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ぶりっこな担任は何気に恐い

麻友がリムジンを下りてから数十分後。

「妹さんにはまだ話していないのですね」

 真美は真剣な面持ちで言った。

「なんのことだ?」

「それはもちろんいじめのことですよ」

「あぁ。それか」

「言わなくていいのですか? たった一人の家族ですのに」

「いいんだよ。つーか言えるわけないだろ。お前の兄は学校でいじめあってるだなんて。お兄ちゃんの威厳消えるぞ」

「すでにほとんどないように思えますが」

真美は苦笑しながら言い、

「まああなたが良いというのなら、それでいいのでしょうね」

「むっ、なんだよその言い方は」

「別に。ただ――」

 真美は窓から見える景色を眺めながら、

「あなたが考えている以上に周りはあなたのことをわかっているのですよ」

呟くように言った。



☆☆☆☆☆



 華園学園に着くと頼人と真美はリムジンを下りた。

「今日もいじめられにいくのですか?」

 真美は心配するでもなく、平然とした様子で頼人に訊ねる。

「まあな」

「そうですか。まあ死なない程度に殴られてきてくださいね」

 笑みを浮かべる真美に、頼人は苦笑いをした。

「じゃあ行ってくるわ」

「そんな報告はいりませんよ。さっさと行ってください」

「ひでえなお前」

 頼人は真美の心無い言葉に苦笑すると、校舎裏へ向かった。



☆☆☆☆☆



 頼人が校舎裏に着いた頃には、すでに百合花と男子生徒たちが待っており、頼人はひたすら男子生徒たちに殴られ続けていた。

「オラァ!」

 黒髪の男子生徒の蹴りが頼人の腹に直撃をする。

「ぐっ……」

 ふらつきながらもなんとか立つ頼人。

「あら珍しいですね。いつもならとっくに地に這いつくばっていますのに」

 百合花はあざ笑うように頼人を見ながら言った。

「今日はな……いいことがあったんだよ」

「いいこと?」

 百合花が尋ねると、頼人は「あぁ」と頷き、

「今朝な、妹の笑顔が二回も見れたんだよ」

「は? それがいいことですの?」

 百合花の言葉に頼人はフッと馬鹿にしたように笑い、

「お前にはわかんないのかよ。家族の笑顔っつーのはだいぶ力になるもんだぜ。それともあれか? 金持ちはそんなことすら理解できないほど金にしか興味がないのか?」

「家族……」

 百合花はそう呟き、頼人の元へゆっくりと近づくと、

「ぐはっ!?」

 頼人の腰に横蹴りを入れた。その衝撃で頼人は地面に倒れ込む。

「あなたはわたくしのなにを知っているんですの?」

 そう言った百合花の声は怒りで震えていた。

 頼人は百合花の予想外の反応に呆然としていると、ふとあることに気づいた。


――百合花が泣いていた。


何故かはわからない。

しかし、頼人が貧乏であるように、百合花も何かしらの問題を抱えていることを頼人は察した。

「あなたにはもっと痛い目に遭ってもらう必要があるようですわね」

 百合花は頼人を睨みつけながら言う。

 すると、

「ま、待って……ください」

 頼人の目の前に現れた少女――夢乃(ゆめの) (つき)はそう言って、頼人を守るようにその小さな手を大きく広げた。

「あら、これは月さんではありませんか。どうしたのですか? もしかしてまたわたくしと遊んでくれるのでしょうか?」

「そ、それは……」

 百合花の言葉に月は明らかに怯えていた。

それだけ百合花が月に対してつけた傷が深いということだろう、と頼人は思った。

「遊んでくれないのですか? ではそこをどけてください」

 百合花が月を睥睨しながら言うと、

「い……いやです」

 月は震えた声で言った。

「はい?」

「で……ですから、いやですと……言っています」

 思わず聞き返す百合花に、月が再度言う。

「ほう。つまり、あなたは自分が傷つけられるのも嫌で、他人が傷つけられるのも嫌だとそう言っているのですか?」

「……そ…そうです」

 月がそう答えると、百合花はクスリと笑い、

「あなたは自分で何を言っているかわかっているんですか? そんな都合のいい話通るわけがないでしょう」

