お嬢様な彼女は誰よりもドSである
午前の授業も終わり、華園学園の生徒は昼休みを迎える。
「おーい、よーりーとーくーん」
教室の扉付近から頼人を呼ぶ声。今朝、頼人に腹パンを食らわした茶髪の男子生徒だ。
「ったく、もう来たのか」
頼人は男子生徒の存在に気づくと、鞄から出しかけていた弁当を戻し席から立ち上がる。
真美はそんな頼人を見て、
「あら、また女王様タイムですか? 羨ましい」
「じゃあ代わるか?」
「いえいえ、私ごときが女王様の相手なんて務まりませんから」
「そうかよ」
相変わらず、幼馴染に冷たいやつだな、と頼人は思う。
「さて、そろそろ行くわ」
「いってらっしゃい」
真美が素っ気なく言うと、頼人は苦笑いをし、茶髪の男子生徒の元へ歩き出す。
「………」
不安げに頼人背中を見つめる真美に気づかずに。
☆☆☆☆☆
今朝と同じように校舎裏に連れてこられた頼人は、数分間、男子生徒に囲まれ暴力を振るわれ続けた。
「ほら立てよ。まだこんなもんじゃねぇぞ」
地面に倒れ込む頼人に、黒髪の男子生徒が言った。その生徒は誠実そうなイケメンで、一見いじめなどをするタイプには見えないが、
――こんなやつがこんなことをするなんて、まじ外見ってあてにならんな。
全身の痛みに耐えながら、頼人はそんなことを思っていると、
「あらあら、これはまたひどい」
男子たちの後ろから、百合花が現れた。
「頼人さん、そんなところに寝転がってどうしたんですの?」
「昼寝してんだよ。邪魔すんな」
「へぇ……そうですの。ですが、頼人さんが午後の授業に遅刻するといけませんわよね。特別に私が目を覚まさせてあげますわ」
百合花はそう言うと、徐に片方の靴を脱ぎ始め、スパッツが装着された太ももと、彼女の生足があらわになる。すると、百合花は自分の生足を頼人の顔にグリグリと押し付けた。
「ほら、これで目が覚めるでしょう」
「あぁ、お前の足が臭すぎてな」
頼人がいつものように挑発すると、百合花は赤面する。
「く、臭くないですわ! これはもうとっておきのお仕置きが必要ですわね」
百合花は押し付けていた足を一旦離し、頼人の目の前に位置を移すと、
「舐めなさい」
ニヤリと笑いながらそう言った。
「は、はぁ!? お、おお、お前なに言ってんの!」
突然、とんでもないことを言い出した百合花に、頼人は素で動揺する。
「あなたごときがわたくしの足を愚弄するからでしょう。ですから、罰としてわたくしの足を舐めなさいと言っているのです」
頼人はごくりと生唾を飲み込んだ。
最初に言っておくが、頼人は決してMではない。また、百合花に好意を抱いているわけでもない。
しかし、頼人は健全な男子高校生だ。思春期真っ只中だ。もちろん、それなりにいやらしいことも考えたりするし、同学年の女子にだって興味がないわけじゃない。
そんな頼人の前に、性格はかなりアレだが、誰がどう見ても美少女と評する女の子が自分の生足を舐めろと言っている。ぶっちゃけ、この状況で舐めない男はこの世界にはいないだろう。
「ほら頼人さん、早く舐めなさい」
「……わかったよ」
頼人は恐る恐る百合花の足に唇を近づける。
その光景を百合花は恍惚とした表情で見つめていた。
「ほんと、あなたって可哀そう」
艶めかしい声で百合花は言ったが、頼人は一切聞いておらず、代わりに彼の唇が白く綺麗な足に触れようとしていた。しかしその刹那、頼人を現実に引き戻すかのように昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「っ! こんなところでですの!」
百合花は悔しそうに叫ぶ。
「……まあいいですわ。今日のところはこれで許してさしあげます。――ですが、今後またあなたがわたくしに対して無礼を働いたら、その時は今日よりももっとすごいお仕置きをしますから、そのおつもりで」
そう言い残すと、百合花は男子たちを連れて足早に去っていった。
「……もっとすごいお仕置きってなんだよ」
頼人は呟くように言う。
「大丈夫か?」
痛みと疲労感で頼人がぐったりとしていると、それを覗き込むように見る少女がいた。
「これが大丈夫そうに見えるか?」
頼人がそう言うと、少女は苦笑した。
少女の名は、御陵 翼。
華園学園一年c組。黒髪のセミロングに、ボーイッシュな顔立ちの美少女。翼は学園の生徒でありながら百合花の執事を務めていた。
