貧乏なオレの妹は色々やばい
深夜過ぎ。
頼人が完全に寝てしまっていると、麻友は徐に起き上がる。
そして、麻友が向かった場所は風呂場。
――もう我慢できない。
そう思って息をハァハァとさせながら風呂場へ急ぐ麻友。
麻友は風呂場へ入ると、手に持っていた何かを自分の顔に押しつけた。
麻友が顔に押しつけたもの――頼人のトランクスだった。
「おにいひゃん……ひゅきぃ……らいひゅきぃ……」
麻友は頼人のトランクスの匂いを嗅ぎながら、下腹部に手を伸ばし甘い声を漏らす。
二ノ宮 麻友は兄である二ノ宮 頼人のことを愛してしまっていた。
それはもうあんなエッチやこんなエッチをしてしまいたいくらい。
しかし頼人は決して麻友を女として愛してくれないだろう。
なぜなら麻友は頼人の妹だからだ。
もし頼人が麻友の兄でなかったら、もし麻友が頼人の妹でなかったら。
何度そう思い、絶望したことか。
だが、最近になって麻友はあることに気がついた。
それは頼人が麻友のことを女として意識し始めたことだ。
今日だって、お風呂に誘ったら頼人は顔を真っ赤にしてたし、一緒に寝ようと言っても頑なに断るし、夜這いをかけたら……少し怒られたけど。
でも、頼人は麻友に欲情している。それはたしかだ。
そこで麻友は考えた。
もういっそ既成事実を作ってしまえばいいのではないかと。
ヤッてしまえば頼人はもう麻友を妹として扱えないのではないかと。
しかし無理やりは趣味じゃない麻友はひたすら頼人を誘惑し続けることにした。
今日のようにお風呂に誘ってみたり、一緒に寝ようと言ってみたり、夜這いは……たまにはしてみよう。勢いで受け入れてくれるかもしれないし。よしそうしよう。
「おにいひゃん……ひゅごいよぉ……これひゅごいのぉ……らめっ、らめぇ……」
麻友はいつか頼人に欲望の捌け口にされることを夢見ながら、絶頂して果てた。
☆☆☆☆☆
翌朝、頼人はカーテンの隙間から差し込む光で目を覚ますとあることに気がつく。
「……すうぅ」
頼人の隣で麻友が寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。
「おい麻友。こんなところで寝るなよ」
頼人が注意するが、麻友は一向に起きる気配がない。
「ったく、しょうがねぇな」
頼人は麻友の頬を軽くつねる。すると、麻友は「ふにゃ」と変な声を上げたあと、
「あっ、おにいちゃん。おはよう」
「おはようじゃない。麻友。昨日お前が俺の布団に入ろうとしたとき、俺がなんて言ったか覚えてるか?」
頼人が問うと、麻友は眠たそうに目をこすりながら、
「うーん……たしか自分のお布団で寝なさいとか言ってたような……」
「そうだ。で、麻友は今どこで寝てる?」
「おにいちゃんの布団」
悪びれもせず言う麻友に、頼人は呆れながら嘆息すると、
「いいか麻友。おにいちゃんは麻友が風邪とか引かないために言ってるんだ。こんな段ボールの布団なんかで寝たら寒いだろ?」
「そんなのおにいちゃんだって同じじゃん」
麻友は不満そうな顔をする。
「妹が兄の心配なんてしなくていいんだよ。とにかく、これからは俺の布団に入って来ないように。わかったか?」
「嫌だ」
麻友が即答すると、頼人は困ったように頭を掻いた。
「なあ麻友。どうしたらおにいちゃんの言うこと聞いてくれるんだ?」
「おにいちゃんが麻友のお布団で寝てくれるんだったら、麻友も麻友のお布団で寝るよ」
麻友が純真な顔で言うと、
「っ! そ、それはだめだ」
「なんで? だっておにいちゃんは麻友が風邪を引かないようにちゃんとしたお布団で寝なさいって言ってるんでしょ。それなら麻友一人で麻友のお布団に寝ても、麻友とおにいちゃん二人で麻友のお布団に寝ても同じじゃん」
「た、たしかにそうだが……でもだめだ」
頼人の言葉に麻友はニヤリと笑い、
「そっかぁ。でも、おにいちゃんだって麻友の言うことを聞けないんだったら、麻友もおにいちゃんの言うこと聞かなくていいよねー」
そう言うと麻友は徐に起き上がり、パジャマを脱ぎだした。
「ばっ、お、お前っ! いきなりなにしてんだ!」
「なにって着替えをしてるんだよおにいちゃん」
「お、おにいちゃんの前で着替えるな!」
頼人が手で目を覆っていると、麻友はその姿をうっとりとした目で見つめる。
「ほんとおにいちゃんってかわいい」
そう呟く麻友は昨晩使った頼人のトランクスを穿いていた。
☆☆☆☆☆
「麻友。忘れ物ないか?」
頼人が部屋の扉の鍵をしめてから訊ねる。
「うん。大丈夫だよおにいちゃん」
「そうか。じゃあ行くか」
頼人がそう言うと、麻友は返事代わりにニコッと笑った。
頼人麻友がアパートの階段を降りると、道路わきに見慣れない車が止められていた。
黒のリムジン。
頼人たち貧乏人からは全くもって縁のないものだ。
――なんでこんなところにリムジン?
