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お嬢様な彼女は覚悟を決めている

頼人が路地裏に着くと、百合花は三人の男たちに囲まれていた。

「なんなのですか。あなたたちは」

「なにって、ただのナンパしにきた大学生なんだけど」

 百合花の問いに、茶髪の男が答える。男は髪にパーマ、耳にはピアス、腕にブレスレットとまさにチャラ男といった格好をしていた。

「ですから、それはお断りしたでしょう」

「断っても諦めないのがオレたちのナンパの仕方だから」

「なんですかそれは。拒絶されたのがただ悔しいだけでしょう。男のくせに女々しいことですわ」

 百合花がゴミを見るような目を男たちに向ける。

 これを隠れ見ていた頼人はなんとなく事情が分かった気がした。

 先ほど百合花はこの男たちにナンパされたが、それを冷たくあしらってしまったのだろう。

それで男たちのプライドが傷つき、百合花は路地裏に呼び出されたというわけだ。

「このアマ。マジで見た目だけだな」

 それは同感だ、と茶髪の男の言葉に同調する頼人。

「もういい。お前らやっちまえ」

 茶髪の男が指示すると、他の二人の男が百合花の両腕を掴み、そのまま地面に抑えつける。

「な、なにをするんですの!? や、やめなさい!」

 百合花は必死に抵抗するが、それ以上の力で男が百合花の身動きを封じる。

「ったく、静かにしてろよ。今からいいことするんだからよ」

 そう言う男はニヤリと笑う。

 ――これはまずいな。

 それを見ていた頼人は思う。

 目の前で自分をいじめていた人間がひどい目に遭おうとしている。

 もしそんなことが起きたら、いじめの被害者の方はどう思うだろうか。

 ――ざまぁみろ。

 おそらくこれが本音だろう。

 たとえそうは思わなくても、それをただ無感情に見ているだけで、ましてや助けたいなんて思う人なんているはずがない。

 しかし、頼人は違った。

 頼人は迷わず百合花の元へ助けにいった。

 なぜか?

