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お嬢様な彼女の家はとにかくやばい

頼人は学校に着くとすぐに校舎裏に向かった。

 そのときに真美から「死なない程度に殴られてきてください」といつも通りの冷たい言葉を頂戴した。

 ――幼馴染の性格はどうにかならないものだろうか。

 そんなことを思っていると、頼人は校舎裏に着く。

 だが、そこには誰もいなかった。

「なんだ? まだ来てないってことか?」

 そう疑問に思いながら頼人はしばらく待つ。

 しかし、どれだけ待っても百合花の手下の男子たちはおろか、百合花さえも来ない。

「おかしい。今までこんなこと一回もなかったぞ……っ!」

 ――もしかして俺を殴るのがつまらなくなったから月の方に手を出しているんじゃ……

 そんな考えが頭に浮かぶ。すると、

「おはようございますですわ。頼人さん」

「っ! お前。今日はどこへ行っていたんだ」

 不意に声を掛けた百合花に、頼人が訊ねる。

「今日ですか? 別にここ以外はどこへも行っていませんが」

「本当だろうな?」

 頼人は疑うように問うと、

「はい。本当ですわ」

 そう答える百合花は、頼人の目からは嘘はついているようには見えなかった。

「そうか。ならいいんだ」

「? 一体何ですの?」

「それはこっちのセリフだ。なんで今日は誰もいない」

「それはわたくしがあなたに暴力を加えるのを止めるように言ったからですわ」

「へぇ……は?」

「そんな顔をなさるとは思いませんでしたわ。もしや頼人さんはドMあのですか?」

 動揺する頼人に、百合花は言った。

「なんでだ? なんで急にやめた?」

「だって嫌でしょう。あんなに毎日殴られるのは」

「そんな言葉信じられるか。そもそもお前は他人のことを考えられるやつじゃない」

「あらわたくしのことをよく知っているのですね」

「お前にどれだけひどい目に遭わされたと思ってるんだ」

「たしかに。それもそうですね……」

 警戒する頼人に百合花はそう言い、

「あのわたくしの頼み事を一つ聞いていただけませんか?」

「頼み事?」

「はい。今週末わたくしの執事をやっていただきたいのです」

「なんで俺がそんなことを。そもそもお前には御陵がいるだろ?」

「えぇ。いつもなら翼がいます。ですが、今週末に限っては執事の研修で翼がいないのですわ」

「研修? なんだそりゃ」

「わたくしの執事を続けるための試験のようなものです」

「お願いです。わたくしの頼みを聞いてください。もしそうしてくださったら頼人さんが知りたいことを一つ何でもお教えしますわ」

 百合花の言葉を聞くと、頼人は少し考える。

 頼人の知りたいことというのはなぜ百合花が頼人へのいじめを止めたかということで、百合花は遠まわしにこれについて答えてやると言っているのだ。

「それを俺が受けないと、お前は困るのか?」

「はい。困ります」

 百合花が返すと、頼人は何か決心したような表情のあと、

「わかった。受けるよお前の執事役」

「ありがとうございます」

 百合花は深く頭を下げた。

「じゃあ俺はもう行くから」

 そう言い頼人が校舎へ向かおうとすると、

「待ってください」

「? なんだよ?」

「連絡とか取れなかったら困るでしょう」

 そう言うと百合花は携帯を取り出す。

「あぁ。それもそうだな」

 頼人も携帯を取り出すと、百合花と連絡先を交換した。

 その日頼人の連絡先に家族、幼馴染以外で初めて女子の名前が入った。



☆☆☆☆☆



 頼人は教室へ入ると自分の席に座る。

 いつもなら男子たちに殴られて遅刻ギリギリだが、今日はそんなことはなかったので余裕である。

「あら今日は身体が綺麗なのですね」

 隣から真美が言うと、

「おいお前はどこを見て言っているんだ。どこもかしこも痣だらけだろうが」

「だって、それは昨日のものでしょう? 今日は殴られていないのですか?」

 真美の問いに頼人は正直に答えるか迷いながら、

「あぁ。ちょっと訳あってな」

「そうですか。それは残念です」

「お前……」

真美の発言に頼人は呆れる。

「ですがなぜなのでしょう。今日が特別だったのでしょうか?」

「いやたぶん違う。今日だけとかそういう感じじゃなかったからな」

「へぇ……そうですか」

真美はジト目で頼人を見る。

「なんだよ?」

「いえなぜそんなことがわかるのかと思いまして」

「なぜって言われてもな、色々と込み入った事情があるんだよ」

「ほう。ということは頼人は私に隠し事をしているのですか?」

「まあそういうことだ」

 堂々と言う頼人に、真美は眉間にしわをよせ、

「頼人のくせに、私に隠し事なんて言語道断ですよ」

「なんだよ。別にいいだろ教えなくても」

「教えなさい頼人。さもないとあなたのアパートを買い取って部屋から追い出しますよ」

「なんていう脅迫の仕方だ。スケールがちげぇ」

 真美の金持ならではの脅しに頼人は顔を引きつらせる。

「わかったよ。別に口止めはされてないしな」

「口止め? やはり百合花さんに何かいわれたのですね」

「あぁ。今からそれを話すよ」

 頼人はそう言い真美に今週末限定で百合花の執事になることを伝えた。

「頼人。それ本気ですか?」

 真美が頼人に鋭い視線を向ける。

「まあな」

 頼人がそう返すと、

「なぜですか? なぜ今まで頼人をいたぶってきた人の言うことを聞くのですか?」

