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貧乏なオレはお嬢様な彼女に言葉を贈る

普通の家ならダイニングでご飯を食べるのだが、百合花のような金持ちが住む家には一室丸ごとダイニングのような部屋がある。

そして、そこに今頼人と百合花がいたのだが、

「おい。俺のメシはないのかよ」

 頼人が傍らで食事をしている百合花に訊ねると、

「ないですわね。あなたはわたくしの執事なのですから」

「いや今関係あんのかそれ」

「当たり前です。執事が主人と一緒に食事をとれるわけがないでしょう」

「ということは、お前が食べ終わったら俺も食べていいのか?」

「いいですが、誰も作ってはもらえませんわよ。お父様のメイドはお父様の言うことしか聞きませんから」

 百合花はそう言うと食事で汚れた口元を拭く。

「なんだそりゃ。まるでロボットみたいだな」

「いえロボットというより……」

 そこまで言うと百合花は言葉を飲み込む。

「そういえばお前の父親はまだ起きないのか?」

「お父様は海外出張でいませんわ」

「へぇそうなのか。じゃあ母親は?」

「お母様も海外で仕事をしているのでいません」

「ふーん。そうか。金持ちっていうのも大変なんだな」

「……そうですわね」

 そう返した百合花は頼人の目にはいつもと少し違って見えた気がした。



☆☆☆☆☆



 百合花が朝食を食べ終わると、頼人と百合花は先ほど入った百合花の部屋に戻った。

「つーか、まじで朝メシ食べられなかった」

 頼人がそう言うと、

「だから言ったでしょう食べられないって。そもそもわたくしの執事のくせに人様のメイドにご飯作ってもらえませんかなんてことよく言えましたわね」

 百合花の言葉を聞くと、頼人は否定する。

「ちょっと待て。俺は作ってとは言ってないぞ。俺に自分の朝メシを作らせろって言ったんだ」

「どちらも同じでしょう」

「自主性がちがう。他人に料理を作ってもらうかと他人の家の食材を勝手に使って自分が料理するかは」

「あなたは一体なにを言っているのですの?」

 頼人の言葉を聞き百合花は呆れる。

「それにしてもお前の部屋って広いよな」

「あっ話を逸らしましたわね」

 百合花がそう言うが、頼人は聞こえないふりをして話を続ける。

「でもなんていうか……この部屋変だな」

「あなた本人がいる前でよくそんな失礼なことが言えますわね」

「いや、別にバカにしているわけじゃないんだが、なんか殺風景というか」

 部屋を見回すと頼人は言った。

 実際、頼人の言っていることは正しかった。

 百合花の部屋は女子高生の可愛らしさもなければ、かといってお嬢様が暮らすような煌びやかな感じもない。例えるならば、大人の仕事場のようなそんな部屋であった。

「わたくしは昔から必要ないものを置くのが嫌いですの。もし頼人さんがそう思ったのならそれが原因かと思いますわ」

「ふーん」

 たしかに頼人も無駄なものを置くのは好きじゃないので百合花の言っていることはよくわかった。だが、頼人のそれは貧乏な暮らしをしているうちに勝手にそうなったのだ。

 なら百合花はなぜそうなったのだろうか。

頼人がそんな疑問を抱いていると、

「頼人さん。あなたも座ったらいかが?」

 不意に百合花が椅子に腰かけるように声を掛ける。

「いや一応俺執事だし。休むとかダメじゃね」

「おぉ頼人さんも執事というのが少しわかってきましたわね。今わたくしと同じように座っていたら即刻クビにしていましたわ」

「まじかよ。厳しいなここのご主人様」

 頼人がそう言うと、百合花は小さく笑った。


 それから何時間かが経ったが、頼人は未だに執事らいいことをしていなかった。

「なあ」

 先ほどから読書をしている百合花に頼人は話しかける。

「なんですの?」

「俺まだなんもしてないんだけど。なんかすることないのか?」