 それは頼人がある人との約束があるからだ。今は亡きあの人と交わした大切な約束が。



☆☆☆☆☆



「やめなさい! やめてぇ!」

 百合花は大きな声を上げる。

「うるせぇって言ってんだろ! 少しはだま――ぐはっ!?」

 茶髪の男の頭部に大きな衝撃が走る。

「黙るのはお前だ。バァカ」

 男にとび膝蹴りした頼人は男を睥睨する。

「な、なんだお前は!」「どっから湧いてきやがった!」

 他の二人の男も頼人の存在に気づく。

「なんだよ。お前ら話せたのか」

「あぁ! お前舐めて――ごほっ」「ぐはっ」

男たちが動揺している隙に頼人は一瞬で二人の男を殴り倒す。

「ったく、最近のナンパッつーのはこんなにも物騒なのか」

 頼人はパンパンと手を払いながら言う。

「頼人……さん……」

「よぉいじめっ子。いきなり現れといてなんだが、早く逃げた方がいいぜ。今のはまぐれだし、三対一とかたぶん俺がボコられて終わりだし」

 頼人がそう言うと、三人の男はすでに立ち上がっていた。

「この野郎よくもやってくれたな」

 茶髪の男は頼人を睨みつける。

「ほら、早く逃げろよ」

「で、ですが……」

「早く!」

 頼人が声を大にして言うと、百合花は「すみません」と謝りこの場を去った。

「あの女の彼女かなにか知らねぇが、三対一で勝てると思うなよ」

「そんなの端っから思ってねぇよ。あと、俺はあいつのいじめられっ子だ」

 頼人はそう言うと、男たちに向かっていった。

 それから数十分間、頼人は男たちに殴られ続けた。



☆☆☆☆☆



「……っ!」

 頼人が目を覚めると、そこは自分の家だった。

「いてて」

 頼人が身体を起こすと、全身に激痛が走る。

「今回は一番やばかったかもな」

そう言い頼人はふと隣を見ると、そこには麻友が寝ていた。頬には水滴がついており、おそらく頼人のことを心配して泣いていたのだろう。

「ごめんな」

 謝りながら麻友の頭を撫でる頼人。

「……う、うぅ」

 すると、麻友は目を覚まし、

「あっ。おにいちゃん!」

「よお。心配かけてご――いて、いててて!」

 麻友が頼人にべったりと抱きつくと、頼人に再び全身に痛みが走る。

「ちょ、麻友。痛いから離れて」

「いやだ。おにいちゃんのケガが治るまでずっとこうしてる」

 麻友が抱きしめる力をさらに強めると、

「痛い痛い! マジで痛いから。そんなことしても悪化するだけだから。お願いだからやめて」

 頼人が懇願すると、麻友はようやく頼人から離れる。

「だって、麻友。おにいちゃんのこと本当に心配だったんだもん」

「わかってるよ。ありがとう」

 そう言うと頼人は再び麻友の頭を撫でた。

「えへへ」

 麻友は嬉しそうに笑う。

「そういえば、誰が俺をここまで運んでくれたんだ?」

 頼人が問うと、

「えーっとね。たしかなんとかドウとか言ってたような」

「まさか麗華堂か?」

「あーそうそう。そんな感じだったよ」

 麻友の言葉を聞き頼人は驚く。

 ――まさかあいつがそんなことするなんて。

 あの時頼人が百合花を助けたのはたしかだが、それでもあの百合花が頼人を家に送り届けるなんていじめられている頼人からしたら考えられないことだった。

「ねえおにいちゃん。何があったの?」

 不意に麻友が頼人に問う。

「なにって、なんというか……人助け?」

「なにそれ。おにいちゃんは誰かを助けるためにこんなボロボロになったの?」

「まあそういうことになるな」

「それって、麗華堂って人のこと?」

 麻友がそう訊ねると、

「あぁ。そうだが」

「それって女?」

「あぁ」

「ふーん。そうなんだ」

 そう言うと麻友はジト目で頼人を見る。

「どうした?」

「いやぁ、べつにぃ。ただおにいちゃんが麻友以外の女のことを助けるのはどうなのかぁと思って」

「どうって、そりゃ困っているやつがいたら助けるのが普通だろ?」

「むっ、そういうことじゃなくてぇ、ってもういいや。おにいちゃんに言ってもわからなそうだし」

「?」

 怪訝な目を向ける頼人に、麻友は溜息をつくと、

「おにいちゃん。チューしていい?」

「は? なんだよいきなり」

 突然の麻友の発言位頼人が戸惑っていると、

「だって、身体痛いでしょ? 麻友のチューで治してあげる」

 ニコッと笑う麻友。

「いや、いらないから。そんなんで治らないから」

「そんなのやってみなきゃわからないじゃん」

「いやわかるだろ」

「わかんなない!」

 そう言い張る麻友に頼人は呆れたように吐息をつく。

「わかったよ」

「ほんと! やったぁ」

 麻友はそう喜ぶと、

「じゃあさっそく」

 頼人の顔に重ねるように自分の顔を近づける、