 百合花の言葉に月が言い返せずにいると、

「そこをどきなさい」

 百合花が再度言う。だが、月は一向に頼人の前を動こうとしない。

 そんな月に百合花は呆れながら溜息をつくと、

「あなたは一体なにがしたいんですの?」

「つ……月のせいで、頼人さんが傷つくのはい……いやだから……」

「でもあなたが傷つくのも嫌なのでしょう?」

 百合花の問いに月は黙り込む。

 これは過去に百合花にいじめられた経験がある月だからこその素直な反応であった。

 もちろんそのことを頼人はわかっており、もしこのまま月が自分を守ることを止めても構わないと頼人は思っていた。

「月さん。そこをどいてください」

「……ど……どきません」

 月の言葉を聞くと、百合花は月を睨みつけ、

「わかりましたわ。では先にあなたからいじめてさしあげましょう」

 百合花がそう言うと、百合花の周りにいる男子生徒たちの視線が月に向かう。

「ちょっと待て! 約束が違うだろ!」

 頼人が叫ぶと、

「ええ、そうですわ。ですが、それはあなたになにをしてもよいというのが前提の条件でしょう? 今それが月さんのせいでできずにいるのに約束を守る必要はあって?」

 たしかに頼人が交わした約束は百合花の言った通りだ。だが、それは月を守るためであって、もしこれで月が傷つけられてしまったら意味がない。

「くっ……月! もういい! そこをどけろ!」

「い……いやです。ここは……どきません」

 月は今まで決して百合花には逆らわず、頼人が暴力を振るわれている時も遠くで傍観しているだけだった。

 だが月は今怯えながらも頼人を必死に守ろうとしている。その姿に頼人は驚いた。

「そうですか。まあわたくしにはどちらでもよいことですが」

 百合花は興味なさげ言いい、

「あなたたちやってしまいなさい」

 男子生徒たちにそう指示すると、男子生徒たちは月を円く囲む。

「まあ女を殴る趣味はねぇんだけど、百合花さんの命令だからな。すまんなお嬢ちゃん」

黒髪の男子生徒が言うと、

「どっからでも……きて……ください」

 月は涙目になりながら言い返す。

「おい! やめろよ! 月には手を出すな!」

 そう叫びながら頼人は痛む身体をなんとか持ち上げようとする。

「うるせぇ。お前は黙ってろ」

 男子生徒の一人が頼人の腹に蹴りを入れると、頼人は再び倒れ込んだ。

 するとその瞬間、校舎裏に学園の予鈴が鳴り響く。

「あら残念。今朝はこれでおしまいのようですわ。助かってよかったですね。月さん」

 百合花が月に笑みを向けると、月は恐怖から百合花から目を逸らした。

「では、行きましょうか」

 百合花はそう言うといつもと同じように男子生徒たちを連れ校舎へと向かった。

 百合花の姿が見えなくなると、月はすぐに倒れている頼人に駆け寄る。

「頼人さん……だいじょうぶ……ですか?」

「あ……あぁ…一応……大丈夫だ」

 頼人はそう言うが、頼人の身体はいつも以上にボロボロだった。

 そんな頼人の姿を見て、月は涙をこらえることができなかった。

「ご……ごめんなさい……月のせいで……」

「おい……泣くんじゃ……ねぇよ……俺は……大丈夫だから……」

 頼人は月をなんとか宥めようと頭を撫でる。

 しかし、月はしばらくの間「ごめんなさい」と頼人に謝り続けた。



☆☆☆☆☆



 月が泣き止むのを待ってから、頼人たちは教室へと向かった。

「月。もう大丈夫か?」

 頼人は隣を歩いている月に尋ねる。

「は……はい……もう……だいじょうぶです」

「そうか。なら良かった」

 頼人はあどけない笑顔を月に送ると、月は頬を赤らめて頼人から目を逸らした。

「悪いな月。俺のせいで遅刻になっちまって」

 頼人は携帯で時間を確認するとそう言った。

「い、いえ……それは……頼人さんのせいではなく……月のせいで……」

「何言ってんだよ。月がいなかったら俺は今頃タコ殴りだ」

「で……ですが……もとはと言えば……月が頼人さんをこんな目に遭わせてしまっているわけで……」

「だからちげぇって。これは俺が決めたことなんだ。だからお前が気にする必要なし。わかったか?」

「……はい」

 月は顔を俯けながらそう返す。

 