「あなたはなにもしていなくありませんわ。わたくしの傍にいてくれているでしょう」

「傍にって、ただぼーっと立ってるだけだぞ」

「それでいいのですわ。翼も同じことをしていますから」

「御陵もか?」

「はい。まあ本当にそれだけというわけではないのですが、頼人さんはただ傍にいてくれるだけで十分ですわ」

「……そうか」

 頼人がそう返すと、長い沈黙が流れる。

 百合花は本を読み、頼人はたた立ってその姿を眺めるだけ。

「…………」

 ――気まずい。

 普段麻友と暮らしている頼人にとって、こんなに静かな時間は経験したことがなく、どう対処していいかわからなかった。

「なあトイレ行ってきていいか」

 不意に頼人が尋ねると、

「別にいいですわよ」

「そうか。じゃあちょっといってくるわ」

 頼人はそう言うと部屋から出た。

 ――やべ、トイレの場所聞くの忘れてた。

 それに気づくと頼人は部屋に戻って百合花に聞こうか迷ったが、読書に集中している百合花に話しかけるのは悪いのでやめておいた。

「まあ何分か歩けば見つかるだろ」

 そう言うと頼人はトイレに向かい歩き出した。


「やっと見つかった」

 頼人は目の前にあるトイレに向かって言った。

 百合花の家の広さは頼人の想像以上で、トイレを見つけるのに三十分もかかってしまったのだ。

「トイレを探すのにも一苦労とかどんな家だよここは」

 そう文句を言うと頼人はトイレの中へ入り用を済ませた。

 ――さて戻るとするか。

 そう思い頼人は百合花の部屋へ向かおうとすると、

「…………」

 ――戻り方がわからない。

 結局、頼人はトイレに来たときと同じように勘で百合花の部屋を探すことになった。


「やばい。見つからないぞ」

 あれからさらに三十分が経ったが、頼人は百合花の家を全く見つけられなかった。

「つーか、そもそも扉の外見がどれも同じで見つけようがないな」

 頼人がそう呟くと、突然女性の話し声が聞こえる。

 ――なんだ? 

 頼人はその声が聞こえる扉を探す。するとどうやらその声が聞こえる部屋は一番端から二つ目の部屋のようだ。

 頼人はその部屋の扉にそっと耳を近づける。

すると、その部屋からはやはり女性の声が聞こえた。どうやら女性三人で話しているようだ。

「しかし百合花お嬢様も大変ですね」

「そうですね。あの年でお見合いだなんて」

「しかも相手は三十代くらいのおじさんらしいですよ」

「それは嫌ですね。いくらお金を持っていらっしゃるからといって」

「しかしまあ源蔵様がおっしゃるのでしたら私たちが反論する理由はないですけどね」

「そうですね。私たちには関係のないことですものね」

「あぁ源蔵様。早く帰ってきてくださらないかしら」

 そこまで聞くと頼人は気づかれないように静かにこの場を去った。



 ☆☆☆☆☆



 迷い続けること数十分。

 頼人はようやく百合花がいる部屋へ戻った。

「あら。遅かったですわね」

 百合花は本をと読んだまま、こちらには視線を向けずに言う。

「お前。見合いするのか?」

 唐突な頼人の問いに、百合花は本を握る手がわずかに強くなる。

「いえ、まだわかりません。が、おそらくすることになるでしょう」

 百合花の曖昧な答えに、頼人は怪訝な顔をする。

「正直、わたくしはしたくないのですが、この家のお父様の言うことは絶対ですので」

「父親? お前の父親がそんなことさせようとしているのか?」

「えぇ。そうですわ」

「……なんだよそれ」

 頼人には百合花の父親がなぜそんなことをさせるのか理解できなかった。

 頼人の父親は麻友が生まれてすぐに死んでしまった。その頃はまだ頼人も幼かったので、頼人は自分の父親の記憶がほとんどないのだ。

しかし、そんな頼人でも父親が自分のことを愛してくれていたことは覚えていた。

だが、百合花の父親はどうなのだろうか?

