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貧乏なオレはいつも余計なものを見てしまう

学校近くの喫茶店に入ると、麻友と真美は話をする前に注文を済ませた。

「で、話ってなんですか?」

 麻友は真美に尋ねると、

「それはですね、頼人のことですよ」

 頼人のこと。そう言われた瞬間、麻友はいくつかのことが頭に浮かんだ。

 頼人の寝込みにこっそりキスをしたこと。頼人が使い終わった箸をたまに舐めてしまうこと。頼人とヤってしまおうと考えていること。あとは、頼人のパンツでオ○ニーをしていること。どれもばれたらまずいことばかりだ。

「へぇーそうですか。おにいちゃんのことですか」

 内心焦りながらも、平然としながら言う麻友。

「えぇ。それであなたも気づいているのでしょう?」

 気づいているとはどういうことだろうか。もしや、オ○ニーのことまでばれてしまっているのだろうか。

 そうだとしたら麻友の人生はもう終わりである。情報は真美から頼人へと伝わり、今まで仲が良かった兄妹の関係が、一気に家で一緒にいることすら気まずい関係に。

 ――そんな事態はなんとしても避けねば。

 麻友はそう決意すると、

「いえ、麻友は全くご存じないですわよ」

「本当ですか? 私にはそうは思えないのですが」

 お嬢様口調で誤魔化す麻友に、真美は顔を近づけ疑うように麻友を見つめる。

「な、なんですか」

「なにって。麻友さんが嘘をつくから」

「う、嘘? 麻友が? ないですよ。麻友は嘘をつかない子で近所でも有名なんですから」

「そうですか。ですが、それも嘘かもしれません」

「信用ゼロですか!?」

 麻友はツッコミながらも、真美の言っていることが全て当たっているので驚いたと同時にこのまま真美に嘘をつい通せるのだろうかと不安を感じた。

「当たり前でしょう。信用していたらこんな風に疑ったりしないですよ」

「ぐぬっ……たしかに」

 麻友が真美の言葉に納得してしまっていると、

「ねぇ麻友さん。そろそろ本当のことを話してくださる?」

「嫌です」

 麻友は即答する。

「というか、麻友本当に知らないですし。存じ上げないですし」

 麻友が必死に否定すると、真美は顎に手を当て、

「そうですか。私はてっきり知っているものだと思っていたのですが」

 しばらく考える真美に、これはイケるのではと麻友は思い始める。

 しかし、

「どうやらそうみたいですね。では、傷のことも知らないと?」

「えっ?」

 ――傷。

 この言葉を聞いた瞬間、麻友は悟った。

自分は今まで大きな勘違いをしていたのだと。

「なんだそのことですか」

「そのこと……ということは、やはり麻友さんは知っていたのですね?」

 真美が訪ねると、麻友はこくりと頷き、

「知っていますよ。おにいちゃんがいじめられていることくらい」

 今言ったことがまるで些細なことだとでもいうように麻友は言った。

「あなたは頼人を助けようとかは思わないんですか?」

「麻友はそんなことしませんよ。だって、麻友が何をしたところで無駄ですし」

「そうですか。麻友さんって意外と現実主義なんですね」

「そうではないですよ。たとえ麻友が助けられたとしても、たぶん麻友はおにいちゃんのことを助けませんよ」

 麻友が妹とは思えないような冷酷な発言をすると、

「へぇ。それはなぜですか?」

 真美は興味深そうにそう尋ねる。

「それはもちろんおにいちゃんを愛しているからですよ」

 麻友は表情を一つ変えずそう言い、

「だって好きな人には自分のことだけを見て欲しいじゃないですか。自分のことだけを考えていて欲しいじゃないですか。だからおにいちゃんが学校でいじめられていることは、麻友にとっては好都合なんです。だって、そんな状況だと学園で余計なことを考える暇はありませんからね」