「はぁい。じゃあ今からぁ出席を取りまーす」

 頼人と月が教室に入ると、いつも通りのぶりっこ声で芽衣子(めいこ)が点呼を取り始めようとしていた。

 しかし、芽衣子は頼人と月の姿に気づいたようで、こちらに視線を向けると、

「あぁ! 二ノ宮くんに夢乃さん! 遅刻だぞぉ~」

 年不相応な可愛らしい仕草で頼人たちに言った。

「すいません。少し寝坊をしてしまって」

「もぉう、頼人くんったら。だらしない子だなぁ。先生は怒っちゃうぞ。プンプン」

 いつもにも増してうざい芽衣子に頼人は苦笑する。

「で、月さんは?」

「あ……月は……月も頼人さんと……同じです」

「なんだってぇ~。月さんもお寝坊さんだとぉ。もう二人してぇ、ってあれ? これはもしやぁもしかしてぇ~」

「なんですか?」

 急にニヤニヤし出した芽衣子に頼人は訊ねる。

「え~だってぇ、青春真っただ中の高校生の男女が二人して遅刻だなんてぇ~これはもうあれかなぁって」

「言っておきますが、先生が想像しているようなことは一切していませんから。というかもう席着いていいですか?」

「ったく、つれないなぁ」

 ぶーたら言う芽衣子を放置し、頼人と月はそれぞれの席に座った。

 席に着く直前、月を見たら顔が赤くなっていた気がしたが大丈夫だろうか。

なんてことを頼人が思っていると、

「頼人。こっちを向いてください」

 不意に真美に話しかけられた。

「なんだよ?」

「頼人。今から私は大切な質問します。なので、頼人は嘘偽りなくしっかりと答えてください」

「は? なんだよ大切な質問って」

「それは今後の頼人と私との関係性が変わってしまうくらいの大切な質問です」

「なっ! そんなにか!?」

 頼人が驚くと、真美はこくりと頷く。

「そ、そうか……わかった。俺は真美の質問に絶対に嘘偽りなく答えるよ」

 頼人の言葉に真美はほっと胸をなで下ろすと、

「では、質問させていただきます」

「お、おぉ。どんと来い」

 そう返すと頼人に妙な緊張が走った。

「頼人。昨日、頼人は月さんと一夜を過ごしたのですか?」

「…………」

頼人はしばらく黙り込んだ。

黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、黙って、

「お前ふざけてんの?」

「何を言っているんですか? これは頼人にとっても私にとっても大切な質問なのですよ。わからないのですか?」

「いや全く分からんぞ。というか、どこがへんが大切な部分なんだ」

「だって、頼人がもし性犯罪者にでもなってしまっていたら、私はあなたとの関係を断ち切らなくてはいけないでしょう?」

「やっぱりふざけてるんじゃねぇか!」

 頼人がツッコむと、真美はクスリと笑う。

「いえいえ。私は決してふざけてなど」

「もういいよ。バレてるよ。つーかひでぇな。仮にもお前の幼馴染を性犯罪者呼ばわりだなんて」

 頼人が少し落ち込んでいると、真美は頼人に笑顔を向けつつ、

「ですが良かったです。その様子だと、昨晩頼人は月さんと一緒にはいなかったようですね」

「まだ言うか。そもそもなぜ先生もお前も俺と月がそういう関係だと思うんだよ。ありえないだろ」

「そうでしょうか。私はお似合いだとは思いますが」

「ハッ、俺と月がお似合い? どこがだよ」

 頼人はそう言い、

「月は俺にはもったいなさ過ぎる」

 頼人の言葉に真美は眉間にしわを寄せると、頼人のスネ目がけて蹴りを入れた。

「いてっ!? いきなり何すんだよ!」

「いえ、少し腹が立ったもので」

「はぁ? 俺がいつお前の腹が立つようなことしたっていてっ! いてぇって!」

 真美は再び頼人のスネを蹴った。そしてそれをジャブのような強さで何度も続ける。

「いてっ! いてぇって! おいっやめろよ! まじでいてぇからっ! 真美っ! ……真美まじでやめてください。頼むよ。お願いします。まじでお願いします」

 懇願するように言う頼人だったが、真美は芽衣子が出欠を取り終えるまで容赦なく頼人のスネに蹴りを入れ続けた。


「はぁい。今日も全員学校に登校してくれて先生は嬉しいよぉ。これはやっぱり先生が美人過ぎるおかげかなぁ」

 それはねぇよ、と頼人が思っていると、

「それはないですね」

 と隣で真美が呟いた。

「お前は思ったことを口に出さないと気が済まないタイプなのか」

