3:死に至る腕
3話目……
表現力が足りない……(涙
……背後から声がした。恐ろしく低く、僕の事を嘲笑するような。
その次の瞬間、気づいた時にはもう空を拝んでいた。
「……ッツ!? 何が起きた……?」
事態を上手く飲み込むことができず、僕は狼狽える。
そんな僕に、再度恐ろしく低い声が囁く。
「だから……逃さないといったろう?」
その声に、冷たい汗が額に噴き出る。
「僕が何かしたか……」
声のする方へ、顔を向ける。
そこには、人とは思えない……異形の者が腕を組んで立っている。
「何か……?貴様は、この場所を見てしまった……故に、逃さない……ここで死んでもらう。」
――死!?
……くっそ、訳が分からない。
「そんな理由で殺されるわけないだろ!! 」
素早く、身を起こし体勢を立て直す。
背負っている、竹刀袋から木刀を取り出し、震える手で構えながら正面に相手を見据える。
「逆に、僕が……倒してやるよ……」
虚勢を張った笑みを浮かべ、異形の者に言葉を投げかける。
「……フンッ。強がりだな……だが、まぁ……まずはその笑みを絶望に変えてやろう」
そう言い、異形の者は右手を振り下ろす。
――その場からは一歩も動くことなく。
それだけの筈……なのに……その右手は確かに僕の体を切り裂いた……ような錯覚を感じさせた。
僕の左頬を生暖かい風が一撫でして通過していく。
ツゥ……
左手で、頬を拭うと……そこには赤い液体が付着していた。
「はっ!? 」
驚いたのも束の間、今度はパキッと音を立て、木刀が真っ二つに分離する。
「はぁ!? 」
何をされた……?
目の前で全く理解できない現象が起こる。
異形の者は余裕をかましているのか、腕を組んで立っている。
「ふむ……袋に入れてあるが故、どんな業物と期待したが、やはり所詮木の塊か……」
――がっかりだ。
威圧感を伴った、冷たい目がこちらをみつめる。
心臓を直接鷲掴みにされたような……嫌な感触が体中を支配する。
これはやばい……逃げろ……逃げろ!逃げろ!!
頭の中では危険信号が鳴り響く。
「くっそ……」
まだ手に持っている木刀の柄の部分を、異形の者の顔を目掛けて投げつけると伴に、森の中へと僕は走り出す。
(この先の町に逃げ切る前に、奴につかまる……なら、森の中に入って攪乱した方がマシだ。)
手足は震え……今しがた見たあり得ない光景に顔がどうしても乾いた笑みを浮かべてしまうが……
冷静な考えは失わないように。
あくまで冷静さを失っていないと、自分に言い聞かせながら、僕は深い森の中へとまた、走り出していくのだった。
異形の者は右手を振り、最小限の動作で木刀の柄を弾くが、何故か僕の後を追ってくることは無かった。
……その場に、異形の者は立ち竦む……楽しくてしょうがないといった笑みを浮かべ。
「ふむ、我の殺気に耐えるか……中々に面白いなあの少年……」
次は、どんな悪足掻きを見せてくれるんだ……?
そうしてからやっと、異形の者は後を追い森の中へと姿を消した。
♦
森の中、呼吸を乱れさせながらも必死に走り続ける。
何処ともわからぬ、森の中を。どうしてこうなったのか、考え続けながら。
……考えた所で、わからない事なのだが。
「もう、たくさんだ……」
一気に色々なことが起こりすぎて、パンクしそうな思考をそれでも途切れさせず回転させる。
「茂みにいったん隠れて、アイツを……やり過ごそう。そしたらばれないように、町へと行けば……」
丁度良く暗く周囲から状況がわかりにく茂みを見つけ、段々と走ることをやめゆっくりと歩き始める。
……いまだに信じきれない。まだ夢の中なんじゃないか、何処かでそう期待する僕がいる。
いや、流石に笑えないな……夢だったとしても、悪夢すぎるぞ……早く覚めてほしいと嘆く。
乾いた笑みが、頬に張り付く。
……ふぅ、息を大きく吸い考えを入れ替える。
「いまは、アイツをやり過ごす。それが最も大切なことだ」
そうして茂みの中に隠れ、辺りの状況を伺う。
……段々と足音が近づいてくる。
足音が近づくたびに、僕の心臓が脈打つペースを上げる。
……頬を汗が伝う。
(頼むから、そのまま行ってくれよ……?)
