貧乏なオレとお嬢様な彼女
これから用事がある月と別れ頼人と百合花は今、アリーナの中央にあるダンスフロアにいた。理由はもちろん踊るためである。
「なあ。やっぱりやめないか?」
「いまさら何を言ってるんですの?」
「いやだって……」
頼人は周りを見渡す。するとそこには大勢の人たちが頼人たちのことを見ていた。
「大丈夫ですわ。わたくしたち以外にも踊る人はいるのですから。多少失敗しても誰も気にしませんわ」
「だけどな、俺踊りなんて全く分からないぞ」
「それも安心してください。わたくしがリードしますから」
そんなやり取りをしていると、突然ブザーが鳴り出した。それは踊りの音楽が鳴る直前の合図のためのものだった。
「始まりますわよ。最初はわたくしに合わせて」
「わ、わかった」
頼人が頷くと、流れ出した音楽に乗せて百合花がステップを踏み、それに合わせて頼人もステップを踏む。
「そうですわ。なかなか上手ではありませんか」
「いや、別にそんなないと思うが。ただうちの担任がたまに踊りのことを話していたからそれをうっすらと覚えているだけで」
「そうだったのですか。なら、もう少しスピードを上げましょうか?」
「いえ勘弁してください」
頼人がそう言うと、百合花はくすっと笑う。
「本当わたくしはあなたに出会えてよかったですわ」
「なんだよ急に」
「急ではありませんわ。わたくしはあなたのことを最初は優しさの仮面を被ったただの偽善者だと思っていました。ですが、それは間違いでしたわ。あなたはあなたを傷つけ続けたわたくしを助けてくれた。あなたは本当に優しい人でしたわ」
百合花は頬を赤く染めながら頼人をじっと見つめる。
「ですから、わたくしはあなたにもちゃんと謝りたい。わたくしがあなたにしてしまったことを。本当にごめんなさい」
百合花はそう言うと顔を俯かせる。すると、
「なら俺もお前と友達になっていいか?」
そう言うと頼人は百合花に笑顔を向ける。
「……頼人さん」
「で、どうなんだ?」
頼人の問いに百合花は美しい笑みで、
「よろしくお願いしますですわ」
「あぁ。よろしく」
頼人がそう返したところでちょうど踊りの音楽が止まった。
「ふぅ。やっと終わったな」
頼人がダンスフロアから立ち去ろうとすると、不意に百合花は頼人の袖をきゅっと掴む。
「……待ってください」
「ん? どうした?」
頼人が訊ねると、百合花は頬をほんのりと赤く染めながら、
「わたくしは……その……友人以上でもいいのですよ」
百合花がそう言うと、頼人は困った表情をする。
「悪い。またお前の声が小さくて聞こえなかった。なんて言ったんだ?」
「っ!? で、ですから」
百合花が再び先ほどの言葉を口にしようとしたその時、
「頼人。あなたは何をやっているのですか?」
不意に女性の声がアリーナに響く。その声は頼人が一番知っている人物で、頼人のことを一番知っている人物だ。
「真美!?」
頼人が驚くと、真美は怒った様子でこちらを睨みつけている。
「全く。学校を休んで何をしてるのかと思えば、なに舞踏会に出ているのですか」
「いや、それは……」
頼人が言葉に詰まっていると、百合花が真美の目の間に立つ。
「あら百合花さん。なぜあなたが頼人と一緒に? あなたは頼人のことが嫌いのはずでしょう?」
「いえ別に嫌いではありませんわ。というよりわたくしと頼人さんはもう友人ですわ」
「へぇ。そうなのですか。ですがなぜただの友人のあなたが頼人と踊っているのですか? というか、もう消えてくれませんか?」
「あら嫌ですわ真美さん。わたくしは友人として頼人さんに踊りの仕方を教えるために一緒に踊っていたのですわ。というかあなたこそ消えてくれませんでしょうか。邪魔なので」
百合花と真美が激しい言葉のやりあいをしていると、頼人は身の危険を察知しアリーナから出ようとする。
「ちょっと待ってください頼人」
