お嬢様な彼女は過去の行いを反省する
恵美の車に乗ってから数十分が経った。車は市街地を抜け、学園のある山道へと入っていく。
「あの……ありがとうございます」
不意に百合花が頼人に言った。
「どうしたいきなり?」
頼人が尋ねると、
「いえ、その……助けていただいて」
「あぁそういうことか。別に俺は何もしていないさ。結局最後だって百合花の母親に助けてもらってるしな。礼ならお前の母親に言ってやれよ」
「そ、それはそうですが……」
百合花が頼人の言葉に納得できずにいると、
「君。そう自分を過小評価するもんじゃないよ。君は百合花を教会から連れ出してくれた。十分百合花を守ってくれたよ」
恵美は運転席から頼人にそう言うと、
「そ、そうですわ。あなたは十分にわたくしを助けてくれましたわ。ですからわたくしの礼を有難く受け止めなさいですわ」
「お、おう。ってかなんでそんな上からなんだよ」
「別に上からではありませんわ。ただわたくしはあなたにお礼を言いたくて。それと……」
そこまで言うと百合花は口を閉じる。その時の百合花の顔はなぜか赤くなっていた。
「どうした?」
「べ、別になんでもありませんわ!」
百合花はそう言うとそっぽを向いてしまった。
「なんだ?」
そんな百合花を頼人は不思議そうに見る。そして、一連のやり取りを見ていた恵美はニヤリと笑うと、
「なあ。今日うちの学園で舞踏会があるのは知っているか?」
「舞踏会?」
「あぁ。学園内にあるアリーナでやるんだが」
「そういえばこの前うちの担任が言ってたような。でもそれがどうしたんです?」
「いやぁ。それがさぁ、その舞踏会は男女ペアで踊るんだけどうちの娘の相手がまだ決まってないんだよ」
恵美がそう言うと、百合花は驚いた様子で、
「お母様っ!?」
百合花は恵美を呼ぶが、恵美は構わず話を続ける。
「でな、君がもしよかったらその舞踏会で百合花のパートナーになってくれないか?」
「無理ですね」
「なっ!?」
頼人の即答に恵美は驚き、百合花は明らかに動揺する。
「だって俺、舞踏会で着れるような服なんてありませんから。俺んち貧乏なんで」
「なんだそんなことか」
頼人の言葉に恵美は安堵すると、
「そんなもの私がいくらでも貸してやる。なんならくれてやる。車のトランクに有り余るほど入っているからな」
「いえ、別にそこまでしなくても」
「着ろ」
恵美がギロリと頼人を睨むと、
「……はい。わかりました」
頼人は渋々了承した。
「別に嫌ならいいんですわよ。舞踏会に出なくても。私は一人でも大丈夫ですし」
そんな頼人の態度を見て百合花がそう言うと、
「いや別に嫌じゃねぇよ。ただお前の家の服借りるとかシミ一つ付けられないなと」
「そ、そうですか。別にシミくらい着けたって構いませんわ。私と……その……踊ってくださるのでしたら」
百合花は頬を赤く染めながら言うが、後半の方は百合花の声が小さすぎて頼人には聞こえていない。
「さて、着いたぞ」
恵美の言葉を聞き、頼人は外を見回すと車はすでに学園の駐車場に停車していた。
「じゃあいくか」
頼人は車から降りると、百合花に手を差し伸べる。
「はい」
そう言って百合花は頬を朱に染めながら頼人の手を取ったのだった。
☆☆☆☆☆
頼人たちは学園内に入ると、着替えをするために更衣室へ向かった。そして、数分後。
「おぉ。よく似合っているじゃないか」
更衣室から出てきた頼人に笑みがそう言った。
恵美が用意してくれた服は高級そうな黒のスーツで、とてもド貧乏の頼人が着られるようなものではなかった。
「いや、これ俺が着るとおかしくないですか?」
「そんなことないさ。本当に似合ってるぞ」
「本当ですか?」
「あぁ。おっそんなことを言っている間にヒロインが出てきたぞ」
恵美が向けている視線の方向に頼人が目を向けると、そこには白のドレス姿をした百合花が立っていた。
「ど、どうでしょうか?」
「すごいな。お嬢様みたいだ」
頼人がそう言うと、百合花は照れながら、