異形の者の……ソイツの動向を注意深く、観察する。
……足音がすぐ間近まで迫ってきた。
何事か、呟いている声が微かに耳に届く。
「……あの少年、中々に素早いな。あそこで殺さなかったのは間違いだったか?」
ドクンと一際強く心臓が脈を打つ
恐る恐る、ソイツの顔を見上げると……ソイツは笑っていた。
そして、一瞬……ソイツがこちらを向いたような……そんな気がして、慌ててばれないように顔を下へと逸らす。
「……はぁ……はぁ」
落ち着け……落ち着け……まだばれてない。ばれてない筈だ……。
ゆっくりと、ソイツの方へと顔を向けると、ソイツは既に正面にはおらず……森の奥へと歩いていく姿が見える。
……まだだ、まだ出るな……姿が見えなくなるまで、タイミングを間違えるな。
ゆっくりと深呼吸をしながら、ソイツの姿が見えなくなるまで目を離すことなく見続ける。
……しばらくして、姿が見えなくなったことを確認した僕はゆっくりと立ち上がり、今まで走ってきた方角へと、ゆっくりと歩き始める。
「あとは、町まで逃げるだけだな……」
完全に撒いた……そう信じて、一つ大きな呼吸をしてその場を後にした。
そして、ある程度歩いたのちに再度僕は走り始める。
それも全力で。
一刻でも早くこの場から離れたい。その気持ちだけが胸を埋めていく。
しばらく、疲れや呼吸苦の事を忘れ走り続けていると、視線に町が見え始める。
「……やっとか……」
息を切らしながら、走ることはやめずに……口に出す。
もう一度、後方を確認する。
……アイツはいない……。
流石に限界を迎えた為か、緊張の糸が緩んだ僕は歩みを止め、その場に足を崩してしまう。
体中は汗にまみれ、着ていたシャツはピッタリと肌に吸い付いている。
(……流石にに気持ちが悪いな。)
そうは思っても、脱ぐわけにもいかず我慢するしかないと諦める。
呼吸も次第に整ってきたところで、立ち上がり周囲を見渡す。
1分程、この場所で動けずにいた筈だが……アイツの姿は見えることは無い。
「よし……完全に撒いただろ……これは!! 」
まだ少し、視界からは遠くに見える光に向って歩き始める。
先ほど、異形の者と遭遇した場所も抜け木々が少なくなり、すこし舗装された道なりが見え始める。
そうすると、眼前には強い光が見えるようになってきた。
「……あれが、町か」
よかった……逃げ切れた……そう安堵する。
そして、木々を抜けようとした瞬間……
爆ぜる爆音とともに、僕の視界は暗転する。
「……は?? 」
気づけば、僕の体は力を失くし、宙へと浮いている。
確かに、町の光を見据えていたはずの僕の眼は……嫌悪感を覚えていた空の月へと向いていた。
そして、わずかな浮遊感を覚えた後は、激しい衝撃が体を襲う。
体勢を空中で整えられるわけもなく僕は背中を地面に強打する。
「カハッ……」
肺の中にたまっていた空気が……酸素が一瞬で空になる。
声にならない声とともに、その場をのたうち回る……。
「何……何が起きたっ!?」
思考は今の一瞬で何が起きたのか……それだけを考え始める。
体を必死で動かそうとするが、痺れが強くうまく動かせない。
……だが、不思議と痛みは感じていなかった。
「少年も……こんな手に引っかかったのか。実につまらん……」
……ため息を伴う声が確かに聞こえた。
どうにか、首だけを動かしその声をする方向へと目を向けると……
何の感情も伴わない、ひどく冷めた目がこちらを睨んでいる。
「……僕も……とはどうゆう事だ」
疑問を感じた事を素直に尋ねる。
「いや……なに、先ほども少年と同じく逃げるヤツがいてな……」
口を酷く歪ませ笑いながら異形の者は言った。
「そいつも殺したんだがな……」
……血の気が引いていく。
逃げられる状況じゃない……僕も殺される……?
