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プロローグ:現実世界での最期

 俺は火継坂(ひつぎざか)神威かむい、高校二年生だ。と言っても、現在は都内の某病院に入院している。


 俺は今から丁度一年前、高校一年生の時、原因不明の記憶障害を患った。

 現在覚えているのは記憶障害を患った高校一年生の冬、誕生日を迎えた日以降の記憶だ。


 家族の話によると俺は勉強も運動も得意だったと言う。

 中学三年生の夏には全国中学校剣道大会で個人準優勝、高校一年生の夏ではインターハイは逃したものの個人ベスト四入り。某有名校に通っており、中でもトップクラスの成績を誇っていた。校内の女子達にもモテていた「らしい」。


---


 「…目が覚めたか…?」


 そう呟くように話かけて来たのは父、火継坂真司だ。

 目線を向けると父は真剣な面持ちで此方を見続けていた。

 父、火継坂真司は一般的なサラリーマンである。

 俺が剣道を始めたのは小学生の低学年の頃、父の剣道をする姿が格好良く、それに惹かれたのがきっかけだ。


 「神威、しっかりして…!」

 

 悲痛な顔で声を絞り出すように話しかけるのは母、火継坂仁美である。

 顔を真っ赤にし、目を潤ませている。

 母はかつて外務省で働いており、結婚を機に退職した。現在は専業主婦であり、俺と妹に勉強を教えながら家事をこなしている。


 「お兄ちゃん!ねぇ!お兄ちゃん!」


 喚くような声で叫ぶのは妹の杏奈だ。

 元気でよく俺を慕ってくれる妹で、彼女も今年、中学生になる。

 勉強も運動も得意ではなく、よく親戚に俺と比較されよくない事を言われているようだ。


 「父さん、母さん、杏奈…」

 俺は目線だけを動かし、三人を確認するようにそう呟いた。


 コンコン―。



 ノックが鳴ると白衣の医師が扉を開ける。医師が家族を見ると彼は口を開き告げた。


 「火継坂神威さんのご家族の方ですね。大事なお話がありますので隣の部屋へお願い致します」


 家族は医師の呼びかけを聞くと俺を一瞥した後、隣の病室へと足を運んだ。


---


 「…率直に申します。恐らく既にお気付きとは思いますが、神威さんの命はもう長くはないかと思われます…。明日には、否…、今夜にでも…」


 席についた医師は家族に対し、静かに厳しい現実を告げた。


 「言い訳と言われても申し開きも出来ませんが、神威さんの脳や内臓器官、全て調べても原因となる病気や障害も見つけられませんでした…」


 医師達も散々手を尽くしたが結局の所、神威の病気・障害を特定できなかった。

 幾度となく検査を行ったものの神威の体は健康体そのものであり、記憶障害や体が衰弱するような状態ではないと言うが。

 

 「そう…ですか…。先生、これまで神威を…、息子を…本当にありがとうございました…」

 

 真司は目線を落としながらも沈痛な面持ちのまま手を尽くしてくれた医師に感謝の辞を述べた。


 「神威は…もう…」 


 仁美は突きつけられた現実に放心しつつ、そう呟く。


 「ねぇ先生!お兄ちゃんは!お兄ちゃん…ううっ…」

 

 泣きじゃくりながら杏奈は医師に言葉にならぬ叫びを投げかけた。


---


 家族は神威の病室へ戻り、改めて神威の容態を見守っていた。


 「…父さん、母さん、杏奈」


 俺は掠れかかった声で家族を呼んだ。

 家族は不安をそのまま表情に映し出しながら俺の声に耳を傾けた。


 「…多分、俺は今日、…死ぬと思う。…もう声を出すのも精一杯…なんだ。

父さん、今まで…育ててくれてありがとう。…俺が好きだったっていう剣道、もう一度やってみたかった…。

…母さんも…よく杏奈と一緒に…お見舞いに来てくれたよね…。顔を見る度に…安心できた…。

杏奈…。俺と比べられて…酷いことを言われた事もあったかも知れない…。…でも、杏奈は…杏奈だ。

父さんと母さんの言うことを聞いて、…自分らしく、生きていってくれ…」


 俺は家族に最期の別れを告げる。

 

 父はもう喋るな、と言うが、今生の別れとなる以上、言葉を遺したい。

 ドラマや物語でもよくある話だが、実際にこうやって直接言葉を残せる場面なんてそうは無いだろう。


 「…俺はこの家族に生まれて…本当に…よかった…。

…父さん、母さん、…杏奈。

記憶が無くて…聞いたばかりの思い出…だけど…俺は…幸せな生活を…送ってこれたんだと…思う…。

…本当に…ありがとう…。父さんと…母さんの…子供でよかっ…た。」

杏奈…お兄ちゃんは…これから…居なくなるけど…父さんと…母さんの言うことを…ちゃんと…聞い

て…心配かけるんじゃ…な…――」


―最期の言葉を発し切る直前、心電図モニターから大きな電子音が木霊した。


 「…三月一日、午前零時丁度…、火継坂神威さん、…御臨終です」 


 家族に附いた医師が宣言した。


---

 

