る恐る目を開くとその舌には男性が絡め取られていた。レイモンドさんが身代わりになっていたのだ。

 

 「クッソ!ここまでか!」


 レイモンドさんの体に巨躯蜥蜴の大きな口が迫る。目が涙で滲む。咄嗟に手を伸ばすが届かない。

 レイモンドさんは舌に包まれながら必死に暴れているが巨躯蜥蜴の舌は体をしっかりと掴んでおり放さない。

 諦めるしか無い―。そう思った瞬間だった。


 

 その瞬間、白銀の剣を握った小さな影と漆黒の衣に身を包んだ黒い影が巨躯蜥蜴の舌を両断した。兄様とクロエさんだ。

 

 レイモンドさんはそのまま口の真下にいたジェイソンさんに受け止められた。ヴァリオさんもさっき巨躯蜥蜴の尻尾を直撃していたが、もう回復しているようだ。恐らく兄様が治癒魔術で治療したのだろう。

 クロエさんが呼んだ救援が間に合ったんだ。誰一人欠けていない。皆が揃った。

 私も自分と横で倒れているラヴィニアさんに治癒魔術で治療を行う。立てる。体が動く。希望が見える。

 さっきまで恐怖で震えていた体から震えが消える。

 そこには第一分隊と第二分隊の全員が立っていた。圧倒的な体躯を持つ敵を前に恐れを抱いている人は誰一人としていない。

 

 「ようヴァリオ、命拾いしたな?」

 「ジェイソン…もうちょっと早く来てくれ、死ぬかと思ったぞ」

 「だが生きてる」

 「ああ、第2ラウンドだ」

 

 隊長の二人が軽口を叩きあう。


 「クリス、大丈夫だったかい?」

 「はい、セオ兄様。でも、流石にダメかと思いました」

 

 セオ兄様が振り返って話しかけてくれた。私は微笑みながら返事を返す。兄様の背中が少し大きく見えた。


 「やれやれ…あの威力は反則だねぇ…。よっこらせっと…」

 「あの動きであの重さはさすがに参るぜ…、クリス、ありがとよ」

 「これだけデカイと攻撃が通りそうな場所は限られそうね。クロエ、何とかなりそう?」

 「そうね。ミシェイル、援護、お願い」

 「間に合ったはいいけどどうすんだコレ」

 「さぁ?どうしたのエリク、怖いなら逃げてもいいわよ?」

 「んだとフランカ!」

 「二人共、喧嘩をしている場合じゃないでしょう」

 

 分隊の皆が集まる。本当に心強い。

 

 「さぁ皆!気を引き締めろ!決着をつけよう!全員で村に帰るぞォ!」

 「応ッ!」

 

 ジェイソンさんの小気味のいい号令に分隊の皆が声を揃える。私も大丈夫だ。行ける。戦える。

 

 ---


 カルマン村周辺森林地帯、巨躯蜥蜴討伐戦、第二幕が始まった。

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