貧乏なオレとお嬢様な彼女はピンチになっている
百合花は教会にいた。理由は百合花の結婚式を挙げるためである。
「……はぁ」
控室で百合花は白のドレスに着替えると深く溜息をつく。すると、不意に控室の扉が開けられた。
「やあ百合花」
そう声を掛け控室に入ってきたのは麗華堂 源蔵。百合花の父親である。
「お父様……」
「なんだ似合ってるじゃないか。父として娘の花嫁姿を見れて僕はとっても嬉しいよ百合花」
「……ありがとうございます」
そう言うと百合花は顔を俯かせる。
「なんだ百合花。今日はきみの記念すべき日なんだぞ。もっと喜んだらどうなんだい?」
「……お父様、わたくしは――」
「ん? なんだい百合花」
百合花が何かを言いかけると、源蔵は鋭い視線を百合花に向けた。
「……いえ。なんでもありません」
「そうかい。じゃあ僕はそろそろ行くよ」
そう言い源蔵は控室を出ようとすると、
「あっそうそう。余計なことは考えちゃだめだよ百合花」
「余計なこと……ですか?」
「あぁ。例えば式場を抜け出そうとかね。そんなことしても僕が雇っている警護隊がいるから意味ないからね」
「っ!?」
百合花は源蔵の言葉に驚く。
別に逃亡をしようと思っていたわけではない。だが、百合花は自分の父がここまで自分のことを信用していないとは思ってはいなかったのだ。
「じゃあまた後で」
そう言うと源蔵はそう言うと控室をあとにした。自らの言葉で悲しませた娘を残したまま。
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源蔵が控室を出て数十分後、百合花は式の担当者に呼ばれ控室を出た。
今は担当者と共に式場に向かっている。
「よく似合っていますね」
不意に担当者が百合花に声を掛ける。
「……ありがとうございます」
担当者の言葉に百合花がそう返すと、
「どうしたのですか? せっかく愛する人と結ばれるというのにあまり嬉しそうではないように見えますが」
「……いえそんなことはありませんわ。わたくしはこの結婚をとてもうれしく思っております」
「そうですか。では失礼を承知で申しますが、もう少し笑顔でいらっしゃった方がいいですよ。花嫁がそんな表情を見せては式が盛り下がってしまいます」
担当者が歯に衣着せぬ物言いをすると、
「……申し訳ありませんわ」
百合花は謝罪し、瞳からは涙がこぼれ落ちる。
「大丈夫ですよ。きっとあなたは笑顔になれます」
「えっ?」
担当者から放たれた言葉に驚き、百合花は担当者の方へ顔を向ける。しかし、そこには誰もいなく視線の先には扉の前に立つ源蔵の姿があっただけだった。
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百合花は源蔵にエスコートされ壇上へ上がると、これから夫になるであろう男性の隣に立つ。男性は三十代前半で実際に百合花が会うのはこれが初めてであった。
一般ではあり得ないことだが、これはでいち早く百合花の結婚を済ませるために源蔵が手引きした結果である。
「金堂 要。あなたは病めるときも、健やかなるときも、生命のある限り、新婦を愛することを誓いますか?」
牧師が百合花の隣にいる男性にそう問いかける。
「はい。誓います」
牧師の言葉に対して男性は迷いなく返した。
「麗華堂 百合花。あなたは病めるときも、健やかなるときも、生命のある限り、新婦を愛することを誓いますか?」
今度は百合花に問いかける牧師。すると、百合花は男性のようにすぐには答えず躊躇う。
「……わたくしは」
そして、数秒たったあと百合花が誓いの言葉を口にしようとする。
しかし、その瞬間どこからか誰かの大きな声が教会の中にまで聞こえてきた。その声は徐々に大きくなってゆき、そして――
「アイ・アム・ア・ヒーロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
そんな言葉と共に牧師の後方にあるステンドガラスの割れる音が教会内に響き渡った。
そして、宙に散りばめられているガラスの破片の中に一人の人影が現れる。
その人影は牧師を勢いよく踏みつけ百合花の目の前に立つ。
そのとき百合花はようやく人影が誰かを確認した。そして、何故かはわからないがヴェールで隠されている百合花の瞳からは涙があふれていた。
「あなたはまたわたくしを助けに来てくれたのですか?」
「当たり前だろ。俺はなんせヒーローだからな」
「……ほんとあなたはバカですわね」
彼のそんな言葉を聞くと百合花は涙を流しながらも自然と笑みが出た。
「じゃあ行こうか」
そう言うと彼は百合花に手を伸ばす。
「……はい」
そう言うと百合花は自らの手で彼――二ノ宮 頼人の手を取ったのだった。
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頼人たちはステンドグラスを割ったところから教会を抜け出した。しかし、教会の外には屈強な身体をした男たちが数十人おり頼人たちを囲むようにしている。
「おそらくお父様が用意した警備の者たちですわ」
「まじかよ。そんなのいるなんて聞いてないんだが」
頼人は焦った表情を見せる。その瞬間、遠くの方からエンジン音が聞こえきた。その音は段々と大きくなり、
「うわぁ!!」
そう声を上げると警備員は一人また一人と尻餅をつく。原因は最近頼人が乗る機会が多い黒のリムジンが全速力でこちらに向かってきたからである。
リムジンは頼人たちの目の前で停車すると、運転席の窓が開き一人の少女の顔が現れる。
「百合花お嬢様乗ってください」
「翼っ!?」
運転席に座っている翼の姿に百合花は驚く。