 麻友がとんでもない言葉を淡々と並べる。それを真美は驚くこともなく冷静に聞き終えると、

「つまり、麻友さんは頼人のことを独占したいがゆえに頼人のことを助けないと?」

「まあそうです。でも、万が一麻友がおにいちゃんを助けようと思っても、麻友にはいじめを止めることなんて無理ですよ」

「たしかに、いじめ自体を止めることは無理でも家で話を聞いてあげるとかそういうことはできるでしょう?」

「そうですね。それくらいならできますが、おにいちゃんは麻友に弱音を吐いたり、愚痴をこぼしたりはしないですよ。そういう人ですから」

 麻友はそう言うと、

「そんなにおにいちゃんへのいじめを止めたいんでしたら真美さんが助けてあげればいいじゃないですか? おにいちゃんと同じ学校なんですし」

「あら、麻友さんは何か勘違いをなされてないないですか? 別に私は頼人を助けようとは思っていません」

「? じゃあなんのために麻友にこんな話をしたんですか?」

 麻友が訊ねると、真美は少し考えてから、

「それは質問ですか? それとも確認ですか?」

「まあどちらでもあります」

 真美の問いに麻友がそう答えると、

「そうですか……私はただ同じ人とお話したかっただけです」

「同じ人……ですか」

 それはもちろん麻友のことで、ということはつまり、

「えぇ。私と同じように頼人のことを独占したいと思っている人のことです」

 真美は生き生きとした表情で言うと、麻友はその答えがわかっていたように冷静に聞いた。

「麻友さんはてっきりわかっていたと思ってましたが」

「まあわかってましたけど。真美さんの気持ちが変わってないかなぁと思いまして」

「あら、私は頼人と出会ってから今までこの気持ちが変わったことなんて微塵もありませんでしたよ」

「そうですか。まあ麻友は地球に生まれたときからおにいちゃんのこと愛してましたけどね」

 麻友がそう張り合うと、真美はクスッと笑う。

「そうですね。麻友さんなら本当にそうかもしれません」

「むむっバカにしてますね」

「いえいえ。尊敬しているのですよ。ただお互いに面倒な性格を持ってしまいましたね」

「……そうですね。自分の好きな人がどうなろうと、自分が好きな人とどうなりたいかを優先してしまっていますからね。まあ麻友はこの性格をなおそうとは思わないですけど」

「それは私も同感です」

 真美がそう言うと、二人は互いに笑いあった。

「そこで麻友さん。一つ提案があるのですが」

「はい。なんでしょう」

「麻友さん。頼人のことを諦めてもらえませんか?」

「嫌です」

 真美が問うと、麻友は即答する。

「だって、兄妹で結婚はできないでしょう。ならそろそろ私に譲っていただけませんか?」

「無理です」

「麻友さんには私がきっといい人を見つけますから」

「絶対嫌です。って麻友の言っていることホントに聞こえてます!?」

「えぇ聞こえてますよ。了承したと」

「言ってませんよ。勝手にねつ造しないでください」

 そう言う麻友に、真美は溜息をつくと、

「ほんとわがままな人ですね」

「それはこっちのセリフです」

 今度は麻友が大きく溜息をつく。

 真美と知り合ってから十年間、麻友は真美と二人で会うたびにこんなやり取りをしている。

 果たして頼人はどちらを選ぶのだろうか。それとも……



☆☆☆☆☆



頼人はバイトが終わると、帰り道を自転車で漕ぎ続けていた。

 もしや前みたいに百合花たちに待ち構えられているのではないかと思っていたのだが、今日は大丈夫なようだ。さすがにあれを何度もやられては身体が持たない。

 冷たい風を浴びながら頼人は自転車を漕ぎ続ける。

 六月に入ったといっても夜はまだ肌寒い。

 ――家に帰ったら先に風呂だな。

 そう決めた頼人はいち早く帰るため、漕ぐスピードを速めようとした。

そのときふと見覚えのある人物が目に入る。

 頼人と同じ制服を着た金髪の美少女――(れい)華堂(かどう) 百合(ゆり)()だ。

 百合花は一人ではなく、何人かの男に囲まれていた。

 しかし、その男たちはいつもの百合花に忠誠を誓ったやつらではなく、二十代前半くらいのチャラ男だった。

 おそらく男にナンパでもされているのだろう。性格は最底辺だが、顔だけは一人前だからな。

 頼人がそんなことを思っていると、百合花は男たちに連れられそのまま路地裏へ。

「おい、まじかよ」

 頼人の頭に嫌な予感がよぎる。

 ――とりあえず行ってみるか。

 頼人はそう思い、路地裏へ急いだ。


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