だというのに、異形の者は悠長にしゃべりかける
「そうだ……少年。一つだけ、少年が知りたいことを何でも教えてやろう……と言ったらどうする?」
……何を言っているんだこいつは。
毒気を抜かれる。
実際は僕が逃げることができないと分かっているからなんだろうが……
不思議と、痛みの感覚がないせいなのか……死ぬという事に対しての恐怖は感じなかった。
「なら……お前の名前を教えろ……このまま死ぬと目覚めた時に気持ち悪さだけしか残らん」
……これが夢だと、信じ僕はよくテレビや漫画で見るような台詞を口にする。
「目覚める……死の先に目覚めなどあるものか……まぁ良い。しかし、少年……少年もヤツと同じことを我に尋ねるのだな……」
理解できぬ……そう言いながら、異形の者は考え込む。
「まぁ、我がこんな考え込んでいては、少年が自然に死んでしまうな……」
……考えなどいいか、と異形の者はこちらに向かってくる。
「……まて、どうゆう事だ?」
何を言っているんだこいつは……理解できない。
「……気づいていないのか、少年?それとも目を背けているのか知らんが……少年の右手と足、先ほどの我の魔法で吹き飛んでおるぞ?」
「……は?」
魔法……?何を言っている?コイツは……
それよりも、僕の腕と足がない……?確かに力は入らないが、こうして痺れてるじゃないか……
そんな馬鹿な……と、僕は必死に右腕に目を向ける。
そこには、黒く煤けた右腕が続いていたが……手に当たる筈の部分だけが見当たらない……
代わりに、手があった筈の場所からは、赤黒い液体が流れ落ちていた。
足も同様だった。
「嘘……だろ!? 」
知覚してしまったが故に……痛みが、感覚が戻ってくる。
皮膚を直接焼いていくような熱い感覚が……血がとめどなく溢れ、流れていく感覚が……
刹那、体中を激痛が支配する。
「アガッ……アアァァァァァァァァァ!! 」
――絶叫。
最早、言葉にすらならない声が空気を震わせる。
だが辛うじて、気は失わずにすんだ……いや不運にもと言うべきか。
地獄のような痛みが続き、絶叫し続ける。
常人が見れば、耳にすれば思わず後ずさりをするであろう声に……ソイツは酷く楽しそうに笑っていた。
「少年も……運が悪いなぁ。」
嗤いながら近づいてくる。
コツコツ……コツコツコツ……
僕の元へと到達したソイツは…僕の首に手を回し締め始める。
そして、一言ソイツが発する。
「少年……楽になりたくはないか?」
次第に、首を締める力が強くなり、呼吸ができなくなる。
「グ……ク……カハッ……」
脳が酸素を求める。残った左手で必死にソイツの腕を掴むが……力が緩むことは無い。
次第に強くなっていく力に、酸素が供給されず、酸欠状態へと陥っていき頭がボーっとしていく。
おっと忘れていた……と、ソイツが僕に向って囁く。
「少年……死ぬ前にお前の問いに答えてやろう……我の名は……イブリスだ……この世界の、魔族を纏める王だよ……」
聴こえているがわからんがな……
嗤い声を混じらせながら、イブリスは一気に力を込める。
圧迫されていく首が嫌な音を立てる。
メキメキ……
「ヤ、ヤメッ!? 」
ミシミシ……ボキッ……
音がなった直後、僕の意識は深く暗い闇に塗りつぶされていく。
「ではな・・・・…少年よ、永久に眠れ……」
暗転していく僕の意識が途切れる寸前
イブリスは声を荒げる
「なんだこの魔法陣は!? 我は知らんぞ……くそ、少年!? ちくしょうがぁぁぁぁぁ!! 」
僕の体を優しい光が包む。
その暖かな感触に僕は身を任せ……意識を手放すのだった。
序章と蓮太郎君は別人です。