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貧乏なオレの妹はとても可愛い

「おい」

バイトを終えた頼人は茶髪の男に声を掛ける。

「おう、ようやく終わったか」

「で、俺に何か用か?」

「あぁ、あるさ。だが、ここで話せることじゃねぇ。どこか人気(ひとけ)のない場所へ案内しろ」

「……あぁ、わかった」

 

頼人は店を出ると、店の裏側にある狭い路地に茶髪の男を連れてきた。

ここはよく不審者が出るとかで、あまり人が来ることはない。

「ほら、ここなら話せるだろ」

「あぁ。そうだな!」

「ぐはっ!?」

突然、茶髪の男が頼人の腹に蹴りを入れた。

頼人はその痛みと衝撃で全身の力が抜けたかのように前のめりに倒れる。

「……な……なんで」

「けっ、そんなの決まってんだろ。百合花さんがこうするように言ったからだよ」

「れ……麗華堂が?」

茶髪の言葉に頼人が驚いていると、

「そうですわ」

 茶髪の男の後方から麗華堂が現れる。そのさらに後ろには制服を着た数十人の男がいていつも頼人をいじめているメンツと全く同じだった。

「……どういう…ことだ」

「どういうこと?」

 頼人の問いに麗華堂は首を傾げる。

「……こんなの一度も……なかったじゃないか」

「えぇ、そうですわ。ですから、今日から始めたのです」

 百合花はまるで子供が新しい遊びを思いついたかのようなトーンで言った。

「百合花さん。そろそろやっちゃっていいですか。オレもうこいつを殴りたくてしょうがないんですよ」

 茶髪の男がウズウズしていると、百合花は愉しげに笑い、

「うふふ、そうですか。ですが、まだ待ちなさい」

 そう言うと、百合花は頼人の元へ近づき、

「頼人さん。あなたにチャンスを与えましょう」

「……ちゃんす?」

「えぇ」

 頼人が聞き返すと、百合花はこくりと頷く。

「あなたがもしわたくしの仲間に加わってくださるのでしたら、あなたに対する暴力やその他諸々をやめることにしますわ」

 百合花は悪魔のような笑みを浮かべ、倒れている頼人に言った。

 仲間――それはいま百合花の周りにいるような連中のことだろう。

 要するに、彼女は自分と一緒に他の奴をいじめましょうと誘っているのだ。

 おそらく、麗華堂はこうやって自分の手駒を増やしていったのだろう、と頼人は思う。

 誰かをいじめ、脅迫し、自分の言う通りに動く駒にする。

「……反吐が出そうだ」

「え?」

頼人の言葉に百合花は呆然とする。

「今なんとおっしゃいましたか? よく聞こえなかったのですが」

「あぁ、何度でも言ってやるよ。お前の仲間になるなんて反吐が出るっつったんだ」

「……そうですか」

 頼人に冷たい視線を向けると、百合花はくるりと身体を反転させ、

「いいわ。やってしまいなさい」

そう言うと、男たちは奇声を上げ、頼人の周りを取り囲み殴り始めた。


「……そうやって偽善者をしていられるのも今だけですわ」

 呟くように言ったあと、百合花はこの場を去った。



☆☆☆☆☆



「頼人くん! 頼人くん!」

倒れている頼人に、秋穂が必死に叫ぶ。

「……う、うう」

 呻くような声を上げたのち、頼人の目はゆっくりと開いてゆく。

「……あれ、先輩?」

「頼人くん!」

意識が覚醒した頼人に安堵したのか、秋穂は思い切り頼人を抱きしめた。