 気がつけば神威は真っ白な空間に立っていた。自分の体以外、何一つとして存在しない無機質な空間だった。


 「ここは…病室じゃあ…ないな。これが死後の世界ってヤツ…なのかね…」


 神威は何もない空間に向かって呟いた。

 彼は既に何が起こっているのか気づいていた。この空間に来る瞬間の状況を整理し、達観した様子で落ち着き払っている。


 「伝えたい事は…言えたつもりだけど…。父さんと母さんは大丈夫として…杏奈は…暫く引きずりそうだな…」


 神威は腕を組み、顎に手を当てながら最期に見た家族の顔を思い出す。神威は死んでいながらも、遺した家族の事を思い返す。

 だが、その時、神威はふとあることに気付いた。

 思い出せる。今まで学んできた知識、剣道の経験、友人達の顔、その全てを。

 神威の中に出来ていた大きな空白が満たされていたのだ。


 「何で、何で思い出せる。何で…何で忘れてたんだ!」


 先程まで落ち着き払っていた神威は別人のように取り乱していた。


そうしてる内に、何もない空間から人物の輪郭だけが浮かび上がる。


「異なる世界より呼び出されし魂の残渣よ。我が声が聞こえるか」


 浮かび上がった輪郭より荘厳な雰囲気の声が放たれたが、輪郭はぼんやりとしており神威は不思議そうな顔で視線を向けた。


 「我が声が聞こえるかと言っている。応えよ」


 二メートルはあるであろう輪郭から再び問いかけられた為、神威は返事を返す。


 「聞こえているけど、貴方は?」


 神威が返事を返すと輪郭は此方の表情を伺う為に覗き込むような仕草を見せた。

 恐らく人間ではあるまい。

 輪郭には二本の長い角のような突起、爬虫類のような尻尾、そして蝙蝠のような大きな翼がついていた。


 「ふむ、混乱は、しておらぬようだな。私は…そうだな、『竜人』とだけ告げておこうか。汝は今、魂の世界にいる。我は汝の魂に直接呼びかけておるのだ。」


 『竜人』は神威にそう告げたが、神威は胡散臭げな表情で『竜人』を見つめている。

 神威にとってはこの世の者とは思えぬ姿をしている『竜人』を夢か何かの様にしか思えないのだ。


 「…で、その『竜人』様が死んで消えようとしている魂に一体何を話そうって言うんです?」


 神威は腰に手を当て、少しばかり不機嫌そうな態度で聞き返す。


 「汝は消えようとしているのではない、転生しようとしているのだ。汝の生まれた世界とは別の――。汝らで言う所の異世界という場所に」


 神威は『竜人』の言葉を聞き、なお胡散臭げな表情を浮かべた。

 彼は死んだ筈なのだ。元いた世界で衰弱し、家族に言葉を絞り出して、全ての力を使い果たし、逝った筈なのだ。


 「汝は此方の世界に転生魔術によって呼び出されたのだ。汝の世界にある体は、魂を全て抜きとった後の抜け殻であり、魂が無き殻は命を失うのだ」


 『竜人』はこう続けた。

 神威の魂は異世界より呼び出され、この魂の世界に呼び出された。それに伴い、現実世界で火継坂神威は命を失った。神威は異世界の住人によって命を奪われたこととなる。

 神威は突然の説明に驚きながらも憤慨し、『竜人』に怒鳴り立てる。


 「じゃあ、アンタ達は異世界から俺の命を奪ったってワケだ?そっちの勝手で殺されて…、ふざけるなよ!?俺はまだやりたいことだって沢山あったんだ!」


 『竜人』は怒る神威の言葉に首を傾げる。


 「殺した訳ではない、転生魔術によって此方に呼び出しただけである。死とは肉体の死だけでなく、魂の死を以て初めて死と言う。魂が生きている汝はまだ死んではおらぬ。」


 神威の問いに対し、『竜人』は淡々と、かつ厳かな口調で答える。


 「それは屁理屈だろう!実際に元の俺の体は死んだ!殺したのと一緒だ!…大体何の為に俺を呼び出したんだ!答えろ!」


 神威は語気を強め、『竜人』に迫る。

 しかし『竜人』はその言葉には耳を貸す様子もなく口を開いた。


 「我は汝を導くだけの存在だ、我が呼び出した訳ではない。汝を呼び出した理由は…此方の世界を救う為だ。英雄となるべく生まれた魂を持った汝を…」


 『竜人』は神威の言葉に答えると両手の内に力を込め始めた。

 『竜人』の両手の間には灰色の炎が生じていた。煌々と、しかし弱々しく、炎は静かに揺らめいている。

 神威は『竜人』の言葉に怒るべき相手を失い、半ば諦観したかのような表情を浮かべている。


 

 「俺が英ゆ…」

 ――ピシッ…!


 

 神威が言葉を発しようとした瞬間、自分と『竜人』だけが存在する真っ白な世界に亀裂が走った。それと同時に灰色の炎が激しく揺れる。大きく揺らぐ灰色の炎は白と黒の二つの炎が斑に入り乱れている。

 『竜人』は激しく揺れ動く炎を両手で力一杯押さえ込むように抑えている。


 「抑え…きれぬ…!」

 

 激しく揺れていた白黒の斑の炎は渦を巻き、やがて二つの白と黒の炎に分裂した。

 『竜人』は暫く黙った後、両手にそれぞれ白と黒の炎をかざし、手に戻した。


 「時間がない、応えよ、英雄の魂よ。この2つの炎は汝の魂の塊。最後の残渣である汝は何方の炎を選ぶ」


 『竜人』は神威の質問を一切聞かぬ、といった語気で神威に迫る。神威も突然の出来事と『竜人』の圧力に気圧され、また炎の正体を知った衝撃で言葉を失った。そして少し押し黙った後、絞り出すように答えた。


 「白、で…」


 そう答えた瞬間、白き炎は神威を飲み込むように大きく燃え上がった。

 神威も突然襲いかかる白き炎に驚くも、すぐに落ち着いた。炎に熱は無く、寧ろ母に包まれる様な暖かさすら覚えた。

 炎は神威を飲み込むと元の大きさに戻る。

 

 「火継坂神威、英雄の魂よ。我等は汝がこのエーテルスクエアを救い出すのを待っている…」


 炎の中で薄れ行く意識の中、神威は『竜人』の言葉聞き取りながら、意識を失った。

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