頼人がそう思っていると、突然リムジンのドアが開いた。
「おはようございます」
リムジンの中から現れたのは真美だ。
真美は優雅な笑みを浮かべ頼人に近づく。
「なんだお前だったのか」
「なんですか。私ではなにか問題が?」
「いや別にないけど。で、なんか用か?」
「えぇ、少し頼人に話したいことがありまして」
真美が深刻な表情で言うと、
「真美さん!」
不意に麻友が大声を上げた。
[あら麻友さん。どうかしたのですか?」
「真美さんはおにいちゃんに話があると言いましたが、そんなことをしてる暇はおにいちゃんにはありません」
「あらどうしてですか?」
「おにいちゃんは今から麻友を学校に送り届けないといけません。なので、真美さんとおにいちゃんが話す時間はありません」
「……そうなのですか?」
真美が頼人に訊ねる。
「あぁ。そうだ」
頼人がそう返すと、真美は呆れた溜息を零す。
「まだあなたはそんなことをやっていたのですか……」
「べ、別にいいだろ……」
頼人はそう言うと、頬を赤くして真美から目を逸らした。
頼人と麻友は毎日一緒に登校している。というのも、麻友の中学校は華園学園の通学路の途中にあるので、頼人は自分が通学するついでに麻友を学校に送り届けているのだ。
「麻友さん。あなたは一人で学校に行けないのですか?」
「無理です」
麻友が即答すると、真美は唖然とした。
「わ、わかりました。では、こうしましょう」
真美が仕切り直しとばかりに咳払いをする。
「頼人と麻友さんを私のリムジンで学校までお送りします。これならわざわざ頼人に送ってもらわなくても麻友さんも学校に行けるでしょう」
「むむ……どうしても麻友とおにいちゃんを二人きりにさせないつもりですか」
「……別にそういうつもりではないのですが」
対抗心むき出しの麻友に、真美は呆れていると、
「なあ麻友。別にいいんじゃないか? 自転車よりリムジンの方が速いそ」
「っ!? まさかおにいちゃんが麻友の敵に回るなんて。これは予想外だよ」
頼人の言葉にショックを受ける麻友。
「いや、別に敵になったとかじゃなくて、おにいちゃんもたまには楽したいんだよ。いいだろ?」
頼人、麻友は眉間にしわをよせながら、
「むぅ……しょうがないですね。おにいちゃんがそこまでいうなら真美さんの言う通りにしましょう」
「ありがとな麻友」
「いいんだよおにいちゃん。麻友はいつでもおにいちゃんのことだけを考えているんだから」
「そうかそうか」
そう言って頼人が麻友の頭を撫でると、麻友は「えへへ」と照れくさそうに笑った。
そんなブラコンシスコンの光景を見て真美が、
「妹に甘すぎです」
「そうか? どこの兄もこんなもんだろ」
頼人が言うと、
「それはないです」と真美。
「おにいちゃん。初リムジンだね」
「おう。そうだな」
「おにいちゃん。麻友と初リムジンで嬉しい?」
「おう。嬉しいぞ」
まるでバカップルのような二ノ宮兄妹の会話を聞いて、真美は深く溜息をつくのだった。
☆☆☆☆☆
初めてリムジンに乗った頼人だが、リムジンの中は頼人の想像以上であった。
高級ソファ並にフワフワの座席、その座席の下にはいつでも冷たいドリンクが飲めるようにクーラーが設置されており、座席の端から運転席までの長さは十五メートルほどで車の中とは思えないほど快適だ。
「リムジンってすげぇな」
頼人がじろじろとリムジンの中を見ていると、
「そうですか? 私はそうは思いませんが」
真美の言葉に頼人は苦笑する。
「さすがお金持ちですね。羨ましいとは一ミリも思いませんけど」
「あら、麻友さん。それは嫉妬かしら」
嫌味っぽく言う麻友に、真美が挑発するような物言いをする。
「違いますよ。だって麻友には真美さんにはないものを持っていますから」
麻友がそう言うと、突然車内に不穏な空気が流れる。
「そ、そういえばさ、真美は麻友になんか話とかないのか?」
「話? それなら今していますが」
真美は冷たい目つきで頼人を見る。
「いやいや、そういうことじゃなくて。この前お前が麻友に家に来て欲しいって言ってたから、なんか重要な話があるんじゃないのか?」
「なるほど。そういうことですか。たしかに麻友さんとはお話したいことはありますが、それは私と麻友さんが二人きりのときに改めて話します」
「……そ、そうか」
頼人は真美になにを話すのかとか聞こうとしたが、あまり人の話に突っ込むべきではないと思いやめた。
「別に麻友は今話してもいいんですよ真美さん。ほら、ほら」
「麻友さん。そんなことしていていいのかしら。もう下りないと学校過ぎちゃいますよ」
麻友と頼人は窓の外を見る。すると、たった今リムジンが麻友の中学校の前を通り過ぎた。
「ちょ、ちょっと! 止まってください!」
麻友がそう言うと、リムジンはすぐに道路わきに止まった
「あ、あぶなかった……真美さん! 一体何をしているんですか」
「あら、このリムジンは止まりますを言わないと止まらないようになっているのです。まさか知らなかったのですか?」
「初耳ですよ! あぁもう。少し歩かないといけないじゃないですか」
「ちょうどよい運動ではありませんか。いってらっしゃい」
「むっ……真美さんに言われなくても行きます」
麻友は頬を膨らませて言い、
「おにいちゃん! 行ってくるね!」
「おう。行ってらっしゃい」
頼人がそう返すと、麻友は笑顔で学校の方へ歩いて行った。