「えっ、せんぱ、い……いた、痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

「あっ、ご、ごめん」

 秋穂が頼人の身体を離すと、頼人は全身の激痛から解放される。

「……ふぅ。死ぬかと思った」

「頼人くん。一体何があったの?」

 秋穂の問いかけに頼人はしばらくの沈黙のあと、

「別に、何もなかったですよ」

「え?」

 頼人の答えに秋穂が戸惑っていると、それを気にも留めず頼人は立ち上がる。

「頼人くん。どこへ行くの?」

「どこって帰るんですけど、なにか?」

 不安げに訊ねる秋穂に、頼人が平然と答えると、

「だ、だめだよ! 何言ってるの! 早く病院行かないと」

「いや、いいですよ。うちそんな金ないですし」

「だめだって! ケガひどいんだから、あと警察にも行かないと――」

「先輩」

 頼人は秋穂に優しく微笑み、

「大丈夫ですから」

 その切なさを帯びた笑みを見せられた秋穂はもう何も言えなくなっていた。



☆☆☆☆☆



 バイト先から自転車を漕ぐこと四十分。

 全身の痛みに耐えながら、ようやく頼人は自宅に着いた。


 築30年のボロアパート。頼人の部屋はこれの2階建ての2階で、木構造、間取りは1K、床はフローリング、洗濯機は室内、バス・トイレは別々。

 部屋の中には生活に必要なレベルの物しか置いておらず、それゆえテレビすらない。傍から見ればかなり質素な部屋だ。


「おにいちゃ~んおかえり~」

 そう言って少女はぎゅっと抱きつく。

頼人は全身に走る痛みを我慢しながら、

「おう、ただいま」

 そう言った頼人はよしよしと少女の頭を撫でた。

少女の名は二ノ(にのみや) ()()

中学三年生。黒く長い髪は一つにまとめポニーテールに、顔立ちはやや童顔で愛らしい。細身で、背丈は女子の平均よりやや小さめ。そして、麻友は戸籍上では頼人の妹だ。

 というのも、麻友はもともと親戚の子供だった。だが、麻友が幼い頃に彼女の両親は事故で亡くなってしまい、その時に頼人の両親が彼女を引き取ったのだ。

 しかし、数年前に頼人の両親も亡くなってしまったため、今は頼人と麻友のふたりで暮らしている。

「あれ? おにいちゃん。顔ケガしてるよ。どうしたの?」

 麻友は心配そうに訊ねる。

 それはさきほど男たちに痛めつけられたときの傷だった。

「あぁこれか。ちょっと階段で転んでな」

「えっ!? そうなの! 大丈夫?」

「大丈夫だよこのくらい。それよりもさっきからすごくいい匂いがするんだが」

「あっ、そうだった! おにいちゃん。ご飯出来てるから一緒に食べよっ」

 麻友に腕を掴まれ茶の間に入ると、円卓の上に大量のもやし料理が並んでいた。

「今日はね、もやしが特売だったの」

「そっか。それはラッキーだったな」

「そうなの。なんと一袋が8円だったんだよ」

「それは安いな」

「でしょー」

 驚く頼人に、麻友はにっこりと笑った。

頼人たちの家計はかなり厳しかった。仕送りはなく、基本は頼人のバイト代で食費、家賃、光熱費、電気代、水道費、麻友の学費等々、全てをまかなっていた。

 だが、いくら四つバイトを掛け持ちしているからといっても、そんなに収入が良いわけがなく、こうして食費を節約したり、なるべく無駄なものを買わないようにしたりしてどうにか生活をしている。

