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母との約束

これはまだ二ノ(にのみや) 頼人(よりと)が幼かった頃の話。

 

 頼人は完璧な少年であった。スポーツでは近所の野球チームでエースで四番を張り、チームを全国大会へ導いた。また、勉学の方も優秀でテストでは毎回満点を取るほどだ。それに加え頼人は人柄も良く、男子女子関係なく人気があった。傍から見ると、頼人は才能に恵まれ、人望も厚い、素晴らしい少年であったであろう。

 しかし、頼人は幸せではなかった。

 何故か。

 その原因は頼人の両親にあった。

 頼人の父親は頼人が小学校に入学した年に事故で死んでしまった。そして、頼人の母親もまた病院に入院中であった。

 頼人の母親は生まれつき身体が弱く、父親が生前の頃からよく入退院を繰り返していた。 

そのため、頼人の野球の試合や参観日などにあまり行くことが出来なかった。

母親が見ていない野球の試合。母親のいない参観日。

普通の子供なら泣いてわめいたかもしれない。だが、頼人はそんなことはしなかった。そんなことをしても母親が苦しむだけだとわかっていたからだ。

 代わりに頼人は母親の入院している病院に毎日通った。その時には、必ず野球で獲ったトロフィーや満点のテストの答案用紙を持っていった。母親を安心させるために。自分は一人でも平気だと、心配しなくても大丈夫だよと、そう伝えるために。


 そして今日も学校が終わるなり、頼人は母親の病院へ向かった。

 母親の病室の扉を開けると、母親は部屋の窓から見える景色を虚ろな目で見ていた。

「お母さん」

 頼人が母親を呼ぶと、母親はゆっくりとこちらに顔を向ける。

「あら、頼人。今日もお見舞いに来てくれたの?」

「当たり前でしょ。お母さんはボクのお母さんなんだから。それより、ほら、今日もボク百点とったよ」

 頼人は手に持っていたテストの答案用紙を渡す。

母親はそれを受け取ると、じっくりと数秒かけて答案用紙を見つめた。そして、答案用紙を大事に膝の上に置くと、

「頑張ったね」

 頼人の頭を撫で優しく微笑んだ。頼人にとっては、この時だけが唯一母親の愛を直接感じられる瞬間であった。

 それから数時間、頼人は今日の出来事を沢山話した。出来事といっても、学校の給食はカレーだったとか、授業でいっぱい発言したとか、そんな些細なことだ。それでも、頼人は母親と話すこの時間がとても楽しかった。大好きだった。

 「頼人は将来の夢とかあるの?」

 突然、母親が尋ねた。母親はなんとなくそんなことを言ったのかもしれない。だが、頼人にとっては答えるのが難しい質問だった。何故なら、頼人は今が一番大切だと思っているからだ。母親の病室に毎日通い、面会時間が終わるまでずっと話続ける今が。

 だから、先のことなんて考えることなんてできなかった。だって、頼人の未来にはもしかしたら頼人の母親は……。


「ボクの夢は、お母さんを守ること!」


故に、頼人はこう答えた。先のことを考えられない頼人にとって、これが精一杯の答えだった。

 頼人の言葉に母親は一瞬驚いたあと、微笑みをこぼした。

「ありがとう。頼人は優しいね」

「ボク、ぜったいお母さんを守るから」

 そう言う頼人に母親は温かい笑顔を向ける。

「とっても嬉しいなお母さん。でもね、頼人。もしできたらお母さん以外の人のことも守ってあげて欲しいな」

「お母さん以外の人?」

 頼人が不思議そうに尋ねると、母親はこくりと頷く。

「そうだよ。例えば、頼人のお友達とか、あとは何かで困っている人とか悩んでいる人とか。できるかな?」

「うん! ボクできるよ!」

 大きく返事をした頼人に母親は優しく頭を撫でる。

「頼人はいい子ね」

「えへへ」

 頼人はあどけない笑顔を見せる。

 この時、頼人は思ってもいなかった。これが母親との最後の会話になるなんて。


――翌日、頼人の母親は息を引き取った。



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