「い、一応わたくしもお嬢様なのですが、褒め言葉として受け取ってあげといてあげますわ」
百合花の乙女全開の様子を見て恵美は笑顔になると、
「じゃあ私はもう行くからな」
「えっ!?」
恵美の言葉に百合花は動揺する。
「そんな顔するなよ我が娘よ。私にも予定があるんだ。じゃあまたな。頑張れよ」
「ちょっと待ってください! お母様!」
百合花は必死に恵美を止めようとするが、恵美はそのままこの場を去ってしまった。
「なんか色々すげぇ母親だな。って麗華堂?」
「ふぁ!?」
頼人が顔を近づけると、百合花は思わず声を上げる。
「どうしたお前」
「べ、別に何でもありませんわ」
「そうか。……じゃあいくか」
そう言うと頼人はアリーナへ向かそうとする。
「あっ、ちょっと待ってください」
百合花がそう言うと、頼人は百合花の方へ振り返る。
「なんだ?」
「あの……わたくしの頼みを一つ聞いてもらえないでしょうか?」
「頼み?」
頼人が聞き返すと、百合花がこくりと頷く。そして百合花は頼人にその内容を話すと頼人は快く了承した。
☆☆☆☆☆
頼人たちがアリーナへ着くと、そこはすでにたくさんの生徒で溢れていた。皆、頼人や百合花のようにドレスアップしている。アリーナの中央付近では恵美の言っていた通り、数組の男女のペアが華麗に踊っていた。
しかし、頼人と百合花はすぐに踊ろうとはせず、ある人物を待っていた。
そして数分後、
「お待たせしました。って、えっ!?」
頼人たちの元へ来たのは夢乃 月だった。月は頼人の隣にいる百合花の存在に驚いている。
「な、なんで……あなたが……」
怯えた様子で訊ねる月。
「悪いな月。別にお前を騙すつもりじゃなかったんだ。だけどこいつがどうしてもお前に会いたいって」
月を呼び出した張本人である頼人がそう言うと、
「えっ……月に……会いたい?」
月の言葉に頼人は頷く。
「あ、あの……月さん」
「は、はい!」
唐突に百合花が月に声を掛けたので、月は思わす大きい声を上げてしまう。すると、
「ごめんなさい」
百合花はそう言うと月に向かって深く頭を下げた。
「えっ……え?」
突然の出来事に月が状況を把握できずにいると、
「さっきな。麗華堂が言ったんだ。お前にひどいことをした。だから謝りたいってな。それで俺は月を呼び出したんだ」
頼人の言葉を聞くと月は頭を上げている百合花を見る。
「そ、そういうことだったんですか……」
「あなたには謝っても謝り切れないほど大変なことをしてしまいました。決して許されることではありません。ですが、そうだとしてもわたくしはあなたに謝りたいのです。本当にごめんなさい」
「いや……その……」
百合花の態度に月は困った様子で頼人を見る。
「別にお前の素直な気持ちを言えばいいんじゃないか。それがどんなものだとしても誰も何も言わないさ」
「そう……ですね……わかりました」
そう言うと月は深く深呼吸をし、何かを決心したかのような表情で話し始めた。
「月は……あなたを許すことはできません」
「…………」
月の言葉に百合花は黙り込む。
それは決して怒りからくるものではなく、当然の結果として受け入れたということだった。
「……ですが……月は百合花さんとその……お友達になりたいです」
「えっ」
月の言葉に百合花は顔を上げると、月は笑顔でこちらを見ていた。
「なってくれますか? 月のお友達に」
この時頼人は思った。
夢乃 月は誰よりも強く優しい人間なのだと。でないと、自分のことをあれだけ傷つけられた人間に対してこんな言葉は出ない。
「わたくしなんかでよろしいのですか?」
百合花がそう訊ねると、月は笑顔のままこくりと頷く。
「……月は……百合花さんとお友達になりたいです」
月の言葉に百合花は目に涙を溜めながら、
「……よろしくお願いします」
「はい」
月がそう返すと、安心したからか百合花は頬にたくさんの涙が伝っていた。
そしてこの日から月と百合花は、いじめられっ子といじめっ子から友人という新たな関係になったのだった。