 時々、親戚から仕送りをしようかと言われるが、それは頼人が全部断っていた。自分たちのことで迷惑はかけられないとそう言って。

「おにいちゃん。麻友の料理おいしい?」

 もやしの味噌汁をすする頼人に、麻友は訊ねる。

「あぁ、美味い。俺の妹は天才だ」

「えへへ、そうでしょー」

 頼人の言葉に麻友は嬉しそうに顔をほころばせる。

「おにいちゃん。その傷大丈夫?」

 麻友の視線の先には頼人の顔につけられている傷。

「大丈夫だって、心配すんな」

「でも……」

 麻友は不安げな顔つきになる。

 麻友にとって頼人は一人だけの家族。

 頼人のことを過度に心配するのは必然なことで、頼人もそのことは理解していた。

「わかったよ。明日にでも病院とか行くからそんな顔しないでくれ」

 麻友はぱぁーっと明るい表情になって、

「それなら安心だね」

「さいで。――じゃあ俺、そろそろ風呂入るわ」

 頼人は空いた皿を持って立ち上がる。

「ねえ、おにいちゃん」

「ん? なんだ?」

「お風呂、一緒に入ろっか」

「っ!?」

 麻友が頬を赤らめながら言うと、頼人は動揺で危うく皿を落としそうになった。

「ば、ばかやろう。そ、そそ、そんなことできるわけないだろう」

「べつに、麻友はいいと思うけど……」

 上目遣いで見つめる麻友。

「そ、そんな目で見てもダメだ! 絶対にダメだぞ!」

「むぅー、ケチ」

 ぶーぶー言う麻友だが、頼人は断固として拒否した。

 確かに戸籍上では麻友とは妹だが、それでも本当の兄妹ではない。血のつながっていない兄妹が二人で風呂に入るのは倫理的にかなりまずい。

 それに頼人には間違いを犯してしまう危険性があった。

 家が狭いため頼人はエロ本を買うことができず、それに加え自家発電もできていない。

 頼人と麻友が二人で暮らし始めたのが三年前。つまり、頼人は三年間自家発電をしていないのだ。

 そんな頼人が義理の妹である麻友と一緒にお風呂に入ったら、頼人は果たして理性が保てるだろうか。

……正直かなり怪しい。

なので、たびたび麻友にお風呂に入ろうと誘われることがあるが、頼人はこうして断り続けている。

「じゃあ風呂入ってくる」

 頼人は空いた皿を洗面台に置き、風呂場に向かう。

「あっ、待っておにいちゃん」

「なんだ?」

「はい」

 麻友は頼人に近寄ると、不意に目を閉じる。

「何やってんだ?」

「もうとぼけないでよ。いつもやってることでしょ?」

「……やっぱりやらなきゃだめか?」

「だーめ。早くして」

「……わかった」

 頼人は自分の顔を麻友の顔に重ねるようにすると、麻友の頬に優しくキスをした。

「えへへ、嬉しい」

「なあこれそろそろやめないか。お前も子供じゃないんだし」

「いやだ。麻友これ大好きだから」

 麻友があどけなく笑うと、頼人は困ったように頭を掻いた。

 頼人の両親が死んで以来、麻友は毎日自分の頬にキスをするように求めてくる。

 理由は両親がいない寂しさを紛らわすためのものだと、頼人は思っている。

「おにいちゃん。麻友のこと愛してる?」

 麻友は顔を赤くして訊ねる。

「あぁ、愛してるよ」

「ほんと? 嬉しいな。麻友もおにいちゃんのこと愛してるよ」

 キスと同じようにこれも頼人と麻友の日課だった。

 麻友曰く、家族の愛を確かめ合うためのものらしい。

「ほら、これでいいだろ。俺はもう風呂入るぞ」

「もぉ少しは余韻に浸らせてよぉ」

「何が余韻だ。俺たちは恋人同士じゃないんだぞ」

 頼人が何気なく言った言葉に、

「……今はまだ、ね」

麻友は小さい声でそう付け加えた。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

頼人は風呂から上がり着替え終えると、出かけるために玄関へ向かった。

「あれ? おにいちゃんどこか行くの?」

 靴を履いている頼人に麻友が訊ねる。

「あぁ。ちょっと()(なみ)のとこまでな」

「へー。真美さんの家に行くんだ。へー」

「なんだよ?」

「べつにぃ、なにもないけどぉ」

 言葉とは反対に明らかに不満げな麻友。

「そうかよ。帰ったら洗濯するから俺が帰ってくるまでに風呂入っておけよ」

「はーい」

 麻友はそう返すと風呂場へと歩いていった。


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