料理、裁縫、掃除、洗濯ができるのはもちろんのこと、加えて百合花をいつでも守れるように護身術などもマスターしている。また、翼は数少ない頼人の味方の一人でもあった。
「すまない。うちのお嬢様が」
起き上がった頼人に、翼は謝罪する。
「謝るくらいなら、陰でじっと見てないで助けてほしかったがな」
「そ、それは……」
翼が戸惑っていると、頼人はクスリと笑い、
「冗談だって。お前はあいつの執事だもんな。わかってるよ」
頼人が悪戯な笑みを向けると、翼はほっと胸をなで下ろす。
「お前も大変だな。あんなやつの執事だなんて」
「あぁ、まあそれなりにはな。――だが、百合花お嬢様といると毎日が飽きないよ」
「はは、そりゃそうだ。なんせいきなり足舐めろとか言うしな」
頼人はケラケラと笑いながら、その時のことを思い出す。
――あの時は危うく理性が崩壊するところだった。ギリギリで踏みとどまれてまじでよかったわ。
頼人は自分の誇りを守れたことに改めて安堵する。
「……お前、ひょっとして舐めたかったのか?」
翼が問うと、びくりと頼人は身体を震わせた。
「は、はぁ!? い、いい、いきなりな、なにを言い出すんだよ! そ、そそそんなわけないだろ!」
「そうなのか? なんならボクの足を舐めても構わないのだぞ」
必死に否定する頼人に対して、翼は誘うように言った。
「っ! お、お前自分がなにを言っているのかわかってるのか?」
「あぁ、わかっているさ。で、どうするんだ? 舐めるのか? 舐めないのか?」
翼が急かすと、頼人は苦悶の表情で頭を抱える。
本日二度目の究極の選択。しかも今回は先ほどのような命令ではなく、完全に相手側から選択を委ねられている。故に、導き出した答えにあとで言い訳することは決してできない。
そこで頼人は『舐めた』場合と『舐めなかった』場合、二つのパターンを実際に実行したらどうなるかイメージすることにした。
まず『舐めた』場合。おそらく翼の足はスベスベで柔らかくて、きっと最高の舌触りだ。もしかしたら、少し甘かったりもするのかもしれない。そして舐め終わったあとは、間違いなく今まで味わったことがない幸福感が得られるだろう。
次に『舐めなかった』場合。頼人のプライドは無事守られ、将来女子と初チューするときも、チェリーを卒業するときも、全く後ろめたさを感じずに堂々と「おめでとう」と自分自身に祝福することができる。
「………」
――どうしよう、これは選べないぞ。
「お前、大丈夫か? すごい汗だぞ」
翼は心配そうに尋ねる。
「大丈夫だ。悪いが、もう少しだけ時間をくれ」
「あ、あぁ。それは構わないが」
頼人の苦悩する姿を見て、自分はひょっとして余計なことをしてしまったのでは、と翼は思った。
それから数分が過ぎ、
「よし、決めたぞ!」
「お、おぉ。そうか。――それで結局どっちにするのだ?」
「舐める」
頼人は即答した。
この決断を下した理由。それは本能だ。自分自身で選べないときはいつも本能が正しい。頼人は己の人生からそう学んだ。よって、今回も本能に従って行動することにしたのだ。
「舐めるんだな。わかった」
そう言うと翼は靴を脱ぎ、次に靴下を脱ぎ、
「ほ、ほら、どうだ。ボクの生足は」
恥じらいながら翼は尋ねる。
彼女の足は百合花のより少し筋肉質で、艶美な魅力があった。男としてはこちらの方が断然そそるだろう。
「そ、そろそろ舐めたらどうなんだ。お前も我慢の限界だろう?」
自分の足をジロジロと見る頼人に翼は言う。
「わ、わかった」
頼人は、百合花のときと同じように自らの唇を翼の足に近づける。その距離がだんだん縮まってゆき、女性独特の妖艶な香りが鼻腔をくすぐった。
もう止められない、と頼人は思った。
そして、頼人の唇が滑らかで艶めかしい足に触れようとした寸前、
「だめだ」
翼が言った。それを聞いた頼人は動きが止まる。すると、次の瞬間、
「やっぱり、こんなのだめだぁ!」
翼はそう叫ぶと、頼人の顔面を思い切り蹴り上げた。
「ぐはっ!?」
全身にあまりにも強い衝撃が走り、頼人はその場で倒れた。
「あっ……す、すまない」
正気に戻った翼は申し訳なさそうに言う。
「いや、いいよ……もう」
薄れゆく意識の中、頼人は固く誓った。いつか女子の生足を舐めてやろうと。
先ほども言ったが、頼人は決してMではない――と頼人は思っている。
そして、頼人は意識を失った