「なぜあなたがここに!?」
百合花がそう言うと、背後から頼人が、
「そんなの決まってんだろ。お前を助けるためだよ」
そう言って百合花をリムジンに押し込むと、頼人ももリムジンに乗り込んだ。するとリムジンは急いで教会を後にした。
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頼人たちが乗るリムジンは教会から遠ざかると、現在は一般の公道を走っていた。
「これからどこに向かうんだ?」
頼人が運転する翼に訊ねる。
「海浜公園だ」
「海浜公園? そんなとこで見つかったりしないのか?」
頼人が不安そうに問うと、
「大丈夫だ。あそこは人通りが多いし、交通機関も多々ある。そこで車を捨て電車でもバスでも使って移動すればかなり見つかる確率は低くなる」
翼の説明を受けると頼人は納得するように頷く。
「百合花お嬢様。大丈夫ですか?」
翼が百合花にそう言うと。
「え、えぇ。大丈夫ですわ」
百合花はそう答えるが、百合花の表情はなぜか少しこわばっていた。
「そうですか。なら良いのですが、気分が優れないのでしたらおっしゃってくださいね。私がこの男を追い出しますから」
「おい。今追い出されたら俺泣くぞ。というか麗華堂の父親に見つかったら俺殺されるぞ。だからやめてください」
「全く。しょうがないな」
そう言うと翼は前を向き運転に集中する。
「まあ御陵は心配し過ぎだと思うが、それでも少しおかしいぞ。大丈夫か?」
頼人はそう問うと百合花の顔を覗き込む。
「ふえぇ!?」
突然、百合花は変な声を上げると、頼人から目一杯距離を取ろうとする。
「どうしたんだお前。顔も赤いし本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですわ。気にしないでください」
「そうか。ならいいんだが」
頼人がそう言うとしばらく沈黙が続いた。
その間にリムジンは市街地に入った。ここまで来ると目的地の海浜公園はもうすぐである。
「あの一つ質問をしてよろしいですか?」
不意に百合花が頼人に問う。
「質問? 別にいいが。なんだ?」
「なぜあなたはわたくしを、その……助けてくれたのですか?」
「それは前にも言ったろ。俺はお前を助けたいと思ったから助けてるんだってよ」
「それは……わたくしも覚えていますが」
頼人の答えが自分の求めていたものと違っていたせいか、百合花は顔を俯かせる。
「覚えてるのかよ。ならもっかい聞く必要ないだろ」
「まあ確かにそうですが……でもあなたは……もしかして……わたくしのことを…す……き……」
百合花は頬を赤く染めながらそう言うが、
「……悪い。お前の声が小さすぎて後半何言ってるんだか全く聞こえなかった。なんて言ったんだ?」
「べ、別に何も言ってませんわ!」
百合花はぷくりと頬を膨らませながらそう言った。すると、
「百合花お嬢様。目的の海浜公園に着きました。……ですが少々問題が起きてしまいました」
「? どうしたのですか?」
百合花が翼に訊ねると、翼は気まずそうにしながら、
「どうやら待ち伏せされていたようです」
翼の言葉に百合花と頼人は窓越しに外を見る。すると、リムジンの周りに先ほどの警備隊が囲むように立っていた。
「……これまずくね」
そう言うと頼人は苦笑いを浮かべたのだった。
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現在、頼人たちが乗ったリムジンの周りを源蔵が用意した警備隊が囲んでいる。
「……どうすんだよこれ」
頼人がそう訊ねると、
「どうもこうもないだろ。いざとなればこのまま車を発進するまでだ」
「いやそんなことしたら人殺しになっちまうだろ」
「百合花お嬢様のためならボクはそれでも構わない」
「いや構うよ」
頼人がそうツッコむと百合花もそれに同調して、
「翼。わたくしの執事でありたいならそんなことは言ってはだめですよ」
「ですが、百合花お嬢様……」
「翼」
百合花が翼を睨むと、翼はようやく勘弁したようで、
「……わかりました」
「よろしい」
百合花がそう言うと、不意に男の声が聞こえる。
「百合花。君のお父様だよ」
スピーカーを通してそう言ったのは百合花の父、源蔵である。
「百合花。君がそこにいるのはわかっているよ。いい加減出てきなさい」
源蔵は間違った娘の行動を正すいかにも優しい父のような口調で話す。
「あぁ言ってるが、どうする?」
頼人が百合花に訊ねる。
「もちろん戻りませんわ。というか、あなたもわたくしがこう言うのを望んでいるのでは?」
百合花がそう返すと、頼人はニヤリと笑い、
「よくわかってるじゃないか。じゃあここから逃げるとするか」
「だが、どうやって逃げる?」
「翼。一回思いっきりエンジンふかせ」
「ふかす? そんなことしてどうするんだ?」
「それがこのリムジンを出すという合図だ。そしたら嫌でも警備隊は車の周りから離れるだろ。その隙を突いて逃げる」
頼人の提案に翼は少し考えたあと、
「……了解した」
そう言うと、翼はパーキングにギアを入れ、思いっきりアクセルを踏む。すると、リムジンには全く似つかわしくない騒音が響く。すると、警備隊も異変を察知したのかリムジンの周りから次々と離れだした。
「よし。そろそろ逃げるぞ」
「はい」
頼人の声共に翼はギアをパーキングからドライブに入れ、思い切りアクセルを踏み込んだ。しかし、車は騒音を出したまま全く進まない。
「……あれ?」
頼人が素っ頓狂な声を出すと、
「……すまん。どうやらタイヤをパンクさせられたみたいだ」
翼の報告を聞くと、頼人は再び苦笑をしながら
「終わったなこれ」
そう諦めたのだった。