「なぜって、もしかしたらこれで俺への暴力がこれで終わるかもしれないだろ? それだったら百合花の執事くらいいくらでもやるさ」

「本当にそれだけですか?」

 真美は真剣な目つきで頼人に問う。

「あぁ。それだけだ」

「……そうですか」

 頼人がそう答えると真美は不安げな顔をする。

 この時、真美は気づいていた。頼人が嘘をついていることに。

 頼人は母親が死んだあの時から一度も自分のために行動をしたことがない。いや、行動できないと言った方が正しいのかもしれない。

 だから、頼人は麻友のためにいくらでも無理をするし、月のことも助けようとしてしまうのだ。

 そんな彼が自分へのいじめをなくすためだけに百合花の頼みを受け入れるわけがない。

 百合花の頼みを聞き入れたのは他に理由があるはずだ。

 だがそれが何かわからない。

 ただ困っている百合花を助けたいと思っただけなのかもしれないし、もしくは……

そんなことを考えながら百合花は大きく溜息をついた。



☆☆☆☆☆



 週末、頼人は予定通り百合花の執事を務めることになったのだが、

「おい。今何時だと思ってんだよ」

 目の前にあるリムジン向かって言う頼人。

「あら、執事の朝は早いのですよ」

 そう言う真美に頼人は呆れる。

 現在の時刻は午前五時。頼人が機嫌を悪くするのも無理もなかった。

「頼人さん。早く乗ってください」

 百合花がそう言うと、リムジンのドアが開く。

「いや、俺まだパジャマなんだけど」

「そんなのはあちらに行ってから執事服に着替えればいいですわ」

「そういうわけにもいかないだろ。ってか、このままだと俺帰りパジャマ着ることにな――っておい!」

 百合花は頼人の話を全く聞かず、頼人の腕を強引に引っ張り頼人をリムジンに乗せる。

「では、行ってくださいですわ」

 百合花がそう言うと、リムジンは発進した。


 リムジンが頼人の家から走り続けること一時間。ようやく百合花の家に到着した。

「おぉでけぇ」

 頼人は目の前の光景に感心する。

家の大きさは頼人のアパートの五倍くらいがあり、まさに豪邸という言葉がふさわしい外観、またその家の周りには大きな庭園がある。

その庭園には美しい造木や花が数多くあり、中央にある噴水を真ん中にすると左右対称になるように作られていた。

「そんなに大きいでしょうか? わたくしには全くわかりませんわ」

「はは。俺もそういうセリフ言ってみたいぜ」

 そう苦笑する頼人は改めて百合花との貧富の差を実感してしまった。


「「「おかえりなさいませ! お嬢様!」」」

 頼人たちが家の中へ入ると、突然十数人のメイドたちに出迎えられる。

「ただいま」

 そう言うと百合花は二列に並んでいるメイドたちの間を堂々と歩く。

「おいこれどうなってんだよ」

 百合花の耳元で頼人が訊ねる。

「この方たちはメイドですわ」

「そういうことじゃなくて、こんなにメイドがいるんだったら俺が執事やる必要ないんじゃないか?」

「いえ。あなたは必要ですわよ。だってこの方たちはわたくしのお父様のメイドですもの」

「お前の父親の? これ全部がか?」

「えぇ。そうですわよ」

 百合花が答えると、頼人は驚く。しかし、羨ましいとは思わなかった。

 ――麻友に勝っているやつはいないな。

 メイドを一通り見たあとそう思った頼人はどこまでもシスコンでバカな兄であった。


 百合花に案内され部屋に入ると、その中には大量の執事服があった。

「頼人さん。普段着ている服のサイズは?」

 百合花は部屋に入るなり訊ねる。

「サイズ? たぶんLだけど」

「そうですか。では、これを着てくださいですわ」

 そう言った百合花から頼人へ渡されたものは、Lサイズの執事服。

「なるべく早くしてくださいね」

 百合花はそう言うと、部屋から出て行った。

 ――あいつどこ行ったんだよ。

 そう思いつつも、百合花に言われた通り頼人は自分の服を脱ぎ、

「ってよくよく考えたら俺パジャマじゃん」

 俺はメイドで作られた道――メイロードをパジャマで歩いてしまったのか、なんてことを頼人は思いつつ、執事服に着替える。

「普通に似合ってねぇな」

 部屋に置かれていた鏡を見ながら頼人は一人呟く。

 そして部屋から出ると百合花は扉の前で待っていた。

「あら見事に似合っておりませんわね」

「それは俺が一番よくわかってる」

「クス。そうですか。――では行きましょう」

 そう言った百合花に頼人が連れてこられた場所はまた部屋であった。

 しかし、先ほどの部屋とは違い、海外製の机や椅子、フワフワの高級ベッドなどの家具が置かれ人がここで寝起きしていることが感じられる部屋であった。

「ここはわたくしの自室ですわ」

「ここが? お前どんだけ広い部屋持ってんだよ」

 そう言う頼人は自分と麻友が住んでいるアパートの部屋と比べてみる。

 どうやらベッドの大きさだけで茶の間が埋まりそうだ。

「くそ。金持ちってやっぱすげぇな」

「すごくありませんわ。ただつまらないだけです」

 羨む頼人に百合花は平然と言った。

「それある意味すげぇな。まあお前には貧乏人の俺の気持ちはわからねぇだろうよ」

「そうですわね。これはわたくしにならないとわからない気持ちですわ」

 そう言った百合花の表情が少し曇る。

 そんな百合花を頼人が怪訝な目で見つめていると、

「さて頼人さん。朝ごはんを食べにいきましょうか」

 そう言われた瞬間、ぐぅと頼人の腹の音が鳴った。


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