自分の子供の将来を勝手に決めること。それは本当に親のするべき行動なのだろうか。

「お前はそれでいいのか?」

 頼人は真っ直ぐに百合花を見つめ問う。

「いいもなにも。お父様には逆らえませんわ」

「本当にそれでいいんだな?」

 頼人が再度問うと、

「えぇ。わたくしはそういう家系に生まれてしまったのですもの。しょうがないことですわ」

「……そうか」

 百合花の答えを聞くと、頼人はそれ以上何も聞かなかった。

 それから夜になるまで頼人は百合花の傍に居続けると無事代理執事の仕事をやり終えた。


「はい。どうぞ」

 頼人は百合花のリムジンで自宅まで送られると、自宅前で百合花から封筒を渡された。

 中を見てみると貧乏な頼人には見たことがないような量の札束が入っていた。

「おい。これなんだよ」

「今日の仕事料ですわ」

「は? これ多すぎだろ。偽札か?」

 頼人が疑うような目を向けると、百合花はぷくりと頬を膨らませ、

「失礼ですわね。正真正銘本物ですわ」

 百合花の言葉に頼人は驚くと、

「こんなのもらえねぇよ」

 頼人が申し訳なさそうに言うと、

「気にしなくていいのですのよ。これわたくしのお小遣いと一緒の額ですから」

「そうか。じゃあもらうわ」

「あなた……断る気なかったですわね」

 百合花がジト目で見ると、頼人は目を逸らす。

「じゃあ俺もう家入るわ。じゃあな」

「あっ、ちょっと待ってくださいですわ」

 百合花が頼人を引きとめると、

「一つだけあなたに質問をしてもよろしいですか?」

「質問? 別にいいけど」

「あのときあなたはなぜわたくしを助けたのですか?」

 あのとき――それは百合花が不良に絡まれたときのことである。

 百合花の問いに頼人はしばらく考えると、

「俺さ小さい頃に両親二人とも亡くしてるんだ」

「え?」

 唐突に放たれた頼人の言葉に百合花は驚く。

「父親は麻友が生まれてからすぐに死んじゃってよ、母親も俺が四歳くらいのときに病気で死んだんだ。だから正直、父親の記憶はほとんどないし、母親との思い出も数える程度しか覚えてない」

 頼人が淡々とそう話し、

「だけどな、その数少ない思い出の中で俺は母親とたった一つだけ約束を交わしたんだ」

「約束……ですか?」

「あぁ。それは困っている人がいたら必ず助けること。母親が死ぬ前に俺に残してくれた言葉だ」

 頼人はそう言い終えると空を見上げる。

 そこには幾多もの星々が広がっており、それを頼人は切なげに見つめた。

「もしかして……それがあなたがわたくしを助けた理由ですか?」

「いや少し違う」

 頼人は百合花にそう答えると、

「俺さ、母親と約束して、その後に母親が死んじゃって、それで最後に母親の手を握ったら、俺の母親の手はすごく冷たかったんだ。あぁ本当に死んじゃったんだなって、そのとき初めて実感した。でも、それと同時に誰にもこんな思いさせたくないなって思ったんだ。誰にも苦しい思いをして欲しくないって思ったんだ」

 頼人はそう言い、

「だから、俺がお前を助けたのは、俺がお前を助けたいとそう思ったからだ」

 頼人は真っ直ぐに百合花を見つめそう言った。

「……そうですか」

 百合花はそう言うと、頼人から目を逸らす。

「じゃあ俺帰るわ。外寒いし」

 頼人は身体を震わせながら言うとボロアパートに向かって歩いていった。

 そんな頼人の後ろ姿を見つめながら百合花は、

「あんなこと……初めて言われましたわ」

 頬を赤く染めながらそう呟いた。


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