「どこへ行くのですか頼人さん」
二人に呼び止められると、頼人は苦笑しながら
「えっと……そろそろ帰ろうかと……」
「帰らないでください」「帰らないでくださいですわ」
頼人の言葉に百合花と真美がそう言うと、二人は再びバトルを始めてしまった。
結局その後の舞踏会は一人の男をめぐる女同士のバトルに変わってしまったのだった。
☆☆☆☆☆
舞踏会があった日の翌日。
頼人はいつも通り麻友の作った朝食を食べながら、学校へ行く準備をしていた。
すると、突然家のインターホンが鳴る。
「真美さんかな?」
麻友が頼人の訊ねると、
「そうじゃないか。麻友おにいちゃんちょっと手が離せないから出てくれ」
「手が離せないってただ麻友の作った朝ごはん食べてるだけじゃん」
「そうだ。俺は麻友の作った朝食を集中して食べたいんだ。だから出てくれ」
「もうしょうがないなぁ」
面倒くさそうにトコトコと玄関へ向かう麻友。
「ちょっ、あなた誰ですか!?」
不意に麻友のそんな声が聞こえる。気になった頼人は朝食を食べるのを止め玄関へ向かうと、そこには真美の姿はなく代わりに別の女性が堂々と立っていた。
「麗華堂っ!?」
頼人が女性の名を呼ぶと、百合花は頼人に視線を向ける。
「頼人さん。おはようございますですわ」
「おはようってなんでお前がここに?」
「そんなの決まっていますわ。あなたと一緒に学校へ行くためですわ」
麗華堂は胸を張ってそう言った。
「おにいちゃん。この人誰なの? なんかすごい偉そうでムカつくんだけど」
「いやそれは……」
麻友の問いに頼人が説明しくそうにしていると、百合花が割って入り、
「友人ですわ」
「……友人」
その言葉に麻友は安堵の溜息をつく。だが、
「昨晩、舞踏会で一緒に踊らさせていただいたくらいの友人ですわ」
百合花がそう言うと、麻友はギロリと頼人を睨みつける。
「おにいちゃん。舞踏会とか、一緒にと踊ったとか一体どういういことかな?」
「ど、どういうことと言われてもな。それは本当のことだし……」
「ほんとのこと!? おにいちゃんいつの間にそんなドスケベになっちゃたの? 麻友は妹として悲しいよ!」
「おい。なにわけの分からないこと言ってるんだよ。俺は女子と踊っただけでスケベ呼ばわりされる覚えはないぞ」
「あーあ。あの時のおにいちゃんは何処へ行ってしまったのやら。悲しいなぁ麻友は悲しいなぁ」
麻友は目を赤くしながらそう言う。
「ちょっと私の前でしょうもない芝居はしないでくれますか。仲良し兄妹さん」
不意に玄関の外からそう言われた。
頼人たちは声がした方向に目を向けると、そこには真美が立っていた。
「頼人。あなたは今とても困っているようですね。なら私と一緒に登校しましょう」
「いや意味が分かんないんだが」
頼人が言うと、百合花と麻友がそれに続く。
「本当ですよ。なにわけのわからないことを言っているのですか」
「そうですわ。勝手に抜けが……じゃなくて変なこと言わないでくださいですわ!」
そんな二人に真美は深く溜息をつくと、
「お二人さん。私は頼人の幼馴染なのですよ。ただの友人とただの妹より階級が上なのは明白。余計なことをしないでもらえますか」
「ただの妹っ!?」「ただの友人っ!?」
真美の言葉に麻友と百合花は動揺する。
「お前ら一体なんの話をしてるんだよ」
頼人がそう言うと、百合花たちは物凄い形相で頼人を睨みつける。
「ほんとあなたは……」「おにいちゃんは……」「頼人さんは……」
三人に迫られる頼人。しかしそれでも頼人は彼女たちの言葉の意味が分からなかった。だが。その時頼人はあることを思っていた。
こんな日常が続けばいいなと。
そして頼人はこうも思った。
この日から貧乏なオレとお嬢様な彼女との始まりの日なのだと。
「頼人さん?」
そう呼ぶ彼女の顔を見ながら、頼人は笑みを浮かべた。これから彼女と送る本当の日常を楽しみにしながら。