「あら、私は事実を言ったまでですが。なにがいけなくて?」

「いや、事実かもしれんが心の中に留めとけって言ってんだよ」

「もう、いちいちうるさいですね」

「お前なぁ……」

 聞く耳を持たない真美に、頼人が呆れていると、

「はぁい。そこ話さないでねぇ。あとー二ノ宮くんと清宮さんはあとで職員室まで来るようにぃ」

 芽衣子は二人ににこりと笑って言う。

「……おいどうすんだよ。お前のせいで呼び出しかかっちまったんじゃねぇか」

「私のせい? あなたの声が大きすぎたのですよ」

「そこぉ喧嘩しないでねぇ。これ以上喧嘩するとぉ先生も本気でおこっちゃぞぉ。プンプン!」

 芽衣子は嗚咽しそうなくらい甘ったるい声でそう言ったが、目は全く笑っていなかった。

「真美。ここは一時休戦だ。でないと俺たちのどちらかが死ぬ」

「そ、そうですね。やむを得ませんね」

 頼人と真美がそう話し合ったあと、静かになると、

「よぉし。じゃあ次は来月にある舞踏会について話すよぉ」

 芽衣子がそう言うと、生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。

「舞踏会?」

「あら頼人は知らないのですか。華園学園の最大イベント舞踏会の存在を」

「なんだそりゃ。知らないな」

「そうなのですか。なら私が幼馴染の頼人のためにわざわざ説明してあげましょうか?」

「なんだよその言い方。めっちゃ嫌々じゃねぇか。いいよ。どうせ今から雪下先生が説明するんだし」

「まず舞踏会というのは――」

「おい俺の話聞いてた!? 説明しなくていいって言ったよな!」

 頼人がそうツッコむが、真美は構わず話を続ける。

「一年に一度、華園学園内のアリーナで行われる踊りの祭典。それが舞踏会です」

「踊りの祭りって、また貴族みたいなことを……」

「この舞踏会では、生徒それぞれドレスアップして、男女でペアを組んで踊るのですよ。更にこの舞踏会で共に踊った者同士は生涯を誓う中になれるそうです」

「へぇー」

 熱く語る真美に対して、それを興味なさげに聞く頼人。

 というのも、華園学園の生徒は舞踏会のような大っぴらな場所での作法を基本から教え込まれているのに対し、特待生で入学した頼人はそういう場所でのマナーはからっきしである。なので、頼人は学園行事に基本参加しないのだ。

「頼人。言っておきますが、あなたも踊らないといけないのですよ」

「は? なんで? そういうのって参加自由なんじゃないのか?」

「えぇそうですよ。ですが、あなたは私と踊らなければなりません」

「……いや全く話の流れが読めないんだが。なんで俺がお前と踊らないかん」

「なぜなら私は学園内に男性の友人がいません。よって私が舞踏会に出るためにはあなたと踊るしかないのです。残念ながら」

 嫌な表情をする頼人に、真美は平然と言った。

「いや無理だから。俺、舞踏会出れる服とか持ってねぇし」

「それくらい私が用意します」

「あと、麻友のことも心配だし」

「大丈夫です。麻友さんはあなたと違ってしっかりしていますから。ですが、頼人がどうしても心配だというのでしたら乃絵をあなたの家に送り込みましょう」

「…………」

 ――こいつ諦める気ないな。

 そう察した頼人は「はぁ」とため息を出し、

「わかったよ。行くよ。行けばいんだろ」

「うふふ。やっと観念したようですね」

「正直、舞踏会とやらで上手く踊れる気はしないが、お前と一緒にいればまあ大丈夫だろ」

「そ、そうですか……」

 頼人の言葉に真美は頬を赤く染める。

「ちょっとぉそこのお二人さぁん」

 芽衣子が頼人と真美を呼ぶと、

「まったくぅ。せっかく先生が話してるっていうのにぃ。先生の前でぇ二人でぇイチャイチャなんかしたらだめだぞぉ。よってぇ、頼人くんはぁ、このあとに加えて、放課後もぉ職員室にくるようにぃ。わかったぁ?」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺と真美は舞踏会について話していただけで、別にイチャイチャなんか……」

「わかったぁ?」

 事情を説明しようとする頼人を芽衣子睨みつけた。

「……はい」

 芽衣子の様子から何を言っても無駄だと理解した頼人は小さくそう返事をした。


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