「おい、ちょっと待て」

「ん? なぁにおにいちゃん」

「いや麻友。お前口にしようとしていないよな?」

「…………」

 頼人の問いに麻友は目をキョロキョロと泳がせる。

「麻友」

「だってーそっちの方がおにいちゃんが喜ぶと思ったからぁ」

「喜ばんわ! 麻友。俺たちは兄妹なんだから口でのチューはなしな」

「じゃあ兄妹やめる」

「じゃあおにいちゃんはこの家から出て行きます」

「そ、それはダメだよ」

「ならおおにいちゃんの言うこと聞けるよな?」

 頼人がそいう言うと、麻友は諦めたようで、

「……う、うん。じゃあほっぺにチューしていい?」

「あぁ。いいよ」

 ぱぁーっと顔を明るくさせると、麻友は再び頼人に顔を近づけ頬にキスをした。

「えへへ。なんだか恥ずかしいね」

「それはこっちのセリフだ」

「で、でも嬉しい」

 頬を赤らめる麻友に頼人は少しドキッとした。

 それと同時に、

 ――これ以上はなんとしても避けないと。

 一人そう決意する頼人であった。



☆☆☆☆☆



「あの人は何故わたくしを助けてくださったのでしょう」

 百合花は自室で一人呟く。

「なにを悩んでいらっしゃるのですか。お嬢様」

 そんな百合花に傍らにいた翼が訊ねた。

「その……今日頼人さんがわたくしのことを助けてくださったのです」

「助けて?」

「はい。わたくしが若者の男に襲われかけているところを頼人さんが助けてくださいました」

 百合花がそう言うと、それを聞いた翼は驚き、

「百合花お嬢様。そんなことがあったのですか? 申し訳ありません。私はお嬢様の執事であるというのに」

 翼が深く頭を下げると、

「いえいいのですわ。元はと言えば、わたくしが翼に買い物を頼んだのがいけないのですから」

 百合花が襲われたとき、翼は街の中心部にあるショッピングモールにダイヤの指輪やらネックレスやらを買いにいっていた。途中までは百合花も一緒だったのだが、ショッピングに飽きてしまった百合花はあとの買い物を翼にまかせ一人勝手に外に出てしまったのだ。

なので、翼は百合花が襲われたときのことを知らない。

「ですがお嬢様……」

「本当にいいのですわ。頭を上げてください」

「いえ、お嬢様。私はもうお嬢様に合わせる顔がありません」

 深く落ち込む翼に、百合花は困惑する。

 翼は百合花に強い忠誠心を抱いている。それは執事として誇らしいことなのだが、ときたま度が過ぎる面もありこうして百合花を困らせることもしばしばあるのだ。

「では、わたくしの頼みを一つ聞いてくださいますか?」

「はい。もちろんです。一つと言わずいくつでも」

 翼の答えに百合花は苦笑しつつも、

「なぜ頼人さんはわたくしのことを助けて下さったのか。翼なりの答えを聞かせてください」

「なぜ頼人さまがお嬢さまを助けたのかですか?」

 百合花はこくりと頷く。

 すると、翼はしばらく考え、

「おそらく、頼人さまがそうしたかったからじゃないでしょうか」

「そうしたかった……ですか?」

「はい。頼人さまがお嬢様のことを助けたいと素直に思ったのではないかと」

「それはありえません。だって理由がないですもの」

 翼の言葉を否定すると、百合花は続けて話す。

「それよりも頼人さんはわたくしのことを恨んでいらっしゃいますわ。今まで散々彼にひどいことをしてきましたから」

 否定する百合花に、翼はまた少し考え口を開いた。

「これはあくまで私の個人的な意見ですが、頼人さまはお嬢様のことを嫌ってはおられないように思えます」

「えっ?」

 翼の言葉に百合花は驚くと、

「それは本当ですか?」

「はい」

「なぜそう思うのです?」

「それはとても説明が難しいのですが、なんといますか、あの人はそういう人を嫌いになるということを知らない人だと思います」

「……なるほど」

 そう言いつつ百合花は難しい表情をする。

「簡単に言いますと、頼人さまはとても優しい方ということです」

「優しい……」

 百合花がそう呟くと、急に部屋の扉がノックされる。

「なんですか?」

「百合花様。源蔵様からのお呼び出しです」

扉越しに聞こえてきたのは女性の声だ。

「わかりました。今行きます」

 そう答えると百合花はベッドから立ち上がる。

「お嬢様……」

 翼が不安げに百合花を見つめる。

「大丈夫よ翼。わたくしはもう覚悟を決めていますから」

 百合花は笑って言う。しかし、その笑みはとてもこわばっていて、何かを恐れていた。

「じゃあ行ってくるわ」

 依然心配そうにしている翼を残して、百合花は部屋をあとにした。


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